異世界から来た娘、武官になるために奮闘する〜相変わらずイケメンに囲まれていますがそれどころじゃありません〜

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第2章

2.泥団子②

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 医務室から出てきた二人は無言のままだった。言葉が出ないと言った方が適格かもしれない。やがて館を出て自分たちの宿舎に向かう長い渡り廊下まで出てくると、ようやく紫明が口を開いた。

「朱璃は大丈夫かな」
 宗長官の怒気や劉長官の毒気に当てられ、平常心を取り戻すのに時間がかかってしまったが、まず最初に朱璃の事が頭に浮かんだ。尋常でない顔色でぐったりした様子に死んでしまったのかと一瞬体が震えたことを思い出す。
 久遠が無理矢理口に指を入れて吐き出させ、健翔が無理矢理水を流し込む。そしてまた吐かせる。まさに地獄絵のようだった。しばらくは団子を見るたびに思い出してしまいそうだ、いや、もう団子は一生食べないな。紫明は少し遠い目をした。
 
 珍しく気の弱い声を出す紫明の様子に、何を考えているのか手を取るように判った久遠は心中で同意する。
「さすがに数日は出てこれないかもしれないが、劉長官がお許しになるだろうか。あいつの事をよく思っていないようだったからタイミングが悪すぎるな」

「ああ。それには私も驚いた。何か因縁があるのかな。朱璃が劉長官に面識があるとはとても思えない。武術大会でお会いしたのかもしれないけど」
 劉莉己も宗泉李も上位貴族でもなければ会えない雲の上の存在と言っても良いだろう。彼らが鍛錬の講師に来る事は、ここ、武修院が特別に推考されたところだと改めて認識した紫明であった。

「それに噂には聞いていたけど、劉長官の破壊力すごいね」

「だろ。俺は武術大会で遠目からだが拝見したことがある。その時は王と桜雅様とご一緒されていたから天界の神々のごとしと拝む奴が続出していた」

「……神々こうごうしいか。何かこわいね」
 飛天や景雪が聞いたら禍々まがまがしいの間違いだろうと容赦なく突っ込んでいたところだが、彼らも本能で何かを察知したのか当らずとも遠からずといったところだった。
 
「とにかく、誰がやったかは検討が付くが証拠が無ければしらを切るのは目に見えている。俺は明朝に孤児院へ行ってくる」

「わかった。俺はこっちで集める」

 もう、朱璃をこんな目には遭わせない。そのために秀派や蒼派と対立する覚悟は出来ていた。そして上位貴族相手だろうが決して負けるつもりなどなかった。


「久遠っ 紫明っ。籐武官は?」
 2人が部屋に戻ると数名の同僚が駆け寄ってきた。朱璃の大惨事を目の当たりにした者や事情を聞いて事件を知った者たちだろうか。心配げな表情から朱璃に対して好意的である面々だと分かった。

「まだ意識は戻ってなかったが宗先生は毒は含まれてなさそうだとおっしゃっていた。大丈夫だろうがしばらく預かると」

「そうか。良かった。でももう、体力の限界かもしれないな」
「戻ってこれないかもな」

 このひと月で誰よりも過酷な鍛錬を強いられてきたのは、ここにいる誰よりも小さく、誰よりも力のなさそうな女の子、朱璃であった。最初に比べるとさらにひと回りほどさらに小さくなってしまったように思う。皆の頭に浮かぶのは弱音ひとつ吐かず一生懸命鍛錬をする姿だった。
 彼女はなぜこんなひどい目に合っているのであろうか。彼女は何をした? いや、何もしていない。分かっていたが彼女に関わるのを避けていた自分たちにひどく罪悪感を感じ、誰もが暗い気持ちになっていたその時だった。

