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52 タピオカじゃなくてタピオさん

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「……まして。タピ……す。……き受けいただき、あり……ます」
「……あ、えっと、カイです。ご依頼いただきありがとうございます。タピオカさん?」

「……オ、です」
「……タピオさん?」

「……はい」
「あ、すみません。タピオさん、よろしくお願いします……」

 しん、と静寂が降りた。正確には僕たちの間だけに。周りは毎度のことになるが、飛馬たちが集合していてミュウミュウミュウミュウと囀りの声が鳴り止まない。

 その内容は『誰!? ねえ誰!?』『やべー、めっちゃマブい』『可愛い可愛い』『ねー見えないんだけど! 見たらどいてよー』『ちょーいい匂い!』といったもの。

 ここは獣人地域を見下ろす位置にある、飛馬の調教施設である。飛べば目と鼻の先にある近場なので、今回は通いでのお仕事になる。

 そこの施設長であるタピオさんと早速顔を合わせたが、彼は遠目から見ても明らかに静かそうな人だった。彼だけ静止画かと思ったくらいに、その立ち姿は凪いでいた。

 頭上の耳は輪郭が丸く、いまは日に透けて茶色いが、黒のような気もする。獣人さんだ。なんだろう。熊さんかなあ。でもそんな怖い感じはしないから、ハクビシンとかかもしれない。

 前髪は長く、僕の顔が見えているのかわからないほどでありながら、なぜか後ろはちゃんと短く切ってある。オシャレ心なのだろうか。若い人の流行なのか? わからない。僕は今も昔も流行りにうとい。

 名前だけがポップな彼の声はとにかく籠もって聞き取りにくい。僕もそういうタイプなので、気持ちはわかるがお仕事である。ひとまずみんなに黙ってもらおうと、人差し指を立ててシッ、と言うと静かになった。ここの子たちも良い子なようだ。

「……ごいです……、噂ど……」

 ──すごいですね、噂通り、かな?

「ありがとうございます。唯一の特技なので。ご依頼いただいたのはあの子のことなんですよね?」

「はい……、ブラッ……です」
「はい?」

「……ッキー、です」
「ブラッキーくんか。初めましてブラッキーくん! かっこいい名前だね。誰がつけてくれたの?」

 まだ幼児だが、子馬よりは大きいサイズのブラッキーくんは例に漏れず『だれ? おねえちゃんだれ?』とちょこまか頭を動かしながら喋っている。

 依頼内容はざっくり言うと、ブラッキーくんがそろそろ一人で飛べる時期であるはずが、なかなか親離れできなくて困っている、ということだった。親ってだれのことだろう。羽根の色が似てる飛馬はここには見当たらないようだが。 

 みんなが騒いでけたたましいので、ひとまず酔わせて強引に大人しくさせよう、ということで僕の定番技と化した魔力によるおやつタイムに突入させてもらうことにした。

 ちなみにこの珍しいとされている古代魔力を、オルフェくんがやってくれるドライヤーのように使うことはまだまだ出来ない。やはりいくら見た目が若く、いや若すぎるくらいに見えるとしても、これだけ大人になってから習得するのは難しくなるらしいのだ。

 こういう感覚操作頼りになるものは、なるべく十代のうちに慣れておくことで回路がしっかり発達し、スムーズにいくのだと図書館で借りた本に書いてあった。

 こっちに並んでー、と指示をするとすんなり聞いてはくれたのだが、やはり予想通りの千鳥足飛馬が一頭ずつおやつによって生産されてゆく。『美味い!!』と叫びながらあっちにフラフラ、『うぃ~』とまさに酔っ払い節を漏らしながらこっちにフラフラ。

 僕は量を調整することに気を配っていたのでしばらく気づかなかったのだが、飛馬同士がぶつからないようタピオさんが黙って上手く捌いていた。タピオさんってすごいな、さすが施設長、背が高いからその分大きい生き物の扱いも上手くできるのかもしれないな、とそのときはそんなことを思っていた。



「へえー。じゃあブラッキーくんは完全な人間育ちの飛馬なんですね。誰にでも懐っこいなーと思ったら」
「……ですね。この子を産んだ飛馬は高齢だったのもあり、産卵直後に亡くなりました。もう三百歳が目前だったので……」

「さ、三百歳。それはかなりのご高齢で……」
「初産だったのも良くなかった。飛馬は番う相手の好き嫌いが結構激しい魔獣なので、こういうことは自然に任せるしかなく……」

 今はブラッキーくんのお食事タイムである。厩舎の屋根の下に入り、やっと声がよく聴こえるようになったタピオさんと二人で、ブラッキーくんを見守りながら詳しい事情を伺った。

 心も身体も丈夫なのが専売特許である飛馬とはいえど、全ての生き物と等しく年齢には逆らえない。ブラッキーくんが最後に見た母の顔は、すでに息を引き取り目を閉じた後だった。その目が開くことは二度となかった。彼が最初に見た生き物は、異常を察して駆けつけた人間だったのだ。

「……飛馬は卵で産まれます。馬の羊膜より分厚く、鶏の卵より薄い殻に包まれ。その殻を自分で破って出てこられれば、確実に育つ個体ということです。この子はその点だけは、なにも心配がいらなかった」
「ちなみに、殻を破れなかった子っていうのは……どうなるんですか?」

「自然の中では廃棄されます。ずっと待っても産まれて来なければ、巣から運ばれ、その辺に落とされる。置いておくと腐敗して、巣が汚れてしまうから。次の子のための配慮です」
「お、落とすって……でもな、魔獣だから。その辺は合理的に判断するのか。ブラッキーくんはとっても頑張ったんだね」

