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第二章

13、「地獄の番犬」

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ルシアは、光溢れる白い空間に眩しさに目を細めた。
太陽から降り注ぐ光は、久しぶりに感じるもので不思議な気分になる。

自然の光を浴びるのが懐かしいと感じるなんて。



 クライヴが魔力で作り出した庭園は、朝、日が昇り、夜が来れば沈むが、あくまで魔力で

 構成された場所であり、自然界の理(ことわり)を無視していた。

 この城内には窓がないと思っていたので、陽の光の恩恵をありがたく感じる。

 天窓から差し込む光が反射して光っている。

 呆けているルシアの手をクライヴが掴んで歩き出す。

「ぼけっとするな。行くぞ」

「庭園とはまた違って自然の陽の光もいいですね」

 ルシアは、率直な感想を言う。

「生きてるんだなあって思います」

 今までが引きこもりすぎていたのだ。

「サンルームに行ってみるか」

 ルシアは頷いて、クライヴの腕に自分の腕を絡めた。

 気高くて、近寄りがたい黒魔術師が、照れ屋でぶっきらぼうで優しいことは、
 既に身にしみてわかっていた。

「何をにやけてる」

「何でもありませんよ」

 眉根を寄せていたクライヴは、わけが分からないという顔をしたあと、視線を逸らした。

 地上一階の南側にサンルームは存在した。

 ガラス張りの扉を開けると、西側に大きな窓が一面を占めていて

 部屋の真ん中にはガラス扉での小部屋がもある。

 そこにはテーブルと椅子がセットで置かれ、ソファー、天蓋つきのベッドもある。

 大きな窓は両開きになっていて、テラスに繋がっていた。広い部屋だ。

「……素敵な場所ですね」

 感嘆しているルシアにクライヴは苦笑する。

「庭園は、朝昼晩と時間が経過するが、天候は変わらない。いつでも春のままだ。ここは、

 そのまま外の天候が分かるぞ」

「雨が降った時は雨音も聞けるわけですね」

「……憂鬱になるじゃないか」

「元々根暗で陰湿なクライヴがよく言いますね」

クライヴの憮然とした様子にルシアは、からからと笑った。

「ここで暮らすか」

「え、本当ですか」

「ああ。お前が好きそうな乙女仕様の部屋だ」

 クライヴは、部屋の中に設けられた小部屋にルシアを導く。

 天蓋の紐を引くと白いレースで縁取られた大きなベッドが、目に飛び込んでくる。

「お姫様のベッドみたい」

「この城は元々王族が住んでいたからな」

「初耳。どうりで大きなお城だとは思ってましたけど。え、まさか滅ぼしたんですか? 」

 黒魔術師なら、やりかねないと思ってしまったルシアである。
 クライヴは、クッと笑った後、答えてくれた。

「滅んだのはこの時代よりずっと昔だ。お前が生まれた時代では

 まだ栄えていただろうけどな」

「……やっぱり時代が違うって思い知らされちゃうじゃないですか」

 ルシアの時代には存在し、クライヴが生まれる前の時代に消滅した王朝。

 ルシアは、ここがどこの城か気がついた。

 当時の王朝で、王女が与えられていた離宮だ。
 その絢爛豪華さは、庶民のあこがれだったのだ。

 平民のルシアは訪れたことなどなかったので、感慨深く部屋を眺める。

「今俺の隣りでここに存在しているじゃないか。
 本来の歴史は歪めてしまったけれど、二人だけの歴史を作ればいいだろう」

「はい」

 クライヴの言葉は重みがあった。

 確かに信じてもいいと思わせる物があるからルシアは、頬を染めて頷く。

 布団もその下のシーツもとても滑らかな質感だ。

 絹(シルク)だろう。

「星もよく見えるし、いいだろう」

「掃除はしてあるんですか? お布団に黴カビやら、虫が湧いたりしてないでしょうね」

 一応確認をした。

 見た目は綺麗だが、ここ数ヶ月城、で過ごしていて、ここを知らなかったくらいだ。

