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本編
1.送りますよ
しおりを挟む討伐の報告をギルドで終えた後、レイラは、恋人のシンと2人で帰るのかと思っていた。
ところがシンは、この後どうやら先約があるらしい。今回の討伐でも一緒だったダリアと、新人の冒険者2人を含めた計4人のパーティの懇親会があるそうだ。
レイラは何も知らなかった。別に恋人だからと言って、何でも報告し合う義務も無ければ束縛するつもりも全く無い。
……それは分かってる。
しかしここずっと、シンと同じパーティで討伐する機会が減ったどころか、2人きりで会うことすらも無くなった。
シンは非常に面倒見の良い性格で、新人育成を目的としたパーティを幾つか掛け持ちしていて、今はそちらの方に力を入れているようだ。
昨日は特別な日だと思っていたのに、シンからは何の言及もなかった。それでもどこかでレイラは、ほんの少しだけ期待していた。
今日の討伐の後は、久しぶりに2人きりで会うのかも知れないとレイラが勝手に思い込んでいた。そもそも事前にシンに確認をしていれば良かっただけの話で、消極的な自分が全て悪いのだ。
「レイラ悪いな。また連絡するから」
少し困ったような表情で、シンは自分の赤い髪をガシガシと掻きながら謝ってきた。
「レイラさん、恋人をお借りしてごめんなさいねぇ」
口では謝罪を述べているのだが、ダリアの表情には、レイラに対する優越感がありありと見て取れた。
「いえ……前からの約束ですよね。楽しんできてください」
答えた声は少し上擦ってしまったが、固いながらも笑みを浮かべることができて、レイラはそんな自分にほっとした。
「セシルさん、今度ぜひ一緒に飲みに行きましょうねぇ」
ダリアの語尾を伸ばす甘ったるい声には、見目の良いセシルに対する媚が含まれていた。それは男女の間柄に鈍感なレイラにも流石に分かった。
「はい、もし機会があれば。
二人とも楽しんできてくださいね」
セシルが爽やかな笑みを浮かべて答えると、ダリアは頬を赤らめ、ぼぉっとセシルに見惚れていた。
……セシルに微笑みかけられたのなら、誰でもこんな反応になるだろう。
「おいダリア、そろそろ行くぞ。セシル、レイラ、またな!」
「あっ、シン待ってよ!」
先に行ってしまったシンを追いかけ、ダリアはシンの腕に両腕を絡みつけた。
そしてシンはそれを振りほどくこともなく、二人はそのまま繁華街の方へと歩いていく。
そんな姿を、レイラはもやもやとした気持ちでしばらく見つめていた。
「……そろそろ帰りますね。今日はお疲れ様でした」
そう言ってお辞儀をして頭を上げると、周りから何やら視線を感じる。
今いる場所はギルドの建物の前で、冒険者が数多く行き来しているのだが、通りかかる者達がこちらをチラチラ見てくるのだ。皆、美しい容姿のセシルを見て、その後に隣のレイラにも視線を寄越してくる。
誰がセシルの隣にいるのかが気になるのだろう。
何しろセシルは目立つ。
冒険者という職業上、男性はどちらかというと野性的で荒々しい印象の者が多い。その中で、セシルは異彩を放つ存在だった。
すらりとした長身に、煌めく銀の髪、澄み切った冬空のような水色の瞳、そして輝くばかりのその美貌は、誰もが見惚れるくらいに整っている。
黒髪に同じく黒い瞳の、暗い色合いの自分とは大違いだ、とレイラはつくづく思った。レイラも確かに、容姿を褒められることは恥ずかしながら良くある。
でも、ただそれだけだ。セシルのように、誰に対しても愛想が良いわけでもなく、にこやかな笑顔を振りまく事も出来ない。
セシルの長剣の腕前はかなりのもので、今はAランク冒険者なのだが、Sランクでもおかしくないと言われている。間近で見てもその洗練された動きは、無駄がなく美しく、恐ろしく強かった。
一見すると非常に近寄りがたい印象だが、実際に会話をしてみると、やや低めの穏やかな声と圧倒的な美しさの微笑みに、男女問わず魅了されてしまうのだ。
目立つ事が苦手なレイラは。
「……では」
そう言ってセシルに背を向けて、足早にこの場を立ち去ろうとする。
「レイラさん、待ってください」
セシルから呼び掛けられるが、聞いてない振りをしてそのまま歩き始める。
注目を浴びたくない。
早く帰って、寝てしまいたいと思っていた……すぐに眠りにつけるかは知らないが。
ダリアの勝ち誇った顔が思い浮かんで、胸がずきりと痛んだ。
「レイラさん」
無視されている事に気付いてないのか、セシルはレイラの隣を並んで歩いてくる。
流石にこのまま無視し続けるのも気が引けて、しばらくしてレイラは、ひと気の少ない場所を選んで立ち止まった。
「……何でしょうか?」
「レイラさん、もし良ければご飯でも食べに行きませんか?」
セシルはレイラに無視されたことなど全く気にしていないように、食事に誘って来た。
セシルはきっと、シンが言うように優しい人なのだろう。
友人のシンの恋人であるレイラが、一人寂しく帰るのを放って置けなくて、気を使って誘ってくれたのかも知れない。
その誘いに深い意味は無く、きっと同情だろうに。
そう思うのだが、レイラは素直に受け取れなかった。
セシルからの誘いを断れる人など、果たしているのだろうか?大抵の人は、こうしてセシルに誘われたのなら二つ返事で喜んでついて行くに違いない。
だが、レイラは違った。セシルといるのを見た同性から下手な嫉妬を買いたくないし、恋人以外の男性と二人で食事など、あらぬ噂を立てられるのも面倒だと思った。
そして何より、恋人の親友でもあり、誰からも好かれるセシルのことが……。
うまくは言えないが、心のどこかで少しーー怖いと思っていた。
こちらに向ける微笑みは優しいものだし、それに何より剣の技術も圧倒的だった。
現在21歳でレイラよりも2歳上だが、Aクラスになったのは若干17歳というセシルを、心の底から尊敬していた。実際に同じパーティを組むとその強さはとても頼もしく、剣の動きも一切の無駄がない、まるで美しい舞を見ているかのようだった。
……でも。
それでも、セシルを見ると底知れぬ不安を何故だか感じてしまう。そんな気持ちを悟られたくなくて。
「す、すみませんが、もう食事の用意はしてあるので……」
ぎこちない声で、何とか断りを入れる。それは本当だった。
今日シンと一緒に帰るのならば、勇気を出して初めて自分の家に招いて夜ご飯を振る舞おうと準備していたのである。受け身で消極的なレイラには、とても珍しい事だった。
「そうでしたか、分かりました。なら、そろそろ日も暮れそうですし、家の近くまで送りますよ」
セシルの美しい笑みは深まる。その笑顔を間近で直視してしまうと……。
少し怖いとは思いつつも、恋人のいるレイラですら頬が熱くなってしまう。
「え、でも自宅は遠いので……」
「そんなの気にしないでください。
さっきの討伐の話でもしながら帰りましょうか。
実は前から、シンの恋人のレイラさんとゆっくり話してみたいと思ってたんですよ」
ね?と、にっこり笑って小首を傾げられると、押しに弱いレイラにはもう断る術が見当たらなかった。
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