王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする

葉山あおい

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本編 

第三十話 筆記試験の猛者と香りの罠

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一ヶ月後、王宮侍女選抜試験が始まった。

「――始め」

 試験官の厳粛な声と同時に、一斉にペンの走る音が講堂に響き渡った。

 第一関門――筆記試験。前半の科目は歴史、法学、礼法、そして一般教養。制限時間は二時間。

 エレナは手元に配られた分厚い問題用紙をめくった。

 第一問。『我が国の建国憲法第五条における、王位継承権の順位変動に関する特例事項を記述せよ』。

(……あ)

 エレナの口元が、無意識に緩んだ。問題文を見た瞬間、脳裏に不機嫌な主人の声が鮮明に蘇ったのだ。

『いいか、第五条はただの暗記じゃない。当時の国王が側室の子を即位させるために無理やりねじ込んだ解釈の穴だ。そこを突く論述が出たら、当時の政治背景も含めて書け。……聞いてるのか、エレナ』

(はい、先生。バッチリ聞いておりました)

 エレナは心の中で呟き、ペンを走らせた。分かる。スラスラと書ける。難解な法解釈も、複雑な歴史年号も、シルヴィスが深夜にカツサンドを齧りながら叩き込んでくれた知識そのものだった。

 彼は単なる知識の羅列ではなく、「なぜそうなったか」という理屈や裏話を交えて教えてくれたため、記憶への定着率が段違いなのだ。

 一時間後。周囲の令嬢たちが「難しすぎるわ……」「こんな判例、聞いたこともない」と青ざめてペンを止める中、エレナだけが早回しのような速度で解答用紙を埋めていく。

 終了の鐘が鳴った時、エレナは完璧な手応えを感じてペンを置いた。

 小休憩後。後半の筆記試験でも、エレナは少し怖いほど順調にペンを進め、無事に筆記試験を終えることが出来た。

***

 昼休憩を挟み、午後からは第二関門――実技試験が行われた。会場は王宮の大会議室。そこに用意されていたのは、数種類のティーセットと、色とりどりの生花、そしてテーブルクロスなどの装飾品だった。

「これより実技試験を行います。課題は『隣国・サザランド王国の公爵夫人をお招きしてのお茶会』。各自、用意された道具を使ってテーブルコーディネートを行いなさい」

 試験官が告げた課題に、受験者たちがざわめいた。単にお茶を淹れるだけでなく、空間演出のセンスと、外交的な配慮が問われる難問だ。

「ふふ、容易いことですわ」

 真っ先に動いたのは、やはりマーガレット・ドラクロワだった。彼女は迷うことなく、最高級の金縁の磁器セットと、真紅のベルベットのクロスを選び取った。そして花器には、大輪のカサブランカを惜しげもなく生ける。

「サザランドは情熱の国。公爵夫人をおもてなしするなら、これくらい豪華絢爛ごうかけんらんでなければ失礼にあたりますわ」

 完成した彼女のテーブルは、息を呑むほど華やかだった。金の茶器が照明を反射して輝き、白いカサブランカが真紅のクロスに映える。まさに貴族の美意識の結晶だ。試験官たちも「ほう、これは見事な……」と感嘆の声を漏らしている。

 マーガレットは勝ち誇った顔で、作業中のエレナを一瞥した。

「あら? ずいぶんと質素ですのね。予算が足りませんでしたの?」

 エレナが選んだのは、淡いブルーのクロスと、銀のシンプルな茶器。そして花は、小ぶりな白い野ばらとミントの葉だけだった。マーガレットの作品と比べれば、あまりにも地味で見劣りする。

「これで十分です」

 エレナは涼しい顔で最後の調整を終え、手を挙げた。

「終了しました」

 審査が始まる。マーガレットのテーブルの前に立った試験官の一人は、その貴族然とした豪華さを称えつつも、どこか複雑な表情で採点シートにペンを走らせた。

 そして、エレナのテーブルへ。

「……随分と控えめなコーディネートね。説明を」

「はい。テーマは『旅の疲れを癒やす清涼』です」

 エレナは、テーブルの中央に飾った小さな花器を指差した。

「サザランド王国は現在、雨季の真っ只中です。湿気が多く蒸し暑い国から、長い旅路を経て来られた夫人は、おそらく疲労が溜まっているはず。そこへ、『赤』や『金』といった色鮮やかな色彩は、視覚的に暑苦しさを感じさせ、交感神経を刺激しすぎてしまいます」

「なっ……!?」

 マーガレットが目を見開く。

「ゆえに私は、視覚的に涼しい寒色系でまとめ、副交感神経を優位にしてリラックスしていただく空間を作りました。そして何より――」

 エレナは、マーガレットのテーブルにあるカサブランカを一瞥した。

「お茶会において、香りの強い花はタブーです。繊細な紅茶や焼き菓子の香りを殺してしまいます」

 会場が静まり返った。それは、貴族たちが見た目の豪華さを優先するあまり、見落としがちな実用性と客人への配慮という盲点だった。

「私が選んだミントと野ばらは、微かな清涼感のみで、お茶の香りを邪魔しません。……主役はあくまで、お客様と、お茶ですから」

 エレナが説明を終えると、試験官は深く頷き、口元に微かな笑みを浮かべた。

「……『もてなし』の本質を理解しているわね。……見事よ」

 その一言が、勝敗を決定づけた。マーガレットは扇子を握りしめ、周囲の令嬢たちは呆然とエレナを見つめる。

 豪華な道具を使わずとも、知識と配慮があれば、最高の空間は作れる。それは、長年メイドとして快適な空間作りを追求してきたエレナだからこそ出せる答えだった。

(それに、シルヴィス様なら『こんな臭い花は捨てろ』と怒るでしょうしね)

 主人の不機嫌な顔を思い出しながら、エレナは心の中で小さくガッツポーズをした。

 筆記、実技ともに手応えは十分。だが、試験はこれで終わりではない。最終課題にして最大の難関――『面接』が、待ち受けていた。
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