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第13話:封じられたものと、アリシアの決断
しおりを挟む「……目覚めの時か……」
「眠りは、終わるのか……」
頭の奥に響く声。
それは、“直接語りかけられた”わけじゃない。
まるで、森そのものが過去に刻んでいた“記憶の囁き”だった。
(……これ、どういうこと?)
私は慎重に魔力を感知しながら、風の谷の中央に足を踏み出した。
地面に残る、かすれた魔法陣。
それはすでに力を失いかけ、微かに魔力が漏れ出している。
古い。とても古い。
王都の記録にもなかったくらいの“昔”の魔法。
「……アリシア、これは?」
ミレイが、剣を抜いたまま周囲を警戒している。
でも、この空間に“敵意”はない。
ただ――長い眠りの後、目覚めかけたものがあるだけ。
「これは、何かを封じるための魔法……でも、今はほぼ消えてる。
ここに“いたもの”が、目を覚ます寸前なのかも」
「いたもの、って……何が?」
「分からない。でも、聞いてみるしかない」
私は、結界の中心にそっと手をかざした。
その瞬間――
ふっ、と。
視界が揺らいで、“何か”が現れた。
⸻
霧が立ち込めるように、白い靄の中から影が浮かび上がる。
それは、獣のような形――けれど、どこか“人”のような雰囲気を持っていた。
銀色の毛並み。
淡く光る蒼い瞳。
ゆったりとした動きで、私たちの前に姿を現す。
「……精霊?」
ミレイが小さく息を呑む。
私もまた、驚きを隠せなかった。
獣型の精霊――それも、ただの“森の精”じゃない。
これは……“王族の血”が、かつて使役していた高位の存在。
(なんで、こんなところに……?)
私は、そっと一歩踏み出した。
その瞬間、霧の獣が口を開く。
「――汝は、王家の者か」
低く響く声。
問いかけるような、試すような。
「……だった者、だね。今は“王都の皇女”じゃない」
私は、はっきりと答えた。
そして、問いを返す。
「あなたは? どうして、ここにいるの?」
霧の獣は、一瞬沈黙した後――
静かに語り始めた。
「……ここは、かつて“契約の地”であった」
「遠い昔、王族は“守護獣”をこの地に封じ、必要な時に力を借りた」
「しかし時代が変わり、我らは忘れられた」
「契約は途切れ、ただ眠り続けるのみとなった」
私は、ぎゅっと拳を握る。
この話――つまり、王都の記録から“消された存在”ってこと。
「……あなたは、どうしたいの?」
その問いに、霧の獣は一瞬だけ目を閉じた。
「契約を結び直すか、あるいは、このまま完全に消えるか――」
「選ぶのは、汝だ」
「……え?」
私は、一瞬言葉を失う。
でも――すぐに、気づいた。
(……これは、“王”としての問いなんだ)
王都は、この存在を忘れた。
けれど、森はまだ“生かしていた”。
そして今――
私が、この場所の“王”として見なされている。
“王の選択”を、求められている。
ミレイが、隣で静かに私を見ていた。
何も言わない。でも、信じてくれている。
そして、私は答えた。
「……私は、“ここを守る王”でありたい」
私は、ぴゅるんをそっと抱きしめる。
ぴゅるんも、小さく「ぴぃ」と鳴いた。
「私は王都の誰かじゃなくて、ここで生きる者として――あなたに、頼りたい」
霧の獣は、静かに私を見つめた。
その目は――確かに、試すようだった。
けれど、どこか懐かしげでもあった。
「ならば、汝に力を託そう」
「この森と共に、在る限り」
その瞬間。
霧の獣の身体が、光となって消え――
代わりに、私の胸の奥に小さな輝きが宿った。
それは、森の奥から届いた、新たな“力”の気配。
⸻
「……本当に、契約、したんだな」
ミレイが、驚き半分・納得半分といった表情で呟く。
私は、ちょっとだけ苦笑する。
「ねえ、私。もう完全に“こっち側”の王だよね?」
「……最初からそうだったと思うけど」
ミレイが小さく笑う。
私は、霧が晴れていく森を見上げる。
風の谷は、もう静かだった。
かつての“守護獣”は、この地に溶け込み――
そして私は、またひとつ“守る力”を得た。
森は、私を選んだ。
私もまた、森を選んだ。
なら――
もう迷わない。
「さあ、結界拡張作戦、次のステップに行こう!」
ぴゅるんが、「ぴぃぃ!」と元気に鳴く。
ミレイは小さく肩をすくめた。
「……本当に、君は面白いな」
私は笑って、森の奥へと歩き出す。
新しい風が、私たちの国を吹き抜けていった。
風の谷での契約のあと、私は一度森の中心へ戻ってきた。
空気は静かで、ぴゅるんたちはいつものようにくつろいでいる。
ころりんは地面でごろごろ転がり、ぽてすけはお昼寝モード。
ふよよんはふわふわと漂い、ふさもんは相変わらずしっぽを立てて警戒中。
いつもと変わらない、平和な光景。
でも――私の中には、“何か”が残っている。
(……あの守護獣、どうなるんだろう?)
