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第一章
7,追憶の風
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残酷描写有。苦手な場合第八話へ飛んでください。
久々に夢を見た。
ルシアがいた時は見る事もなかった
愚かで青いガキの頃の夢。
両親共に魔術とは無縁の世界で生きていた
両親の元に何故俺が生まれたのか。
疑問ばかりが心中を渦巻いていたあの頃。
生まれてこなければ良かったんだ。
一人になった時にそう思った。
「もう魔術を使ってはならないぞ、クライヴ。
お前の力は、自分で制御もできない未熟なものだ。
神が与えた才といえど、分不相応という言葉がある。
私の言っていることは分かるな?
貴族の子息として立派に後を継げるように頑張るんだぞ。
折角恵まれた頭脳があるのだ。教養を身につければお前は……」
「待ちなさい、クライヴ」
すたすたと立ち去っていくクライヴを父親が咎める。
これまで何度同じ事を言われたか分からなかった。
大貴族だか何だっていい。知るもんか。
クライヴは、子供ながらに自分に
枷を嵌められたようで嫌だった。
毎日家庭教師がやって来て、クライヴの自由を束縛する。
屋敷の中で過ごすことしか許されず、
外へ出ることは滅多となかった。
同じ年頃の子供との交流もなく、
次第にクライヴは屈折していった。
退屈を紛らわせる唯一の楽しみが、魔術。
魔術を学ぶことは苦ではなかった。
魔術が使えると知っても、やはり原理を
知らない以上はどうにもならない。
言葉を唱えずとも、心で念じれば
手の平から炎が生まれたり風を起こせたが、
子供のままごとじみていることが、かなり不快だった。
クライヴは、屋敷内の地下にある書庫に行ってみる事にした。
やがて棚の中に眠った古ぼけた魔術書を発見した彼は、
(この屋敷にまさかこんな物があるなんて!)
驚きつつ歓喜に震えた。
魅入られるように、本の虜になり毎日毎晩書庫に入り浸った。
自分の使える自由時間と、睡眠時間を
削ってまで魔術書を読みふけった。
クライヴは無我夢中で、知識を取り込んでいく。
魔術書を読みながら、それを書き写し頭の中に叩き込んだ。
3冊の魔術書を読み終えた後、勝手に本を持ち出した。
露見した時のことはその時考えればいいと軽い考えだった。
書庫に放置されていた本なのだ。
気づかれる可能性も少ないだろう。
子供じみた甘い考えが、やがて身を滅ぼすことになろうとは
彼はこの時思ってもいなかった。
ある日の夕食後、クライヴは父の部屋に呼ばれた。
「クライヴ、私の言いたいことは分かっているな」
クライヴの表情は変わらない。
態度が悪いと言われても、彼は感情を
隠す術を実行していただけなのだ。
後にそれが癖となって染みついたせいで、
誤解を招くことになるのだが、まだ彼は知らない。
「あんな物早く処分しておけばよかったな。
お祖父様(クライヴの曾祖父)が、どこぞから買い求めて、
大切にされていた物だから
一応、書庫に保管していたのだが……
ろくでもないことになったな。
今すぐ本を渡しなさい」
クライヴが、魔術書を持ち出したことは、疑うべくもなかった。普段から魔術に興味を示し、度が過ぎるほどにのめりこんでいた姿は、父親には狂気じみて見えた。
彼が惹かれているのが、闇を操る黒魔術だと
言うのも懸念材料だった。
自我を失い破滅していったクライヴの曾祖父と、
同じ道を辿るなど、決してあってはならない。
精神も不安定な幼いクライヴは、魔術の恐ろしさを
知らない。取り返しがつかなくなる前に、
元の道に、クライヴを導かなければ。
父親の懸命な説得にもクライヴは、首を縦に振らなかった。
「……嫌です」
クライヴは、腕の中の魔術書を抱きしめた。
絶対離すものかという、強い意志が感じ取れる。
挑戦的な眼差しで父親を睨んでいた。
「クライヴ」
クライヴは有無を言わさぬ口調にも怯まず、自らの要求を
