王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする

葉山あおい

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本編 

第四十九・七話 赤髪の騎士団長と路地裏の出会い(前編)

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 王都の大通りは、昼下がりの喧騒に包まれていた。屋台から漂う香ばしい肉の匂い、商人の呼び込み声、行き交う人々の笑い声。

 その中を、一人の大男が串焼きを片手にのんびりと歩いていた。

 宮廷騎士団長、ゲイル・ヴァンガード。熊のような巨躯に、赤銅色の荒々しい短髪。ただ歩いているだけで周囲の人間が道を空けるほどの威圧感を放っているが、本人は至って上機嫌だ。

「ん、このタレは悪くねえな。次はあっちの果物屋を覗くか」

 今日は久々の非番だった。王宮での激務を忘れ、こうして市井に紛れて食べ歩きをするのが、彼の密かな楽しみである。

 串焼きを飲み込み、ふと空を見上げる。雲ひとつない青空。平和そのものだ。

(……俺も、還暦が見えてくる歳になっちまったか)

 四十五歳。騎士としては円熟期だが、一人の男としてはどうだろうか。

 親友だったグレアムは、早々に結婚し、今では偏屈な魔術師の息子までいる。その息子も、最近、結婚してしまった。

 若い頃は剣の道こそが全てで、女っ気などまるでなかった。だが、この歳になってふと、思うことがある。家に帰って、「おかえり」と言ってくれる誰かがいても良かったのではないか、と。

「……ま、今さらお相手が見つかるわけもねえか」

 ゲイルは自嘲気味に笑い、残りの肉を口に放り込んだ。自分の風貌は知っている。こんな強面の武骨な人間に嫁ごうなどという奇特な女性は、そうそういないだろう。

 諦めるしかねえわな――そう結論づけて、路地を曲がろうとした時だった。

「――ですから、急いでおりますので」

「いいじゃんかお姉さん、ちょっとお茶するだけだって」

「俺らおすすめの店があるんだよ。な?」

 通りの脇で、数人の男たちが一人の女性を取り囲んでいた。男たちは決して暴力を振るっているわけではない。だが、しつこいナンパだ。囲まれている女性は、深い紺色のドレスを纏っていた。仕立ての良いその服は、一般的な街娘のものではない。

 そして何より目を引いたのは、その髪色だった。太陽のような、燃えるような赤髪。彼女は困ったように眉を下げ、バッグを抱きしめていた。

「……たく、昼間っから盛りのついた野郎共だ」

 ゲイルは呆れつつも、放っておけずに大股で近づいていった。

「――おう。俺の連れに何か用か?」

 ドスの効いた低い声。男たちが一斉に振り返る。そこには、彼らの倍はあろうかという筋肉の塊――ゲイルが、仁王立ちで彼らを見下ろしていた。

 男たちの顔が引きつる。

「ひっ……!?」

「な、なんだこのオッサン……!」

「お、俺たちはただ道を……!」

 ゲイルが一歩踏み出すと、男たちは蜘蛛の子を散らすように一瞬で逃げ出した。踵を返したその背中は、実に情けないものだった。

 あっという間に静けさが戻る。女性はほっと息を吐き、ゲイルに向かって深々と頭を下げた。

「あ、ありがとうございます。助かりました」

「気にするな。……それにしても、その格好」

 ゲイルは彼女の服装をまじまじと見た。深い紺色の生地で仕立てられた、落ち着きのあるロングドレス。装飾は控えめだが、品がある。

「王宮の侍女だろ? なんで制装で街歩きなんざしてるんだ」

「あ……はい。実は」

 彼女は居住まいを正した。聞けば、彼女はメイド長の補佐をしている者だという。今日はメイド長の代理として、王宮に出入りしている薬師や御用聞きたちの店舗へ、季節の挨拶と支払いの確認に回っている最中らしかった。

「なるほどな。メイド長の使いか」

「はい。まだ数軒残っているのですが……慣れない街歩きで、少し戸惑ってしまいまして」

「だろうな。その恰好じゃ目立つ」

 王宮の制服は、一種のステータスだ。ましてや侍女の制服となればなおさら。だが同時に、裏路地や繁華街では「世間知らずのカモ」に見られることもある。

 ゲイルは少し考え、ニカっと笑った。

「よし。暇だし、ついてってやるよ」

「えっ!? い、いえ、そんな! その、騎士団長様に、お手間をおかけするわけには……!」

 彼女はゲイルの顔を知っていたようだった。恐縮して手を振るが、ゲイルは構わず歩き出した。

「なあに、俺も非番で暇なんだ。それにほら」

 ゲイルは自分の短い赤髪を指差し、それから彼女の美しい赤髪を指差した。

「嬢ちゃんと俺の髪色、似てるじゃねえか」

「え……?」

「一緒にいたら親子に見えて、余計な虫も寄り付かねえよ。ガハハ!」

 豪胆に笑うゲイル。女性は一瞬きょとんとして、それから、ふふっと柔らかく笑った。

「……ふふ。そうですわね。頼もしい『お父様』がいれば、誰も近寄れませんわ」

「おぅ、任せとけ!」

 ゲイルは分厚い胸板を叩いた。

 口では「親子」と言ってしまったものの、隣を歩く彼女を見下ろすと、胸の奥が少しだけ騒ぐのをゲイルは感じていた。自分と同じ、燃えるような赤髪。凛とした横顔。結婚を諦めかけていた四十五歳の休日に、こんな出会いがあるとは。

(……馬鹿か。娘みたいな年頃の嬢ちゃん相手に。ったく気持ちわりぃな、俺は)

 淡い期待は胸の奥にしまい込み、ゲイルは騎士団長の顔に戻って、周囲に鋭い視線を走らせた。

 そんな彼の不器用な優しさに、隣の女性が時折、熱っぽい視線を送っていることに、鈍感な騎士団長はまだ気づいていなかった。
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