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最終章 終わらない月食
太陽のような笑顔
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それから事件は、驚くほど早く解決へと向かった。
例の家の庭にあった桜の木の下から、3つの遺体が確認された。大きな桜の木の下からは、根に包まれるようにして、ほとんど原型を留めていない二人の遺骨が見つかったらしい。
そして、もう一つの新しい桜の苗木の下から、一つの遺体が発見された。損傷が激しく検視は困難を極めたが、状況と証言から、それは陽葵であると判断された。
自殺として処理されていた陽葵のお母さんたちの件も、殺人事件として再捜査が始まった。けれど、犯人である父さんが死亡しているため、これ以上の進展は見込めない。おそらく、真相は闇の中のまま、未解決事件として扱われることになるのだろう。
僕の環境も、ガラリと変わった。父と母の遺体については自治体に処理を任せることにした。山積する事件の責任や負の遺産から逃れるため、僕は相続をすべて放棄し、家を追われた。
身寄りも家もなくし、社会的に孤立しかけた僕に、栞のお父さんが一枚の鍵を差し出してくれた。
「使っていないボロ屋があるんだ。その管理を君に任せたい。……悠真くん、これは雇用契約だ。私が君の身元保証人になる」
栞のお父さんは、僕が自立して生きていけるよう、自身の会社で正式に雇い入れる形を整えてくれたのだ。管理費という名目で、生活に必要な給料も出ることになった。
「本当にありがとうございます。お父さんのおかげで、なんとか生活できそうです」
僕が深く頭を下げると、栞のお父さんは視線を落とし、どこか悲しげに呟いた。
「悠真くんには、娘が世話になったからな……」
「いえ、僕の方こそ栞には助けてもらってばかりで。今度は僕が彼女を助けられるよう、頑張ります」
僕がそう伝えると、お父さんは「……君は頑張りすぎるから。無理だけはしないように」と、父親らしい優しい笑みを浮かべてくれた。
入院中も、リハビリや精神鑑定、警察の事情聴取が続いた。栞のお父さんは学校側とも掛け合ってくれ、出席停止の手続きを進めてくれた。毎週届くレポート課題も、お見舞いに来てくれる栞に教わりながら、なんとかこなす日々だった。
ある日、僕は病室で栞に切り出した。
「本当にお父さんにも栞にも、すごく迷惑かけてるよな。……本当に、ごめん」
申し訳なさで胸が詰まる僕に、栞は淡々とした口調で答えた。
「お父さんや私のことは、気にしなくても大丈夫。お父さんも、あの時何もしてあげられなかったことを後悔してるみたいだから。これは……罪滅ぼしみたいな感じだと思う」
「そんなことない。お父さんには警察にも連絡してもらったし、あの時も僕を家に入れてくれた。すごく助けられたと思ってる。罪滅ぼしなんて、そんな……」
僕が否定すると、栞は悲しげに、でも確かな意志を込めて言った。
「お父さんが『何もできなかった』と思っているのは……誰も救えなかったからだと思う。……だから、悠真だけは救いたいんだよ」
栞は僕の目をまっすぐに見つめた。
「お父さんのわがままに、付き合ってくれないかな?」
「……いつか、絶対に恩返ししないとな」
僕がそう伝えると、栞は悪戯っぽく、けれどどこか真剣な眼差しで僕を見つめ返した。
「恩返ししたいなら、私と結婚すれば恩返しするチャンスはいくらでもあると思うわよ?」
「……え?」
驚いて固まる僕に、栞は微笑みを絶やさずに言葉を重ねる。
「あの時『大好き』って言ったの、嘘じゃないよ。陽葵のことが大好きなあなたのことを、私は愛してるの」
あまりにも真っ直ぐな言葉に、僕は泣きそうになりながら声を絞り出した。
「……でも、俺はまだ、陽葵のことが……」
「わかってる。これは私のわがまま。私は、いつまでも君のことを待つよ。だから、覚悟してね? 必ず振り向かせるから」
そう言った栞は、今まで見たこともないような、太陽のような眩しい笑顔を見せた。
――その瞬間、僕は心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。
栞のその笑顔が、あまりにも陽葵と重なって見えたからだ。
いつも、陽葵はそうやって笑っていた。
そして、気付いてしまった。陽葵の中に母さんの面影を見出し、執着し、手に入れようと狂奔した父さんの気持ちが、今の自分の中に微かに芽生えた「似たような衝動」を通じて、分かってしまったんだ。
(……ああ。僕は、本当に、あの化け物の息子なんだな……)
