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4 犬耳さん
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マウラさんのお店は縦に長い。
階段は一つじゃなかった。奥に従業員用の階段があり、そこから食事所へ移動するようにと言われた。危ないから表に出るな、というマウラさんとオルフェくんの言いつけを守るためだ。
一階はレストラン、二階は宿泊施設。マウラさんの旦那さんが一階で調理をメインに、マウラさんが二階の客室業務をメインにして回しているそうだ。あと従業員のおばちゃんたち。子育てが終わった世代だ。
「あんたー! この子がオルフェの婚約者候補で決まりだよ!」
「あいよー!」
という紹介で終わってしまった。今丁度忙しいときだったからな。旦那さんは昨日、年に数回泊まりがけで行く買い付けの日だったらしい。
従業員のおばちゃんたちはみんなネズミさんらしいが、少しずつ違うらしい。『あたしは絹毛鼠だよ!』『あたしは白足鼠!』『あたしは荒地鼠と茅野鼠のハーフだよ!』と口々に言っていた。もう何鼠なのか全然わかんない。
みんなそれぞれちっちゃい耳がピンと立ってる。可愛いですね、と言ったら『ヤダーこの子優しいわー!』とちっちゃくても分厚い手で背中をバシーンと叩かれた。結構痛い。
「カイくん、あんたオルフェとどこまでいったのよ」
「はあ? 抱きしめられただけぇ? あの暴れ馬、肝心なときに何やってんだか」
「いやいや、しっかり匂いはついてるよぉ。感じるよー、こいつに近づくんじゃねぇって独占欲が!」
ぽんぽん喋ってきゃらきゃら笑うおばちゃんたちには圧倒された。なぜわかる。獣人クオリティなのか。確かにさっき、下に降りようとしたらオルフェくんにベロベロと舐めまわされたのだ。
──────
「ん…………! オルフェくん、オルフェくんってば、それ絶対やんないとダメなやつ? ゾワゾワするんだけどっ……」
「ダメなやつだよ。言っただろ、何されるかわかんないって。ほら、じっとしてな」
「…………っ、オルフェくん、なんでそこ、触るのっ、関係ないよね!? ねえっ……」
「……大ありだよ。じっとしてなって」
はあ、と熱い息を耳にかけられながら首元を舐めまわされ、腰から背中にかけて這うゾクゾクに何度も襲われるのを必死で耐えていたら、オルフェくんは僕の反った背中の反対側、胸を妖しくまさぐってきた。
するり、するりとゆっくり撫で回すように動く指がいやらしい。変な気持ちになる。
そういう接触に慣れていない僕は、未知の感覚にじっと耐えるしかできなかった。目を強く瞑って頑張っていると彼はやっと満足したのか、僕を抱きしめてはあ、と息を吐いた。
あの、今、彼の前に座らされてるんですが、なんか時々、硬いものがお尻に当たるんですけど。
いつかコレにアレされるんだろうか。まさか。いやいやまさか。 僕は女の子じゃないもん、裸を見たら萎えるでしょ。
うん、そうに決まってる。だって若い男の子だもん。誤作動することもあるよ。
──────
「じゃーん! はいこれ着けてみて、そうそのへんで結ぶ。似合うねえ! 可愛い!」
僕の担当は一番外から見えにくい洗い場となった。慣れたらもっと色々させて貰えるらしい。
万が一見られても困らないようにと、マウラさんが特製の三角巾を作ってくれた。一対一になると獣人は人間より強いため、弱い人間だとバレないようにするためだ。
髪がまだ短いから、元の耳は三角巾から生えたようなウィッグで隠す。昨日しばらく不在にしていると思ったら、わざわざ機関車に乗って材料を探してきてくれていたのだ。これは気合いを入れて働かないと。
頭にあれこれ着けるのに慣れてないから、落とさないようにしないと。ちょっと緊張する。
「ほらオルフェ! あんたの嫁さん可愛いだろ!」
「……うん」
マウラさんはしょっちゅう僕を『嫁さん』と呼ぶようになった。こっちに来て数日、さすがに籍を入れたりするのには抵抗があったので、気持ちが固まるまで普通の従業員として扱ってくれとお願いしたのだ。
だってまだ数日だよ。数日。それに若いオルフェくんの人生の選択をここで決めてしまうわけには。そう言って主張したが結局、婚約者『候補』として扱うことで話がついた。
さすが長年接客業をやっているだけある。僕がどれだけ言い張っても、『うんうん、カイくんの気持ちもわかるさね。でもね?』と、また繰り返し勧誘が始まるのだ。本気になったマウラさんは強かった。根負けした。
彼は出会ったときからひたすら優しいし嫌とかじゃないけど、まだ若いんだし、僕なんかにしなくても。政略結婚じゃあるまいし、ねえ。
ベテルギウスは観光名所だ。『ベテルギウス』の駅名はそのまま地名でもあった。
