漆黒の魔術師と金の聖女ー時空転移は永遠の出会いー

雛瀬智美

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第二章

番外「手の甲に敬愛のキス(2/☆)」

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ルシアがクライヴに駆け寄ると、気をつけろと咎められた。

先日、2人目を懐妊したことがわかったルシアへの苦言である。

ぐいと、腕を引かれ、玄関ポーチへと歩いていった。

見送るのは、白い犬(に変身したケルベロス)と、

ホークスだった。

『フィルターが、かかったルシアにはさぞかしいい男に見えているんだろうが、あれは、まだまだ青いな』

長い時を生きているだけあって老成しているケルベロス。

彼にとってはクライヴなど大きい赤子と変わらない。



城内を出たクライヴとルシアは、裏庭にある厩に向かった。
改装ついでに、厩を作り馬を買ったのだ。色は意外にも白馬。

乗れるのか不安に思っていたルシアだったが、さすが、公爵令息だ。
手網さばきも見事にこなし、一人乗りもおろか、

ルシアも乗せて軽やかに街まで駆け抜ける。

馬車は、買っていない。御者を雇うのが面倒だったのと、

クライヴ自身が御者になって、馬車の中でルシアと

戯れられないのが嫌だったからというおかしげな理由である。

貴族だが、使用人を置くのは渋る。

やはり、魔法使い公爵は変人であるのだ。

馬上から、差し出された手に抱き上げられる。

いきなり、視線が高くなってもルシアは、恐れなど感じたことは無かった。
愛する人に大事に抱えられ、共に街に駆け出せるのだ。

「白馬に乗る王子様ですね。銀髪に紺碧の瞳なんて、

なかなかいませんし」

無言になったクライヴを振り仰いだら、耳まで真っ赤だった。

「黙ってれば完璧な王子様ですよ」

とどめで言い募ったら、

「俺以外にそんなことを言うなよ」

「言いませんよ」

照れている夫に、ときめきを覚え微笑む。

小さな掛け声と共に、馬が動き出す。

極めて慎重な速度だが、歩くよりは断然早かった。

商店を見て回るのは楽しい。
クライヴの腕に腕をかけて、
寄り添い、恋人同士の気分で寄り添う。

彼はデートと言っていた。

小さな子供がいる身で、不謹慎だけれどこのひと時だけは、二人きりの時間に浸っていたい。

長身であるからか、歩くのが早いクライヴも、

ルシアの歩幅に合わせて、緩やかに歩く。

花屋にたどり着くと、クライヴは慣れた様子で花を選んだ。

普段から、お墓参りを欠かしていないのが分かる。

「お前も選んでくれ」

色とりどりの花々に見とれていたルシアは、

純白の花を手に取ってクライヴに渡した。

彼が、選んだものと合わせて花束にしてもらうと、

店を出た。何種類家の花が組み合わされ、鮮やかだ。

庭園の中、魔力で咲き誇る枯れない花とは違う。

「いつもありがとうございます、フェアウェル公爵。

また美しい奥様とご一緒に来てくださいね」

「また寄らせてもらう」

クライヴのぶっきらぼうな物言いには、感情が

込められている。感謝の気持ちを表すように彼は目礼した。

「クライヴって、街の人に慕われてるんですね。知らなかったわ」

「……お前のおかげだ」

「そ、そんなことないですよ」

「ルシアが来る前は、まともに人と交流できた記憶が無い」

「……大げさな」

咳払いするクライヴに、おかしくなるが、彼は本気で言っているらしい。

「最近、領民にも雰囲気が柔らかくなったと言われる」

「それは、あるかもしれませんね」

「ルシアが、いてくれるからだよ」

肩までの銀髪が、光に透けて輝いている。

陽の光を浴びると、夜の眼差しも、こんなにも

透き通って見えるなんて。

公衆の面前で、抱きつきたくなったルシアだったが、

どうにか、こらえた。

街外れに、繋いでいた馬に再び乗り、2人は丘を目指した。

街が見渡せるその場所に、クライヴの両親の墓石は建てられている。墓石は並んでいない。

ひっそりと隠されるように、大木のそばにひとつの墓石はあった。

先に馬から降りたクライヴに手を差し伸べられ抱き下ろされる。

花束を持って歩くクライヴの後ろをルシアも歩く。

渡された花束を墓石に捧げてルシアは微笑む。

「はじめまして、お父様、お母様。クライヴの妻のルシアです」

「彼女のおかげで、俺は人間としてまっとうな道に戻れた気がする。今度は孫も連れてくるよ」

「アルフレッドと言います。2人目もお腹にいるんですよ」

丸く膨らんだお腹を撫でる。

添えられたのは夫の大きな手である。

クライヴは、目を閉じ、深く頭を下げた。

言葉は得意じゃない。
口癖のような彼の言葉だったが、言葉よりも雄弁に態度で示せるのだから十分だ。

「彼と出会えたのは奇跡でした」

あの日、召喚するのは、ルシアではない別の誰かかもしれなかった。

