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海無し国の海の幸
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エレベータが最上階に到着すると、水のカーテンが自動で開きアリスを部屋へと導き入れた。
部屋は大理石の柱がいくつも立っており、部屋の端はエレベーターと同じように水の壁で日光を取り込めるようになっていてとても明るい。
この階もフロア全体一つの部屋になっているようでロビーと同じ大きさの部屋の中央にポツンと大きな机とその机を挟むように豪華な椅子が並べられていた。
その奥にはさらに上の階に繋がる絨毯が敷かれた幅広の階段が控えている。
アリスは辺りを見渡しつつその部屋に歩みを進める。
絨毯張りの床は靴越しでも心地よい。
「うむ、なかなかセンスのある部屋ではないか。できればここには 客人として入りたかったものだがな。どうやら、最上階目指したのは正解だったようだ」
アリスはすたすたと奥の螺旋状の階段を目指す途中に部屋中央に置かれた机と椅子に目をやった。
横長の椅子はふかふかと少々長めの毛に覆われている。豪華な家具というのは不思議な魔力を持っているのかアリスは椅子に近づき手で押してみた。
なんとも言えない感触がアリスを襲う。少し緩んだ顔を隠し切れていないアリスは辺りを少し伺ったあと、何の躊躇もなく椅子に飛び込んだ。椅子の横長はちょうどアリスの身長ほどでふかふかの毛皮がアリスの全体を包み込む。
「これはいいものだ、これはなかなかにいいものだぞ」
そういいながら幸せそうに顔をぐりぐりと椅子に押し付けている。
「ここしばらくは草の上や、荷台の板の上や、硬いベッドばかりだったからなー。たまにはこのような豪勢なもので睡眠をとりだいものだな」
しばらく足をばたばたさせていると上の階の気配から、素早く立ち上がる。そして、階段を睨みつけた。
絨毯を這うようにゆっくりと大きな椅子が下りてくる。よく見ると少し浮いているようだ。浮かない時も移動ができるよう補助として車輪もついていた。
そして、高級そうなローブを頭から被っており顔は見えないがローブから覗く細く乾燥した腕からは老人であろうことが伺える。
さらに、椅子の後ろに取り付けられた箱からは複数の管が伸びておりその者のローブの下に繋がっている。
「貴様がこの塔の長か?」
「いえ、わ たくしめ はしがない相談役に過ぎません。当主さまは、この上の間にございます」
老人はかすれた声で答える。少々聞き取りずらかったが何とか聞くことが出来る。
「うむ、貴様は話がわかるようだな。私は、この国より遥か遠くにある魔ノ国よりの使者である。我が国への配下に加わるよう伝えにきた。ギルガルドに会いたい」
「何故、私たちの元へ? その条件であるなら王家の方に行くことが妥当と思いますが」
「この国の実権を握っているのはここだと判断した。実質そうなのであろう? この国の王とはギルガルドの傀儡であろう」
「……」
「まぁ、断るというのであればそれでも良い。私も少々暴れてしまったからな、ここを蹂躙したあとに王家の方に足を運ぶのも悪くないだろう。だ が、私はなるべくその国のシステムはそのまま配下に加えたい主義なのでな。悪い話ではないだろう?」
アリスは、そう言いつつも影の羽を出し臨戦態勢に入りつつ言葉を綴っていた。
老人は少し考え……
「良いでしょう。畏まりました」
ズズズっとゆっくりと椅子が回転し降りてきた方を向き直る。
「此方へ、当主様がお待ちです」
椅子の裏にいくつも張り巡らされた半透明の管には鮮やかに光を反射させる青い液体が流れており、どれも脈打つように老人へ流れ込んでいるようである。
アリスはその老人と距離を保ちつつも、後に続き階段を上っていく。豪華な装飾をなされた階段をゆっくりと登り終えると下の階同様の広い部屋が構えていた。
下の階同様絨毯 は床を多い、壁は水の壁、しかし、天井には見るからに豪華な大理石の装飾された天井が広がっている。
階段から対極に位置する場所には数段の階段の上に椅子。まるで玉座であるかのような風格で配置されていた。
左右の水の壁際には甲冑を着た屈強そうな男性が数人、部屋の警護を行っている。
