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海無し国の海の幸
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すっかり日が登った翌日、アリスはジャックに案内された国境を通過していた。
荷物検査以外はあっさりしたもので荷物をそれほど持ち合わせていない少女は案外すんなりと入国できた。
アリスは物珍しげに辺りをキョロキョロと見回すと雑踏の中にジャックの姿を発見する。特徴の無い黒髪、物静かな佇まい、この国の一般的な服装をしているため存在感は全く無い。
「本当に来るとは、随分献身的じゃないか」
「性分なんだよ。恩は返すようにしている」
「私は好きだぞ。そういう奴は」
アリスは昨日とは違いあどけない笑顔を見せる。服装はいかにも国外から来ましたと言わんばかりの旅装束で、薄汚れた丈の長いローブに手袋と肌を晒さない様にしている。また、今日は顔に影がかかるほど深くフードを被っていたが瞳は発光などはしていなかった。
「さて、まずは食事を案内してもらうか」
「食事?」
「そうだ、旅先を訪れたらまずは食事だろう。食事はその土地の特性が出るからな、土地を知る上でこれほど有意義なものはない」
「そういうものなのか」
「そうともさ、だから私は食事を取るようにしている。多少のマナがあれば生命維持は可能だが、せっかく口と舌があるのだ話すだけではもったいないだろうに」
「でも、この国の料理はどこも似通った物ばかりだよ。それでも良ければいい店を知っているけど」
「構わん」
アリスはいかにも楽しみそうに言った。
ジャックに案内された店は建物の横にある石造りの階段を降りてから入る地下に構えてあった。
この国の建造物には高さの制限が掛かっているためこのように地下を保有する建物が多い。
薄暗い室内だが十分な明かりを灯してあり、店内を構築している湿った木材の心地よい薫りがする。
ジャックはこの店の店主に軽く挨拶すると適当なテーブルに腰かけた。基本的に客は図太そうな男性が多く周りのテーブルには昼間にも関わらず酒を飲んでる客もいる。
「騒がしくて済まないな。ここしか店は知らないんだ」
「別にかまわんぞ。騒がしいのにも慣れているしな。それも、一興だ。そんなことよりな、早く貴様のおすすめを頼むぞ」
ジャックは溜息をつきながら「わかった」と呟くと店主になにやら注文を行った。
それから程なくしてアリスの前に出来立ての料理が出される。
「おぉ、とてもうまそうではないか!貴様、謙遜しすぎだろうに」
その料理は出来立てで、薫り豊かな湯気を上げている。それはどんと盛り付けられた何かの肉料理であり、温めた鉄板の上に盛り付けられ今でも焼ける音を奏でていてもあった。
アリスは早速とばかりに、食物に対する感謝の言葉を述べると肉にナイフを入れる。肉は見た目に反して繊維質であり力を入れずとも切れてしまった。
切れ端をフォークに差し口に運ぶと濃い味の雑な味付けだが肉の旨みが広がり、肉自体は舌で転がすだけで砕けてしまう。
「んん、悪くない悪くないぞ!だがこれほどの料理、口ではああ言いながらだいぶ奮発したのだな」
「いや、そんなことはないよ。肉の質はいいが大量生産に成功してね。この国では万能食の『シーフード』と呼ばれて安く出回ってるんだ」
「海の名を冠するがこの国には海は無いのではないか?」
「ああ、だが数百年前にこの土地でその生き物を養殖することに成功させた人間がいたんだ。この国がここまで大きくなったのもそれのおかげさ」
「ほー」
アリスは適当な返事をすると食事を続けた。
「ところで、君の正体と言うか目的を聞かせてもらってもいいかい?」
「ん?んっくん。言っただろうに、私は魔族主体国家の使者……っと言うだけでは味気ないか。つまりだな世界を一つにまとめるとの思想の元、同盟を勧めて回っている」
