陽葵の笑顔に僕は夢中だ。

そら

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2章 日常が壊れる。

車の中で

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 アスファルトを叩く激しい雨音と、規則的に動くワイパーの音だけが、息が詰まるような車内に響いていた。

 ハンドルを握る父さんの横顔は、街灯の光に照らされるたびに、彫刻のように硬く冷たく浮かび上がる。窓の外を流れる夜の景色は、僕たちが犯した「間違い」をあざ笑うかのように、ただ速く、暗く、後ろへと過ぎ去っていった。
 
 どれだけの時間が経っただろうか。不意に父さんが、低く押し殺した声で沈黙を破った。

「お前たちが消えてからの二日間、どれだけ二人の親御さんに迷惑をかけたと思っている」

 
 その声には、怒りよりも深い、底冷えするような絶望が混ざっていた。

「三人がいなくなった後、栞さんのご両親から連絡があった。多忙なご両親がたまたま家に戻った際、栞さんの姿がないことに気づいたんだ。……ご両親は、娘がお前たち二人と特に仲が良かったことを知っている。だから、もしかしたらと思い、まずはうちに連絡が来た」
 
 父さんは一度言葉を切り、ブレーキを踏む足に力を込めた。前を走る車の赤いテールランプが、僕の視界を血のように赤く染める。

「前日、お前から『友達の家に泊まる』と連絡があった時、私はお前を信じていた。だが、学校があるはずの翌日になってもお前は戻らず、栞さんもいない。嫌な予感がして、私はすぐに陽葵さんの家へ電話を入れた」

 そこで電話に出たのは、例の男だったという。男は陽葵がいなくなったことに微塵も興味を示さず、むしろ彼女を追い出したことを面白おかしく話し、「今頃お前の息子がどこかに監禁して、おもちゃにしてるんじゃないか」と父さんを馬鹿にした。

「私は怒りで頭が真っ白になった。そのまま陽葵さんの家へ向かい、玄関を叩き続けた。……ようやく出てきたお母さんは、最初は他人事のような顔をしていた。だが、近所の目が集まり始め、必死に子供を案じる私の姿を見て、ようやく客観的に自分を見つめ直したんだろう。お父さんもお前を小さい頃から一人で育ててきた。なりふり構わずお前を心配する私の姿に、彼女は、昔に陽葵を大事にして、心から愛していた頃の自分を思い出したんだ。……そして、自分が娘にしてきたこと……『虐待』に近い行為をしていたことを、涙ながらに私に白状したんだ」
 
 陽葵のお母さんはその場で男と別れる決意をし、娘とやり直したいと泣き崩れたのだという。そして、昔から仲の良かった三人なら、一緒にどこかへ行ったんじゃないかと予想した。

「栞さんのご両親が、カードの利用履歴を確認してこの別荘を特定した。学校には三人が休むとだけ連絡を入れ、私たちはここへ向かったんだ。……悠真。お前は陽葵さんのために動いたつもりだろう。だが、お前がやったことは、自分勝手な正義感で女の子二人を巻き込んだだけだ」
 
 父さんの言葉が、鋭いナイフのように僕の胸に突き刺さる。

「栞さんのご両親のお金を盗もうとした泥棒だ。……世間から見れば、お前が二人を誘拐したのも同然なんだよ」
 
 僕は何も言い返せなかった。陽葵を守りたかった。栞と三人で笑っていたかった。その純粋だったはずの願いは、大人の社会というルールの中では、ただの独りよがりな過ちにすり替えられていた。
 
 バックミラー越しに目が合った父さんの瞳は、僕を憐れむように濁っていた。
 
 僕が守ろうとしたものは、僕の手によって、一番最悪な形で壊されてしまったのかもしれない。
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