契約を交わしたことで、力の一部は私の中に宿った。
だけど、霧の獣自体は“消えた”わけじゃない。
むしろ、どこかで新しく生まれ変わろうとしている――
そんな感覚があった。
「……ぴゅるん、何か感じる?」
「ぴぃ……」
ぴゅるんは私の腕の中でくるくると小さく回り、
森の奥をじっと見つめた。
「……っ!?」
その瞬間、空気がふわっと揺らいだ。
風が巻く。
光がきらめく。
マフマフ草がふわりと揺れ――
そして――
そこに、“新しい何か”が現れた。
⸻
「……もふ?」
私は、思わず声を漏らした。
目の前に現れたのは――
ふわっふわの白い小さな生き物だった。
まるい。
とにかく、まるい。
ふわふわの毛並みが柔らかく光を反射し、
耳はぴょこんと三角形。
尻尾は短くて、ほんの少しふさふさ。
足は……いや、どこにあるのか分からない。
どうやら“浮いている”らしい。
まるで“雲のかけら”のような存在。
「……えっ、ちょっと待って……これ、もしかして……」
「……ぴぃ?」
ぴゅるんが、不思議そうに近づく。
すると――
「もふ~」
「……しゃべった!!??」
⸻
「ちょ、ちょっと待って! あなた……まさか、あの守護獣!?」
「もふ?」
「“もふ”って何!? それ返事なの!? 名前なの!?」
「もふ~……?」
私は混乱しながら、ぴゅるんを見る。
ぴゅるんは「ぴぃ」と一鳴きしたあと、その白いふわふわにちょこんと乗っかり、
満足げに「ぴぃぃ……」と心地よさそうにしていた。
(……いや、たしかに、めちゃくちゃ柔らかそうだけど!)
ミレイが、腕を組みながら私の隣でぼそっと呟く。
「……なんというか、威厳のかけらもない」
「だよね!? なんでこうなったの!?」
私は、新生もふもふ守護獣(仮)に向き直る。
「あなた、もとは霧の獣だったよね? どうしてこんな……もふっとした姿に?」
すると、“もふ”はころんと転がってから、ふわっと私の手元へ寄ってきた。
「もふもふ……ここにいたら、こうなった」
「いや、説明がざっくりすぎる……!」
ミレイが横から解説を試みる。
「……たぶん、森の魔力の影響を受けて“適応”したんだろうな。
もともとこの地の守護獣だったなら、環境に合わせて姿を変えることもあるのかもしれない」
「でも、こんな“もふ適応”ある!? ふつうもっと神獣的な方向性になるんじゃ……」
「環境が“ふわふわ至上主義”だったんだろうな」
「私のせい!?」
ぴゅるん、ころりん、ふよよん――
周囲のもふもふたちが、好奇心いっぱいの目で“もふ”を囲む。
「もふ?」
「ぴぃ!」
「ふゆ~」
「ころ……」
ぽてすけだけは、「お、お前……俺より丸くないか……?」という顔をしている。
そして、ひとしきり観察された後、
“もふ”はふわふわと空中を漂いながら、ぽつりと呟いた。
「ここ……すき」
「……」
私は、その言葉に一瞬固まったあと――
なんだか、胸の奥がじんわり温かくなった。
「そっか。なら、ここにいればいいよ」
「もふ~」
ぴゅるんが、ふわっと“もふ”に寄り添って、
ころりんたちもわらわらと寄ってくる。
もふもふの輪が、またひとつ広がった瞬間だった。
⸻
「というわけで、正式に“ぴゅるん王国の新しい仲間”が増えました!」
私は、改めて“もふ”を紹介する。
ミレイが腕を組みながらため息をついた。
「……で、名前は?」
「えっ……」
「まさか、そのまま“もふ”にする気じゃないだろうな」
「いや、うーん……たしかに、もうちょっとこう……それっぽい名前のほうが……」
私は少し考えて――
そして、ぴゅるんの方をちらっと見る。
「……“モフリス”」
「もふ~?」
「もふもふ+古い守護獣っぽい感じで、“モフリス”!」
「……今考えただろ」
「うるさい! もう決めた!!」
「ぴぃっ!」
ぴゅるんも満足そうに鳴く。
そして、モフリス(仮)もころんと転がって「もふ~」と心地よさそうな声を出した。
こうして、私たちの国に新たな仲間――
かつての守護獣“モフリス”が加わったのだった。
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