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番外編集
番外編「疑惑の香り、旦那様の同僚」
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そろそろ切り出してもいいかと腰に手を当てていた。
結婚式二日前、涼ちゃんは私が夏に
お世話になった大学病院の先生と飲みに行った。
詳しくは話してくれていないがしょうもない嘘を吐く人ではない。
確かに藤城先生と飲んできたはず……。
あの時嗅いだ香水の匂いに疑惑を抱いたが、
くだらないことだと胸に押し込めた。
結婚式直前で、しょうもないもめ事を
起こしたくなかったのだ。
あれから一週間、結婚式を挙げ、
入籍して二人で暮らし始めた。
毎日、朝晩、涼ちゃんと一緒なことに
少しずつ安堵を覚え始めていた。
(なのに悪夢まで見ちゃった!)
お互い疲れていて朝まで眠ったけれど、
私は朝方、悪夢で目を覚ました。
さわやかな香りを纏う女性が、涼ちゃんと
仲良さげに微笑みあい、抱きしめあった。
私と違ってすらりと背が高く、
キスもしやすそうな身長差。
こっちが悪夢を見て目を覚ましたというのに、
涼ちゃんは未だ眠りこけたまま。
本来なら六時半までは眠らせてあげたい所だが、
今日はどうしても起こさなければいけない。
「涼ちゃん……起きて」
「……もう朝なん?」
寝ぼけまなこの涼ちゃんが肩を引き寄せて
私を胸に抱きこもうとする。
あろうことかそのまま顔を近づけてきたので、ぐいと押しやった。
「……疑問を解決しなきゃできないわ」
結婚初夜はホテルのスイートルームで、
甘い時間を過ごしたけれどあの時は、
忘れていられた。
あの疑惑の香りのことを今更思い出して苦しむなんて。
「マタニティが来る前に別のブルーきたんか……」
「この前、涼ちゃんが香水のにおいをつけて帰ってきたの
を思い出して悪夢見ちゃったんだから!」
「香水なんてつこうてへんよ」
「あの日は藤城先生とバーで飲んできたんじゃなかった?
それともそんなの嘘でどっかの美人とでもしけこんだの!?」
「その言い回し、よう出てきたな」
すでに身を起こしていた涼ちゃんは、お腹を抱えて笑い始めた。
「こっちは真剣に悩んでるのよ。
あの時は結婚式前だったし、
考えないようにしてたの。でも落ち着いたら
思い出して夢にまで見ちゃった。涼ちゃんが
長身美女と抱擁する悪夢をね」
「菫子って妄想力たくましいよな。
なんか創作でもしたら?」
あくまで笑い飛ばしている涼ちゃんの胸元をぽかすか殴る。
殴っていた腕を掴まれ、背中を撫でられた。
「落ち着け」
薄明りの中、涙目になった私が見えていることだろう。
真っ暗が無理なので朱色の光だけは灯して寝ているのだ。
「涼ちゃんのスーツから醸し出されてた香水の匂いはなんだったの?」
「……そんなん決まってるやん」
「へっ」
「酒飲んで酔っ払った人を介抱した時の移り香やろうなあ」
「ええっ……!?」
そこは考えなかった。
「タクシー呼んで外に出た時に肩を貸してやったし、
タクシーの中でももたれかかってきたような……。
ほんまに手ぇかかる兄貴やわ」
「藤城先生とそんなに密着したの?」
「合計三回会ったわけやけど……
素の一部を垣間見たのはバーで飲んだ時や」
ぽかーんとした。
あのさわやかな海の香りは、藤城先生がつけている香水の移り香だった。
「勤務後に香水を首筋にシュッてしたんやろ。
そんなに匂いきつくなかったんやけど、
ちょっとくっついただけで匂いがつくんやな」
「あっちも気づいてないでしょうね。
涼ちゃんとくっついて匂いを移したなんて」
「そんなしょうもないことで悩むことないんやで」
髪を撫でられる。
「だって、まさかの浮気だったら今度は私が
結婚早々実家に帰るところだったわ……」
「傷つけるようなことはせんで」
真摯な声音に胸がとくんとなる。
この人にそういうことができるわけなかった。
「藤城せんせのブルガリブルーが、
新婚家庭に波紋を呼ぶなんて……
よう考えたらおかしいわ」
「あの匂いはブルガリブルーだったのね。
疎くてわからなかったわ」
「正確にはブルガリブループールオムな」
「なるほど」
「かっこつけてるわー。
いや決まってるんやけど」
「あはは」
「あの男のせいで浮気を疑われたわ。
そばにおっただけやのにな」
「いや、悪いのは私です。
藤城先生もごめんなさい」
私が勝手に勘違いしただけというオチ。
「ビトウィーンザシーツなんて飲んでたし、
とんだ色気むんむん野郎やわ。
そんな意図はないみたいやったけど」
「セクシーな名前のお酒ね」
「……ちょっとぐらっときた?」
「こ、来ないし!」
涼ちゃんにはそんなカクテルなんて似合わないし必要ない。
私を簡単に酔わせてしまえるんだもの。
「菫子が望むなら今度どっかにしけこむ?