突きつけた。もはや、彼の眼差しは、ここではない
違う場所を見ていた。公爵家の嫡子として
生まれ育ち、何不自由なく生活しているにも
かかわらず、この世界の全てを憎むかのように、
父親に嫌悪の眼差しを向けていた。
「優れた師の元で魔術を教わりたい。
独学のみでは限界があります。
私は、家を出ようと思います」
要求というより、報告だ。
「何を言ってる」
険のある眼差しに、一瞬びくりと肩を怒らせたが、
クライヴは、引き下がらなかった。
純粋なまでの情熱は間違った方向へと進もうとしている。
「貴族の子息として、相応しくないと
いうのなら喜んで出て行きます」
唇を歪ませて笑う様は10歳にしては、ひどく大人びていて、
それ故に歪んでいた。冷静に話をするのは無理だと父親も感じた。くっ、と喉を鳴らして笑う。
「出て行ったとして生きていけるのか。
この屋敷を出たことなどない
世間知らずがよく言う。所詮、向こう見ずな子供の浅知恵だ」
子供相手といえど情け容赦がない父親にクライヴは、唇をかんだ。自らの態度は高い棚に上げた上で。
(子供として生きさせてくれないのはどっちなのか。
子供らしく過ごさせてくれれば、また違っただろうに)
魔力を備えた異端児だからこそ
余計に、厳しく育てられたクライヴは、性格も、
暗く歪んだ思考を持つようになった。
クライヴが、魔術に傾倒してしまったのは、
生きる縁よすががそれしかなかったからだ。
自由を奪い、飼い殺す。
贅沢は与えられても、自由は与えられない。
そんなふうに過ごさなければならなかったクライヴは、
屈折し、暗い思考を持つようになった。
(元はあなたがたのせいだろうに)
親の庇護もなければ何も出来ない無力な子供である事実を突きつけられた悔しさで涙が滲んだクライヴの中で怒りが、身体中に渦巻いていた。
なにか大きなものが、
身体の中に満ちて、吹き出そうとしている。
父親は席から立ち上がる。
胸に抱えた魔術書を強引に奪い取った。無表情に暖炉に投げ入れられると、
紙の焼ける匂いが漂い始める。
その様をクライヴの瞳は映していなかった。
虚空を見つめて笑う姿に彼の狂気を目覚めさせてしまったのを
知った父親は、心中で嘆いた。
壊れた笑みを父親に向けたクライヴは、静かに笑みを消した。
束縛された環境の中で生きることを強いた周りもよくなかったのだ。
気づいたのは、もう遅すぎたけれど。
「お父様はそれでご満足ですか?
俺は痛くも痒くもありませんよ。
もうとっくに俺の中に同化してますから」
クライヴは、少年らしさの欠けらも無い表情で言い放った。
魔術書の内容全てを覚えたことで前よりずっと自由自在に
魔術を扱えるようになったクライヴは、そのことが、
嬉しく誇らしくてたまらなかった。
(ここを出ていけば、黒魔術師として修行を積み、やがて、
黒魔術師にもなれるだろう)
父親は、ひきつり笑いを浮かべて喚き散らした。
「……この家の系譜にお前の名が連なっていることさえ不愉快だ」
喜ぶがいい。父が直々に引導をくれてやろうではないか」
父親は、痛ましいものでも見るかのようにクライヴを見やり、
その頤に指を絡めた。
ぎりぎりと締められる圧迫感に、クライヴは、
恐怖より不愉快が募った。
嫌悪感と苛立ちで破壊衝動が、限界まで膨れ上がる。
(誰が死んでやるものか。殺される位なら、俺が殺してやる)
にやりと不気味に微笑んだクライヴは、
垂れ下がっていた手の平をすっと宙に掲げた。
ぶつぶつと低い声で呪文を唱える。
大炎が父親の体を包み込み、さっきまでの立場とは逆転した。
「やめ……助けてくれ! 」
「さようなら」
苦悶の表情が、見る見るうちに炎の中に溶けて消えていく。
最初から存在していなかったかのように、
跡形もなく父親の姿は消失した。
人の肉が焦げた匂いは、存外嫌なものだなと、感じただけで、
何の感傷もない。
呆気なく人間の魂を消してしまえるのだと、それだけを思った。
クライヴが生み出した炎は、部屋の家具などを少しも
焦がすことはなく、父親が消えると同時に消えていた。
