転生農業令嬢は言った。「愛さなくて結構なので、好きにさせてください」 -緑を育てる夫人-

赤羽夕夜

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救出ノースポール

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それからしばらく沈黙が続いて、窓の景色が左右軒を連ねる建物の群列に移り変わり、人の往来が多く騒がしくなった頃。

馬車が徐々にスピードを落とし、群列の先の道でピタリと止まる。人が馬車の通り道を横断しているため、通れるようになるまで待つためだ。

停止中、まだ動かないかな、とふと窓の外に視線をやると、花を売っているのだろうか。「王都一素朴で可憐なお花はいりませんか?恋人、親、恩人、感謝を伝える手段にぴったりですよ」と喧騒の中に透き通る少女の声が通る。

見た目は10歳前後、赤味が強い茶髪のセミロングを三つ編みにしている少女。麻でできた目の粗い服を纏い、かごに大量に入った花を行き交う人々に売り込んでいた。けれど――。

「そんなしおれた花なんか誰が買うんだよ!」

「綺麗だけれど、そこの花屋の方が見た目がよくて安いわ」

「……ッ」

何人も何人も断られながらも、ぐっと下唇を噛んで悔しさを抑え、瞳を潤ませながら花を懸命に売っていた。

その強さと誠実さは見習いたいところはあったけれど。

手に持っている花も、カゴの中に入っている花も他のお客さんが浴びせた酷い言葉みたいに、首をもたげ、花弁も下を向いていた。

花屋さんのことはそこまで詳しいというわけではないけれど、店頭に並べるにしろ、売るにしろ、元気がない花を売ったりしない。多少しおれていることはあっても、あからさまにしおれているものははけて販売するのが普通だ。

それでも、萎えた花を販売するということは、花を売るのが生命線であり、あの花しか手元に売れる花がないということ。

真剣にお花を売っているのに、その努力が報われないのはなんだかな。……私にできることはないかと衝動的に思うと、次の瞬間、馬車の扉に手をかけていた。

「どこへ行く?」

同じように窓の外を見ていたシュルピス様は、空いた扉に首を傾げ、声を投げる。満面の笑みで答えた。

「馬車も動かないようですから、外で暇をつぶしてきますわ。シュルピス様は紳士クラブへ行く用事があるのでしょう?外が暗くなる前には帰ります。……では、失礼しますね」

「あ、おい!」

シュルピス様の制止の声が聞こえたけれど、聞こえないフリをして足場を踏んだ。申し訳ないと思いつつ、馬車から速足で離れた。



…………。


――花屋の少女宅、少女の部屋。

シュルピス様と別れて、花を売っていた少女に声をかけた。最初は訝し気な表情をしていたけれど、正直に馬車の外から萎れた花を売っていて気になったと告げると、ずっと不安に思っていたのか、歯止めが利かなくなったように事情を話してくれて、花を育てている自宅へ案内してくれた。

