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ファングと言う名の白豹トルク
しおりを挟む咲季の表情は無くなり、うつろな目を向けるだけになった。
トルクは早く咲季に許されたくて、一度にたくさんの情報を与えたのだった。
五感のうち二つも機能しないと言う事がどれほどの事か、分かっていながら告げないわけにはいかなかった。
それでも、最初は受け入れたかのように見えた咲季だったが、トルクに愛されて、子供を授かったと書いたときに、恐怖とも嫌悪とも取れる表情をした。
敢えて、レオハルトの部分は割愛していたことは言うまでもない。
あの愛し合った時に出来た子だとしたら、あとひと月くらいで生まれてくる。
この世界では二か月ほどの妊娠期間で、小さく生まれて大きく育てるという身体の仕組みになっていた。
レオハルトは、子供が出来た咲季に興味をなくしたのか、返せとは言わずに自国へと帰って行った。
トアに関しては、これ以上咲季に係らせることは今以上の混乱しかないと考え、出奔させた。
出奔させるだけでなく、裁いておくべきだったのか、最後まで彼らを悩ませた。
トルクは今までの日課同様に、咲季の部屋へ行く。
ただし、咲季が好きだと言っていた白豹の姿で訪れるようにしていた。
それは唯一、咲季の興味を引けたからだった。
カチャ
空気が動くから、誰かが来たのが分かった。
この匂い、いつもの子だ。
このおうちは、大きな動物を飼っているみたいだった。
夢だと思いたかった事が事実だと分かった時、隣にいたのがこの子だった。
最初は手触りの良い子だったけど、身体全体を確かめるように触らせてもらったら、ずいぶん大きかった。
僕の想像でしかないけど、きっとトラとかそんなのかもしれないなぁ。
異世界なら、もしかしたら想像もつかない動物かもね。
「いい子だねえ
凄い手触りが良いし、きっと大事にされてる子なんだね。
それに優しいし、良い匂いだし。
なんだかね、切なくなる匂いなんだ。」
名前が分かれば呼んであげられるのに。
「あ、僕ね、お兄ちゃんが欲しかったんだ。
僕を守ってくれる強いお兄ちゃん。
いじめっ子から、ヒーローみたいに守ってくれるお兄ちゃん、ほしかったなぁ
毛並みも良いし、ジョリィってどう?
あ、それともファングかなぁ
どれも物語にでてくる大きな犬とか狼の名前なんだけど…
呼び名が無いのはちょっと不便だから、僕と君との間だけの内緒の呼び名
秘密の名前ね。
ファングかな。
これから内緒でファングって呼ぶね。」
そう言うとファングはベロっと僕のほっぺを舐めてくれた。
賢いなぁって感心してた。
「ねぇ、ファング、僕のお腹に赤ちゃんがいるんだって
旦那様のはずの人が教えてくれた。
確かに、お腹膨れてきてるものね」
ファングは聞いてくれてるけど、返事は無い。
それでも良かった。
誰かに話したいけど、理解を求めてるわけじゃなかったから。
異世界にいるなんて実感は全然なかったけど、デブじゃなくなったことが嬉しかった。
そろそろ、ベッドから出るようにしないと、せっかく痩せたのにまた太っちゃう。
「ねぇ、ファング
お散歩ってできないかなぁ。
見えないから、君が横についててくれないと困るけど、
勝手に君を連れ出したりしたら、旦那様に怒られちゃうかな?」
そんな話をしていたら、いつも僕を気遣ってくれるワイスさんって人が入って来た。
「咲季様、お着換えを、と」
「あの、この子、ここで飼ってる子なんですよね?
僕が勝手に入れちゃってて、ごめんなさい!
僕がいけないの、だから、この子追い出したりしないでください!!」
「あ、いや、咲季様
あの、いえ全く構いませんよ」
この時、ワイスはトルクにめっちゃ睨まれていたことは言うまでもない。
ワイスはここまで健気に出来るなら、もっと大事にしてあげればよかったのと心の中で悪態をついていた。
「勝手にファングって名前も付けちゃったんですが、本当の名前ってなんていうんですか?」
「え、ぶっ!!
ファング、良い名前ですね」
「ファングってこっちでは変な意味だったりします?」
よくある、意味が違うってやつ?
「こちらでは特に意味のない言葉ですね
ファングとは咲季様の所ではどんな意味なんですか?」
「僕の所では、物語に出てくる狼の名前です。
でも、確か、牙とかそういう意味だった気がします。」
「牙ですか、この子が咲季様の守り手になってくださればいいですねぇ」
ワイスは言外に、ちゃんと守りなさいよ、おぼっちゃまってやつだった。
「それで、あの、この子とお屋敷の中とか散歩してもいいですか?
僕も、ちゃんと考えなきゃいけないし
それに、お腹の子に罪は無いし、ちゃんと産んであげないといけないから
出来れば、だれか教えてくれる人をお願いできませんか?
ちゃんと勉強したいんです」
良くドラマなんかで自分ひとりの身体じゃないって言うセリフを聞くけど、その通りだと思った。
お腹の中で赤ちゃんは親の声や気持ちをちゃんと聞いて感じ取ってるって科学的にも証明されてるし、僕はこのお腹の子が家族なんだからしっかり守って愛してあげたいと思ったんだ。
「咲季様…
えぇ、ええ、もちろんですとも!!
ちゃんと先生をお呼びしますから、この子と待っていてください!
あ、散歩も大丈夫ですよ!!
ファング、ちゃんと守りなさいね?」
ワイスは急いで呼ぶと言って出て行った。
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