「俺をこの世に誕生させて下さりありがとうございました」
無表情の中に、一筋の涙が頬を伝っている。
クライヴが見せた唯一の人間らしさだった。
それからは怒涛だった。
自らが父を殺したことを母に告げて、泣き叫んだ母を手にかけた。私も殺してと、言う母を手にかけることへの
躊躇いは一切なく、父親と同じ方法で母を死に至らしめた。
「……俺は、馬鹿だな」
クライヴは、何もかも終った後で
ようやく事の重大さを自覚した。
父を死に至らしめたことは後悔していない。
あの場で、黙って死を受け入れるほどの
可愛げは持ち合わせていなかったからだ。
母を絶望の淵に追いやってしまったのは、
酷だったかもしれない。
たとえどんな男であろうとも父だけが心の支えだった母親にとって
もたらされた父親の死。彼女の精神はその時に死んだ。
クライヴは公爵と公爵夫人の死と共に、
公爵家から姿を消した。わずか10歳の少年が、
自らの両親を手にかけたことは、露見することなく、
公爵も後継者もいなくなった公爵家は、
やがて滅亡への道辿ることになった。
(やはり、俺が殺されていればよかったのだろうか。
幾度となくそう思ったが、後を追うにも
虫が良すぎるとも思ったのだ。
あの世でまで煙たがられたくはなかったし、せめて死後は二人きりにさせてやりたかった)
身勝手なエゴなのは承知の上だ。
その後、クライヴは、念願だった黒魔術の師に弟子入りすることも叶い、
黒魔術師への道を着実に突き進んでいった。
一筋縄ではいかない風変わりな師ではあったが、
クライヴは、心を無にすることで堪えた。
両親を手にかけた時に人の心など失っていたのだろう。
魔術師としてひとり立ちしたのがクライヴ14の時。
由緒ある公爵家の生まれであったことが、
皮肉にも彼の名を世に知らしめてしまうことになる。
両親を殺し、闇に手を染めてしまったクライヴの人生は、
それからも闇へと堕ちる一方だった。
目的の為なら手段を選ばず、ただまっしぐらに突き進んだ結果
賞賛と畏敬の眼差しを人々から送られることになった。
人助けから、裏に通じる汚い仕事まで、
自分が楽しく満たされると思う仕事なら何でもやった。
人の恨みを買うことも少なくなかったが、同じだけ
人を救っていたので悪い評判ばかりでもなかった。
そうして魔術師として着実に名を広め、
世に稀な大魔術師と謳われるようになった頃、クライヴは突然人々の前から姿を消した。
あれだけ派手だった彼の名声はとんと聞こえなくなった。
完全に闇に堕ちて、魔物の世界に行ってしまったのだとか、
死んだとか勝手な噂だけが流れていた。
(類まれなる魔術と、貴族的な端麗な容姿。
銀髪に紺碧の瞳はフェアウェル公爵家に代々受け継がれる色彩であり、
クライヴは、母親と父親の美貌を受け継いでいた)
轟く轟いた名声もうっとうしくなり、疲れたクライヴは、
森の奥深くに眠る古城に引きこもった。
どれだけ、あがいても本当に欲しいものは手に入らず。
どこか物足りなかった。
金があっても精神的には満たされず、
結局何を求めているのかずっと
分からないまま日々を送っていた。
あの金の髪の少女に出会うまで。
しなやかで美しい、ルシアに触れるまで。
探していたものをようやく見つけた気がした。
離れてみて、確信した。
俺の魂を救ってくれるのは彼女なのだと。
クライヴは宙に手を伸ばしていた。
「ルシア、戻って来い」
命令ではなくそれは願い。
声を切なく空気を振るわせた。
時空の彼方にいる少女に、届けと。
久々に夢を見た。
ルシアがいた時は見る事もなかった
愚かで青いガキの頃の夢。
両親共に魔術とは無縁の世界で生きていた
両親の元に何故俺が生まれたのか。
疑問ばかりが心中を渦巻いていたあの頃。
生まれてこなければ良かったんだ。
一人になった時にそう思った。
「もう魔術を使ってはならないぞ、クライヴ。
お前の力は、自分で制御もできない未熟なものだ。
神が与えた才といえど、分不相応という言葉がある。
私の言っていることは分かるな?
