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本編
エピローグ 受け継がれる偏屈と食卓の幸福論
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北の塔に、今日も賑やかな――そして香ばしい朝が訪れていた。
「母上! 本日のオムレツの火加減は完璧だね。卵のトロトロ具合が『黄金の比率』だよ。学校の調理員にも見習わせたいくらいだ」
リビングで、生意気盛りなコメントを飛ばしているのは、五歳になったばかりの少年、レオン・クローデル。
陽の光を浴びて輝く銀髪と、少し生意気そうな切れ長の瞳は、父親であるシルヴィスに瓜二つだ。そして困ったことに、その食に対する執着と、大人顔負けの味覚、そして偉そうな物言いまで完璧に遺伝していた。
「……レオン。食事中に講釈を垂れるな。黙って味わえ」
「父上こそ、さっきから母上のこと見てニヤニヤしすぎ。少しは威厳を見せてくれないと」
「…………」
シルヴィスが言葉に詰まると、キッチンからエレナが焼きたてのパンが入ったバスケットを持って現れた。
その身に纏うのは、かつて鉄の女と呼ばれた頃と変わらぬ完璧なエプロン姿。ただし、その表情は以前よりずっと柔らかく、母としての強さと慈愛に満ちている。
「はい、焼きたてのクロワッサンですよ。発酵バターをたっぷり使いましたから、熱いうちにどうぞ」
「わぁっ! ありがとう母上! 僕、母上のクロワッサンが世界で一番大好き!!」
さっきまでの批評家ぶった態度はどこへやら、レオンは年相応の無邪気な笑顔でパンに飛びついた。
サクッ、という軽快な音と共に、バターの芳醇な香りが広がる。レオンは頬を膨らませ、幸せそうに目を細めた。
「ん~っ! このサクサク感! 中はしっとりしてて……やっぱり母上は天才だね!」
「ふふ、よく噛んで食べなさいね。お野菜のスープも」
「もちろんさ! ……学校で出されるスープは不味いけど、母上のグラッセならいくらでも入るよ!」
そう、レオンは偏食家ではない。ただ、「エレナの料理以外は認めない」という、父親譲りの極めて厄介な舌を持っているだけなのだ。エレナの料理であれば、ピーマンだろうがセロリだろうが、彼は大喜びで完食してしまう。
「やれやれ……。俺のライバルがまた一人増えた気分だ」
シルヴィスは苦笑しながら、エレナが淹れた紅茶を啜った。
息子がエレナの料理を絶賛する姿は嬉しいが、同時にエレナの関心が息子に向くことに、ほんの少しだけヤキモチを焼いているのだ。
その時、玄関のノッカーが激しく叩かれた。
「おーい! 朝飯、俺たちの分もあるかー!?」
「ちょっとゲイル! そんな図々しいかけ声がありますか! ……エレナー! お土産のフルーツを持ってきましたわよー!」
朝から騒々しい訪問者たち。宮廷騎士団長ゲイルと王太子専属侍女マーガレット――通称、赤髪夫妻だ。二人はあの日、路地裏での出会いを経て結ばれ、こうして暇を見つけては北の塔を訪れる親戚のような間柄になっていた。
「あっ、ゲイルのおじ様! マーガレットのおば様!」
レオンがスプーンを置いて玄関へ走っていく。シフォンも嬉しそうにその後を追う。
「おう、レオン! また背が伸びたか? ほら、高い高いしてやるぞ!」
「もう子ども扱いしないでよ!」
「……ふふ、おじ様とおば様もご一緒していいかしら?」
ドカドカとリビングに入ってくる大男と、優雅に微笑む赤髪の貴婦人。シルヴィスは「ちっ、また来たのか」と悪態をつきつつも、その手で新しいフォークを並べ始めている。
「すぐに用意しますね」
「大盛で頼む!」
「わたくしも手伝いますわ」
騒がしくも温かい、北の塔の食卓。湯気の立つ料理を囲み、家族と、家族同然の友人たちが笑い合う。エレナは忙しく手を動かしながら、その光景を愛おしそうに見つめた。
かつて孤独だった魔術師と、仕事だけが生き甲斐だった鉄の女。二人が紡いだ不器用な恋は、こうして美味しいご飯を中心に広がり、多くの笑顔を生み出し続けている。
「さあ、召し上がれ。おかわりはたくさんありますよ」
