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失言令嬢
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――昼下がり。
衣装店で寸法と発注を終えて、ヘトヘトになりながら馬車へ乗り込む。約三時間の出来事で、お茶請けや紅茶は出されたけれど、口をつける間もなく、喉もカラカラだ。
霞む視界を擦って座ると、その対面の席にシュルピス様が座り、呆れたため息交じりで膝と腕を組んだ。
「ドレスの採寸ごときで疲れすぎではないか?」
「こういうのは慣れなくて……。それに、ドレスのデザインとか、好みとか。なるべくフリルやレースとかついていないものがいいのですが、それを選ぶと「最高位貴族の奥方様がこんなダサいドレスはあり得ませんわ!」って……。だったら、勝手に選んでくださってもいいのに。
王国随一の衣装専門店「アザレア」。お金を余りあるほど持っている商家でも、人脈が広い貴族でも、お店が認めた一流の客と、その紹介がないと利用もできないお店。
超一流の御用達ということもあり、ドレスのデザインに疎い私でも「綺麗だ」と思うほどの素敵なドレスのカタログがたくさんあった。それでも、やはり、動きやすさを考えると、首を傾げてしまうほど。
でも、せっかく、時間を割いて真剣に決めてくれているのだから、その好意も無碍にできなくて、店員さんにアドバイスをもらいながら決めたけれど。
色々決めて、慣れないことをすれば誰だって疲れるものだ。
「女はこういう買い物が好きだとばかり思っていたんだが、お前は違うんだな」
「あら、買い物は好きですよ?誰だって自分が欲しい物を買うのに楽しくない人なんていませんわ」
「ほぅ。なら、ドレスは無駄な買い物だった、ということか?」
私の周りの空気が凍りに亀裂が入ったような鋭い音が響いた。
人に買ってもらっといて、疲れたなんて愚痴や欲しい物を買うのに楽しくない人なんていないなんて、「ドレスなんて本当は欲しくなかった」って言っているようなものじゃない。自分の相変わらずの空気の読めなさに肩がちんまりと縮まる。
「あ、いや!そういうわけではなくてですね。ただ、慣れない買い物をするのは疲れると言いたかったわけで、決してドレスがいらないだとか、嫌だったとかじゃなくて……」
ボールをラケットで単純に打ち返すみたいに、質問されたことに素直に答えすぎたせいで、シュルピス様はボールが空振りしたみたいなムスッとした顔をした。
自分のコミュニケーション不足に頭を抱えたくなる。慌てて言葉を訂正するも、今度は堰を切ったようにシュルピス様は笑い出した。
「――ふ、あはははははッ! 冗談だ。……たかがドレスを買いに行くだけなのに、こんなに遠慮気で物凄い運動をした後のようなしわしわの顔を女なんて初めてだから、面白くて少し揶揄ったんだよ」
軽快な笑い声が馬車道のレンガを転がる車輪の音と交じり合う。雑音の中に透き通る声に、胸をなでおろした。
「……はぁ、よかった。不愉快にさせたかと、冷や冷やしました。でも、遠慮くらいしますよ。だって、いくら私たちが夫婦だからといっても、一着で小さい小屋一件買えるドレスを10着もなんて申し訳なさすぎます」
「貴族は見た目を整えるのも必要だからな。……そうだな、自分が育てた野菜を、泥だらけで食べないだろう?」
当たり前だ。作物は育てるまでは土壌が命だが、口に入れるときはその限りではない。見た目が悪いのはもちろん、微生物や雑菌が土の中に含まれているし、食べてもおいしいものでもない。なにより、そのままでは見た目が悪く、市場に出しても手に取ってもらいにくい。
「泥を落とすなんて、常識ですわ――、あ」
そっか。貴族も同じなのか。
人の第一印象は七割以上見た目だと言われている。服がボロボロの人は、貧乏らしく見えてしまうし、暗い顔ばかりしていると近寄りがたい印象を与えてしまう。
野菜だって、傷がついた物や、泥が落とし切れていない物は綺麗な物と比べると見劣りしてしまう。食べる上では衛生的にも良くない。
「――誰かを不快にさせない、円滑なコミュニケーションを作り上げるために、ドレスは必要なんだ……」
ぽつりと、与えられた飴の感想を小さく述べるように答えた。すると、シュルピス様の頬は一瞬だけ緩む。好意だけじゃなくて、ベニシュ家が恥をかかないようにも、私にはドレスが必要なんだ。
それがわからず、ずっと変に遠慮していただなんて、恥ずかしい。
「申し訳ございませんでした……」
「なにが?そこは、お礼を言うところではないのか?」
何に対して謝っているのがわかっていながらも、シュルピス様は私を顔を立てるためにあえてお礼を言うという物言いをする。
こういう他人に気を使い、言葉を選べるのが貴族なのね。相手を責めず、かといって貶めたりしない。……やっぱり、私に立派な貴族なんか務まらないな。