だが、アリスが室内に足を踏み入れようとも彼らは依然として不動の姿勢を保っていた。
老人に連れられ玉座に近寄ると、いかにも偉そうに口髭を蓄えたスマートな男性が玉座に踏ん反り返っている。
その、玉座を囲うように深くローブをまとった者が数人立っていた。まるで、宮廷魔術師のようなものを彷彿とさせる。
老人もアリスの案内を終えると主人の横にスッと収まった。
「ずいぶんと景気が良さそうではないか? 王にでもなったつもりか?」
アリスは警戒を怠らず、相変わらず高圧的な態度でその偉そうな人物に話しかけた。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。この国の経済の中心を担っていることは確かですが」
口髭の男は立ち上がり、髭を撫でながら紳士的な態度で答える。
「まぁ、いい。早朝から騒がせて済まなかった。私は、この国より遥か遠くにある魔ノ国よりの使者である。貴殿に我が国の配下同盟を説きに来た。貴殿が個々の主人であることに間違いはないか?」
「ええ、申し遅れましたが。吾輩は、パトリック・ギルガルド。このギルガルドの塔でありギルガルド商会の現最高責任者です。どうぞお見知りおきを」
パト リックはそう言って大げさな仕草で頭を下げた。
「いくらか話が通りそうでなによりだ」
「あなたのここまでの所作、拝見させて頂きましたからね」
「うむ。ん・・・?」
「ロビーから、ここまでを監視用の魔術水晶で―――」
「あー。下の階のことは忘れてくれ」
アリスはため息を付きながら吐き捨てるように言った。
「ええ、もちろんですとも。忘れましょう。同盟の件ですが素直に従えば我々に利点でも?」
「もちろんだ、従えばほぼ今まで通りで構わない。魔ノ国はほぼ政治介入しないし、略奪もする気はない。ただ…」
「ただ?」
「いくつか提示する我らの要求には従ってもらう。その一、魔ノ国の斥候をこの国に配置し監視下に置かせて貰う。その二、魔ノ国の了 承無しに他国との戦争を禁ずる。他国への集団暴行略奪行為もこれにあたる。その三、戦争を誘発する行為が行われた場合魔ノ国の政治的介入を行う。っとまぁ、こんなものだ。貴様らのやっている関税による市場独占も私たちは介入しないから安心しろ」
アリスの言葉にパトリックはオーバーリアクションで首を傾げて見せる。
「関税とは?」
「この国の様子を見れば一目でわかる。国王をそそのかし国外の食糧に高い関税をかければ、万能食である『シーフード』とやらの需要が高まるのは当然の話だからな。既に他国の食料に関しては最早、嗜好品扱いではないか」
「……」
「おまけに、食料の密輸に関しても徹底しているようだしな」
「ふむ、見た目によらずなかなか聡明なようだ 。その通り、国民の舌が肥えるのは頂けないのですよ」
その言葉とともにパトリックは二カッといかにも胡散臭そうな笑みを作った。しかし、その行為とは裏腹に辺りの空気が緊張感で急速に引き締まる。
「誤解してもらっては困るが、別に攻めているわけでは無い。寧ろ感心している。このシステムを構築するのだ、相当な商才がないとできないだろう」
「先代は最早、英雄として語り継がれてますからね。子孫として誇らしいかぎりです」
パトリックはまた深々と頭を下げるが、やはり警戒をしている様子である。
その様子を知ってか知らずか、アリスは言葉を追加した。
「まぁ、そのシステムはこれから意味をなさなくなるがな。同盟の第一歩としてその『シーフード』とや らの生産を直ちに止めてもらう」
アリスは臆することなく言った突拍子もない要求にパトリックは今まで以上に眉と髭をしかめて反論を述べた。
「それは、先ほどの三つの条件と矛盾しているのでは?政治的介入はしないと先ほど述べられたはずですが」
「『戦争を誘発する行為が行われた場合魔ノ国の政治的介入を行う。』これが今回の要求にあたる。理由は……貴様らがよく知っているのではないか? 関税による市場独占は今後、他の商品でやってくれ」
「全く身に覚えがありませんな」
「どちらでもよい。この国を視察し、そう判断したのだ、私がな。悪いがこの要求は譲歩するつもりはないぞ」