それともここで?」
び、ビトウィーンザシーツでスイッチが入っちゃったの?
「今日、月曜日。私達、お仕事よ」
片言っぽく伝える。
「とりあえず今何時……?
寝たのは10時やったよな」
「4時半……っ」
唇が塞がれる。
覆いかぶさってきた涼ちゃんは、ありったけの愛で
私を翻弄した。
朝は作ってくれたし、シャワーまで連れて行ってくれた。
時々しか重視しなくなったから、
心構えはできている。
藤城先生の所で検査を受けるのは、
そんなに遠い未来ではない。
「香水の匂いくらいでいちゃもんつけんでええか……」
「うん。私が敏感過ぎたのかも」
「あの人、何も口に入れずに酒飲んで
酔ったんや。俺も気がつかんかったの
かわいそうな気がしてな」
「涼ちゃん、いい人よね」
「最初からいい人やで。知らんかった?」
くすっと笑う。
涼ちゃんの作った元気もりもりになる朝ご飯を
食べ終わり出勤準備をした私は、
彼が送ってくれると言うので甘えることにした。
もとは変な疑惑で騒いだおしおきだったけど、
幸せだったからおしおきにもなってない。
それでも責任を感じて、朝食も作り
ケアをしてくれた。
涼ちゃんだってスパダリだ。
飲みに行ってからしばらくして、俺は
登録した藤城青の番号に連絡を入れることにした。
結局まだかかってきていないからかけ返すこともなかった。
何やってるやろな。
案外クールを保てんキャラやと知ったし想像すると
笑えてくる。
3コール後、呼び出し音が途切れた。
「……藤城先生、こんにちは。この間ぶりやね」
「は……なんでお前が」
やっぱり登録してなかったらしい。
(おいおい。やっぱり適当やな!