貴族の子息として立派に後を継げるように頑張るんだぞ。
折角恵まれた頭脳があるのだ。教養を身につければお前は……」
「待ちなさい、クライヴ」
すたすたと立ち去っていくクライヴを父親が咎める。
これまで何度同じ事を言われたか分からなかった。
大貴族だか何だっていい。知るもんか。
クライヴは、子供ながらに自分に
枷を嵌められたようで嫌だった。
毎日家庭教師がやって来て、クライヴの自由を束縛する。
屋敷の中で過ごすことしか許されず、
外へ出ることは滅多となかった。
同じ年頃の子供との交流もなく、
次第にクライヴは屈折していった。
退屈を紛らわせる唯一の楽しみが、魔術。
魔術を学ぶことは苦ではなかった。
魔術が使えると知っても、やはり原理を
知らない以上はどうにもならない。
言葉を唱えずとも、心で念じれば
手の平から炎が生まれたり風を起こせたが、
子供のままごとじみていることが、かなり不快だった。
クライヴは、屋敷内の地下にある書庫に行ってみる事にした。
やがて棚の中に眠った古ぼけた魔術書を発見した彼は、
(この屋敷にまさかこんな物があるなんて!)
驚きつつ歓喜に震えた。
魅入られるように、本の虜になり毎日毎晩書庫に入り浸った。
自分の使える自由時間と、睡眠時間を
削ってまで魔術書を読みふけった。
クライヴは無我夢中で、知識を取り込んでいく。
魔術書を読みながら、それを書き写し頭の中に叩き込んだ。
3冊の魔術書を読み終えた後、勝手に本を持ち出した。
露見した時のことはその時考えればいいと軽い考えだった。
書庫に放置されていた本なのだ。
気づかれる可能性も少ないだろう。
子供じみた甘い考えが、やがて身を滅ぼすことになろうとは
彼はこの時思ってもいなかった。
ある日の夕食後、クライヴは父の部屋に呼ばれた。
「クライヴ、私の言いたいことは分かっているな」
クライヴの表情は変わらない。
態度が悪いと言われても、彼は感情を
隠す術を実行していただけなのだ。
後にそれが癖となって染みついたせいで、
誤解を招くことになるのだが、まだ彼は知らない。
「あんな物早く処分しておけばよかったな。
お祖父様(クライヴの曾祖父)が、どこぞから買い求めて、
大切にされていた物だから
一応、書庫に保管していたのだが……
ろくでもないことになったな。
今すぐ本を渡しなさい」
クライヴが、魔術書を持ち出したことは、疑うべくもなかった。普段から魔術に興味を示し、度が過ぎるほどにのめりこんでいた姿は、父親には狂気じみて見えた。
彼が惹かれているのが、闇を操る黒魔術だと
言うのも懸念材料だった。
自我を失い破滅していったクライヴの曾祖父と、
同じ道を辿るなど、決してあってはならない。
精神も不安定な幼いクライヴは、魔術の恐ろしさを
知らない。取り返しがつかなくなる前に、
元の道に、クライヴを導かなければ。
父親の懸命な説得にもクライヴは、首を縦に振らなかった。
「……嫌です」
クライヴは、腕の中の魔術書を抱きしめた。
絶対離すものかという、強い意志が感じ取れる。
挑戦的な眼差しで父親を睨んでいた。
「クライヴ」
クライヴは有無を言わさぬ口調にも怯まず、自らの要求を
突きつけた。もはや、彼の眼差しは、ここではない
違う場所を見ていた。公爵家の嫡子として
生まれ育ち、何不自由なく生活しているにも
かかわらず、この世界の全てを憎むかのように、
父親に嫌悪の眼差しを向けていた。
「優れた師の元で魔術を教わりたい。
独学のみでは限界があります。
私は、家を出ようと思います」
要求というより、報告だ。
「何を言ってる」
険のある眼差しに、一瞬びくりと肩を怒らせたが、
クライヴは、引き下がらなかった。
純粋なまでの情熱は間違った方向へと進もうとしている。