『ぼく、えらい? いいコ?』
「うん、いい子だね。よく頑張って産まれてきたね」

『なんでそっちにいるの? いっしょにたべよ? これおいしいよ、わけわけしてあげよっか?』
「ありがとうね、でも僕は先に食べたからいいんだよ。ここでタピオさんとお話してるから」

『えー? いっしょにおひるねしよ? ぼくひとりでねんねするのヤダなの、ねんねのヨシヨシしてー。おかーさんいつもいそがしいんでしょ? じゃあおねーちゃーん』
「お母さんってタピオさんのことか。あの、ブラッキーくんがいっしょにお昼寝してほしいって言って……タピオさん?」
「……あっ、すみませ……、すごいなと思っ……」

 タピオさんの顔を見ようと振り返ると、なんだか恥ずかしそうに目線を逸らされた。シャイな人だなあ。珍しい、調教師だという人たちは、みんな陽気で元気な人のほうが断然多いから。

 事実、あとで顔を合わせた従業員の方々は、僕が知っている通りの明るい人たちばかりだった。しかし大人しいタピオさんに向こうからよく話しかけていて、タピオさんもその声掛けに静かに応えている。

 僕は呼ばれたとはいえど、新参者の分際で彼を心配していたのだ。施設長のはずなのに覇気がない。王宮の調教施設にいるコーバスさんはもっとしっかり声を張っていたし、ライちゃんさんは有無を言わさない感じの指令を飛馬に下していたから。

 しかしタピオさんは無駄のない最小限の動きで飛馬を率いて、声を荒げることは一度もなかった。飛馬の甲高い鳴き声の中でも声を張らず、とかく静かに手綱を引いている。それで言うことをちゃんと聞かせられる。

 この人は僕より凄い人なんじゃないか、と見たことのない彼の動作全てに感心していた。

 このあと僕はブラッキーくんからお願いされた午睡に付き合い、トントンと軽く叩いて寝かしつけたあと、早めに人間の食事にしようかとタピオさんに呼ばれて建物の中を案内してもらった。



「カイちゃん、それだけでいいの? 遠慮してんじゃない? 食事は盛り放題だからもっと食べていいんだよ」
「これ美味しいよ! ジェランの果皮が入っててー、これだけ無駄にオシャレなの。はいどうぞー」
「俺の皿から取るんじゃねーよ。まあいいや、いっぱい食べなよ」

「ありがとうございます、でもさすがに食べ切れないですから」

「そうー? 女の子はすぐ痩せたい痩せたいって言う生き物だからなー。でも君は十分細いからね!」
「えー、俺はもっとふっくらしてるほうがいいなー。そうじゃないと抱き心地がさあ」
「おい、女の子の前でそういうこと言うなよ。嫌な気分になんだろ。ごめんね、下品な奴ばっかでさ」
「下品なのはこいつだけだし。俺はそんなこと言わなーい。紳士だから! あーあー、カイちゃん結婚してるってほんと? 旦那様とは仲いいのー?」

「あ、はい。いいですよ。まだ新婚ですし」

「そっかー、新婚さんかー。羨ましー。ねえねえ、旦那様ってどんな人? 俺よりかっこいい?」
「自分を意気揚々と土俵に上げるその自信はどこから来んだよ。真面目にとらなくていいからねカイちゃん」
「そーだよ。なんだそのキメ顔。ないわー。で、俺と比べたらどうなのよ?」

 白、黒、グレーで色合いの違う犬耳をつけた従業員の人たちに質問攻めされながらの昼食タイム。ワンワンキャンキャンというルビが載っているような台詞のオンパレードである。

 他にも『いまいくつなの、えー? またまたぁ、十三歳くらいに見えるけど十六歳でしょ、多く見積もりすぎたね』『ウソでしょー、ほんとなのぉー? ……えっ!? すごい、これ本物の住民証!?』『き、奇跡の二十六歳……!!』などと言われ、また言われたなあ十三歳、となんだか感慨深かった。

 しかしこのやり取りに僕は少々飽いている。なので誰が見ても納得せざるを得ない住民証という名の印籠を、この追求を終わらせるための道具として利用した。

 ありがとう王家の方々。官吏の皆様。便利なものをこの世に普及させてくださって。こんな使い方は賢いであろう皆さんでも、予想の範疇外になるだろうが。

「ねーねー、カイちゃんのお休みの日っていつになるー? そのときはいつも旦那様と一緒なのー?」
「……早く食べなさい」

「はーい」
「御意」
「押忍」

 うーん、やはり統率が取れている。みんなタピオさんが注意した途端、さっきまではお喋りのための指揮棒としてだけ使っていたフォークを皿に向け、静かに黙々と食べ始めた。

 音を立てずお茶を飲むその姿はまるで先生のよう、いや校長先生くらいの落ち着き加減。渋い灰色のスーツや、臙脂色のベストを着て手を後ろに組み、登下校の時間に校門に立つあのスタイルがめちゃくちゃしっくりきそうだな。まだまだ若い人だけど。

 なんか、みんなもただの学生さんに見えてきた。着崩した学ランとか似合いそう。多分、みんなもタピオさんと同い年くらいのはずだけど。

 僕はすでに結婚していて二十六歳であることはちゃんと伝えても、男であることは一言たりとも言わなかった。それはなぜか。食卓につく前に、タピオさんに忠告されたことが要因だ。


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