王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする

葉山あおい

文字の大きさ
66 / 81
本編 

第五十話 賑やかな訪問者たちと小さな食客の予感

しおりを挟む
 結婚から数ヶ月。かつて魔窟と呼ばれ、静寂に包まれていた北の塔は、今や王宮で最も人口密度の高いお茶会スポットと化していた。

「――でね、その伯爵家の三男が『君の瞳に乾杯』なんて古臭い口説き文句を言ってきたのよ? 信じられる? 寒気がして扇子で叩き落としてやったわ!」

「まあ、マーガレット様もおモテになりますね。でも、扇子で叩くのはほどほどになさらないと」

 リビングでは、すっかり常連となったマーガレット・ドラクロワが、優雅に紅茶を飲みながら恋の愚痴をこぼしていた。テーブルには、エレナ特製の『季節のフルーツタルト』と『アールグレイのシフォンケーキ』が並び、甘い香りを漂わせている。

「だって、わたくしの理想は高いんですのよ。……少なくとも、ここにいる誰かさんのように、不器用だけど体を張って守ってくれるような方でなければ」

「ブフッ!」

 マーガレットの視線の先で、豪快にカレーを掻き込んでいた男がむせ返った。騎士団長ゲイルだ。彼は非番のたびに昼飯の偵察と称して塔に入り浸っていた。

「おいおい、嬢ちゃん。俺を見ながら言うなよ。勘違いするだろうが」

「あら、ゲイル様のことなんて見てませんわ」

「見てたじゃねえか!」

「見てませんわ!」

 ギャーギャーと言い合う二人。その騒がしい光景を、執務室から降りてきたシルヴィスが、心底嫌そうな顔で見下ろしていた。

「……おい。ここは王宮のサロンでも食堂でもない。俺の家だ」

「あら、ごきげんようシルヴィス様。今日はエレナの顔を見に来ただけですわ」

「おう、シルヴィス! 今日の『カツカレー』は最高だぞ! スパイシーなのにコクがあって、いくらでも入る!」

 シルヴィスはため息をつき、エレナの隣に座った。すると、エレナがすかさず新しいティーカップを差し出す。

「お疲れ様です、シルヴィス様。……まあ、賑やかで良いではありませんか」

「うるさいだけだ。……それに、お前の作った菓子が減る」

「ふふ、また作りますから」

 エレナは微笑み、シルヴィスの髪を自然な手つきで整えた。

 結婚して変わったことといえば、二人の距離感が以前にも増して近くなり、周囲が「甘すぎて胃もたれが……」と嘆くようになったことくらいだろうか。

***

 そんなある日の夕暮れ。嵐のような来客たちが帰り、塔に静寂が戻った頃。エレナはキッチンの片付けをしながら、ふと眩暈を覚えた。

「……っ」

 ガシャン、と皿が重なる音が響く。リビングでくつろいでいたシルヴィスが、弾かれたように駆け寄ってきた。

「エレナ!? どうした!」

「い、いえ……少し、立ちくらみが……」

「顔色が悪いぞ。……まさか、昼間の連中の相手で疲れが出たのか? あいつら、次に来たら結界で入れないように……」

 シルヴィスは慌ててエレナを支え、椅子に座らせた。そして額に手を当て、体内を循環する微量な魔力の流れを診る。

 天才魔術師の顔が、真剣なものに変わる。数秒後。彼は目を見開き、凍りついたように動かなくなった。

「……シルヴィス様?」

「……嘘だろ」

「えっ、何か悪い病気でも……?」

「違う」

 シルヴィスは震える手で、エレナの腹部にそっと触れた。その表情は、かつてないほど動揺し、そして、泣き出しそうなほど嬉しそうに歪んでいた。

「……魔力が、二つある」

「え?」

「お前の中に、小さな魔力反応があるんだ。……まだ豆粒くらいだが、確かに俺と同じ波長の魔力が」

 エレナは瞬きをし、自分のお腹を見下ろした。そして、じわじわと実感が湧き上がってくる。

「それって……」

「……俺たちの子だ」

 沈黙。次の瞬間、エレナの目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。シルヴィスはエレナを壊れ物のように優しく抱きしめ、そのお腹に顔を埋めた。

「……ありがとう、エレナ」

「はい……。私の方こそ……」

 足元で、事態を察したシフォンが「キュ~ン」と甘い声を上げ、エレナの足に顎を乗せた。新しい家族の誕生を祝うように。

「……大変だぞ」

 シルヴィスが顔を上げ、真顔で言った。

「俺の子だ。きっと俺に似て偏屈で、魔力が強すぎて、手のかかる子どもになる」

「ふふ、そうですね」

「それに、お前の子だ。きっと頑固で、言い出したら聞かなくて……掃除好きな子どもになる」

 二人は顔を見合わせ、吹き出した。

「……覚悟しておいてくださいね、シルヴィス様」

 エレナは涙を拭い、最強の万能メイド、改め、侍女、兼、妻の顔で微笑んだ。

「食いしん坊がもう一人増えるんです。……これからは、もっともっと美味しいご飯を作らなくてはいけませんから、団長様には、しっかり働いていただきますよ?」

「……望むところだ」

 北の塔の窓から、温かな灯りが漏れる。天才魔術師と万能メイド。二人の美味しい生活は、小さな新しい家族を迎えて、これからも賑やかに、そして幸せに続いていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

想定外の異世界トリップ。希望先とは違いますが…

宵森みなと
恋愛
異世界へと導かれた美咲は、運命に翻弄されながらも、力強く自分の道を歩き始める。 いつか、異世界にと想像していた世界とはジャンル違いで、美咲にとっては苦手なファンタジー系。 しかも、女性が少なく、結婚相手は5人以上と恋愛初心者にはハードな世界。 だが、偶然のようでいて、どこか必然のような出会いから、ともに過ごす日々のなかで芽生える絆と、ゆっくりと積み重ねられていく感情。 不器用に愛し、愛する人に理解されず、傷ついた時、女神の神殿で見つけた、もう一つの居場所。 差し出された優しさと、新たな想いに触れながら、 彼女は“自分のための人生”を選び初める。 これは、一人の女性が異世界で出逢い、傷つき、そして強くなって“本当の愛”を重ねていく物語です。

枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!

宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。 静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。 ……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか? 枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと 忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称) これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、 ――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。

虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~

八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。 しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。 それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。 幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。 それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。 そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。 婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。 彼女の計画、それは自らが代理母となること。 だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。 こうして始まったフローラの代理母としての生活。 しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。 さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。 ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。 ※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります ※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

婚約破棄された令嬢は氷の公爵に拾われ、気づけば溺愛されていました~見下してきたあなた、後悔してももう遅いわ~

exdonuts
恋愛
婚約者である王太子に理不尽な罪をなすりつけられ、婚約破棄された公爵令嬢レティシア。 家族にも見放され、絶望の淵にいた彼女の手を取ったのは「氷の公爵」と呼ばれる冷徹な青年・アランだった。 愛を知らずに生きてきた彼の優しさが、傷ついたレティシアの心を少しずつ溶かしていく。 一方、過去の悪行が暴かれ始めた王太子とその取り巻きたち。 ざまぁが爽快、愛が深く、運命が巡る。 涙と笑顔の“溺愛ざまぁ”ロマンス。

処理中です...