やや動揺した様子で、困惑するパトリックは打開策を考える。そもそもこの施設 はその肉の生産で成り立っているものでありそれが無くなれば衰退も必須であるからだ。
その同様を察してか先ほどの椅子に座った老人がなにやら耳打ちをしている。
パトリックはふむふむと頷くと改めてアリスの方を向き直った。
「分かりました」
その言葉と同時に指をパチンと鳴らす。その合図と共に階段下で待機していたであろう刺客が素早く入ってきてアリスを包囲した。その者たちはジャックと同様に黒装束に身を包んでいる。
「ふむ…、それが答えか」
「ええ、魔人に媚びへつらうなどギルガルド家の名に泥を塗るようなことはできませんからな。我が国最高峰の暗殺集団に魔術兵団はこの為にあるといっても過言ではない」
「一国の擁する戦力に一介の『魔人』が叶 うわけがないと」
「如何にも」
「まぁ、交渉が決裂する可能性も考えなかったわけでは無い。だが、顔見知りもいるようなのでな」
アリスはそういうと、黒装束の中に混じっている顔見知り『ジャック』を一瞥した。その視線を感じジャックは自分でも分からず視線をそらせていた。
「出来れば平和的解決を――」
アリスの言葉が終わらないうちに魔術師から放たれた水の円盤が彼女の左腕を切り落とした。
その反動でアリスは一歩後退ると切断された自分の腕を見る。
特に傷口を抑えようとしない切断面からはドボドボと黒い液体のような物が流れ出ていた。
「これぐらいは防げると思ったのですがね」
魔術師の集団から微かに嘲笑が漏れている。
アリスの 切り落とされた腕は溶けるように形を失い、黒い水溜りを作るように広がる。
彼女の腕から流れ出る物も止まることなく流れ出し続けゆっくりと床を覆っていく。
まるで興味が無くなったようにあたりを見渡し、彼女は呟いた。
「ならば、死ね」
その呟きと同時に床を這っていた黒は速度を上げ伸び部屋の一人一人に対して纏わりつく。
その影は甲冑だろうがまるで落ち葉のように軽く粉々になるように絞り上げた。
絞り上げる影の頂点からは逃げ場を失った血液が不純物と共に噴水のように吹き上がり天井を濡らす。
先ほど人の声が充満していたこの部屋は一瞬にして湿った飛沫の音だけが支配していた。
ほどなくして止んだ噴水は止んだが、今度は天井に滴った液体が 雫となって床で音を鳴らしていた。
部屋は大理石の柱がいくつも立っており、部屋の端はエレベーターと同じように水の壁で日光を取り込めるようになっていてとても明るい。
この階もフロア全体一つの部屋になっているようでロビーと同じ大きさの部屋の中央にポツンと大きな机とその机を挟むように豪華な椅子が並べられていた。
その奥にはさらに上の階に繋がる絨毯が敷かれた幅広の階段が控えている。
アリスは辺りを見渡しつつその部屋に歩みを進める。
絨毯張りの床は靴越しでも心地よい。
「うむ、なかなかセンスのある部屋ではないか。できればここには 客人として入りたかったものだがな。どうやら、最上階目指したのは正解だったようだ」
アリスはすたすたと奥の螺旋状の階段を目指す途中に部屋中央に置かれた机と椅子に目をやった。
横長の椅子はふかふかと少々長めの毛に覆われている。豪華な家具というのは不思議な魔力を持っているのかアリスは椅子に近づき手で押してみた。
なんとも言えない感触がアリスを襲う。少し緩んだ顔を隠し切れていないアリスは辺りを少し伺ったあと、何の躊躇もなく椅子に飛び込んだ。椅子の横長はちょうどアリスの身長ほどでふかふかの毛皮がアリスの全体を包み込む。
「これはいいものだ、これはなかなかにいいものだぞ」
そういいながら幸せそうに顔をぐりぐりと椅子に押し付けている。
「ここしばらくは草の上や、荷台の板の上や、硬いベッドばかりだったからなー。たまにはこのような豪勢なもので睡眠をとりだいものだな」
しばらく足をばたばたさせていると上の階の気配から、素早く立ち上がる。そして、階段を睨みつけた。
絨毯を這うようにゆっくりと大きな椅子が下りてくる。よく見ると少し浮いているようだ。浮かない時も移動ができるよう補助として車輪もついていた。
そして、高級そうなローブを頭から被っており顔は見えないがローブから覗く細く乾燥した腕からは老人であろうことが伺える。
