陽葵の笑顔に僕は夢中だ。

そら

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4章 日食

おはよう

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 それから僕たちは、小さな明かりを囲みながら、陽葵を見つけるために事件の話を聞いた。

 けれど、記憶の霧は思った以上に深く、簡単には晴れてくれない。
 お母さんの彼氏が家に来た時の不自然な態度や、あの日、意識を失う直前に感じたこと。何度も話をしてみても、何も思い出せなかった。

「……やっぱり、そう簡単には思い出せないか」
僕が小さく息をつくと、陽葵も申し訳なさそうに眉を下げた。

『ごめんね、悠真くん。……あの日、最後に見た景色っていうのが全然ないの。気づいたら暗闇の中にいて……。ただ、ずっと鼻の奥に残ってる
「あの匂い」だけは覚えてるんだけど……どこか懐かしい匂いなんだけど…。どうしても思い出せなくて』

「……それが唯一のヒントなんだよな。」

 結局、具体的な解決策は見つからないまま、静まり返った図書室には夜明け前の独特な青白い光が差し込み始めた。昨日から状況は大きくは変わっていない。陽葵の体はどこにあるのか。答えの出ない問いだけが、朝の光の中で白く浮き上がっているようだった。

「……もうすぐ朝だな」

『うん。結局、何も解決しなかったね……。でも、悠真くんと一緒に夜を過ごせて、少しだけ心が軽くなった気がするよ』

 陽葵が窓の外を見つめながら、少しだけ寂しそうに微笑む。
やがて、静まり返った廊下に、カツン、カツンと規則正しい足音が響いてきた。

 カチャリ、と鍵の開く音がして、図書室の扉がゆっくりと開く。

「……二人とも、無事ね」

 そこには、寝不足の目をこすりながらも、どこか安心した表情を浮かべた栞が立っていた。

「栞、朝早くから本当にありがとう」

 扉の向こうに立つ栞に、僕は心からの感謝を伝えた。

「一晩中、陽葵といろいろ話し合ってみたんだけど……結局、あまり進展はなかったよ。あの日、陽葵は何も見ていないみたいなんだ。ただ、ある『匂い』だけは覚えてるみたいなんだけど、それがどこなのかまでは分からなくて」

 僕が力なく首を振ると、栞は静かに話を聞いていた。

「でも、こうして陽葵と一緒にいられたのは本当によかった。……ありがとう、栞」

 僕がそう言うと、栞は一瞬だけ複雑そうな、何かを堪えるような表情を見せた。けれどすぐに、いつもの少し突き放すような口調で言った。

「お礼はいいわよ。……それより悠真くん、一度家に帰ってシャワーを浴びてきたら? 私、わざわざ早めに来たんだから。学校が始まるまでまだ時間はあるわ」

「あ……」

 言われてみれば、昨日からずっと同じ服で、体も洗っていない。陽葵に会えた高揚感で忘れていたけれど、身なりを整えないと他の生徒に怪しまれるかもしれない。

「わかった。すぐ浴びて戻ってくるよ。栞、陽葵、すぐ戻るから!」

 僕は二人にそう告げると、図書室を飛び出し、朝の冷たい空気の中を家に向かって走り出した。
 遠ざかっていく悠真の背中を、栞は黙って見送っていた。

 その隣で、陽葵は切なそうに、けれど決意を込めたような瞳で栞を見つめる。

『……栞ちゃん。聞こえてないのは分かってるけど、お願いがあるの』
陽葵は、自分が透けていることを自覚しながら、栞の隣に並んだ。

『もし……もし私が本当に死んでたら、その時は、悠真くんのこと、よろしくお願いします。あんなに優しい人だから、きっと一人じゃボロボロになっちゃうから…。栞、あなたなら……』

 陽葵の精一杯の願いは、言葉として栞の耳に届くことはない。

 けれど、栞は誰もいないはずの隣の空間に、ふと視線を落とした。そして、まだ誰もいない静かな廊下で、目に見えない親友に向かって、小さく、けれどはっきりと声をかけた。

「……おはよう、陽葵」

 その言葉に、陽葵は目を見開き、泣きそうに笑った。
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