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22.カロン猫を被る

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「私はアークサンドの騎士ジャン。一晩だけお世話になります」

「私はカロン。お兄さん一晩と言わず、何日でもゆっくりしていってね」

「有難う。カロンと呼んでもいいだろうか?」

「うん、私もお兄さんの事、ジャンさんと呼ばせて貰うね」

「よろしくカロン」

 ジャンを紹介した時、カロンはニコニコしていた。
 猫を何枚も被っている。
 と ジジは思った。
 しかし、指摘はしない、いや出来ない。
 後が怖いからである。
 アーティアも敢えてこの件は触れない事にした。

 ジャンは所謂イケメンだった。
 ダークブラウンの髪は、短めに整えられている。
 瞳はグレーで、顔はシャープに整っており、引き締まった体であろうことは服の上からでも判る。
 身長もこの国の成人男性の平均よりも高いのに加え、姿勢が良いので見目麗しい爽やかな青年といえた。 
 落ち着いた感じの受け答えも ポイントが高い。
 カロンはジャンにかなりの高得点を付けた。
 
 カロンは普通にイケメン好きだった。
 好みのどストライクというわけでは無いが、カロンにとってイケメンに遭遇したのは実に久しぶりなのである。
 今夜はきっとごちそうになるに違いない。

 カロンのイケメン好きはさておき、ジャンの紹介が終わるとアーティアはジャンに場を外す断りを入れ、外套を脱ぐこと無く寝室に逃げ込んでしまった。
 失礼な行為なのはわかっているが、素顔を見せる訳にはいかなかった。
 
 寝室に入ったアーティアは外套をコート掛けに掛けると、ベッドに腰を下ろした。
 
 そして、ふう、と息を吐く。

 (ジャン様……アークサンド帝国の騎士様……悪い人では無いだろうけど、もし私の存在が外に伝わってしまったら、ジジ様やカロンちゃんに迷惑を掛けてしまうかもしれない。 それに、私の顔を見たらきっと嫌悪感を抱くだろうし)

 ジャンに素顔を晒した場合、邪法の影響でジャンはアーティアに嫌悪感を抱くだろう。
 流石に危害を加えては来ないだろうが、その話を他人に話すかも知れない。
 もしその話がナルシリスやビニートスの耳に入ったら、リリアーシアの生を疑い調査に乗り出してくるだろう。
 特にナルシリスは復讐を恐れ、命まで奪ってくる女なのだ。
 そうなれば、ジジやカロンに迷惑を掛けてしまう。
 アーティアはそうなる事を恐れたのである
 もう一つ、アーティア自身気付いていないが、呪いや安全を抜きにしても男性に醜い顔を見せたくなかったのもあった。
 
 といっても別にジャンに好意を持った訳では無い。
 今のアーティアにはアルデリヒやビニートスの裏切りの影響でむしろ男性は恐怖の対象だった。
 
 アーティアにはもうアルドリヒへの想いも無くなっていた。
 生涯を掛けて支えていくつもりだった。
 その為に懸命に勉強も、后教育も頑張った。
 アルドリヒと語り合ったりもした。
 優しかったアルドリヒ。
 顔に火傷を負った時、見舞いにも来てくれたし励ましてもくれた。
 それが急に冷たい人間になったのは、ナルシリスが何か術を掛けられたからなのかも知れない。
 であれば、元の優しい王太子に戻る可能性も有るのかもしれないが、アーティアはもう元の立場に戻りたいとは思わない。
 リリアーシアの努力の全てが裏切りによって無為になった時、アルドリヒへの想いも終わったのだった。
 
 復讐しようと思わない。
 王太子妃にはナルシリスがなればいいとも思う。
 今はリリアーシアでは無く、アーティアとして新しい人生をひっそりと生きていくための勉強中だ。
 ナルシリスが掛けただろう邪法を解くことできたら素晴らしいことだが、その為にジジとカロンが危険な目に会うのは絶対に避けたい所だ。
 気の弱い事だがアーティアにとっては2人が新しい家族で、失いたくない人達だった。

 はぁ、アーティアはため息をついた。
いくら、顔を見せれない事情が有るとは言え、ジャンに失礼だった。
 少しだけではあるが心が痛んだ。

「私って…ダメね……」

アーティアは一人呟くのだった。


◇◆◇


「あの子には人見知りでのう。許してくださらんかの」

 ジジは寝室に入ってしまったアーティアの代わりにジャンに侘びた。

「いえ、申し訳無いのはこちらの方。 一晩だけご辛抱頂きたい」

 ジャンはむしろ恐縮して頭を下げた。
 平穏に暮らしている3人の生活に急に割り込んだのはジャンの方だ。

「ジャンさん気にしないでね。ジジ(ィ と言いそうになるのを必死に堪えた)……おじいちゃんの言う通り、お姉ちゃんは人見知りなだけでジャンさんのこと悪く思っている訳じゃないから」

「有難うカロン」

 ジャンはカロンの頭を撫でる。
 カロンは嬉しそうだ
 その光景を見ていたジジはカロンの態度を呆れ気味に見ていた

(本性をバラしてやりたいわ)

 そう思った時、カロンの鋭い視線が飛んできた。
 カロンはジャンにニコニコと甘えながら、ジジにはガンを飛ばすという離れ業をやってのけたのだった。


◇◆◇


 その日の夕食にアーティアは姿を表さなかった。
 なので、カロンは夕食を寝室に運んだ。

「私の我儘で迷惑かけてごめんなさい」

「お姉ちゃん 気にしないでいいよ、わかっているから。それより今日はご馳走だよー」

 カロンは上機嫌に応えた。
 
「ありがとう カロンちゃん」

 アーティアは我ながら涙脆いと思いつつも、嬉しさで泣きそうになってしまった。

「温かいうちに食べてね。食器は後で取りに来るよ」

 カロンは寝室にある小さなテーブルに運んできた夕食をを置くと、寝室より出ていった。





 夜中
 
 アーティアは寝付けずにいた。
 カロンがアーティアの腕にしがみついて、すやすやと眠っている。
 流石にカロンも寝ている時は静かだった。
 
(カロンちゃんって活発な娘ってイメージが凄く強いけど、美人さんなのよね。それにとっても優しい)

 カロンは確かに将来美人に育つだろう。
 黙っていれば、ではあるが。
 
 アーティアはカロンの優しさ、活発さにかつての侍女メリスを思い出していた。

(メリス…今頃はどうしているかしら)

 王都に行けば会えるだろうか?
 もう、新しい主人の元で働いているかも知れない。
 メリスならばどんなお屋敷でも立派にやっていけるだろう。
 
 メリスと離れてまだ日は浅い。
 しかし、遠い昔のように思えてしまう。
 遠くなってしまったメリスとの縁をアーティアは寂しく思うのだった。 
 
 アーティアがメリスの事を思って懐かしんでいたその時、何か光が飛んでいくのが、窓越しに見えた。
 そしてその光は遠ざかっていった。
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