 もし、汚れているなら掃除をしなければ。

「心配するな。定期的に掃除はしていたし、この間徹底的に汚れを取り除いた。

 布団は干して叩いておいたしな」

 ルシアの知らぬ間に、綺麗にしていたらしい。思わず感心してしまったルシアである。

「マメですね……」

 面倒くさがりかと思いきや綺麗好きなクライヴに驚いた。

「まだ案内する場所は他にもある」

 クライヴがしゅっと天蓋の紐を引き、二人はサンルームのある部屋を出て行く。

 歩きながら、クライヴの口から漏れた爆弾発言にルシアは血の気が引く想いがした。

「昔は、地下牢もあったんだ」

「……心臓が竦みあがるじゃないですか」 

「前に、幾つかの空間を繋げて庭園を造ったって言っただろ。

 地下牢含め必要のない部屋を取り壊したんだよ」

 ルシアは、クライヴの顔を見上げた。

 街で、窃盗なんかの比較的軽い罪を働いた者が入れられたというが、

 拷問は特に行われていなかったから、ここで、死んだものはいない。

 一時的に拘束されていただけだろう」

「……よかった」

 ほっと頬を緩めるとクライヴも息をついた。

 元々一国の王族が住んでいた場所だったこともあり、 目が回るほど広かった。

 尖塔が、東と西に一つずつある。

 二人で暮らすにも広すぎる。

 ルシアは、クライヴから城の全体図を渡されて、食い入るように見入った。

「クライヴ……ここは、買い取ったんですか? 」

「……一応俺も元々公爵家の出で、それなりに資産もあったし」

 さらっ、と告げられた言葉にルシアは驚愕する。
 立ち振る舞いも仕草もどこか洗練されていて品があったのは、そういうことだったのか。

「おぼっちゃま……」

「今のは空耳か? 」

 クライヴは、ルシアのつぶやきを聞き逃さなかった。
 ぎゅっと耳を引っ張って彼女の顔色を窺う。
 力は込められておらず、くすぐったいだけだが。

「……禁句でしたか」

「生家は既にないが、公爵位は王から、譲位された。フェアウェル公爵家の血筋であることと、

 魔術師としての功績を認められてな」

「すみません、公爵さまの間違いでした」

「……お前は魔術師の妻だけじゃなく、公爵夫人にもなるんだぞ」

「えっ」

 ルシアは呆けた。重大なことを言われた気がするが実感がない。
 気恥ずかしくて話題を変えた。

「よくここに住みたいと思いましたね」



「王族同士の争いで、王家が滅亡したらしいな。
 王家の生き残りの王女は、追い詰められて、東の尖塔から、身を投げたらしい。

 ある意味呪われた城だ。
 誰も住みたいなんて思わないだろうが、俺には最適だろ? 」


 ルシアがいた時代には王家は栄えていたから、どういう経緯で滅びてしまったのかは

 全く知らなかった。クライヴが生まれるすこし前の時代に、滅びたというが、

 歴史書を学べば、分かるだろう。

「街に図書館なんてありますか? 」

「あるが、行きたいのか? 」

「歴史について知りたいです。私が生まれた後の時代のこととか」

 そう、この時代では、既にルシアの両親も姉も皆、鬼籍に入っているのだ。考えると切ないが。

「また一緒に行こうか」

「嬉しいです」

 ぎゅっ、と指を絡められ照れたルシアだったが、城内を案内されて驚きと歓喜の声をあげた。

「厨房、あるじゃないですか」

 ルシアは調理台の上に指を滑らせてみる。

 埃がつかないところをみれば、クライヴが最近掃除したのだろうか。

「お掃除もしているみたいだし、本格的に地下から引っ越すつもりなんですね」

 うきうきとルシアは声を弾ませた。

 厨房の食物保存庫には食料がぎっしり詰め込まれている。

 買い出しに行ったんですねとルシアが問うとクライヴは目線で肯定する。

「あっちにいる必要もないからな」

「庭園はともかく、真っ暗な場所はそろそろうんざりしていたところです」 

「……正直なやつだな」

「クライヴの根暗陰湿じめじめが、感染したら嫌ですもの」

「……」