仕事は普通にこなしてるんやろうけど)
「電話番号、教えてくれたやん。
ちゃんと登録してたんやで。
それはそうとこないだは気がつかんで悪かったわ。
青さん、何も食べずに飲んで酔ったんやろ」
矢継ぎ早に話すと相手は、ぽつりと返してくる。
「……バーに行く前に腹に何か入れておくべきだった。
草壁さんは悪くないよ」
「大丈夫やった?」
介抱を感謝してくれていると思われた。
「すぐ体調はよくなった。気にしてくれてたのか?」
「そういえばって、思い出したんや」
香水のついでにな。
「忙しいから、これで失礼する」
飲みに行ったときより愛想がない。
やはりアルコールがないとしゃべれないのか。
(普通に会ったりする友達おらへんのかな)
「またごはんでも行こうな!」
「そのうちな」
軽く誘ってみたらノってくれた。
その声はそっけないものでもなかったことに驚く。
「菫子、青さんに電話しといたで。
ごはん誘ったらそのうち行くって」
ダイニングキッチンにいる菫子に声をかける。
「涼ちゃん、もっとぐいぐい
いってもいいんじゃない」
「その見極めが大事やな。
これからもっと親しくなれるんかな」
飲みに行ってから親しみを感じている。
あの人、おもろすぎるんやもん。
(かっこつけやし……)
次に会える日を楽しみにしておこうかな。
昼休憩の時間、弁当を広げたら
同僚の渉が覗きこんでいた。
これで何度目だろう。
奴は俺と菫子の結婚式に同期代表として参加していた。
「相変わらず美味そう」
「今日は自分で作ってん」
「……うげっ」
「何がうげっや」
「菫子ちゃんの愛妻弁当じゃないんだなって」
「人の愛妻を名前にちゃん付けで呼ぶとはええ度胸やな。
うちに呼ぶのやめるで」
「ごめんなさい。
涼、自分でも作るから偉いわ」
「それくらい作るわ。なんなら菫子の分も
作ったしな。共働きやし、これくらい普通やろ」
「涼は、菫子ちゃんがこの先、育児休暇とか
とっても家事とかちゃんと手伝いそう」
「手伝うんやなくて分担な」
「うん。俺も見習って早く結婚しよ」
「相手、見つかったん?」
「失恋したばっかだよ。悪かったな」
「……慰めたるからうちに来い」
しがみついてくる渉をどつく。
なんだかんだ職場の環境には恵まれた。
菫子もいきいきと働いているようだし、
いい職場なのだろう。
何度か聞いたことはあるけれど。
「菫子は、甘いものが好きやで。
コンビニスイーツでもお土産にしたら
よろこんでくれるんちゃう?」
「はーい! 新婚さんのご家庭に
お土産を持ってお邪魔します」
「一応、連絡しとくわ」
菫子に携帯からメッセージを送ったら、
OKのスタンプが返ってきた。
「渉さんに好きなもの聞いといて」
の文章に世話好きな菫子らしいと笑みが浮かぶ。
「渉の好きなもんなんやったっけ。うまい棒とか。
あれを卵で巻いたらうまいんやで」
「え。あ……うん。食べれるなら何でも」
「嘘やって。ちゃんと好きなもの言え」
「出されたものは何でも食べる。
好きなもの聞かれるって、二人の子供みたいじゃん」
「旦那と同い年の子供なんて聞いたことないわ」
「冗談です」
その日の夜、渉と共に帰宅した。
ちゃんと帰る前にコンビニでプリンを調達済みだ。
「渉さん、いらっしゃい!」
そういえば菫子は下の名前で呼んでいるが、
気にすることはない些細なことだった。
俺は菫子にちゃんづけで呼ばれている。
さんづけは他人を呼んでいるのが丸わかりだ。
「涼は仕事終わりなのに顔に疲れが出てませんよね。
やっぱり菫……奥さんに会えるからかなあ」
「当たり前やろ。愛妻の前でしけたツラできるか」
菫子の肩を抱こうとしたら避けられた。
「渉さんの目の前でやめてよ!
羞恥心をどこに置き忘れてきたの!」
ぷんすこ頬を膨らませている姿に、
さすが菫子だと口元をゆるめる。
手を洗ってきておかずのつまみぐいをした。
渉にも共犯として分けたが、
叱責されたのは俺だけだった。
「渉さん、涼ちゃんがお仕事で迷惑をかけてたりしない?」
「それはないです。俺のミスもカバーしてくれるほどだし」
渉は嘘がつけない男だった。
ほんのり照れた。
「二人とも席についてね。頂きますをしましょう」
会社に入ってから仲良くなった同い年の男は、
少し阿呆だが、悪い奴ではない。
菫子に参っているのは、懐いているだけだ。
「菫子ちゃんってツンデレってやつですか?」
肘で阿呆な渉の顎をどついた。
菫子は赤面し言葉をなくしている。
俺の同僚という手前、下手な反応はできないと考えているのだろうか。
(心の弟たちと同じ対応でええよ)
「菫子、すまん。こいつ天然やねん」
「……辱めに遭った気分」
大げさな。
唇を尖らせつつも渉におかずをすすめる
菫子はやはりできた妻だった。
結婚式二日前、涼ちゃんは私が夏に
お世話になった大学病院の先生と飲みに行った。
詳しくは話してくれていないがしょうもない嘘を吐く人ではない。
確かに藤城先生と飲んできたはず……。
あの時嗅いだ香水の匂いに疑惑を抱いたが、
くだらないことだと胸に押し込めた。
結婚式直前で、しょうもないもめ事を
起こしたくなかったのだ。
あれから一週間、結婚式を挙げ、
入籍して二人で暮らし始めた。
毎日、朝晩、涼ちゃんと一緒なことに
少しずつ安堵を覚え始めていた。
(なのに悪夢まで見ちゃった!)