「なぁ、誰が戻ってこれないん?」

「……!?」

 噂の当の本人がケロッとした表情で表れたものだから、目を疑ったのも仕方がないことだろう。

「はぁ!? お前どうして寝ていないんだ!」
 久遠が一番先に我に返り怒った。

「え、だって病気やないし。不覚にもちょっ意識飛んじゃったけど」
 ペロッと舌を出して朱璃は心配そうな同僚に一礼をした。
「ご心配お掛けしました」

「大丈夫なのか!」「顔色がよくねーぞ」「無理すんな」
 口々にそう言ってくれる彼らの心遣いがうれしくて朱璃は胸がいっぱいで疲労感もどこかに飛んで行ってしまった。

「大丈夫! このくらい大したことないない。さーて次は弓術やったな。その前に、お腹すいたから腹ごしらえしないと」

 笑顔の朱璃は顔色こそ戻っていたが逆に強がっているようにも見え、紫明は見てられなかった。
「なんで、こんなひどい目に合っているのに怒らないわけ!? あり得ないだろう? 泥団子だぞ! そもそもどうして分かってて食ったんだよ!」

「し、紫明? 口調が」
 いつものクールで知的な紫明が子どものように突っかかってきたので朱璃は驚いた。
 16,7歳くらいの高校生に見え、そんな顔もできるんだと思わず破顔していた。なんや可愛いやん。

「何笑ってるんだよ!」

「あ、ごめん。心配してくれてありがとう。本当に大丈夫やねん。逆にこれくらいの事耐えれないと武官になる資格はないでしょー。それにお団子食べたのは美味しかったからやしな」

「泥団子のどこが上手いんだよ」

「中のあんこだけが泥だったかもしれないけど周りは美味しかったし、最後の一皿は本物やってんで。それなのに全部吐き出させるんやもん。もったいない」

「はぁ!?」
 今度は久遠が目を剥いた。

「あんなにジャリジャリ言う団子のどこが上手いんだ。泥食ったら腹壊すに決まってんだろ」

「壊すかな? 便秘だしちょうどいいかも。それにちゃんとウンちゃんに出てくるから大丈夫」

「大丈夫じゃねー」

「大丈夫やって。一昨日な、ボンが懐紙食べちゃったんだけどちゃんと今朝ウンちゃんに出てたし。実はこの間もキラキラしたもん混じっててん。あれ、美琳が無くしたってわめいてたかんざしやと思うねん。内緒やで」

「お前な。それ目玉飛び出るくらい高いやつだぜ」

「そやと思ってちゃんと残してあるで。みたい?」

「見たくない!」

「そう? きれいに洗ったで。さ、時間が無い。ほんまにお腹へってん。宗先生が食べってくれはってん。たぶん劉長官の手土産や」
 この箱には見覚えがある。もしかして!
 
 ニコニコとバリバリ包み紙を剥がす朱璃を信じられない思いで見つめる面々は顔を見合わせた。ツッコミどころが多すぎないか!?

 ワクワクしている朱璃には朱璃のペースに嵌まってしまったことで自己嫌悪に落ち居る久遠や、怒りの持って行き処をなくしてモヤモヤが止まらずイライラしている紫明の事など目に入っていなかった。
「やっほぉ。やっぱり 甘寿庵のお団子や!」

 満面の笑み団子を食べ始める朱璃から皆、無意識に半歩以上後ずさりしていた。

「普通、団子食えるか」「いや、食えねー」「何笑顔で頬張ってるの。ジャリジャリしなくて美味しいって何」「って言うか、団子を手土産で渡すか?宗先生知らないってこと?」「一生団子見たくないっていうトラウマ解消のためじゃねぇ?」「なにそれ容赦ねーな。優しそうに見えて鬼畜なのか宗先生」「いや、トラウマなんて可愛い事言う女じゃねーぞ。あれは」「見ろよ躊躇なく口に入れた。しかも、2個」「何だあの頬は。りす!?」
 
 3個ほど団子を咀嚼した朱璃ははっと我に返った。しまった。空腹のあまり忘れるところだった。
「久遠、紫明、健々。いつも助けてくれてありがとう。迷惑ばっかりかけてごめんね。これ、遅くなったけど、感謝の気持ちです。一個ずつどうぞ」

 箱を差し出す朱璃に紫明が目を剥いて答えた。
「食えるか!」

「お前、意外と丈夫だな」

「う、うん。ありがと」
 久遠と誰かが重なって見えた。何か前にも言われたことあるな。お年頃の娘への褒め言葉としては微妙だと、前も思った気がする。
思い起こしているとポンっと頭に大きな掌が乗った。
(うん?)

