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本編
第二十一話 狩猟大会のハプニングと特製肉巻きおにぎり
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滞在四日目の朝。ダイニングでの朝食中、グレアムが重々しく宣言した。
「今日は恒例の狩猟大会を行う。クローデル家の人間たるもの、有事の際に領民を守れるよう、武芸にも秀でていなければならん」
チラリ、と侯爵の視線がエレナに向けられた。
狩猟は貴族の嗜みだが、女性にとっては過酷なイベントだ。馬に乗り、泥道を駆け回り、獲物の血を見る。深窓の令嬢には耐え難いだろうし、平民の娘なら馬にすら乗れないだろう――という計算が見え透いている。
「わたくしも参加いたしますわ!」
手を挙げたのは、いつの間にかエレナの隣に陣取っていた、イザベラだった。
「乗馬は得意ですの。シルヴィス様の背中をお守りいたしますわ」
「……勝手にしろ」
シルヴィスが興味なさげに答えると、エレナも静かに一礼した。
「では、私もお供いたします。荷物持ちが必要でしょうから」
***
侯爵領の森は深く、足場はぬかるんでいた。シルヴィスと侯爵が先頭を行く中、後方では早くも悲鳴が上がっていた。
「きゃあっ! な、何この虫! 寄らないで!」
「泥が……! 特注のライディングブーツが!」
イザベラだ。彼女は乗馬こそできたが、シルヴィスを意識してフリルたっぷりの華美な乗馬服を着てきたのが仇となった。木の枝にレースが引っかかり、跳ねた泥が顔につき、森の虫に怯えて大騒ぎだ。対するエレナは――。
「ハッ!!」
彼女は動きやすいパンツスタイルのメイド服――普段執事が着ているような男装に身を包み、華麗かつ優雅に、しかしどこか勇ましく森を進んでいた。
泥濘を軽やかに飛び越え、枝を最小限の動きで払い、馬上のシルヴィスにぴったりと追従している。息一つ切らしていない。その動きは、メイドというよりレンジャーのようだった。
ただのメイドがなぜ馬に乗れるのか。それは王宮で勤務し始めた頃、まだエレナが「鉄の女」と呼ばれるよりもずっと前、あらゆることで完璧を目指したエレナが、休日の厩舎番を拝み倒してスパルタ特訓を受けた、彼女の執念の結晶だった。
「エレナ、水を頼む」
「はい」
シルヴィスが手を伸ばした瞬間、既にエレナの手には水筒が握られている。
「汗をお拭きください」
「ん」
冷えたタオルが絶妙なタイミングで差し出される。阿吽の呼吸。二人の間には、言葉など必要なかった。
***
正午。一行は森の開けた場所で休憩を取ることになった。侯爵や騎士たちは、従者に用意させた堅焼きパンと干し肉を齧っている。保存性重視の、味気ない携帯食だ。
イザベラは疲労困憊で、食事どころではなく木陰で伸びている。
そんな中、エレナがバスケットを広げた。
「シルヴィス様、こちらを」
パカッ。弁当箱の蓋が開けられた瞬間、森の中に暴力的な香りが広がった。醤油と砂糖が焦げた、香ばしい肉の香り。そこに、ニンニクと胡麻油の風味が混ざり合う。
「……なんだ、その匂いは」
堅いパンを齧っていたグレアムの手が止まった。周囲の騎士たちも、鼻をヒクつかせている。
エレナが取り出したのは、俵型のおにぎりだった。ただし、海苔ではない。ご飯を薄切りの牛肉で巻き、甘辛いタレを絡めて香ばしく焼き上げた『肉巻きおにぎり』だ。
「片手で食べられて、スタミナがつくものをご用意しました。中はチーズ入りと、大葉入りの二種類です」
「気が利くな」
シルヴィスはチーズ入りを手に取り、大きく頬張った。
ガブリ。ジューシーな肉汁と、溶けたチーズのコクが口いっぱいに広がる。中のご飯にはタレが染み込み、噛むほどに旨味が溢れ出す。
「……美味い」
シルヴィスが無心で食らいつく。さらに、エレナは魔術瓶から湯気の立つスープを注いだ。『根菜たっぷりの豚汁』。疲れた身体に、味噌の塩分と野菜の甘みが染み渡る。
ゴクリ。グレアムの喉が鳴った。手元の干し肉が、まるで木の皮のように見えた。あっちの弁当は、黄金に輝いて見える。
グレアムの視線に気づいたエレナが、ニコリと微笑んで別の包みを差し出した。
「閣下もいかがですか? 多めに作ってまいりましたので」
「む……。し、しかし、客人の食事を奪うわけには……」
「冷めないうちにどうぞ」
グレアムは「仕方がないな」という顔を作りつつ、素早く肉巻きおにぎりをひったくった。そして一口。
「…………!!」
グレアムの目がカッと見開かれた。濃いめの味付けが、運動後の身体にガツンと響く。肉の脂を吸った米が、これほど美味いとは。気づけば二個、三個と消えていく。豚汁も一滴残らず飲み干した。
「……美味い」
そう呟くグレアムの姿は、驚くほどシルヴィスに瓜二つだった。
