人に好かれない僕が獣人の国に転移したらおかしいくらいモテた話

清田いい鳥

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2 おうちに帰れない

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 お代などいらないと固辞するおばさんと、いやいやそういうわけには、とお金を渡そうとする押し問答を経て、今朝はお店を出た。

『これはお金じゃないねえ。こういうのは持っていないのかい』と金貨や銀貨を見せられ、共通貨幣の換金所はないかと尋ねたら『??』という顔をされた。急いでいたし、とりあえず住所や携帯番号を書いた名刺を渡し、一旦出ることにしたのだ。念のためここの電話番号を聞いたら、『通信の?』と聞かれて教えてもらったが、九桁だった。頭のゼロを抜いた番号だろうか。

 朝早いからか誰にもすれ違わず、駅に着いた。オルフェウスさんが眠そうに目をこすりながら、絶対についていくと言い張ったので、別にいいのにと思いながらも一緒に来てもらった。

 石造りと木造を組み合わせたレトロな駅には、耳をつけた人々がまばらに居る。イベント週間、みたいなものが続いてるのかなあ。 なんか空気を読まなきゃいけない、突っ込むのは不粋な気がしてその辺のことは聞けていないままだ。あとで検索しよ。 

 一台の蒸気機関車が鎮座している。機関車の始発駅なのか。五両編成。少ないけど観光用かなあ。時刻表を見ても、行き先がわからない。駅名がそもそも『ベテルギウス』だから、そこから既に心当たりがない。でも乗って来たはずの、いつもの銀色の電車を待った。しかしいくら待っても来やしない。今日は平日なのに。

『どれに乗るんだ?』と言いながら辛抱強く待ってくれるオルフェウスさんを何度もここでいいからと帰そうとしたが、絶対に送ると押し切られた。しかし、来ない。

 もう適当に乗ってしまおう。時刻表にもずっと同じ行き先の駅名しか載ってないんだ。そう思って、目の前の蒸気機関車に乗り込んだ。

 絶気運転から吸気運転に切り替わった機関車は、灰色の煙を流して走ってゆく。水田や畑、果樹園のような場所を通り抜ける。なぜか一緒に乗り込んだオルフェウスさんと、黙ってその景色を見送った。

 まだ少し電池が残った携帯電話を起動させる。七時十分。二十分以上は走っているのに、一向に道路も車も見えやしない。しかもずっと見送り続けている駅名に、何の心当たりもないのだ。山猫町とか、牡牛町とか。ドクドクと高鳴り始めた心音を無視して、駅名を凝視する。観察する。…嫌なことに気づいてしまった。

 駅名どころじゃない。

 この文字の形にすら、僕は心当たりがない。読めるのに知らない。

 こんな文字、僕は知らない。





 知らないところから、さらに知らないところに連れて行かれる恐怖に耐え切れず、機関車を降りた。オルフェウスさんも、黙ってついてきてくれた。

 立っていられず、ふらりとベンチに座った。携帯の電池残量はギリギリだ。それでも意を決して中を確認した。  

 何度も無線通信に繋げようとするが、繋がらない。駅構内なのに、ネットワーク候補すら出てこない。『圏外』の文字。機内モードにはなっていない。タスクを全て消してみた。再起動。繋がらない。電池残量3%、モバイルバッテリーは持っていない。潮時だ、と電源を切った。

 お店の名前を覚えておこうと看板を見たな。どうしてあの気味の悪い鏡文字に似たものを、すんなり読めたんだろうか。

 それにいくら建物が古かろうが、どこにでもあるはずのコンセントがなかった。どこを探してもなかった。

「どうした。家がわからなくなったのか」

 ずっと黙っていたオルフェウスさんが声をかけてくれた。はい、と返事をしようと顔を上げたら、ボタボタと膝に水が落ちた。いい歳して、なに泣いてんだか。年下であろう男の子の前で。でもこれ、絶対ただの迷子じゃないもん。もし捜索してもらえても、帰りの電車内で通信記録が途切れている、とか言われて迷宮入りするやつだもん。

 身体にじんわり響く温かな声で、小さい子に言うように話しかけられ、いますぐにでもすがりつきたくなった。昨日優しく抱きしめられたときみたいな恰好になって、彼にくっついて泣きたかった。

 何を考えているのだ、お前はいくつになったんだ、と情けなさすぎて顔を覆ったら、オルフェウスさんが期待通りに腕を回して包んでくれた。年甲斐のない心の内を見透かされているようで益々恥ずかしくなったが、我慢も遠慮もできなかった。



 あ、今頭にキスされた。昨日は怖いだけだった距離の近さが今はありがたい。ちょっとお腹空いたな。時間を確認しようとしたら、ちょうど電源が落ちた。終わっちゃったな。二度とバックライトがつくことはなさそうだ。

「うちに帰ろう。帰ればちょうどお昼時だ」
「出てきたばっかりなのに、すみません。お金、ないですけど、いいですか……」

 近年稀に見る大泣きだった。しゃくり上げる横隔膜が収まらず、周りの人の視線を感じる冷静さは取り戻しても涙だけが止まらなかった。

 あんなに毎日休みたいと思っていた職場、掃除してもあまり綺麗にならない天井の低いアパート、帰省できていなかった狭い庭つき一軒家の実家、会うたび痩せたんじゃないか、ちゃんと食べてるのかと声をかけてくれる両親を思い出すたび、悲しみの塊が何度も込み上げ、たまらなかった。

 いい年して。でもまた泣くんだろうなあ僕は。そのときはせめてひとりで泣こうと決意した。年下の恩人くんにとって僕はよそのおじさんだ。職場でいくら若者扱いされようとも。

 おじさんのマジ泣きなんて、若い彼には重荷すぎるだろう。


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© 2023 清田いい鳥
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