「貴族の子息として、相応しくないと
いうのなら喜んで出て行きます」
唇を歪ませて笑う様は10歳にしては、ひどく大人びていて、
それ故に歪んでいた。冷静に話をするのは無理だと父親も感じた。くっ、と喉を鳴らして笑う。
「出て行ったとして生きていけるのか。
この屋敷を出たことなどない
世間知らずがよく言う。所詮、向こう見ずな子供の浅知恵だ」
子供相手といえど情け容赦がない父親にクライヴは、唇をかんだ。自らの態度は高い棚に上げた上で。
(子供として生きさせてくれないのはどっちなのか。
子供らしく過ごさせてくれれば、また違っただろうに)
魔力を備えた異端児だからこそ
余計に、厳しく育てられたクライヴは、性格も、
暗く歪んだ思考を持つようになった。
クライヴが、魔術に傾倒してしまったのは、
生きる縁よすががそれしかなかったからだ。
自由を奪い、飼い殺す。
贅沢は与えられても、自由は与えられない。
そんなふうに過ごさなければならなかったクライヴは、
屈折し、暗い思考を持つようになった。
(元はあなたがたのせいだろうに)
親の庇護もなければ何も出来ない無力な子供である事実を突きつけられた悔しさで涙が滲んだクライヴの中で怒りが、身体中に渦巻いていた。
なにか大きなものが、
身体の中に満ちて、吹き出そうとしている。
父親は席から立ち上がる。
胸に抱えた魔術書を強引に奪い取った。無表情に暖炉に投げ入れられると、
紙の焼ける匂いが漂い始める。
その様をクライヴの瞳は映していなかった。
虚空を見つめて笑う姿に彼の狂気を目覚めさせてしまったのを
知った父親は、心中で嘆いた。
壊れた笑みを父親に向けたクライヴは、静かに笑みを消した。
束縛された環境の中で生きることを強いた周りもよくなかったのだ。
気づいたのは、もう遅すぎたけれど。
「お父様はそれでご満足ですか?
俺は痛くも痒くもありませんよ。
もうとっくに俺の中に同化してますから」
クライヴは、少年らしさの欠けらも無い表情で言い放った。
魔術書の内容全てを覚えたことで前よりずっと自由自在に
魔術を扱えるようになったクライヴは、そのことが、
嬉しく誇らしくてたまらなかった。
(ここを出ていけば、黒魔術師として修行を積み、やがて、
黒魔術師にもなれるだろう)
父親は、ひきつり笑いを浮かべて喚き散らした。
「……この家の系譜にお前の名が連なっていることさえ不愉快だ」
喜ぶがいい。父が直々に引導をくれてやろうではないか」
父親は、痛ましいものでも見るかのようにクライヴを見やり、
その頤に指を絡めた。
ぎりぎりと締められる圧迫感に、クライヴは、
恐怖より不愉快が募った。
嫌悪感と苛立ちで破壊衝動が、限界まで膨れ上がる。
(誰が死んでやるものか。殺される位なら、俺が殺してやる)
にやりと不気味に微笑んだクライヴは、
垂れ下がっていた手の平をすっと宙に掲げた。
ぶつぶつと低い声で呪文を唱える。
大炎が父親の体を包み込み、さっきまでの立場とは逆転した。
「やめ……助けてくれ! 」
「さようなら」
苦悶の表情が、見る見るうちに炎の中に溶けて消えていく。
最初から存在していなかったかのように、
跡形もなく父親の姿は消失した。
人の肉が焦げた匂いは、存外嫌なものだなと、感じただけで、
何の感傷もない。
呆気なく人間の魂を消してしまえるのだと、それだけを思った。
クライヴが生み出した炎は、部屋の家具などを少しも
焦がすことはなく、父親が消えると同時に消えていた。
「俺をこの世に誕生させて下さりありがとうございました」
無表情の中に、一筋の涙が頬を伝っている。
クライヴが見せた唯一の人間らしさだった。
それからは怒涛だった。
自らが父を殺したことを母に告げて、泣き叫んだ母を手にかけた。私も殺してと、言う母を手にかけることへの