人通りの多い通りを一本道に入ると、中低層の収入の世帯の住宅街があり、一等開けた場所の隅っこに少女の自宅はあった。

少女は弟と病弱な母の3人暮らしで、弟は昼は山仕事に、母親は娼婦で病弱な体を引きずり、仕事でいないのだとか。

厳しい世の中だな、とバレないように顔をしかめて、窓辺においてある元気がないノースポールの鉢に触れた。

「このノースポールは鉢植えなのね」

「そうよ。このお部屋の日当たりがいいところにおいて、毎朝水をあげているの。でも、ここ数日、お花が萎れるようになっちゃって、お花が全く売れなくなっちゃったの」

「本当にしおれているわね。ああ、中の方は葉先の細胞が壊死してる。枯れた花もそのままね。いつも、枯れたらそのままにしているの?」

「ええ。花が成ったら綺麗なものだけを摘んで売るから……」

「水やりは?」

「数日に一回……、でも、枯れてからあげすぎたかなって思って、今は週に一度あげるだけにしてる」

「なるほどね。……これ、私が手入れしても大丈夫かしら?」

「え?……でも、萎れてるんだよ?手入れしても元気には……」

「大丈夫よ。周辺の花弁には病気が広がっているけれど、完全に枯れたわけではないから。この程度なら1日、2日で戻ると思う」

一度枯れると元に戻らないと思っていたのだろう。少女は目を満月の様に丸くさせて「本当!?」と素っ頓狂な声を上げた。

「本当よ。まだ生きている花があるから戻ると思うわ。ジョウロあるかしら?お水のあげ方も教えるから、こっちにも来てくれる?」

少女――ベリィに手招きをすると、サイドテーブルに置かれていた、ところどころに小さな傷がある木製のジョウロを手に取って私の隣に立つ。じっと本当に花が元気になるか不安そうに眉間に皺を寄せる。

「元に戻すといっても特別なことはしない。このお水を、萎れている葉っぱや花に掛かるようにあげるのよ」

カップに紅茶を注ぐみたいに、花全体にジョウロの水を回しかける。ベリィはぎょっと口をあんぐりさせる。

「だ、大丈夫なの? 萎れてるのに、そんなにお水を上げて……」

「ええ。お花は基本的に根っこから水分を吸収をするから、土にかけてあげることが基本的な水やりの仕方だけれど、葉や花からも水分を吸収するできる。根に水分が浸透するよりも早く水分を吸収させることができるのよ」

植物が枯れる根本的な原因は水不足やミネラル過多による環境ストレスが原因だと言われている。この花の場合は、水やりの頻度が花が必要とする水量に追いつかなかったのが原因だと思われる。

だから、緊急対策として、花や葉にもかかるように水を与えることで水不足を解消する。……前世の近所に住んでいたガーデニングが好きなおばあちゃんがそう言っていたことを思い出した。小学生の頃の自由研究で朝顔を育てるときにお世話になったんだっけ。

水を上げ終えて、ジョウロを下げると、萎れたノーズポールは朝露を滴らせるように、花弁や葉体に水露を着飾る。それがとても愛らしいと感じてしまう。近所のおばあちゃんもこんな気持ちで花を育てていたのだろうか。

きちんと葉や花弁に水がいきわたっているのを確認して、ベリィに向き直る。

「これで、一日様子を見ましょう。また明日の朝に来るわ」

「これだけ!?肥料とかあげなくていいの?」

「駄目よ。弱っている状態で育成環境を変えると、余計ダメージを与えてしまうわ。肥料を上げるにしても、元気になってから少し時間をおいた方がいいわね」

「ま、待って……」

ベリィは私を引き留めようと口をパクパクとさせて、懇願するように胸の前に手を組む。愛情をこめて、時間を割いて一生懸命育てた花を枯れさせたくない気持ちは痛いほどわかる。けれど、これ以上特別なことをするほどないし、外も暗くなってきているから、帰らないと公爵家の人たちを心配させてしまう。

ベリィを安心させようと、ベリィの視線に合うようにしゃがむ。茶色の瞳を覆う瞼は焦りで震えている。

お花のためにここまで必死になるなんて可愛いなぁ、と思いつつ頭を撫でた。

「絶対また明日くるわ。もし、それでもなにも改善されなければ、また一緒に考えましょう?」

「わかった。……お姉さんを信じます」

覚悟を決めて目に力をぐっと入れて強くうなずくベリィ。くすり、と笑いをこぼしてよいしょと掛け声を出して立ち上がり、ベリィに家の玄関まで案内してもらう。

外を出て空を見上げると、オレンジ色の大空を濃紺が今にも飲み込もうとしていた。――そして、気づく。

「――ベリィ、ひとつお願いをしてもいいかしら」

「どうしたの?」

ベリィは突然のお願いに小首を傾げる。今度は私がベリィに懇願する側になり、恥ずかしい限りだが……。

居心地が悪くて、紛らわすために、こめかみを掻いた。

「……家への帰り方がわからないの。ベニシュ公爵家まで、送り届けてくれないかしら」


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