「奇跡じゃない。俺は癒してくれる存在を求めていた。

退屈しのぎなんて嘯(うそぶい)たが、現れた彼女が

あまりにも美しくて、つい、本音が言えなかった」

ルシアに言われているのではない。クライヴは墓前に語りかけているのだ。
それでも、頬は火照って気恥しくなる。

「何度も連れてこようと思っていたが遅くなってすまない」

ルシアは、ふるふると頭(かぶり)を横に振った。

「……クライヴ、あなたの纏う色は、どちらの色彩なんですか? 」

「銀髪が、母で瞳の色は父だ」

「お二人共の色を受け継いでいるんですね」

白銀の月の髪は、母親で、夜空のような紺碧の瞳は、父親譲り。

双方とも美しかったに違いない。

なぜか、涙が溢れ出て止まらなくなったルシアは俯いた。

「すまない……本来なら会わせてやれたのに」

「過去なんて魔法でも変えられないでしょう。今を懸命に生きることが、唯一の償いだわ」

繋がれた指先に灯る熱が、気持ちを伝えてくる。

クライヴの唇がわなないていた。

「相変わらず繊細(ナイーブ)な人なんだから」

それは、どちらに似たのかしら。

ルシアは膝を折って、言葉を伝えた。

(お父様、お母様、クライヴは、幼き日の罪を胸に刻んでいます。
決して忘れずに今を生きているんですよ)

指先が、乱暴に滴を拭う。

馬に乗り込んだルシアは、掛け声以外言葉を発さなくなったクライヴに、なんとも言えない気持ちになった。

(心で泣いているのね)

城内に戻ると、玄関ポーチまで、ケルベロスが、

出迎えに現れた。

『おかえり、フェアウェル公爵夫妻』

ケルベロスにまで、公式の名称で呼ばれておかしくなる。

ルシアは、思わずケルベロスの首に抱きついた。

クライヴは、ケルベロスの頭を撫でているが、

ケルベロスも文句を言わず受け入れている。

「ありがとうございます、ケルベロスさん。ただいま戻りました」

「ただいま、番犬。ご苦労だった」

『うむ。アルフは、いい子だな。お前達は立派に父と母をやってるんだなと、改めて感心した』

「よかった。あんまり泣かないし、いい子なんです。

どちらかと言うと甘やかしてるのはクライヴの方で」

『自分そっくりの子を愛しい女が産んでくれたのだから、

余計可愛いだろうな』

「……」

クライヴは、口の過ぎるケルベロスに、少し疲れているようだ。

「……クライヴと同じ銀髪に紺碧の瞳、初めて目を開けてくれた時本当に感激したわ」

「……俺もだ、ルシア」

見つめ合う2人に、ケルベロスは背を向ける。 

『役目は務めたゆえ、そろそろお暇しよう』

呆気なく身を翻し、歩き出したケルベロスに、ルシアは、

はっ、と思い出したのだが、切り替えが早い魔物は、

二度と振り返らなかった。

「あ、ご飯、一緒に食べる約束が……」

「ルシア、魔物は人と一緒に食事はしないだろう」

「……気を遣ってくださったんですね」

しょんぼりしたルシアの腰をさりげなく引き寄せ、

クライヴは微笑んだ。

「食事の前に一緒に風呂でも入ろう」

「は、はい……その前にアルフの様子見てこなければ」

2人が子供部屋の扉を開けると、すやすやと寝息が聞こえてきた。

「あら、添い寝までしてくださったんですね」 

赤子の寝台ベビーベッドに近寄ると、ケルベロスがいた名残があった。毛が数本落ちていたのだ。

「ありがたいことだ。

ケルベロスも、本当にとっつきやすくなったな」

「……クライヴ、それは私達だからだと思いますよ」   

「そうだな」

彼の手を取ると、手の甲に口づけを落とす。

「私はあなたを愛し、尊敬しています。大好きで大切な旦那様」

感極まったのか、クライヴが、きつく抱擁してくる。

「無意識で言うなよ。愛しくてたまらなくなるから」

「……クライヴ」

サンルームに備え付けられた浴室内(バスルーム)で、

ルシアは、夫の愛を懸命に受け止め自らも返した。

彼自身を愛撫することへの抵抗は、

端からなかった気がする。

自分の秘部を愛してくれるのと同じことだからだ。

赤く尖った頂きを指の腹で転がし、口に含む。

あえかな喘ぎを漏らして、応える。

もっと、してと唇を震わせたら大胆に抱かれた。

ぎりぎりまで、ルシアの膣内(ナカ)に留まりながら、 

揺さぶる。舌を絡めたキスをしながら、身体を押しつけあった。

「んん……も、やぁ」

奥で跳ねたクライヴ自身を締め上げて、ルシアは堕ちた。

彼が、達せなくても彼女が絶頂を迎えられるように、

外では、蕾をきゅ、とつまみ上げて。

抜き放つと、白濁を散らす。

「……それでも愛し合いたいのは、しょうがないんだろうな」

独りごちたクライヴは、柔らかな肌を抱きしめながら、

肩口にキスを落とした。

彼女の胎内で果てられなくても、クライヴは幸せを

享受していた。
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