人に好かれない僕が獣人の国に転移したらおかしいくらいモテた話

清田いい鳥

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40 黒猫のおねえさん

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 初仕事を終え、予定ではこのあと休みにはなる。しかし突発的な依頼が来るかもしれないので、長期休暇で家を離れるときは事前に申請が必要だ。休みといってもなにもしないわけにもいかないと、前と同じくお店の手伝いをしている。

 マウラさんには『この国に一人しかいない魔獣通訳士さんをうちで働かせるわけにはいかないよお』と遠慮されたが、手伝いと言っても内容は家事だから、やりたいから、ルート号の散歩だけじゃ身体が鈍っちゃうからと強めにお願いしておいたのだ。

 しかし洗濯をして干す作業も慣れているので早々に終わってしまい、ルート号に乗って外を歩いていると猫のおねえさんに声をかけられた。以前オルフェくんと機関車に乗って海に出掛けたとき、駅で出会った黒猫のおねえさんだ。

「カイくんでしょ? やっぱりー! この辺で飛馬ちょうばに乗ってるのは衛兵さんかカイくんしかいないからねー」
「お久しぶりです、お仕事中ですか?」

「そうだよー。あたしの仕事が終わったらここでお茶しない? 今日は夕方までだから! じゃあまた後で! ばいばーい」

 ──風のように約束を取り付けられてしまった。



 ──────



 そこは石膏で作ったかのような真っ白な建物で、バランス良く植物が配置されている。窓枠や入り口の角に丸みをもたせてある可愛い印象のカフェだった。カラフルなステンドグラスのドアがアクセントになっている。

「なに飲む? あたし的にはこれがオススメ、クリームにチーズが入ってて美味しいんだよー」
「わあ、美味しそうですね。じゃあ僕もそれで」

 今日の黒猫おねえさんは耳に鈴の形をしたアクセサリーを着けている。金色の鈴の下に赤いリボンがついていて、動くたびに揺れて可愛い。いや、アクセサリーなんかなくても全部可愛い。相変わらずおねえさんはアイドルのように可憐だった。

 キラキラした金色の瞳と長い睫。お化粧をしているのか、伏せた睫毛もキラキラしている。そのおねえさんと対面すると、やはりどうしても緊張はする。

 その大きい瞳を突然パッとこちらに向けられ、ドキッとした。じろじろ見てたのがバレちゃったかな。

「カイくんの飛馬ちゃんって可愛いよね。衛兵さんの飛馬ちゃんはつーんとしてて怖い感じなんだけど、カイくんとこのはなんか穏やかそうな感じするー」

 ──おねえさん、やはり鋭い。



 おねえさんが見たと思われるアーリー号と愛が重い衛兵さんの話をすると、おねえさんは『うけるー』と言いながらきゃらきゃらと笑っていた。アイドルは笑うともっと眩しくなるな。輝いている。

「カイくんは飛馬ちゃんがいていいなー。あたしたち女はさ、この時期はひとりになっちゃダメって親にしつこく言われるから。まー、ひと月くらいの間だけどねー」
「あ、その、発情期ですか…」

「そーそー。みんな普通の顔して歩いてるけどさ、物陰に引っ張り込むチャンス狙ってる男もいるから春は絶対気をつけなって。だから送って貰おうと思って声かけたとこあるー」

 おねえさんはそう言って笑い、チロッと舌を出した。白いお肌に赤い舌が映えて可愛い。もう何しても可愛い。

「も、もちろんいいですよ」
「やったあ。ありがとね! あたし昔、本当に男に腕引っ張られてピンチだったことがあるんだよー。超怖かった。あたしそのとき反抗期でさあ、親の言うこと聞きたくなーいってプンプンしてたんだよねー」

 軽い口調での告白に、僕はかなり動揺した。僕はいつも外に出るとき、オルフェくんに『気を付けろ、危ないから明るい時間に広い道を通れ、ルート号から離れるな』と口を酸っぱくして言い聞かされる儀式を経てからやっと外出できるのだ。やはりそうなのだ、と散々心配をかけている罪悪感を覚え、そして目の前のおねえさんのことが心配になった。

「あー、そんな顔しなくていいよー。結局大丈夫だったからいいんだよ。たまたまそんなあたしを見つけてくれたオルフェが助けてくれたからー。あいつも時々お母さんと喧嘩して家飛び出し…あっ」
「…? 本当に大丈夫でしたか? 怪我したとか?」

「…ううん、なんでもない」
「本当に? 未だに辛いんじゃないですか、僕で良かったら聞きますよ。誰にも言ったりしませんし、遠慮なんかしないでください」

「あーえっと、今はなんにもないから誤解しないでね、発情期だったからそのあと、オルフェと、その……」

 ──しまった。相手が逃げてくれたのに深追いしてしまった。

「あっでもね、公園とかじゃなくてね、オルフェんち連れてってくれてね、ほらひとり歩きするよりマシだしそっちのが全然近かったから、おばさんがうちに連絡入れてくれて、それで部屋に行って、えっと、あたしの方からシてって言っちゃったから、そういう時期だから、あっでも別にヤリ捨てとかはされなくて、あたしはそれでも良かったけど、ほらあいつ女には優しいからっ」

