39 / 68
39 兵士長さんとバクラ号2
しおりを挟む
僕はバクラ号から聞いた話を、兵士長さんに話に行った。また『えー!!』と大声で不満を表すだろうと思っていたが、彼は静かに神妙な顔をしながら聞いてくれた。
「そうか。俺は単に、ビビってるのかと思っていた。それじゃあ戦闘魔獣としてやっていけない、どうにかして勇気を出して欲しいと。怖くて前に出られなくなった飛馬にはまだ働き先があるが、飛馬は値段が高いからな。行き先がなければ最後、人間の食料にされちまう。調教施設に余裕があれば飼って貰えたりはするんだが、そうでなければ…」
僕は思わずルート号を振り返った。彼は戦うには不向きとされる、大人しすぎる飛馬として王城の調教施設でずっと管理されている身だったのだ。それを僕が拾った。
彼は優秀だ。乗っている人間のことを考えた働きができる。派手に戦うことは出来ずとも、護衛と移動には最適な飛馬なのだ。でももし僕が職を得られず、あそこに行けないままだったら。
『…ぼく、食べられちゃうとこだったの…?』
「…かもね。ごめんね、人間は勝手で」
『ううん、ぼくだってお外で暮らすことはできないから。やり方はなんとなくわかるけど、危なくて寒いだろうし、お外にいる仲間とうまくやる自信は全然ないからいいんだ、いつか人間のご飯になっても』
「絶対そんなことにならないよう頑張って稼ぐよ…」
人間の管理する世界は飛馬にとっては快適らしい。空調管理が効いた、敵のいない場所。食いっぱぐれることのない日々。気の合う合わないはあるが同じ仲間がいて、おやつも貰える。人間から魔力のおこぼれを貰えることもある。
しかし現実はシビアだ。そんな中、役に立てない個体は食料に回される。飛馬の性格は基本的に鷹揚で走るのが好きだし、討伐の現場でも意気揚々と飛び回れる。
だが飛馬にも個性がある。人に慣れやすく、よく走る個体を交配させて生を繋いでいるのだが、稀にそうでない個体が生まれる。調教の入らない個体は勿論、大人しすぎる個体。大人しいだけならいいのだが、移動にも使えないとなると。
「自分の心配というより、騎手の心配をしていたわけだな。バクラ号は今年で百歳くらいなんだが、無茶をする年下を心配してくれたってわけだ。なんか恥ずかしいな、悪いことをした」
兵士長さんは頭をガシガシと掻いて、苦笑いをした。でもそのあと、とってもすっきりした顔をして言った。
「闘いの経験はバクラ号の方が多いんだし、先輩の言うことには従わないとな。いい飛馬だと思っていたのは間違いなかった! ありがとな! カイくん!」
「うわ!!」
バーンと肩を叩かれ、思わず声が出てしまった。でかい声でハハハと笑う兵士長さんに圧倒されながらも依頼完了のサインを頂き、今回の仕事は終わった。
バクラ号に帰りの挨拶をしに行ったら『魔力をくれたら君のことは諦めてあげよう。三番目の彼氏でいいや』と言われ、笑いながら少しあげようと掌を上に差し出したら、またギラギラした光がボタボタと溢れ出し過ぎて難儀した。
何も習っていない僕にはまだ制御が難しい。これは練習してどうにかせねば。バクラ号が千鳥足になってしまったので、事情を説明するために、また兵士長さんの元へ引き返すはめになってしまった。
──────
「いいか、ここの魔力嚢からまず絞る。ここの出口がバッと開き過ぎてるんだ。ここを絞るイメージを持って少しずつ綿が糸になっていくときのように、細く、細くする」
「魔力嚢っていうのがあるの? まずそこからがわかんないな…」
「イメージしやすいように名前をつけてあるだけだって聞いてる。本当にあるのかもしれないが。それで最後、指の先に針の穴があるイメージを持つ。そこから通す」
「うーん……難しい、目がチカチカしてきた」