「朱璃。今回は毒が入っていなかったから無事だっただけだ。口に入れた時に違和感があれば、すぐに吐き出さなくてはならない。毒の中にはごく微量でも致死量に達するものもある。解るな?」

 見上げると健翔だった。頭をなでながら腰を落とし、朱璃の目を見てゆっくりとそう告げた。
 
 まったくその通りだった。
 殺意のない嫌がらせだと判ってはいたが、心の中で殺意はないとそう思いたかっただけかもしれない。今回の事に限らず、武官としての心構えとして当たり前の事しか健翔は言っていない。初めて聞く健翔の長文は朱璃の心に突き刺さった。だから、皆こんなにも心配してくれてるんだ。

「はい。ごめんなさい」

 言い返す言葉もない。穴があったら入りたいくらいに自分が情けなくなった。どうして自分は後先を考えないのだろう。景先生からも琉晟からもそれでよく怒られたのに。
 しゅんとする朱璃に、健翔が静かに残りの団子を摘み口元の持っていった。

「あーん」
「……あーん」
 もぐもぐする朱璃と無表情であーんと言う健翔。

 我に返った紫明が突っ込みを入れるまで暫くかかったのは言うまでもない。





「子離れって辛いですね。ねぇ」
 窓辺茶を啜る莉己がそでで涙をぬぐう。
「ぷっ」

 意識を取り戻した朱璃は泉李たちが止めるのも聞かず医務室を出て行った。莉己と琉晟の顔を見た一瞬だけ表情が緩んだが、すぐの頭を下げて行ってしまったのだ。
 
「泣いたらお終いだと思っているじゃないか」
 朱璃の中にある1本の張り詰めた糸。切れたが最後、どうにも抑えられなくなるのが本人も分かっているんじゃないだろうか。泉李は切れそうなのに切れずに頑張っている糸が見えた気がした。

「ねぇ、もしかして、君らの所に預けられたばかりの朱璃ってあんな感じだった?」
半刻ほど前、片付けを済ませた琉晟が戻ってきた。今回、切られた尻尾の回収しか行わなかったのは主の指示であったので、悔いが残っているに違いない。戻って来てからも浮かない表情をしている。

『はい。おっしゃる通りです』

「なるほどね。彼女流の自己防衛法か。で、いつ頃どうやって泣いたの?」

『……半年ほどたった頃に、急にきな粉餅が食べたいと大泣きをしました』
 そのころを思い出したのか琉晟が目を細めた。

「きなこ?」
『はい。あちらの世界ではよく食べていたものらしく、炒った大豆を粉にし砂糖と塩を混ぜて餅にまぶして頂きます』

「へー」
 どうでもいいような理由のような気がするが、きっと泣いてもいい理由が朱璃の中で生まれたのだろう。

「きな粉とやらはどうしたの」

『景雪様と石臼をひいて作りました。どうしても泣き止まなかったので仕方なく』

 栓が抜けたように半年分の涙を流し切るまで、きな粉餅を泣きながら食べていた朱璃の事がつい最近の事のように思いだされる。思えばあの時から景雪が朱璃の事を「バク」と呼んでいる気がするなと琉晟は思った。
 あれから約3年。すっかり年頃の娘になった彼女が男ばかりの武修院に入ってひと月間、心が休まる時がなかった。隙さえあれば乱入しかねないアホ共を止めつつ、見守りに徹する事が出来たのは、朱璃を信じていたのは当然だが、近くにいては気が付かなかった彼女の成長を目の当たりにしたからだろう。
 それでも、まだ泣くことのできない朱璃を見るのは辛かった。変われるものなら変わってやりたい。あんな顔させたくない。琉晟は唇を噛んだ。
 先ほどの朱璃は大丈夫だよ。心配しないでと瞳で語っていた。だから信じなくてはならない。
 莉己の「子離れは辛い」に心の中で激しく同意する琉晟であった。

 なぜか肩を抱き合う二人を呆れたように見ていた泉李はため息をついた。
 明日から始まる劉師範の鍛錬はいやな予感しかしない。なぜなら鳴かない鳥を鳴かせることが大好きな人間だと知っているからだ。

「まだまだ足りないということですね。ふふふっ 腕が鳴りますね」

 本気で疲労回復薬と胃薬の調合に入る泉李であった。



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