王宮の万能メイド改め、最強のお母さんの一日は、今日も美味しく、そして賑やかに始まっていくのだった。
「母上! 本日のオムレツの火加減は完璧だね。卵のトロトロ具合が『黄金の比率』だよ。学校の調理員にも見習わせたいくらいだ」
リビングで、生意気盛りなコメントを飛ばしているのは、五歳になったばかりの少年、レオン・クローデル。
陽の光を浴びて輝く銀髪と、少し生意気そうな切れ長の瞳は、父親であるシルヴィスに瓜二つだ。そして困ったことに、その食に対する執着と、大人顔負けの味覚、そして偉そうな物言いまで完璧に遺伝していた。
「……レオン。食事中に講釈を垂れるな。黙って味わえ」
「父上こそ、さっきから母上のこと見てニヤニヤしすぎ。少しは威厳を見せてくれないと」
「…………」
シルヴィスが言葉に詰まると、キッチンからエレナが焼きたてのパンが入ったバスケットを持って現れた。
その身に纏うのは、かつて鉄の女と呼ばれた頃と変わらぬ完璧なエプロン姿。ただし、その表情は以前よりずっと柔らかく、母としての強さと慈愛に満ちている。
「はい、焼きたてのクロワッサンですよ。発酵バターをたっぷり使いましたから、熱いうちにどうぞ」
「わぁっ! ありがとう母上! 僕、母上のクロワッサンが世界で一番大好き!!」
さっきまでの批評家ぶった態度はどこへやら、レオンは年相応の無邪気な笑顔でパンに飛びついた。
サクッ、という軽快な音と共に、バターの芳醇な香りが広がる。レオンは頬を膨らませ、幸せそうに目を細めた。
「ん~っ! このサクサク感! 中はしっとりしてて……やっぱり母上は天才だね!」
「ふふ、よく噛んで食べなさいね。お野菜のスープも」
「もちろんさ! ……学校で出されるスープは不味いけど、母上のグラッセならいくらでも入るよ!」
そう、レオンは偏食家ではない。ただ、「エレナの料理以外は認めない」という、父親譲りの極めて厄介な舌を持っているだけなのだ。エレナの料理であれば、ピーマンだろうがセロリだろうが、彼は大喜びで完食してしまう。
「やれやれ……。俺のライバルがまた一人増えた気分だ」
シルヴィスは苦笑しながら、エレナが淹れた紅茶を啜った。
息子がエレナの料理を絶賛する姿は嬉しいが、同時にエレナの関心が息子に向くことに、ほんの少しだけヤキモチを焼いているのだ。
その時、玄関のノッカーが激しく叩かれた。
「おーい! 朝飯、俺たちの分もあるかー!?」
「ちょっとゲイル! そんな図々しいかけ声がありますか! ……エレナー! お土産のフルーツを持ってきましたわよー!」
朝から騒々しい訪問者たち。宮廷騎士団長ゲイルと王太子専属侍女マーガレット――通称、赤髪夫妻だ。二人はあの日、路地裏での出会いを経て結ばれ、こうして暇を見つけては北の塔を訪れる親戚のような間柄になっていた。
「あっ、ゲイルのおじ様! マーガレットのおば様!」
レオンがスプーンを置いて玄関へ走っていく。シフォンも嬉しそうにその後を追う。
「おう、レオン! また背が伸びたか? ほら、高い高いしてやるぞ!」
「もう子ども扱いしないでよ!」
「……ふふ、おじ様とおば様もご一緒していいかしら?」
ドカドカとリビングに入ってくる大男と、優雅に微笑む赤髪の貴婦人。シルヴィスは「ちっ、また来たのか」と悪態をつきつつも、その手で新しいフォークを並べ始めている。
「すぐに用意しますね」
「大盛で頼む!」
「わたくしも手伝いますわ」
騒がしくも温かい、北の塔の食卓。湯気の立つ料理を囲み、家族と、家族同然の友人たちが笑い合う。エレナは忙しく手を動かしながら、その光景を愛おしそうに見つめた。
かつて孤独だった魔術師と、仕事だけが生き甲斐だった鉄の女。二人が紡いだ不器用な恋は、こうして美味しいご飯を中心に広がり、多くの笑顔を生み出し続けている。
「さあ、召し上がれ。おかわりはたくさんありますよ」
王宮の万能メイド改め、最強のお母さんの一日は、今日も美味しく、そして賑やかに始まっていくのだった。
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