転生農業令嬢は言った。「愛さなくて結構なので、好きにさせてください」 -緑を育てる夫人-

赤羽夕夜

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お買い物デート

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「ところで、シュルピス様、本日のご予定は?」

「予定?……夕方に紳士クラブに行って、学園時代の友人に会ってくる予定があるが……。おい、あまり俺の私生活には干渉するなら――」

「ああ、いえ。一緒に行きたいとかではなくて……。今日の午後に市場と鍛冶屋に行く予定でしたので。もし予定があるのなら、外に出る時間は被らない方がよいのかなと」

「……何故だ」

「え?だって、私が一緒にいては迷惑でしょう?自分で言うのもアレなのですが、私、世間体が悪いのは自覚しているので。市井を歩いてばったり遭遇した時、知り合いだとバレたら、気まずいかなと」

自分を卑下しているとかではなく、純粋な自分の名声に対する評価だ。平民が多い通りでは気にならないだろうけど、ベニシュ領の街並みを把握しているわけではない。

王都に近い領地で王都への搬入物を繋ぐ物流の中継地点にもなっていることから、ベニシュ領の中心部は特に珍しい品物や商店で溢れかえっていて、貴族もよく足を運ぶのだとか。

シャレット領のような片田舎ならともかく、都市の一部のベニシュ領ではなにが起こるかはわからない。

私の一つの行動がシュルピス様に迷惑をかける結果につながる。なら、なるべく、外で私に合わない方がいいだろう。

――と思っていたのに。

シュルピス様の顔色が険しくなる。

「どうして、そんな顔をなさるのですか? 家名を汚す気はないので、気遣いをしたつもりなのですが」

「俺は街で見かけた妻を、評判に傷がつくからと、知らぬフリをする薄情者に見えるのか」

「そうしていた方が、シュルピス様にとっても都合が良いのでは……?」

さらに眉間の皺が濃くなる。私にいい印象を持っていないのはわかっているけれど、この提案はシュルピス様にとっても利のある話だ。

私は貴族社会に疎い。シュルピス様は貴族の知り合いも大勢いるだろうし、私の行動で彼の評判に傷をつけたら申し訳ない。

だからこそ、皆が見えるところでは互いに知らぬフリをしていた方が互いにとっても幸せだと思うのに。

「お前を外に連れて歩くことや、お前が自由に街に出かけようと、俺がお前に対して「恥ずかしい」という思いを抱くことはない。ここはベニシュ領だ。周りの目を気にすることなく、自由に買い物に出かけろ。俺の為だと言うのなら、堂々と街を歩け。お前は、シャレット領でもそうだったのか?」

「いえ?シャレット領では自由にしておりましたけど。まぁ、王都では、噂が広まるのが早いので、平民の服を着て買い付けにいっていましたけれどね」

うちには2人の兄と1人の姉がいる。長男と長女は、婚期が近いということもあり、人一倍外聞を気にしている。特に兄の方は婚期関係なく神経質。外に出る時も「お前がシャレット家の令嬢として出かけるのは恥ずかしいから、貴族だとわからないように着替えて出ろ」なんて言われれば、そうせざるを得ない。

家族に恥はなるべく搔かせたくない。けれど、私の性分で家で大人しくしているわけにもいかない。私だって、自由に外に出たいし、自分の好きなように生きたいわけで。その中間を探していたら、「領地の外では貴族として出ない」「お兄様、お姉様の友人が来訪している時もなるべく外に出ない」というのが定着してしまったわけだ。

なるほど。私を恥ずかしい存在かどうかは人によるのか。

「そもそも、お前、その服はなんだ。裾がボロボロ、女の服に疎い俺でもわかる流行遅れのデザイン。もっとまともな服を着ろ」

「そうでしょうか?これ、一昨年買い替えたばかりで、デザインも結構気に入っているのですけれど……」

「一昨年……!その年に着たドレスは着ない、よくて2年で買い替えるのが普通だ」

「そうなのですか? ……わかりました。今度、ドレスを新調してきますわ」

「今度じゃなくて、今新調すればいいだろう。母上に言って懇意にしている衣装店を予約してやるから。一緒に来い」

シュルピス様はぐっと私の手を引く。行きなり引かれたものだから、少し前のめりになってしまい、つま先に力が入る。

今日は色々と外で見て回りたかったのだけど、折角の気遣いを無碍にもしたくない。私の返答は決まっていた。

「わかりました。ちなみに、ドレス代っていくらですか?あまり、高いと、手持ちで足りるかどうか……」

ドレス一着で鉄製の鍬三本は買えるが、身なりを整えるというのも貴族のマナーのひとつ。買っておいては損はない。……といっても、自分で買うのなら、なるべく費用は押さえたいところ。

公爵家の懇意の衣装店ともなれば、それはもう、いつも買うドレスと桁が違うだろう。

覚悟をして息を飲んだ。

「嫁にドレス一着も買い与えない夫がどこにいる。金の心配ならしなくていい。宝石も、ドレスも好きに買えばいいだろう」

流石ベニシュ家。公爵家ということもあって、財力は馬鹿にできない。ドレスも宝石も決して安いものではないのに、好きに買えばいいなんて、贅沢過ぎる。契約結婚なのに、ここまで優遇してもらえるだなんて……、なんて優しいのだろう。

しかし、家族と言えども、そんな高い物を買わせてもいいのだろうか、と疑問に思う自分もいる。

だからこそ、何度も確認をした。

「本当に、よろしいのですか?オーダーメイドのドレスなんて、一着で小さな小屋ひとつ立てられるくらいの値段なんてざらなんですよ?破産しませんか?」

「うちの財力を馬鹿にしているのか?」

「違います。ただ、こんなに良くしてもらっていいのかな……と。好意も無碍にしてしまう、かも……」

シュルピス様は腕を組み、いらだったように、指で腕をトントン、と叩く。

……優柔不断でごめんなさい。でも、高いドレスを買ってもらうなんて贅沢、契約結婚にしては破格過ぎだと思ってしまうのは許してほしい。下手な土地ひとつより高いドレス。買ってもらったら、使うのも汚すのももったいなくて、好意を無駄にしてしまうかもしれない。

それがなにより嫌だった。

シュルピス様は、呆れたため息を吐いた。

「そんなことか。……ドレスなど、所詮は服なのだから、汚してしまって当然だろう。なんなら、パーティーが終わったら作業着として着倒してでも文句は言わん。これからも、シーズンごとにドレスを仕立てるから。……お前に似合うと思って買い与えた物なのだから、変な遠慮をするな。これ以上断るというのなら、無理に買うことはないが、それこそ好意を無碍にされているようで、気分が悪いな」

「……!」

そっか、遠慮って、裏を返せば相手の好意を突き返すってことだものね。下心がある、だとか、間違った好意に対しては断って然るべきだと思うけれど、基本的には、相手を傷つける行為に他ならない。

今回はある種、シュルピス様が私に対して贈るプレゼントだ。変に遠慮するのは返ってシュルピス様の尊厳に傷をつけてしまう。

(人に偉そうなことをいっといて、私も同じことをしてるだなんて、恥ずかしいわ……)

「なにをぼーっとしているんだ。行くぞ」

「わかりました。……ご厚意に甘えます。ありがとうございます、シュルピス様」

「――フン」

うじうじと考えている私の手を取ってシュルピス様は馬車に乗り込んだ。

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