さらに、椅子の後ろに取り付けられた箱からは複数の管が伸びておりその者のローブの下に繋がっている。
「貴様がこの塔の長か?」
「いえ、わ たくしめ はしがない相談役に過ぎません。当主さまは、この上の間にございます」
老人はかすれた声で答える。少々聞き取りずらかったが何とか聞くことが出来る。
「うむ、貴様は話がわかるようだな。私は、この国より遥か遠くにある魔ノ国よりの使者である。我が国への配下に加わるよう伝えにきた。ギルガルドに会いたい」
「何故、私たちの元へ? その条件であるなら王家の方に行くことが妥当と思いますが」
「この国の実権を握っているのはここだと判断した。実質そうなのであろう? この国の王とはギルガルドの傀儡であろう」
「……」
「まぁ、断るというのであればそれでも良い。私も少々暴れてしまったからな、ここを蹂躙したあとに王家の方に足を運ぶのも悪くないだろう。だ が、私はなるべくその国のシステムはそのまま配下に加えたい主義なのでな。悪い話ではないだろう?」
アリスは、そう言いつつも影の羽を出し臨戦態勢に入りつつ言葉を綴っていた。
老人は少し考え……
「良いでしょう。畏まりました」
ズズズっとゆっくりと椅子が回転し降りてきた方を向き直る。
「此方へ、当主様がお待ちです」
椅子の裏にいくつも張り巡らされた半透明の管には鮮やかに光を反射させる青い液体が流れており、どれも脈打つように老人へ流れ込んでいるようである。
アリスはその老人と距離を保ちつつも、後に続き階段を上っていく。豪華な装飾をなされた階段をゆっくりと登り終えると下の階同様の広い部屋が構えていた。
下の階同様絨毯 は床を多い、壁は水の壁、しかし、天井には見るからに豪華な大理石の装飾された天井が広がっている。
階段から対極に位置する場所には数段の階段の上に椅子。まるで玉座であるかのような風格で配置されていた。
左右の水の壁際には甲冑を着た屈強そうな男性が数人、部屋の警護を行っている。
だが、アリスが室内に足を踏み入れようとも彼らは依然として不動の姿勢を保っていた。
老人に連れられ玉座に近寄ると、いかにも偉そうに口髭を蓄えたスマートな男性が玉座に踏ん反り返っている。
その、玉座を囲うように深くローブをまとった者が数人立っていた。まるで、宮廷魔術師のようなものを彷彿とさせる。
老人もアリスの案内を終えると主人の横にスッと収まった。
「ずいぶんと景気が良さそうではないか? 王にでもなったつもりか?」
アリスは警戒を怠らず、相変わらず高圧的な態度でその偉そうな人物に話しかけた。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。この国の経済の中心を担っていることは確かですが」
口髭の男は立ち上がり、髭を撫でながら紳士的な態度で答える。
「まぁ、いい。早朝から騒がせて済まなかった。私は、この国より遥か遠くにある魔ノ国よりの使者である。貴殿に我が国の配下同盟を説きに来た。貴殿が個々の主人であることに間違いはないか?」
「ええ、申し遅れましたが。吾輩は、パトリック・ギルガルド。このギルガルドの塔でありギルガルド商会の現最高責任者です。どうぞお見知りおきを」
パト リックはそう言って大げさな仕草で頭を下げた。
「いくらか話が通りそうでなによりだ」
「あなたのここまでの所作、拝見させて頂きましたからね」
「うむ。ん・・・?」
「ロビーから、ここまでを監視用の魔術水晶で―――」
「あー。下の階のことは忘れてくれ」
アリスはため息を付きながら吐き捨てるように言った。
「ええ、もちろんですとも。忘れましょう。同盟の件ですが素直に従えば我々に利点でも?」
「もちろんだ、従えばほぼ今まで通りで構わない。魔ノ国はほぼ政治介入しないし、略奪もする気はない。ただ…」
「ただ?」
「いくつか提示する我らの要求には従ってもらう。その一、魔ノ国の斥候をこの国に配置し監視下に置かせて貰う。その二、魔ノ国の了 承無しに他国との戦争を禁ずる。他国への集団暴行略奪行為もこれにあたる。その三、戦争を誘発する行為が行われた場合魔ノ国の政治的介入を行う。っとまぁ、こんなものだ。貴様らのやっている関税による市場独占も私たちは介入しないから安心しろ」