躊躇いは一切なく、父親と同じ方法で母を死に至らしめた。
「……俺は、馬鹿だな」
クライヴは、何もかも終った後で
ようやく事の重大さを自覚した。
父を死に至らしめたことは後悔していない。
あの場で、黙って死を受け入れるほどの
可愛げは持ち合わせていなかったからだ。
母を絶望の淵に追いやってしまったのは、
酷だったかもしれない。
たとえどんな男であろうとも父だけが心の支えだった母親にとって
もたらされた父親の死。彼女の精神はその時に死んだ。
クライヴは公爵と公爵夫人の死と共に、
公爵家から姿を消した。わずか10歳の少年が、
自らの両親を手にかけたことは、露見することなく、
公爵も後継者もいなくなった公爵家は、
やがて滅亡への道辿ることになった。
(やはり、俺が殺されていればよかったのだろうか。
幾度となくそう思ったが、後を追うにも
虫が良すぎるとも思ったのだ。
あの世でまで煙たがられたくはなかったし、せめて死後は二人きりにさせてやりたかった)
身勝手なエゴなのは承知の上だ。
その後、クライヴは、念願だった黒魔術の師に弟子入りすることも叶い、
黒魔術師への道を着実に突き進んでいった。
一筋縄ではいかない風変わりな師ではあったが、
クライヴは、心を無にすることで堪えた。
両親を手にかけた時に人の心など失っていたのだろう。
魔術師としてひとり立ちしたのがクライヴ14の時。
由緒ある公爵家の生まれであったことが、
皮肉にも彼の名を世に知らしめてしまうことになる。
両親を殺し、闇に手を染めてしまったクライヴの人生は、
それからも闇へと堕ちる一方だった。
目的の為なら手段を選ばず、ただまっしぐらに突き進んだ結果
賞賛と畏敬の眼差しを人々から送られることになった。
人助けから、裏に通じる汚い仕事まで、
自分が楽しく満たされると思う仕事なら何でもやった。
人の恨みを買うことも少なくなかったが、同じだけ
人を救っていたので悪い評判ばかりでもなかった。
そうして魔術師として着実に名を広め、
世に稀な大魔術師と謳われるようになった頃、クライヴは突然人々の前から姿を消した。
あれだけ派手だった彼の名声はとんと聞こえなくなった。
完全に闇に堕ちて、魔物の世界に行ってしまったのだとか、
死んだとか勝手な噂だけが流れていた。
(類まれなる魔術と、貴族的な端麗な容姿。
銀髪に紺碧の瞳はフェアウェル公爵家に代々受け継がれる色彩であり、
クライヴは、母親と父親の美貌を受け継いでいた)
轟く轟いた名声もうっとうしくなり、疲れたクライヴは、
森の奥深くに眠る古城に引きこもった。
どれだけ、あがいても本当に欲しいものは手に入らず。
どこか物足りなかった。
金があっても精神的には満たされず、
結局何を求めているのかずっと
分からないまま日々を送っていた。
あの金の髪の少女に出会うまで。
しなやかで美しい、ルシアに触れるまで。
探していたものをようやく見つけた気がした。
離れてみて、確信した。
俺の魂を救ってくれるのは彼女なのだと。
クライヴは宙に手を伸ばしていた。
「ルシア、戻って来い」
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言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
2月28日より、第五章の連載を再開いたします。毎週金・土・日の20時に更新予定です。
また、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。
引き続きよろしくお願いいたします。
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