今日は領主さんの邸に泊めて貰うことになった。王城に行ったときのように他の飛馬がわらわらと話しかけてきて、その流れで通訳することになったからだ。『もっと撫でて欲しい』とか、『オレの名前の発音が微妙に違ってるから教えてやって』とか、『アタシの相棒はあの人がいいから変えて』とか。
最後の要望だけは僕の意見だけでは叶えるのは難しいので、まあまあと宥めたりなんだりをしているうちに日が傾き始めてしまった。追加依頼のサインを貰い、着いたら夜になりそう、夜間飛行ってしたことないから大丈夫かなとオルフェくんと話しているとメイドさんが近づいてきて、領主さんと奥様との夕食に誘われたのだ。
マナーを知りません、と慌ててしまったが執事さんらしき男性が付いてくれて、時々教えてもらいながらも繊細で美味しい夕食をご馳走になった。領主さんはマナー云々などははなから気にしていないようで、僕が飛馬とどんな会話をして、そのあとどうしたのを聞きたくて仕方なかったらしい。
兵士長さんとバクラ号の話を聞いた初老の領主さんは『バクラ号の主人を想う気持ちが美しい』と感激していた。そのあと泊まっていきなさいと半ば強引に促されたのだ。僕はお風呂を使わせて貰ったあと、客室でオルフェくんに魔力の絞り方をご教授いただいている。
「今日は疲れてるだろ。もう終わりにしよう。ほら見な、こういう感じになれば成功だ」
「わあ、光が細くなって綺……むぐ、ちょ、おうふぇふん」
「飲んでよ。もったいない」
「なんかいやらひいな、…あ、だしふぎらよ」
口に指を突っ込まれ量を勝手に増やされ、軽く酔い始めてしまった。目蓋が落ちてきてしまう。『今日のお給料を頂戴します』と着たばかりの夜着の釦を外して手を突っ込むオルフェくんはとっても楽しそうだ。君は今従業員なんだろ。雇い主の懐に勝手に手を入れるのはどうかと思う。
────────────────────
© 2023 清田いい鳥
「そうか。俺は単に、ビビってるのかと思っていた。それじゃあ戦闘魔獣としてやっていけない、どうにかして勇気を出して欲しいと。怖くて前に出られなくなった飛馬にはまだ働き先があるが、飛馬は値段が高いからな。行き先がなければ最後、人間の食料にされちまう。調教施設に余裕があれば飼って貰えたりはするんだが、そうでなければ…」
僕は思わずルート号を振り返った。彼は戦うには不向きとされる、大人しすぎる飛馬として王城の調教施設でずっと管理されている身だったのだ。それを僕が拾った。
彼は優秀だ。乗っている人間のことを考えた働きができる。派手に戦うことは出来ずとも、護衛と移動には最適な飛馬なのだ。でももし僕が職を得られず、あそこに行けないままだったら。
『…ぼく、食べられちゃうとこだったの…?』
「…かもね。ごめんね、人間は勝手で」
『ううん、ぼくだってお外で暮らすことはできないから。やり方はなんとなくわかるけど、危なくて寒いだろうし、お外にいる仲間とうまくやる自信は全然ないからいいんだ、いつか人間のご飯になっても』
「絶対そんなことにならないよう頑張って稼ぐよ…」
人間の管理する世界は飛馬にとっては快適らしい。空調管理が効いた、敵のいない場所。食いっぱぐれることのない日々。気の合う合わないはあるが同じ仲間がいて、おやつも貰える。人間から魔力のおこぼれを貰えることもある。
しかし現実はシビアだ。そんな中、役に立てない個体は食料に回される。飛馬の性格は基本的に鷹揚で走るのが好きだし、討伐の現場でも意気揚々と飛び回れる。
だが飛馬にも個性がある。人に慣れやすく、よく走る個体を交配させて生を繋いでいるのだが、稀にそうでない個体が生まれる。調教の入らない個体は勿論、大人しすぎる個体。大人しいだけならいいのだが、移動にも使えないとなると。