アリスの言葉にパトリックはオーバーリアクションで首を傾げて見せる。
「関税とは?」
「この国の様子を見れば一目でわかる。国王をそそのかし国外の食糧に高い関税をかければ、万能食である『シーフード』とやらの需要が高まるのは当然の話だからな。既に他国の食料に関しては最早、嗜好品扱いではないか」
「……」
「おまけに、食料の密輸に関しても徹底しているようだしな」
「ふむ、見た目によらずなかなか聡明なようだ 。その通り、国民の舌が肥えるのは頂けないのですよ」
その言葉とともにパトリックは二カッといかにも胡散臭そうな笑みを作った。しかし、その行為とは裏腹に辺りの空気が緊張感で急速に引き締まる。
「誤解してもらっては困るが、別に攻めているわけでは無い。寧ろ感心している。このシステムを構築するのだ、相当な商才がないとできないだろう」
「先代は最早、英雄として語り継がれてますからね。子孫として誇らしいかぎりです」
パトリックはまた深々と頭を下げるが、やはり警戒をしている様子である。
その様子を知ってか知らずか、アリスは言葉を追加した。
「まぁ、そのシステムはこれから意味をなさなくなるがな。同盟の第一歩としてその『シーフード』とや らの生産を直ちに止めてもらう」
アリスは臆することなく言った突拍子もない要求にパトリックは今まで以上に眉と髭をしかめて反論を述べた。
「それは、先ほどの三つの条件と矛盾しているのでは?政治的介入はしないと先ほど述べられたはずですが」
「『戦争を誘発する行為が行われた場合魔ノ国の政治的介入を行う。』これが今回の要求にあたる。理由は……貴様らがよく知っているのではないか? 関税による市場独占は今後、他の商品でやってくれ」
「全く身に覚えがありませんな」
「どちらでもよい。この国を視察し、そう判断したのだ、私がな。悪いがこの要求は譲歩するつもりはないぞ」
やや動揺した様子で、困惑するパトリックは打開策を考える。そもそもこの施設 はその肉の生産で成り立っているものでありそれが無くなれば衰退も必須であるからだ。
その同様を察してか先ほどの椅子に座った老人がなにやら耳打ちをしている。
パトリックはふむふむと頷くと改めてアリスの方を向き直った。
「分かりました」
その言葉と同時に指をパチンと鳴らす。その合図と共に階段下で待機していたであろう刺客が素早く入ってきてアリスを包囲した。その者たちはジャックと同様に黒装束に身を包んでいる。
「ふむ…、それが答えか」
「ええ、魔人に媚びへつらうなどギルガルド家の名に泥を塗るようなことはできませんからな。我が国最高峰の暗殺集団に魔術兵団はこの為にあるといっても過言ではない」
「一国の擁する戦力に一介の『魔人』が叶 うわけがないと」
「如何にも」
「まぁ、交渉が決裂する可能性も考えなかったわけでは無い。だが、顔見知りもいるようなのでな」
アリスはそういうと、黒装束の中に混じっている顔見知り『ジャック』を一瞥した。その視線を感じジャックは自分でも分からず視線をそらせていた。
「出来れば平和的解決を――」
アリスの言葉が終わらないうちに魔術師から放たれた水の円盤が彼女の左腕を切り落とした。
その反動でアリスは一歩後退ると切断された自分の腕を見る。
特に傷口を抑えようとしない切断面からはドボドボと黒い液体のような物が流れ出ていた。
「これぐらいは防げると思ったのですがね」
魔術師の集団から微かに嘲笑が漏れている。
アリスの 切り落とされた腕は溶けるように形を失い、黒い水溜りを作るように広がる。
彼女の腕から流れ出る物も止まることなく流れ出し続けゆっくりと床を覆っていく。
まるで興味が無くなったようにあたりを見渡し、彼女は呟いた。
「ならば、死ね」
その呟きと同時に床を這っていた黒は速度を上げ伸び部屋の一人一人に対して纏わりつく。
その影は甲冑だろうがまるで落ち葉のように軽く粉々になるように絞り上げた。
絞り上げる影の頂点からは逃げ場を失った血液が不純物と共に噴水のように吹き上がり天井を濡らす。
先ほど人の声が充満していたこの部屋は一瞬にして湿った飛沫の音だけが支配していた。
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