陽葵の笑顔に僕は夢中だ。

そら

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2章 日常が壊れる。

旅の終わり。

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 これからの逃亡資金を確保するための、栞の冷徹で、けれど僕たちを想っての提案。それを飲み込み、僕たちはついに、あの埃っぽくも愛おしかった別荘を離れる決意を固めた。

「準備はいい? 次の街に着いたら、すぐに動くわよ。……大丈夫、三人ならなんとかなるわ」
 
 栞はそう言って、僕と陽葵を力づけるように微笑んだ。僕と陽葵は顔を見合わせ、一度だけ強く頷き合う。
 
 この扉を開ければ、もう「普通の高校生」には戻れない。けれど、僕たちの手の中には、昨夜誓った未来への約束があった。
 
 僕が意を決して、重い木の扉を開けた、その直後だった。

 砂利を噛む激しい音とともに、車が数台、目の前の空き地に滑り込んできた。

「……父さん?」
 
 車から降りてきた父さんの顔は、見たこともない鬼のような形相だった。駆け寄ろうとした僕の言葉を、乾いた衝撃音が遮った。

「っ……!」
 
 視界が火花を散らし、熱い痛みが頬に走った。父さんに殴られたのだ。

「悠真……! お前がどれだけ無茶な真似をしたか分かっているのか! 陽葵さんのお母さんや、栞さんのご両親が、どれだけ血眼になって探し、どれだけの心配をかけたと思っているんだ!」

 
 父さんの怒号が山あいに響き渡る。その背後で、別の車から降りてきた陽葵の母親が、崩れ落ちるように陽葵の足元に縋り付いた。

「陽葵、ごめんなさい……本当にごめんなさい……っ! お母さん、あんたがいなくなって初めて、自分がどれだけ酷いことをしたか気づいたの。あの人とは、もう別れたわ。あんたのために、縁を切ってきたのよ。だからお願い、もう一度だけチャンスを頂戴……!」
 
 縋り付く母親の顔は、虐待に明け暮れていた魔女のそれではなく、一ヶ月前の、優しかった頃の母親そのものだった。
 
 陽葵は顔を真っ白にして立ち尽くした。数分前まで僕と固く結んでいた指先が、力なく解けていく。

「栞! あなたという子は……! 信用してカードも預けていたのに、こんな悪用までするなんて……!」
 
 栞もまた、母親から涙ながらの叱責を受けていた。彼女は呆然と立ち尽くし、親の怒りを受け止めながら、なぜか救われたような、憑き物が落ちたような複雑な表情で「……ごめんなさい」と力なく繰り返した。

「全部、僕が……! 僕が言い出したことなんです! 栞は関係ない、僕が――」
 
 僕が叫び、栞を庇おうと一歩踏み出した。けれど、栞は首を振って僕を制した。彼女は諦めたような、それでいてどこか悟ったような顔で、大人しく両親の車へと乗り込んでいった。

「……悠真くんのお父様、そして栞さんのご両親、本当に申し訳ありませんでした。」
 
 陽葵の母親は、涙に濡れた顔で僕の父や栞の両親に何度も頭を下げた。そして、震える陽葵の肩を優しく抱き寄せ、車へと促した。

「悠真くん、栞……ごめんなさい……っ! ありがとう、本当にありがとう……! 私、お母さんともう一度、頑張ってみるから!」
 
 陽葵は車に乗り込む間際、喉を震わせるような大声で僕たちに叫んだ。
 
 僕は叫び返したかった。その手を離すな、戻ればまた地獄が待っていると。けれど、父さんの強靭な腕が僕の肩を掴み、地面に縫い付けた。

「行かせてやれ。……悠真、お前はあの子の家族を壊す権利なんて持っていないんだ。お前がやったことは救済じゃない。ただの誘拐だ」
 
 父さんの冷たい正論が、僕の淡い期待を切り裂いた。
 
 陽葵が最後に僕に送ったのは、昨夜の愛おしい記憶をすべてなかったかのような、あまりに悲しい決意の微笑みだった。

「悠真、乗れ。これ以上、醜態をさらすな」
 
 父さんの冷徹な眼差しに射すくめられ、僕は動くことができなかった。
 
 三台の車が、それぞれ別の方向へと砂埃を上げて去っていく。
 
 別荘の扉は、もう誰の目にも触れない場所へと固く閉ざされた。
 
 僕たちの三日間は、こうして「家族の再生」という名の、あまりに脆い綺麗事の中に葬り去られた。
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