アリスは咀嚼物を呑み込んだあとに持っているフォークをくるくる回しながら言った。
「世界を一つにねぇ……。それが出来ていたならこんな小国ばかり生まれて無いだろうな。世界にどれ程の国があるのか知っているのかい?」
「知らん、だからこうして旅をしている。私が見てきたものが私の知る世界だ、それを広げていけばいずれ世界も一つになろう」
「なんとまぁ、楽観的な。なら、僕の世界はこの国だ。僕はそれ以上望まないし、それを広げる気も無い」
「小さい男だな、貴様は。貴様ほど腕なら十分外でもやっていけように。まっ、この国を出たくない気も分かる……ここは食事が旨い」
アリスはそう言って食事を続け、店を出るまでにもう一枚ほど追加注文をしていた。
店を出ると入国時の続きのようにアリスはぐるっと辺りを見渡す。
石造りの建造物が真っ直ぐな道に沿って綺麗に並べられている街並み、建物の高さもある程度制限されているようで空も広く感じられ見渡しがよい。
そのなかでも目を引くのはこの国の全ての道が集まっている城とその横に長がくそびえ立つ長方形の搭であった。その二つだけが平坦な街並みから突き抜け景観を崩さない程度に存在感を放っている。
「ん、あの二つの建物はなんだ?」
「ああ、あれは王宮と企業だよ」
「企業?」
「ほら、先程の食べた『シーフード』を養殖して売っているのがあの搭さ。分かりやすく言うとだな、店の店だ」
「店の店?」
「僕たちはそこらの店で食べたり買ったりするだろう?そのお店が『シーフード』を買う所があの搭ってわけさ」
「なるほどな、つまりあそこがこの国の市場を独占していると言うことか」
「……まぁ、そういうことになるかな」
「シシッ、俄然興味が沸いた。あの搭を案内してくれ」
アリスは音の無い笑いをすると、何やら企んでいる様子。
「それは出来ない。一般人にはあの中は解放してなんだよ」
「む、つまらんな。まぁ、いい。何かこの国の歴史について知れる場所は無いのか?」
「それぐらいなら、図書館がいくつか」
「はぁ、やはり本になるか。書籍を読むのはどうも好きになれんな、私は」
アリスは溜息交じりに愚痴を吐き捨てた。
荷物検査以外はあっさりしたもので荷物をそれほど持ち合わせていない少女は案外すんなりと入国できた。
アリスは物珍しげに辺りをキョロキョロと見回すと雑踏の中にジャックの姿を発見する。特徴の無い黒髪、物静かな佇まい、この国の一般的な服装をしているため存在感は全く無い。
「本当に来るとは、随分献身的じゃないか」
「性分なんだよ。恩は返すようにしている」
「私は好きだぞ。そういう奴は」
アリスは昨日とは違いあどけない笑顔を見せる。服装はいかにも国外から来ましたと言わんばかりの旅装束で、薄汚れた丈の長いローブに手袋と肌を晒さない様にしている。また、今日は顔に影がかかるほど深くフードを被っていたが瞳は発光などはしていなかった。
「さて、まずは食事を案内してもらうか」
「食事?」
「そうだ、旅先を訪れたらまずは食事だろう。食事はその土地の特性が出るからな、土地を知る上でこれほど有意義なものはない」
「そういうものなのか」
「そうともさ、だから私は食事を取るようにしている。多少のマナがあれば生命維持は可能だが、せっかく口と舌があるのだ話すだけではもったいないだろうに」
「でも、この国の料理はどこも似通った物ばかりだよ。それでも良ければいい店を知っているけど」
「構わん」
アリスはいかにも楽しみそうに言った。
ジャックに案内された店は建物の横にある石造りの階段を降りてから入る地下に構えてあった。
この国の建造物には高さの制限が掛かっているためこのように地下を保有する建物が多い。
薄暗い室内だが十分な明かりを灯してあり、店内を構築している湿った木材の心地よい薫りがする。
ジャックはこの店の店主に軽く挨拶すると適当なテーブルに腰かけた。基本的に客は図太そうな男性が多く周りのテーブルには昼間にも関わらず酒を飲んでる客もいる。