お客さんである獣耳のない人々を観察する余裕はなかった。洗い場は忙しい。洗っても洗っても終わらない。まだ慣れてないのと、食洗機がなくて手洗いだから余計遅くなる。『洗い残しがなきゃそれでいいんだよお』とマウラさんは言っていたが、几帳面にやりたくなる僕の気質が邪魔をする。
お皿洗いが終わったら、次は広い裏庭でお洗濯。着てきたスーツはクリーニングに出せないから、シャツだけ一緒に洗っておいた。マウラさんと旦那さんのお店、『錐鞘亭』には、なんと洗濯機がある。さすがにソフトモードや乾燥モードなんかは搭載されていないが、魔道具というものらしい。
獣人の国、というか地域は保護対象なので、魔道具の購入時には国から補助金が出る。観光収益も相まって色々楽が出来るとマウラさんがカラカラ笑いながら言っていた。
保護対象地域かあ。若者がどんどん減っちゃってるらしいけど、僕じゃ産んであげられないしなあ。マウラさんは、オルフェくんの結婚相手を僕にしちゃうと孫の顔が見られなくなるけど、それはいいんだろうか。いや待てよ、重婚オッケーの法律があるかもしれない。今度聞いてみよ。
一人暮らしで慣れてはいても、客室のシーツは大きい。取り落とさないようにせっせと干していたら、誰かが柵の外にいることに気がついた。犬の耳の人だ。
「あのー、何かご用ですか?」
「…………あっ、こんにちは」
「はい、こんにちは」
「……………………」
……不審者かな。とりあえず干すものを干して中に戻ろうと作業に戻ったら、彼は突然話しかけてきた。
「あの……あの! 良かったらその、お仕事終わられましたら、その、私と、お茶しに行きませんか!」
「えっ……と、僕、外に出るなと言われてますんで…、オルフェくんから」
何か困ったときはオルフェの名を出せ。マウラさんと旦那さんに言われたことである。
「あー……そりゃそうだ、オルフェウスが黙ってるわけがないな」
「せっかくのお誘いですがすみません、僕はまだ仕事がありますんで、では」
「あっ、こちらこそすみません! お仕事頑張ってください!」
──激励を受けてしまった。
犬耳の彼は踵を返してどこかに行ってしまった。お茶しに行きませんか、ねえ。今まで言われたことは一度もないな。言ったこともないや。変な目で見られるかもしれないって可能性がなければ、犬耳さんの話を聞いてみたかった気もする。
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© 2023 清田いい鳥
階段は一つじゃなかった。奥に従業員用の階段があり、そこから食事所へ移動するようにと言われた。危ないから表に出るな、というマウラさんとオルフェくんの言いつけを守るためだ。
一階はレストラン、二階は宿泊施設。マウラさんの旦那さんが一階で調理をメインに、マウラさんが二階の客室業務をメインにして回しているそうだ。あと従業員のおばちゃんたち。子育てが終わった世代だ。
「あんたー! この子がオルフェの婚約者候補で決まりだよ!」
「あいよー!」
という紹介で終わってしまった。今丁度忙しいときだったからな。旦那さんは昨日、年に数回泊まりがけで行く買い付けの日だったらしい。
従業員のおばちゃんたちはみんなネズミさんらしいが、少しずつ違うらしい。『あたしは絹毛鼠だよ!』『あたしは白足鼠!』『あたしは荒地鼠と茅野鼠のハーフだよ!』と口々に言っていた。もう何鼠なのか全然わかんない。
みんなそれぞれちっちゃい耳がピンと立ってる。可愛いですね、と言ったら『ヤダーこの子優しいわー!』とちっちゃくても分厚い手で背中をバシーンと叩かれた。結構痛い。
「カイくん、あんたオルフェとどこまでいったのよ」
「はあ? 抱きしめられただけぇ? あの暴れ馬、肝心なときに何やってんだか」
「いやいや、しっかり匂いはついてるよぉ。感じるよー、こいつに近づくんじゃねぇって独占欲が!」
ぽんぽん喋ってきゃらきゃら笑うおばちゃんたちには圧倒された。なぜわかる。獣人クオリティなのか。確かにさっき、下に降りようとしたらオルフェくんにベロベロと舐めまわされたのだ。
──────
「ん…………! オルフェくん、オルフェくんってば、それ絶対やんないとダメなやつ? ゾワゾワするんだけどっ……」
「ダメなやつだよ。言っただろ、何されるかわかんないって。ほら、じっとしてな」
「…………っ、オルフェくん、なんでそこ、触るのっ、関係ないよね!? ねえっ……」
「……大ありだよ。じっとしてなって」
はあ、と熱い息を耳にかけられながら首元を舐めまわされ、腰から背中にかけて這うゾクゾクに何度も襲われるのを必死で耐えていたら、オルフェくんは僕の反った背中の反対側、胸を妖しくまさぐってきた。