体の中に流れる「血」の忌まわしさを再確認し、僕は背筋に冷たいものを感じた。けれど、栞は僕のそんな暗い内面を知ってか知らずか、優しく僕の手を包み込んでいた。
例の家の庭にあった桜の木の下から、3つの遺体が確認された。大きな桜の木の下からは、根に包まれるようにして、ほとんど原型を留めていない二人の遺骨が見つかったらしい。
そして、もう一つの新しい桜の苗木の下から、一つの遺体が発見された。損傷が激しく検視は困難を極めたが、状況と証言から、それは陽葵であると判断された。
自殺として処理されていた陽葵のお母さんたちの件も、殺人事件として再捜査が始まった。けれど、犯人である父さんが死亡しているため、これ以上の進展は見込めない。おそらく、真相は闇の中のまま、未解決事件として扱われることになるのだろう。
僕の環境も、ガラリと変わった。父と母の遺体については自治体に処理を任せることにした。山積する事件の責任や負の遺産から逃れるため、僕は相続をすべて放棄し、家を追われた。
身寄りも家もなくし、社会的に孤立しかけた僕に、栞のお父さんが一枚の鍵を差し出してくれた。
「使っていないボロ屋があるんだ。その管理を君に任せたい。……悠真くん、これは雇用契約だ。私が君の身元保証人になる」
栞のお父さんは、僕が自立して生きていけるよう、自身の会社で正式に雇い入れる形を整えてくれたのだ。管理費という名目で、生活に必要な給料も出ることになった。
「本当にありがとうございます。お父さんのおかげで、なんとか生活できそうです」
僕が深く頭を下げると、栞のお父さんは視線を落とし、どこか悲しげに呟いた。
「悠真くんには、娘が世話になったからな……」
「いえ、僕の方こそ栞には助けてもらってばかりで。今度は僕が彼女を助けられるよう、頑張ります」
僕がそう伝えると、お父さんは「……君は頑張りすぎるから。無理だけはしないように」と、父親らしい優しい笑みを浮かべてくれた。
入院中も、リハビリや精神鑑定、警察の事情聴取が続いた。栞のお父さんは学校側とも掛け合ってくれ、出席停止の手続きを進めてくれた。毎週届くレポート課題も、お見舞いに来てくれる栞に教わりながら、なんとかこなす日々だった。
ある日、僕は病室で栞に切り出した。
「本当にお父さんにも栞にも、すごく迷惑かけてるよな。……本当に、ごめん」
申し訳なさで胸が詰まる僕に、栞は淡々とした口調で答えた。
「お父さんや私のことは、気にしなくても大丈夫。お父さんも、あの時何もしてあげられなかったことを後悔してるみたいだから。これは……罪滅ぼしみたいな感じだと思う」
「そんなことない。お父さんには警察にも連絡してもらったし、あの時も僕を家に入れてくれた。すごく助けられたと思ってる。罪滅ぼしなんて、そんな……」
僕が否定すると、栞は悲しげに、でも確かな意志を込めて言った。
「お父さんが『何もできなかった』と思っているのは……誰も救えなかったからだと思う。……だから、悠真だけは救いたいんだよ」
栞は僕の目をまっすぐに見つめた。
「お父さんのわがままに、付き合ってくれないかな?」
「……いつか、絶対に恩返ししないとな」
僕がそう伝えると、栞は悪戯っぽく、けれどどこか真剣な眼差しで僕を見つめ返した。
「恩返ししたいなら、私と結婚すれば恩返しするチャンスはいくらでもあると思うわよ?」
「……え?」
驚いて固まる僕に、栞は微笑みを絶やさずに言葉を重ねる。
「あの時『大好き』って言ったの、嘘じゃないよ。陽葵のことが大好きなあなたのことを、私は愛してるの」
あまりにも真っ直ぐな言葉に、僕は泣きそうになりながら声を絞り出した。
「……でも、俺はまだ、陽葵のことが……」
「わかってる。これは私のわがまま。私は、いつまでも君のことを待つよ。だから、覚悟してね? 必ず振り向かせるから」
そう言った栞は、今まで見たこともないような、太陽のような眩しい笑顔を見せた。
――その瞬間、僕は心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。
栞のその笑顔が、あまりにも陽葵と重なって見えたからだ。
いつも、陽葵はそうやって笑っていた。
そして、気付いてしまった。陽葵の中に母さんの面影を見出し、執着し、手に入れようと狂奔した父さんの気持ちが、今の自分の中に微かに芽生えた「似たような衝動」を通じて、分かってしまったんだ。
(……ああ。僕は、本当に、あの化け物の息子なんだな……)
体の中に流れる「血」の忌まわしさを再確認し、僕は背筋に冷たいものを感じた。けれど、栞は僕のそんな暗い内面を知ってか知らずか、優しく僕の手を包み込んでいた。
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