 ルシアの隣で、クライヴは微かに笑ったように見えた。

「必要なものを元いた場所から持ち運ぶのは、少々難儀だが、瞬間転移すればいいだけだな」

「……必要なものって服くらいですけどね」

「寝台(ベッド)もあるしな」

 ルシアは、意識してしまい赤面した。

 誤魔化すように、早口で言い募る。

「とりあえず腹ごしらえして魔界に出発しますか」

 「……わかった」

 くくっとクライヴは喉を鳴らしルシアの背中を押した。

 広々とした厨房は、かつては調理師達が料理をこしらえ、それを召使い達が、王族の元へ運んでいたのだろう。

「今まで以上に楽しくなりそうですね」

 クライヴが返事を返さないので、ルシアの独り言になってしまった。

 調理台の前に根菜や葉野菜を並べて、選別してはクライヴがルシアに渡す。

 渡された材料をルシアは、一つずつ皮をむき、ナイフで切り刻んでいく。

 煮込んだ後、味付けをして皿に盛りつけた。

 具だくさんスープは、簡単に作れるし味付けと材料を変えれば飽きも来ないので重宝する。

 材料によっては作り置きは不可能なので、きっちり食べれる分量だけを作った。

「どうです? 」

「パンもあったら最高だったな。今度一緒に買いに行こう。パン焼き釜を作ってもいいし」

「パン、焼いてみたいです」

「では改築の案に盛り込もう」

「何か新婚さんみたいでどきどきします」

「契りを交わした時点で、世間的には夫婦も同然とみなされるがな」

 クライヴの発言には他意がなかった。

「ごほっ……!」

「行儀が悪い」

「ご、ごめんなさい」

「動揺する必要はないだろう。俺はもうお前を手離すつもりなどないし、

 見せびらかして歩きたいくらいなのだから」

 ルシアは、むせながらスープをかき込んだ。

 これ以上甘い台詞を言われたら、胸が詰まってしまいそうだ。

「お前を狙う悪い虫は、徹底的に排除してやるから安心しろ」

「っ……物が入らなくなるじゃないですか」

「何故だ」

 真顔で聞き返すクライヴにルシアは絶句した。

 ああ、この人って!

 クライヴは話す合間に咀嚼しているので、物を口に入れながら喋ってはいない。

 さすが、貴族。

 マナーも徹底している。

 時折間を置いて甘いことを言うから、心臓に悪かった。

 ルシアは、食事マナーには気をつけようと思いながらも結局クライヴの言葉に反応してしまう。

「ごちそうさまです」

「もういいのか」

「胸がいっぱいで」

「じゃあ残り全部、食べていいんだな」

「どうぞどうぞ。どうせ腐るだけですし」

 クライヴは、その細身の体のどこに入るのか鍋にあるスープを平らげてしまった。

(いや、黒い長衣(ローブ)の下は、意外に男らしいの知ってるけれど)

 ルシアは、一人で赤面した。

 やましい想像をしてしまったことを恥じらい、むせる。

 クライヴは、訝しい眼差しを向けたが何も言わなかった。

「よ、よく食べますね」

「魔界に行くとなったら何が起きるか分からないからな。

 魔術を使う場面もあるだろうし、腹ごしらえしておくに越したことはない」

「確かに魔術ってお腹が空きますもんね」

 クライヴが、ルシアの分もまとめて皿を片付けてくれるようなので

 ルシアは彼に任せることにした。

 地下の庭園で、簡単だが料理を作った時、俺は料理は出来ないから

 片付けや下準備は任せてくれと言っていたのを思い出す。

 魔術で、食べたいものを出す行為は、

 つまりは、余所の食卓から盗むことだ。

 黒魔術師といえど、もともと貴族ので出あるクライヴは、そこまで落ちてはいなかった。

 ルシアが来るまで、庭園の果実を齧っていただけという食生活で、よく生きてこられたと

 思うけれど。たぶん、健康ではなかったのだろう。
 心と身体、双方が病んでいたはずだ。

 ルシアが庭園で、野菜を育てるようになり、クライヴの食生活は格段に充実したものとなった。
 生活習慣で、人はここまで健全になれるのだなと、ルシアは日々思い知っている。