お互い疲れていて朝まで眠ったけれど、
私は朝方、悪夢で目を覚ました。
さわやかな香りを纏う女性が、涼ちゃんと
仲良さげに微笑みあい、抱きしめあった。
私と違ってすらりと背が高く、
キスもしやすそうな身長差。
こっちが悪夢を見て目を覚ましたというのに、
涼ちゃんは未だ眠りこけたまま。
本来なら六時半までは眠らせてあげたい所だが、
今日はどうしても起こさなければいけない。
「涼ちゃん……起きて」
「……もう朝なん?」
寝ぼけまなこの涼ちゃんが肩を引き寄せて
私を胸に抱きこもうとする。
あろうことかそのまま顔を近づけてきたので、ぐいと押しやった。
「……疑問を解決しなきゃできないわ」
結婚初夜はホテルのスイートルームで、
甘い時間を過ごしたけれどあの時は、
忘れていられた。
あの疑惑の香りのことを今更思い出して苦しむなんて。
「マタニティが来る前に別のブルーきたんか……」
「この前、涼ちゃんが香水のにおいをつけて帰ってきたの
を思い出して悪夢見ちゃったんだから!」
「香水なんてつこうてへんよ」
「あの日は藤城先生とバーで飲んできたんじゃなかった?
それともそんなの嘘でどっかの美人とでもしけこんだの!?」
「その言い回し、よう出てきたな」
すでに身を起こしていた涼ちゃんは、お腹を抱えて笑い始めた。
「こっちは真剣に悩んでるのよ。
あの時は結婚式前だったし、
考えないようにしてたの。でも落ち着いたら
思い出して夢にまで見ちゃった。涼ちゃんが
長身美女と抱擁する悪夢をね」
「菫子って妄想力たくましいよな。
なんか創作でもしたら?」
あくまで笑い飛ばしている涼ちゃんの胸元をぽかすか殴る。
殴っていた腕を掴まれ、背中を撫でられた。
「落ち着け」
薄明りの中、涙目になった私が見えていることだろう。
真っ暗が無理なので朱色の光だけは灯して寝ているのだ。
「涼ちゃんのスーツから醸し出されてた香水の匂いはなんだったの?」
「……そんなん決まってるやん」
「へっ」
「酒飲んで酔っ払った人を介抱した時の移り香やろうなあ」
「ええっ……!?」
そこは考えなかった。
「タクシー呼んで外に出た時に肩を貸してやったし、
タクシーの中でももたれかかってきたような……。
ほんまに手ぇかかる兄貴やわ」
「藤城先生とそんなに密着したの?」
「合計三回会ったわけやけど……
素の一部を垣間見たのはバーで飲んだ時や」
ぽかーんとした。
あのさわやかな海の香りは、藤城先生がつけている香水の移り香だった。
「勤務後に香水を首筋にシュッてしたんやろ。
そんなに匂いきつくなかったんやけど、
ちょっとくっついただけで匂いがつくんやな」
「あっちも気づいてないでしょうね。
涼ちゃんとくっついて匂いを移したなんて」
「そんなしょうもないことで悩むことないんやで」
髪を撫でられる。
「だって、まさかの浮気だったら今度は私が
結婚早々実家に帰るところだったわ……」
「傷つけるようなことはせんで」
真摯な声音に胸がとくんとなる。
この人にそういうことができるわけなかった。
「藤城せんせのブルガリブルーが、
新婚家庭に波紋を呼ぶなんて……
よう考えたらおかしいわ」
「あの匂いはブルガリブルーだったのね。
疎くてわからなかったわ」
「正確にはブルガリブループールオムな」
「なるほど」
「かっこつけてるわー。
いや決まってるんやけど」
「あはは」
「あの男のせいで浮気を疑われたわ。
そばにおっただけやのにな」
「いや、悪いのは私です。
藤城先生もごめんなさい」
私が勝手に勘違いしただけというオチ。
「ビトウィーンザシーツなんて飲んでたし、
とんだ色気むんむん野郎やわ。
そんな意図はないみたいやったけど」
「セクシーな名前のお酒ね」
「……ちょっとぐらっときた?」
「こ、来ないし!」
涼ちゃんにはそんなカクテルなんて似合わないし必要ない。
私を簡単に酔わせてしまえるんだもの。
「菫子が望むなら今度どっかにしけこむ?