頬をぽりぽり、と掻いた。膝の上に手のひらを丸め、誠心誠意を込めてシュルピス様に「ありがとう」を伝えた。
衣装店で寸法と発注を終えて、ヘトヘトになりながら馬車へ乗り込む。約三時間の出来事で、お茶請けや紅茶は出されたけれど、口をつける間もなく、喉もカラカラだ。
霞む視界を擦って座ると、その対面の席にシュルピス様が座り、呆れたため息交じりで膝と腕を組んだ。
「ドレスの採寸ごときで疲れすぎではないか?」
「こういうのは慣れなくて……。それに、ドレスのデザインとか、好みとか。なるべくフリルやレースとかついていないものがいいのですが、それを選ぶと「最高位貴族の奥方様がこんなダサいドレスはあり得ませんわ!」って……。だったら、勝手に選んでくださってもいいのに。
王国随一の衣装専門店「アザレア」。お金を余りあるほど持っている商家でも、人脈が広い貴族でも、お店が認めた一流の客と、その紹介がないと利用もできないお店。
超一流の御用達ということもあり、ドレスのデザインに疎い私でも「綺麗だ」と思うほどの素敵なドレスのカタログがたくさんあった。それでも、やはり、動きやすさを考えると、首を傾げてしまうほど。
でも、せっかく、時間を割いて真剣に決めてくれているのだから、その好意も無碍にできなくて、店員さんにアドバイスをもらいながら決めたけれど。
色々決めて、慣れないことをすれば誰だって疲れるものだ。
「女はこういう買い物が好きだとばかり思っていたんだが、お前は違うんだな」
「あら、買い物は好きですよ?誰だって自分が欲しい物を買うのに楽しくない人なんていませんわ」
「ほぅ。なら、ドレスは無駄な買い物だった、ということか?」
私の周りの空気が凍りに亀裂が入ったような鋭い音が響いた。
人に買ってもらっといて、疲れたなんて愚痴や欲しい物を買うのに楽しくない人なんていないなんて、「ドレスなんて本当は欲しくなかった」って言っているようなものじゃない。自分の相変わらずの空気の読めなさに肩がちんまりと縮まる。
「あ、いや!そういうわけではなくてですね。ただ、慣れない買い物をするのは疲れると言いたかったわけで、決してドレスがいらないだとか、嫌だったとかじゃなくて……」
ボールをラケットで単純に打ち返すみたいに、質問されたことに素直に答えすぎたせいで、シュルピス様はボールが空振りしたみたいなムスッとした顔をした。
自分のコミュニケーション不足に頭を抱えたくなる。慌てて言葉を訂正するも、今度は堰を切ったようにシュルピス様は笑い出した。
「――ふ、あはははははッ! 冗談だ。……たかがドレスを買いに行くだけなのに、こんなに遠慮気で物凄い運動をした後のようなしわしわの顔を女なんて初めてだから、面白くて少し揶揄ったんだよ」
軽快な笑い声が馬車道のレンガを転がる車輪の音と交じり合う。雑音の中に透き通る声に、胸をなでおろした。
「……はぁ、よかった。不愉快にさせたかと、冷や冷やしました。でも、遠慮くらいしますよ。だって、いくら私たちが夫婦だからといっても、一着で小さい小屋一件買えるドレスを10着もなんて申し訳なさすぎます」
「貴族は見た目を整えるのも必要だからな。……そうだな、自分が育てた野菜を、泥だらけで食べないだろう?」
当たり前だ。作物は育てるまでは土壌が命だが、口に入れるときはその限りではない。見た目が悪いのはもちろん、微生物や雑菌が土の中に含まれているし、食べてもおいしいものでもない。なにより、そのままでは見た目が悪く、市場に出しても手に取ってもらいにくい。
「泥を落とすなんて、常識ですわ――、あ」
そっか。貴族も同じなのか。
人の第一印象は七割以上見た目だと言われている。服がボロボロの人は、貧乏らしく見えてしまうし、暗い顔ばかりしていると近寄りがたい印象を与えてしまう。
野菜だって、傷がついた物や、泥が落とし切れていない物は綺麗な物と比べると見劣りしてしまう。食べる上では衛生的にも良くない。
「――誰かを不快にさせない、円滑なコミュニケーションを作り上げるために、ドレスは必要なんだ……」
ぽつりと、与えられた飴の感想を小さく述べるように答えた。すると、シュルピス様の頬は一瞬だけ緩む。好意だけじゃなくて、ベニシュ家が恥をかかないようにも、私にはドレスが必要なんだ。
それがわからず、ずっと変に遠慮していただなんて、恥ずかしい。
「申し訳ございませんでした……」
「なにが?そこは、お礼を言うところではないのか?」
何に対して謝っているのがわかっていながらも、シュルピス様は私を顔を立てるためにあえてお礼を言うという物言いをする。
こういう他人に気を使い、言葉を選べるのが貴族なのね。相手を責めず、かといって貶めたりしない。……やっぱり、私に立派な貴族なんか務まらないな。
頬をぽりぽり、と掻いた。膝の上に手のひらを丸め、誠心誠意を込めてシュルピス様に「ありがとう」を伝えた。
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