王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする

葉山あおい

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本編 

第三十一話 最終面接と持たざる者の武器

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 最終課題、面接。その控室は、筆記や実技の会場とは比較にならないほど重苦しい空気に包まれていた。

 国中の貴族令嬢が集まっているのではないかと思えるほどの人、人、人。それだけの人間がひしめいているのに、エレナ以外は全員、由緒ある家柄という事実。

 彼女たちは一様に顔色が悪い。直前まで完璧だった化粧が崩れそうなほど、脂汗を浮かべている者もいる。

「……エレナ・フォスターさん」

 不意に声をかけられた。振り返ると、そこにはマーガレット・ドラクロワが立っていた。彼女もまた、扇子を持つ手が微かに震えている。

「一つだけ、忠告しておきますわ」

「忠告、ですか?」

「ええ。この最終面接……巷では『断頭台』と呼ばれていますの」

 マーガレットは声を潜め、扉の向こうを忌々しげに睨んだ。

「筆記や実技は、努力でなんとかなります。けれど、ここから先は違う。貴族社会において最も重要視される『格式』と『血統』……それを問われる場ですわ。真偽は定かではありませんが、過去の試験でも、成績優秀な平民や下級貴族が、この面接で理不尽に落とされたという噂が絶えません」

「……見合わぬ爵位の者を排除するための、最後のふるいということですね」

「その通りですわ。……貴女の実力は認めます。ですが、覚悟なさい。あの部屋にいるのは、古き良き――言い換えれば、カビの生えた伝統を重んじる化石のような老人たちです。これからも王宮で働き続けたいのなら、くれぐれも粗相はしないように」

 マーガレットはそれだけ言うと、背筋を伸ばし、呼ばれた自分の名前、ドラクロワ家の名を誇るように部屋へと入っていった。

 ライバルに情報を与えるなど、彼女なりのフェアプレー精神なのだろうか。それとも単に、動揺を誘うためか。

(断頭台、ですか)

 エレナは静かに息を吐いた。予想通りだ。むしろ、そうでなくては困る。これから自分が挑むのは、まさにそのカビの生えた壁なのだから。

「――次、エレナ・フォスター」

 重厚な呼び出しの声がかかる。エレナはスカートの皺を伸ばし、戦場へと足を踏み入れた。

***

 複数ある面接会場のうち、エレナが通されたのは王宮の特別応接室だった。

 長テーブルの向こうに座っているのは三名の面接官。左には、礼法指南役の婦人。右には、高位貴族の夫人であろう老齢の女性。そして中央には試験官長を務める老齢の男性――白髪を厳格に撫でつけた、見るからに頑固そうな初老の男。王宮の侍従長、グランヴィル伯爵が鎮座していた。

「……座りなさい」

 グランヴィルの低い声が響く。エレナは一礼して着席した。その瞬間から、彼の値踏みするような視線が突き刺さる。

「エレナ・フォスター。筆記、実技ともに満点。……驚くべき成績だ。現役のメイドとしては極めて優秀と言えるだろう」

 グランヴィルは手元の資料を見ながら、淡々と事実を述べた。だが、次の瞬間、その資料をテーブルに放り投げた。

「だが、ここは『侍女』を選ぶ場だ。メイドの延長線上にあるものではない」

「存じております」

「ならば問おう。……其方、どこの家の者だ?」

 エレナは表情を崩さずに答える。

「王都の下町でパン屋を営んでおりました、フォスター家の娘です」

「パン屋、か」

 グランヴィルは鼻で笑った。侮蔑というよりは、呆れに近い響きだった。

「侍女とは、主の影であり、同時に主の品格を表す鏡だ。主が他国の賓客と会う際、その後ろに控える者がパン屋の娘では、主の顔に泥を塗ることになる。……その意味が分かるか?」

「はい」

「ならば、なぜここにいる? 貴様の血には、数百年続く貴族の歴史も、外交に資する人脈も、伝統を守る矜持も流れていない。……ただ仕事ができるだけの平民が、高貴な者の隣に立つなど、不敬だとは思わんのか」

 圧迫面接などという生温いものではない。これは存在否定だ。「お前の生まれは汚れている」と、遠回しに言われているに等しい。

 エレナは、ゆっくりと顔を上げ、グランヴィルの目を真っ直ぐに見据えた。

「侍従長閣下のおっしゃる通りです。私には、誇れる家名も、紋章もございません」

「自覚があるなら、今すぐ退室せよ」

「ですが――だからこそ、私は誰よりも相応しいと考えます」

「……何?」

 グランヴィルの眉がピクリと動いた。

「高貴な家柄の侍女は、確かに華やかです。ですが、彼女たちは背中に実家という看板を背負っています。主への忠誠と同時に、実家の利益や派閥の論理に縛られることもございましょう」

 エレナは言葉を紡ぐ。それは、シルヴィスと共に過ごし、貴族社会のしがらみを見てきた彼女だからこそ言える真理だった。

「しかし、私には何もありません。守るべき家名も、顔色を窺うべき派閥も。両親も、事故で既にこの世を去っております」

「それが欠点だと言っているのだ」

「いいえ、最大の武器です。私は『持たざる者』ゆえに、私の忠誠と身心は、純度百パーセント、髪の毛一本に至るまで、全て主のためだけに捧げることができます」

 エレナの声が、静まり返った部屋に凛と響く。

「主が右と言えば、実家の意向を気にすることなく右へ進めます。主が敵を作れば、共に泥を被れます。私が捧げるのは『家名の威光』ではなく、『私自身』という混じりっ気のない個の力です。……孤独な戦いを強いられることが多い高貴な方にとって、どちらが真に得難い剣となりましょうか」

 グランヴィルが口を噤んだ。反論しようとして、言葉を探しているようだった。

 「家柄がない」ことを「しがらみがない」という強みに変換する論理。それは、派閥争いに明け暮れる貴族社会に身を置く彼にとって、痛いところを突く刃だった。

「詭弁だな。……だが」

 長い沈黙の後、グランヴィルは深く息を吐き、背もたれに体を預けた。

「……パン屋の娘にしては、よく回る舌だ」

「恐れ入ります。口喧嘩の強さも、下町育ちの特権と心得ております」

 エレナが微笑むと、グランヴィルの隣に座る老齢の女性が「ふっ」と吹き出すのを堪える音が聞こえた。張り詰めていた空気が、僅かに緩む。

 グランヴィルは忌々しげに、しかしどこか認めざるを得ないといった顔で、手元の資料にペンを走らせた。

「……下がってよい。結果は後日通達する」

「失礼いたします」

 エレナは完璧なカーテシーを披露し、退室した。扉が閉まるその瞬間まで、彼女の背筋は鋼鉄のように伸びていた。

(……足が、震えています)

 廊下に出た途端、エレナは壁に手をついた。手汗がすごい。心臓が口から飛び出そうだ。だが、言った。言えた。すべてを出し切ることが出来た。

 エレナは大きく深呼吸をし、窓の外、北の塔の方角を見上げた。あとは、通知を待つのみだ。
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