それともここで?」
び、ビトウィーンザシーツでスイッチが入っちゃったの?
「今日、月曜日。私達、お仕事よ」
片言っぽく伝える。
「とりあえず今何時……?
寝たのは10時やったよな」
「4時半……っ」
唇が塞がれる。
覆いかぶさってきた涼ちゃんは、ありったけの愛で
私を翻弄した。
朝は作ってくれたし、シャワーまで連れて行ってくれた。
時々しか重視しなくなったから、
心構えはできている。
藤城先生の所で検査を受けるのは、
そんなに遠い未来ではない。
「香水の匂いくらいでいちゃもんつけんでええか……」
「うん。私が敏感過ぎたのかも」
「あの人、何も口に入れずに酒飲んで
酔ったんや。俺も気がつかんかったの
かわいそうな気がしてな」
「涼ちゃん、いい人よね」
「最初からいい人やで。知らんかった?」
くすっと笑う。
涼ちゃんの作った元気もりもりになる朝ご飯を
食べ終わり出勤準備をした私は、
彼が送ってくれると言うので甘えることにした。
もとは変な疑惑で騒いだおしおきだったけど、
幸せだったからおしおきにもなってない。
それでも責任を感じて、朝食も作り
ケアをしてくれた。
涼ちゃんだってスパダリだ。
飲みに行ってからしばらくして、俺は
登録した藤城青の番号に連絡を入れることにした。
結局まだかかってきていないからかけ返すこともなかった。
何やってるやろな。
案外クールを保てんキャラやと知ったし想像すると
笑えてくる。
3コール後、呼び出し音が途切れた。
「……藤城先生、こんにちは。この間ぶりやね」
「は……なんでお前が」
やっぱり登録してなかったらしい。
(おいおい。やっぱり適当やな!