するり、するりとゆっくり撫で回すように動く指がいやらしい。変な気持ちになる。
そういう接触に慣れていない僕は、未知の感覚にじっと耐えるしかできなかった。目を強く瞑って頑張っていると彼はやっと満足したのか、僕を抱きしめてはあ、と息を吐いた。
あの、今、彼の前に座らされてるんですが、なんか時々、硬いものがお尻に当たるんですけど。
いつかコレにアレされるんだろうか。まさか。いやいやまさか。 僕は女の子じゃないもん、裸を見たら萎えるでしょ。
うん、そうに決まってる。だって若い男の子だもん。誤作動することもあるよ。
──────
「じゃーん! はいこれ着けてみて、そうそのへんで結ぶ。似合うねえ! 可愛い!」
僕の担当は一番外から見えにくい洗い場となった。慣れたらもっと色々させて貰えるらしい。
万が一見られても困らないようにと、マウラさんが特製の三角巾を作ってくれた。一対一になると獣人は人間より強いため、弱い人間だとバレないようにするためだ。
髪がまだ短いから、元の耳は三角巾から生えたようなウィッグで隠す。昨日しばらく不在にしていると思ったら、わざわざ機関車に乗って材料を探してきてくれていたのだ。これは気合いを入れて働かないと。
頭にあれこれ着けるのに慣れてないから、落とさないようにしないと。ちょっと緊張する。
「ほらオルフェ! あんたの嫁さん可愛いだろ!」
「……うん」
マウラさんはしょっちゅう僕を『嫁さん』と呼ぶようになった。こっちに来て数日、さすがに籍を入れたりするのには抵抗があったので、気持ちが固まるまで普通の従業員として扱ってくれとお願いしたのだ。
だってまだ数日だよ。数日。それに若いオルフェくんの人生の選択をここで決めてしまうわけには。そう言って主張したが結局、婚約者『候補』として扱うことで話がついた。
さすが長年接客業をやっているだけある。僕がどれだけ言い張っても、『うんうん、カイくんの気持ちもわかるさね。でもね?』と、また繰り返し勧誘が始まるのだ。本気になったマウラさんは強かった。根負けした。
彼は出会ったときからひたすら優しいし嫌とかじゃないけど、まだ若いんだし、僕なんかにしなくても。政略結婚じゃあるまいし、ねえ。
ベテルギウスは観光名所だ。『ベテルギウス』の駅名はそのまま地名でもあった。
お客さんである獣耳のない人々を観察する余裕はなかった。洗い場は忙しい。洗っても洗っても終わらない。まだ慣れてないのと、食洗機がなくて手洗いだから余計遅くなる。『洗い残しがなきゃそれでいいんだよお』とマウラさんは言っていたが、几帳面にやりたくなる僕の気質が邪魔をする。
お皿洗いが終わったら、次は広い裏庭でお洗濯。着てきたスーツはクリーニングに出せないから、シャツだけ一緒に洗っておいた。マウラさんと旦那さんのお店、『錐鞘亭』には、なんと洗濯機がある。さすがにソフトモードや乾燥モードなんかは搭載されていないが、魔道具というものらしい。
獣人の国、というか地域は保護対象なので、魔道具の購入時には国から補助金が出る。観光収益も相まって色々楽が出来るとマウラさんがカラカラ笑いながら言っていた。
保護対象地域かあ。若者がどんどん減っちゃってるらしいけど、僕じゃ産んであげられないしなあ。マウラさんは、オルフェくんの結婚相手を僕にしちゃうと孫の顔が見られなくなるけど、それはいいんだろうか。いや待てよ、重婚オッケーの法律があるかもしれない。今度聞いてみよ。
一人暮らしで慣れてはいても、客室のシーツは大きい。取り落とさないようにせっせと干していたら、誰かが柵の外にいることに気がついた。犬の耳の人だ。
「あのー、何かご用ですか?」
「…………あっ、こんにちは」
「はい、こんにちは」
「……………………」
……不審者かな。とりあえず干すものを干して中に戻ろうと作業に戻ったら、彼は突然話しかけてきた。
「あの……あの! 良かったらその、お仕事終わられましたら、その、私と、お茶しに行きませんか!」
「えっ……と、僕、外に出るなと言われてますんで…、オルフェくんから」
何か困ったときはオルフェの名を出せ。マウラさんと旦那さんに言われたことである。
「あー……そりゃそうだ、オルフェウスが黙ってるわけがないな」
「せっかくのお誘いですがすみません、僕はまだ仕事がありますんで、では」
「あっ、こちらこそすみません! お仕事頑張ってください!」
──激励を受けてしまった。
犬耳の彼は踵を返してどこかに行ってしまった。お茶しに行きませんか、ねえ。今まで言われたことは一度もないな。言ったこともないや。変な目で見られるかもしれないって可能性がなければ、犬耳さんの話を聞いてみたかった気もする。
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