「クライヴって私がいなければ駄目ですよね」

「ああ」

 即答したクライヴは意味ありげにルシアを見つめている。

「食事の管理はお任せあれ! これからもかっこいいクライヴでいてもらいたいですもの」

「ルシアは頼りになるな。もっと役に立たないと思っていたが」

「うわ、聞き捨てならないんですけど!」

「別に大したことじゃない。行こうか」

 流されて、うぬぬとルシアは拳を握る。

 そうだ。まだメインイベントが残っている。

 ここで悠長に時を過ごしていてもしょうがない。

 厨房を出ていくつか扉を通り過ぎた所で、クライヴがふと立ち止まった。

 どうやら壁に仕掛けがあるパターンのようだ。

 白い壁に手を押しあてて、ぶつぶつと呪文を唱えている。

 黄色く壁が光り始めた時、クライヴがルシアの手を強く握って引き寄せた。

 体が傾(かし)ぐ。

 クライヴとルシアは抱擁したまま壁を通り抜けた。

 通り抜けられたので問題はないが、

 ここで魔術の効果がなくなったら確実に圧していたはずだ。

 一瞬のことだったが、狭かったし不思議な違和感があった。

 壁を通り抜けて別の空間に出たのだが、ルシアは扉じゃないわと

 突っ込みたいのを必死で堪えていた。

 ルシアは不安が胸を襲いクライヴの手を握る。

 温度のないクリーム色の世界。薄い色合いの空は、一目で好きになれないと思った。

 真っ暗闇だったら慣れているから怖くなかったのに。

 風もない乾いた空気。

 これからやって来る何かを予感してルシアは身を竦ませた。

「魔界では何が起こるかわからない。決して俺の側を離れるな」

「はい」

「道も複雑で迷いやすいからな。

 見つけたものに飛びついて、ふらふら歩いて行かないように」

 クライヴは、ルシアの奔放な性格は身に染みて分かっていたので

 何度となく畳み掛ける。心配性すぎとルシアは思うけれど、

 彼女が思うよりも危険な世界だから、彼は念を押すのだ。

「大丈夫です」

「気をつけろ」

 クライヴを見上げてルシアは頷いた。

 所々に生えている草の上で、見たこともないような

 虫がぞろぞろと蠢いている。目がぎょろりと大きく足が長く多い。

 足元から這いずり登ってくるのではないか。

 ルシアは恐怖心から早足になった。

「人に危害を加える虫じゃない。

 これ位で驚いてたら、ケルベロスなんて見たら失神するぞ」

「ケルベロス?」

「地獄の番犬とも呼ばれている。召還することは不可能な魔物だ」

「もしかしてあれですか」 

 さくさく進んでいたら目の前に

 巨大な門が立ちはだかった。

 門前には大きな牙を持つ巨大な獣。

「地獄の番犬ケルベロスだ」

 クライヴが静かに獣を見やると、獣はぴくりと反応し、

 瞼を開けた。振り回されている尻尾も大きくて

 あの尻尾で攻撃をされたらひとたまりもなさそうとルシアは呑気にも思っていた。

「ケルベロス」

『久しいな、クライヴ』

 クライヴの問いかけに、返ってきたのは地底から響くような声。

「ああ。久々に魔界の空気が吸いたくなってな」

『またか。魔界に物見遊山に訪れるとは酔狂もいい所だ』

「悪意は持ってはいない。お前なら分かると思うが」

『そのようだな。では力を試させてもらおうか』

 クライヴは口端を吊り上げた。

 読めた展開だったのだ。

『お前がここを通るに相応しいかだ。我に一撃でも与えることできれば

 お前を認めてやろう、クライヴ。

 そこの人間の娘、この男を黙って見守っていろ』