「騒がしくて済まないな。ここしか店は知らないんだ」
「別にかまわんぞ。騒がしいのにも慣れているしな。それも、一興だ。そんなことよりな、早く貴様のおすすめを頼むぞ」
ジャックは溜息をつきながら「わかった」と呟くと店主になにやら注文を行った。
それから程なくしてアリスの前に出来立ての料理が出される。
「おぉ、とてもうまそうではないか!貴様、謙遜しすぎだろうに」
その料理は出来立てで、薫り豊かな湯気を上げている。それはどんと盛り付けられた何かの肉料理であり、温めた鉄板の上に盛り付けられ今でも焼ける音を奏でていてもあった。
アリスは早速とばかりに、食物に対する感謝の言葉を述べると肉にナイフを入れる。肉は見た目に反して繊維質であり力を入れずとも切れてしまった。
切れ端をフォークに差し口に運ぶと濃い味の雑な味付けだが肉の旨みが広がり、肉自体は舌で転がすだけで砕けてしまう。
「んん、悪くない悪くないぞ!だがこれほどの料理、口ではああ言いながらだいぶ奮発したのだな」
「いや、そんなことはないよ。肉の質はいいが大量生産に成功してね。この国では万能食の『シーフード』と呼ばれて安く出回ってるんだ」
「海の名を冠するがこの国には海は無いのではないか?」
「ああ、だが数百年前にこの土地でその生き物を養殖することに成功させた人間がいたんだ。この国がここまで大きくなったのもそれのおかげさ」
「ほー」
アリスは適当な返事をすると食事を続けた。
「ところで、君の正体と言うか目的を聞かせてもらってもいいかい?」
「ん?んっくん。言っただろうに、私は魔族主体国家の使者……っと言うだけでは味気ないか。つまりだな世界を一つにまとめるとの思想の元、同盟を勧めて回っている」
アリスは咀嚼物を呑み込んだあとに持っているフォークをくるくる回しながら言った。
「世界を一つにねぇ……。それが出来ていたならこんな小国ばかり生まれて無いだろうな。世界にどれ程の国があるのか知っているのかい?」
「知らん、だからこうして旅をしている。私が見てきたものが私の知る世界だ、それを広げていけばいずれ世界も一つになろう」
「なんとまぁ、楽観的な。なら、僕の世界はこの国だ。僕はそれ以上望まないし、それを広げる気も無い」
「小さい男だな、貴様は。貴様ほど腕なら十分外でもやっていけように。まっ、この国を出たくない気も分かる……ここは食事が旨い」
アリスはそう言って食事を続け、店を出るまでにもう一枚ほど追加注文をしていた。
店を出ると入国時の続きのようにアリスはぐるっと辺りを見渡す。
石造りの建造物が真っ直ぐな道に沿って綺麗に並べられている街並み、建物の高さもある程度制限されているようで空も広く感じられ見渡しがよい。
そのなかでも目を引くのはこの国の全ての道が集まっている城とその横に長がくそびえ立つ長方形の搭であった。その二つだけが平坦な街並みから突き抜け景観を崩さない程度に存在感を放っている。
「ん、あの二つの建物はなんだ?」
「ああ、あれは王宮と企業だよ」
「企業?」
「ほら、先程の食べた『シーフード』を養殖して売っているのがあの搭さ。分かりやすく言うとだな、店の店だ」
「店の店?」
「僕たちはそこらの店で食べたり買ったりするだろう?そのお店が『シーフード』を買う所があの搭ってわけさ」
「なるほどな、つまりあそこがこの国の市場を独占していると言うことか」
「……まぁ、そういうことになるかな」
「シシッ、俄然興味が沸いた。あの搭を案内してくれ」
アリスは音の無い笑いをすると、何やら企んでいる様子。
「それは出来ない。一般人にはあの中は解放してなんだよ」
「む、つまらんな。まぁ、いい。何かこの国の歴史について知れる場所は無いのか?」
「それぐらいなら、図書館がいくつか」
「はぁ、やはり本になるか。書籍を読むのはどうも好きになれんな、私は」
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