仕事は普通にこなしてるんやろうけど)
「電話番号、教えてくれたやん。
ちゃんと登録してたんやで。
それはそうとこないだは気がつかんで悪かったわ。
青さん、何も食べずに飲んで酔ったんやろ」
矢継ぎ早に話すと相手は、ぽつりと返してくる。
「……バーに行く前に腹に何か入れておくべきだった。
草壁さんは悪くないよ」
「大丈夫やった?」
介抱を感謝してくれていると思われた。
「すぐ体調はよくなった。気にしてくれてたのか?」
「そういえばって、思い出したんや」
香水のついでにな。
「忙しいから、これで失礼する」
飲みに行ったときより愛想がない。
やはりアルコールがないとしゃべれないのか。
(普通に会ったりする友達おらへんのかな)
「またごはんでも行こうな!」
「そのうちな」
軽く誘ってみたらノってくれた。
その声はそっけないものでもなかったことに驚く。
「菫子、青さんに電話しといたで。
ごはん誘ったらそのうち行くって」
ダイニングキッチンにいる菫子に声をかける。
「涼ちゃん、もっとぐいぐい
いってもいいんじゃない」
「その見極めが大事やな。
これからもっと親しくなれるんかな」
飲みに行ってから親しみを感じている。
あの人、おもろすぎるんやもん。
(かっこつけやし……)
次に会える日を楽しみにしておこうかな。
昼休憩の時間、弁当を広げたら
同僚の渉が覗きこんでいた。
これで何度目だろう。
奴は俺と菫子の結婚式に同期代表として参加していた。
「相変わらず美味そう」
「今日は自分で作ってん」
「……うげっ」
「何がうげっや」
「菫子ちゃんの愛妻弁当じゃないんだなって」
「人の愛妻を名前にちゃん付けで呼ぶとはええ度胸やな。
うちに呼ぶのやめるで」
「ごめんなさい。
涼、自分でも作るから偉いわ」
「それくらい作るわ。なんなら菫子の分も
作ったしな。共働きやし、これくらい普通やろ」
「涼は、菫子ちゃんがこの先、育児休暇とか
とっても家事とかちゃんと手伝いそう」
「手伝うんやなくて分担な」
「うん。俺も見習って早く結婚しよ」
「相手、見つかったん?」
「失恋したばっかだよ。悪かったな」
「……慰めたるからうちに来い」
しがみついてくる渉をどつく。
なんだかんだ職場の環境には恵まれた。
菫子もいきいきと働いているようだし、
いい職場なのだろう。
何度か聞いたことはあるけれど。
「菫子は、甘いものが好きやで。
コンビニスイーツでもお土産にしたら
よろこんでくれるんちゃう?」
「はーい! 新婚さんのご家庭に
お土産を持ってお邪魔します」
「一応、連絡しとくわ」
菫子に携帯からメッセージを送ったら、
OKのスタンプが返ってきた。
「渉さんに好きなもの聞いといて」
の文章に世話好きな菫子らしいと笑みが浮かぶ。
「渉の好きなもんなんやったっけ。うまい棒とか。
あれを卵で巻いたらうまいんやで」
「え。あ……うん。食べれるなら何でも」
「嘘やって。ちゃんと好きなもの言え」
「出されたものは何でも食べる。
好きなもの聞かれるって、二人の子供みたいじゃん」
「旦那と同い年の子供なんて聞いたことないわ」
「冗談です」
その日の夜、渉と共に帰宅した。
ちゃんと帰る前にコンビニでプリンを調達済みだ。
「渉さん、いらっしゃい!」
そういえば菫子は下の名前で呼んでいるが、
気にすることはない些細なことだった。
俺は菫子にちゃんづけで呼ばれている。
さんづけは他人を呼んでいるのが丸わかりだ。
「涼は仕事終わりなのに顔に疲れが出てませんよね。
やっぱり菫……奥さんに会えるからかなあ」
「当たり前やろ。愛妻の前でしけたツラできるか」
菫子の肩を抱こうとしたら避けられた。
「渉さんの目の前でやめてよ!
羞恥心をどこに置き忘れてきたの!」
ぷんすこ頬を膨らませている姿に、
さすが菫子だと口元をゆるめる。
手を洗ってきておかずのつまみぐいをした。
渉にも共犯として分けたが、
叱責されたのは俺だけだった。
「渉さん、涼ちゃんがお仕事で迷惑をかけてたりしない?」
「それはないです。俺のミスもカバーしてくれるほどだし」
渉は嘘がつけない男だった。
ほんのり照れた。
「二人とも席についてね。頂きますをしましょう」
会社に入ってから仲良くなった同い年の男は、
少し阿呆だが、悪い奴ではない。
菫子に参っているのは、懐いているだけだ。
「菫子ちゃんってツンデレってやつですか?」
肘で阿呆な渉の顎をどついた。
菫子は赤面し言葉をなくしている。
俺の同僚という手前、下手な反応はできないと考えているのだろうか。
(心の弟たちと同じ対応でええよ)
「菫子、すまん。こいつ天然やねん」
「……辱めに遭った気分」
大げさな。
唇を尖らせつつも渉におかずをすすめる
菫子はやはりできた妻だった。
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