 僕は話の内容より、どんどん赤くなるおねえさんの顔と、身振り手振りが大きくなったせいで耳元でチリチリと小さな音を立てて揺れる金色の鈴に目を奪われていた。

 正直、話の内容自体はどうでも良かった。オルフェくんならやりかねないことだし、おねえさんが無事な方が断然良いからだ。発情期って大変なんだな、女の子はもっと大変だよな、そうでなくても春は不審者が多くなるもんな、という気持ちになった。

 それにしてもオルフェくんめ。マウラさんと喧嘩して飛び出しちゃうところまではまだいいよ。まだ可愛いよ。そのあと美女を拾って帰ってくるってどういうことだよ。君だけ運命が味方し過ぎていやしないか。



「あーごめんね、仲良くなりたかっただけなのにー! カイくん嫌な気持ちになったよね!? あたし焦ったら言わなくていないことペラペラ喋っちゃうんだよね、またやっちゃった、あたしのアホー! 超まぬけー!」
「いやいや嫌いになってないです! そんな嫉妬みたいな気持ちより、こんな綺麗な子とお付き合いできていいなーって角度からモヤッとしちゃったっていうか!」

「え、あたしのこと嫌いになってない? ほんと?」
「嫌いじゃないです、むしろ好き、あっ! 違うんです、いや違わない、そのっ、アイドルみたいで憧れるみたいな!」

 そのあと『アイドルってなにー?』というおねえさんにしどろもどろで説明をした。『えー可愛いね。歌って踊るお仕事やってみたーい』とはしゃいでいた。良かった。告白みたいなことを言っちゃって恥ずかしい思いはしたけど、話が逸れたぞ。

「ねえねえ、あたしみたいな子が好みなの? 可愛いって思うー?」

 ──逸れてなかった。



 本線に戻されたあとの僕は防戦一方で、おねえさんは『あたしオルフェに殺されそー! そしたら守ってねっ!』とキュートなウインクを飛ばしてきた。

 僕はある日、いきなり推しのアイドルが自宅を訪ねてきた漫画の主人公になったような気持ちを思わず味わえてしまったのだが、婚約者がいる身なのである。優越感と罪悪感の天秤をブオンブオンと揺らしまくるばかりであった。



 ──────



 そのあとルート号に相乗りし、おねえさんをお家まで送ることになった。『高ーい! あたし飛馬に乗るの初めてー』と言いながらぎゅうぎゅう密着してくるので、後ろからの柔らかい感触とお日様の匂いに動揺し、汗をかきながらもなんとか操縦した。

『ねえねえ、ちょっと飛んでみてー? あたし高いところ怖くないからー、おねがーい』と甘えるような声で言われ、手汗で手綱が滑りそうだったが頑張ってルート号に合図を送り、飛行体勢に入った。その辺を一周するとおねえさんはきゃあきゃあ言って凄く喜んでくれた。女の子が喜んでくれるのって、本当にいいものだなあ。 

「そろそろおねえさんのお家に向かいましょう。どの辺ですか?」
「んー。もうちょっと。カイくんやっぱりいい匂いー」

 突然顔を近づけられ、耳の裏をスンスンと嗅がれて、うひぃ、と情けない声を出してしまった。おねえさんのほっぺがむにっと当たる。

「ねーえ、カイくん。あたしとだったら子供が作れるかもよ」

 おねえさんはオルフェくんの元カノだ。確か、子供ができにくいのを理由に別れたと言っていた。

「に、人間とも出来にくいかもしれませんよ…ひぅっ」
「んーん、そんなことないよー。だって純粋な人間は万年発情期じゃない。で、カイくんの匂いがあればあたしもその気になるからさ、何度もシてるうちにすぐ」

「お、お家、どこか教えてくださいっ」
「じゃあさー、たまにでいいから遊んでよ。大丈夫だよー、出す側は出される側ほど匂いがつかないから」

「ダメですよっ、おねえさんっ」
「えー、ダメなのお? じゃあ、オルフェに飽きたらあたしのこと考えてよ。それならいいでしょ?」

 はい、と言いかけて飲み込んだ。僕が手綱を握っているのをいいことに、露出した柔らかな太ももで脚を挟まれ、細い指で僕の下腹部に触れながら誘惑してくる黒猫のおねえさんは僕には刺激が強すぎた。帰ってもしばらくドキドキが収まらず、ルート号の上から動けなかった。

 ルート号はしばらく黙ったあと、『カイ…あの人すごかったね…』と言っていた。

 本当にね。すごかったね。


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カイを困らせて楽しんでるだろ、と推察された賢いお嬢さんはお気に入りお願いしまーす!

© 2023 清田いい鳥

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