イザベラが泥まみれで涙目になっている横で、エレナは涼しい顔で弁当箱を片付ける。
体力勝負の狩猟大会は、胃袋という急所を突かれた侯爵の完食で幕を閉じた。
「今日は恒例の狩猟大会を行う。クローデル家の人間たるもの、有事の際に領民を守れるよう、武芸にも秀でていなければならん」
チラリ、と侯爵の視線がエレナに向けられた。
狩猟は貴族の嗜みだが、女性にとっては過酷なイベントだ。馬に乗り、泥道を駆け回り、獲物の血を見る。深窓の令嬢には耐え難いだろうし、平民の娘なら馬にすら乗れないだろう――という計算が見え透いている。
「わたくしも参加いたしますわ!」
手を挙げたのは、いつの間にかエレナの隣に陣取っていた、イザベラだった。
「乗馬は得意ですの。シルヴィス様の背中をお守りいたしますわ」
「……勝手にしろ」
シルヴィスが興味なさげに答えると、エレナも静かに一礼した。
「では、私もお供いたします。荷物持ちが必要でしょうから」
***
侯爵領の森は深く、足場はぬかるんでいた。シルヴィスと侯爵が先頭を行く中、後方では早くも悲鳴が上がっていた。
「きゃあっ! な、何この虫! 寄らないで!」
「泥が……! 特注のライディングブーツが!」
イザベラだ。彼女は乗馬こそできたが、シルヴィスを意識してフリルたっぷりの華美な乗馬服を着てきたのが仇となった。木の枝にレースが引っかかり、跳ねた泥が顔につき、森の虫に怯えて大騒ぎだ。対するエレナは――。
「ハッ!!」
彼女は動きやすいパンツスタイルのメイド服――普段執事が着ているような男装に身を包み、華麗かつ優雅に、しかしどこか勇ましく森を進んでいた。
泥濘を軽やかに飛び越え、枝を最小限の動きで払い、馬上のシルヴィスにぴったりと追従している。息一つ切らしていない。その動きは、メイドというよりレンジャーのようだった。
ただのメイドがなぜ馬に乗れるのか。それは王宮で勤務し始めた頃、まだエレナが「鉄の女」と呼ばれるよりもずっと前、あらゆることで完璧を目指したエレナが、休日の厩舎番を拝み倒してスパルタ特訓を受けた、彼女の執念の結晶だった。
「エレナ、水を頼む」
「はい」
シルヴィスが手を伸ばした瞬間、既にエレナの手には水筒が握られている。
「汗をお拭きください」
「ん」
冷えたタオルが絶妙なタイミングで差し出される。阿吽の呼吸。二人の間には、言葉など必要なかった。
***
正午。一行は森の開けた場所で休憩を取ることになった。侯爵や騎士たちは、従者に用意させた堅焼きパンと干し肉を齧っている。保存性重視の、味気ない携帯食だ。
イザベラは疲労困憊で、食事どころではなく木陰で伸びている。
そんな中、エレナがバスケットを広げた。
「シルヴィス様、こちらを」
パカッ。弁当箱の蓋が開けられた瞬間、森の中に暴力的な香りが広がった。醤油と砂糖が焦げた、香ばしい肉の香り。そこに、ニンニクと胡麻油の風味が混ざり合う。
「……なんだ、その匂いは」
堅いパンを齧っていたグレアムの手が止まった。周囲の騎士たちも、鼻をヒクつかせている。
エレナが取り出したのは、俵型のおにぎりだった。ただし、海苔ではない。ご飯を薄切りの牛肉で巻き、甘辛いタレを絡めて香ばしく焼き上げた『肉巻きおにぎり』だ。
「片手で食べられて、スタミナがつくものをご用意しました。中はチーズ入りと、大葉入りの二種類です」
「気が利くな」
シルヴィスはチーズ入りを手に取り、大きく頬張った。
ガブリ。ジューシーな肉汁と、溶けたチーズのコクが口いっぱいに広がる。中のご飯にはタレが染み込み、噛むほどに旨味が溢れ出す。
「……美味い」
シルヴィスが無心で食らいつく。さらに、エレナは魔術瓶から湯気の立つスープを注いだ。『根菜たっぷりの豚汁』。疲れた身体に、味噌の塩分と野菜の甘みが染み渡る。
ゴクリ。グレアムの喉が鳴った。手元の干し肉が、まるで木の皮のように見えた。あっちの弁当は、黄金に輝いて見える。
グレアムの視線に気づいたエレナが、ニコリと微笑んで別の包みを差し出した。
「閣下もいかがですか? 多めに作ってまいりましたので」
「む……。し、しかし、客人の食事を奪うわけには……」
「冷めないうちにどうぞ」
グレアムは「仕方がないな」という顔を作りつつ、素早く肉巻きおにぎりをひったくった。そして一口。
「…………!!」
グレアムの目がカッと見開かれた。濃いめの味付けが、運動後の身体にガツンと響く。肉の脂を吸った米が、これほど美味いとは。気づけば二個、三個と消えていく。豚汁も一滴残らず飲み干した。
「……美味い」
そう呟くグレアムの姿は、驚くほどシルヴィスに瓜二つだった。
イザベラが泥まみれで涙目になっている横で、エレナは涼しい顔で弁当箱を片付ける。
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