「よほど退屈していたみたいだな」

 クライヴは、すっと冷徹な眼差しになった。

 ルシアと対峙した時には決して見せなかった

 凍りつくような眼差し。

 紺碧の瞳が、戦意に彩られている。

『以前に比べて腕を上げたのか我に示してみせよ』

 地獄の番犬・魔獣ケルベロスが、雄叫びを上げた。

 クライヴは、不気味な笑みを浮かべて剣を翳す。

 ケルベロスがいくら強大な力を持つ魔獣であろうとも、

 クライヴとて、以前の彼ではない。

 無鉄砲に力を振るうだけだった過去の彼とは別人だ。

 ルシアは少し離れた場所で、クライヴを見つめている。

 彼が、結界を張ってくれたので、安全な場所を確保できた。

 安全な結界内は、こちらの声もクライヴに届かないし、

 クライヴの声もルシアには届かない。

 目を逸らさずにクライヴの闘いを見ていよう。

 一瞬一瞬の動きを見逃さずに。





 ケルベロスは巨大な尻尾を振り回し、クライヴに巻きつけようとした。

 クライヴが、飛んで避けたのでケルベロスの目論みは失敗に終る。

 クライヴがこんな手に引っかからないのは百も承知だ。

 ケルベロスが時間を稼いでいるのだ。

「望み通り遊んでやるよ。弱って動けなくなるくらいにな」

 クライヴは、剣を一閃させた。

 繰り出した魔法は、魔物をくすぐる程度の威力しかないもの。

 じわりじわり、ゆっくりと体力を殺いでいく作戦だ。

 ケルベロスが、牙でクライヴの体に喰らいついた。

 切り裂かれたローブから、血が滴り落ちる。

 魔獣は魔術を使えない。

 自分の身体が強力な武器となる。

 魔術師は魔術が使えるが、力技は不得意。

 お互い得意な分野が異なる。

 過去にクライヴと闘ったことあるケルベロスは

 彼が、強力な力を持つ魔術師であることは重々知っていたから、

 もう一度、闘いたいと密かに思っていた。

 その願いが叶えられ歓喜に打ち震えていたのだ。

 クライヴも、自分の力を制限せずに使える闘いに満足感を覚えていた。

 ルシアは、はらはら見守っているに違いないけれど。

 俺が負けるわけないだろう。

 一度目の闘いではかなりの深手を負ったが、何度もしてやられる彼ではない。

 彼もまたひそかに、一矢報いる機会の訪れを待っていたのだ。

 ルシアに感謝せねばなるまい。とクライヴは笑う。ルシアに害が及ばぬように、

 防護壁を張り巡らせた上で、剣でぐるり円陣を描く。

 きらきらときらめく魔方陣で、自身の使い魔を呼び出した。

「ホークス!」

 嬉しそうに鳴いたホークスが、クライヴの側に降り立つ。

「ルシアと一緒にいてやれ」

 一声鳴くとホークスはルシアのいる結界内に入っていった。

 遠目にルシアが笑顔を綻ばせたのを確認し、クライヴは

 再び闘いに集中した。

 ルシアのそばから離れ、ケルベロスを迎え撃つ。

 襲い掛かってくる獣の尻尾に、雷撃を与えた。

 低い唸り声を上げてケルベロスがのた打ち回る。

 尻尾を焼かれて怒り狂う獣が、目つきを変えた。

(そろそろ、けりをつけるか)

 クライヴは、詠唱する。

 炎を纏った剣がケルベロスに振り下ろされた。

 体に炎を受けながらも、ケルベロスはクライヴを鋭い爪で引き裂かんとする。

 手負いの獣ほど、厄介なものはない。

 身を持って味わうことになったクライヴだった。   

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