「自分の心配というより、騎手の心配をしていたわけだな。バクラ号は今年で百歳くらいなんだが、無茶をする年下を心配してくれたってわけだ。なんか恥ずかしいな、悪いことをした」
兵士長さんは頭をガシガシと掻いて、苦笑いをした。でもそのあと、とってもすっきりした顔をして言った。
「闘いの経験はバクラ号の方が多いんだし、先輩の言うことには従わないとな。いい飛馬だと思っていたのは間違いなかった! ありがとな! カイくん!」
「うわ!!」
バーンと肩を叩かれ、思わず声が出てしまった。でかい声でハハハと笑う兵士長さんに圧倒されながらも依頼完了のサインを頂き、今回の仕事は終わった。
バクラ号に帰りの挨拶をしに行ったら『魔力をくれたら君のことは諦めてあげよう。三番目の彼氏でいいや』と言われ、笑いながら少しあげようと掌を上に差し出したら、またギラギラした光がボタボタと溢れ出し過ぎて難儀した。
何も習っていない僕にはまだ制御が難しい。これは練習してどうにかせねば。バクラ号が千鳥足になってしまったので、事情を説明するために、また兵士長さんの元へ引き返すはめになってしまった。
──────
「いいか、ここの魔力嚢からまず絞る。ここの出口がバッと開き過ぎてるんだ。ここを絞るイメージを持って少しずつ綿が糸になっていくときのように、細く、細くする」
「魔力嚢っていうのがあるの? まずそこからがわかんないな…」
「イメージしやすいように名前をつけてあるだけだって聞いてる。本当にあるのかもしれないが。それで最後、指の先に針の穴があるイメージを持つ。そこから通す」
「うーん……難しい、目がチカチカしてきた」
今日は領主さんの邸に泊めて貰うことになった。王城に行ったときのように他の飛馬がわらわらと話しかけてきて、その流れで通訳することになったからだ。『もっと撫でて欲しい』とか、『オレの名前の発音が微妙に違ってるから教えてやって』とか、『アタシの相棒はあの人がいいから変えて』とか。
最後の要望だけは僕の意見だけでは叶えるのは難しいので、まあまあと宥めたりなんだりをしているうちに日が傾き始めてしまった。追加依頼のサインを貰い、着いたら夜になりそう、夜間飛行ってしたことないから大丈夫かなとオルフェくんと話しているとメイドさんが近づいてきて、領主さんと奥様との夕食に誘われたのだ。
マナーを知りません、と慌ててしまったが執事さんらしき男性が付いてくれて、時々教えてもらいながらも繊細で美味しい夕食をご馳走になった。領主さんはマナー云々などははなから気にしていないようで、僕が飛馬とどんな会話をして、そのあとどうしたのを聞きたくて仕方なかったらしい。
兵士長さんとバクラ号の話を聞いた初老の領主さんは『バクラ号の主人を想う気持ちが美しい』と感激していた。そのあと泊まっていきなさいと半ば強引に促されたのだ。僕はお風呂を使わせて貰ったあと、客室でオルフェくんに魔力の絞り方をご教授いただいている。
「今日は疲れてるだろ。もう終わりにしよう。ほら見な、こういう感じになれば成功だ」
「わあ、光が細くなって綺……むぐ、ちょ、おうふぇふん」
「飲んでよ。もったいない」
「なんかいやらひいな、…あ、だしふぎらよ」
口に指を突っ込まれ量を勝手に増やされ、軽く酔い始めてしまった。目蓋が落ちてきてしまう。『今日のお給料を頂戴します』と着たばかりの夜着の釦を外して手を突っ込むオルフェくんはとっても楽しそうだ。君は今従業員なんだろ。雇い主の懐に勝手に手を入れるのはどうかと思う。
────────────────────
© 2023 清田いい鳥
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,489
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる