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68 新人保育士カイくん

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「こんにちはー! テディくん、まだ早いけどお誕生日おめでとう! いいもの持ってきたよー。お昼寝終わったらみんなで食べようね!」
「おいち? おいち?」

「そうだよー。美味しいやつだよ。すみませんラグーさん、冷蔵の大きさそんなにないって言ってたのに」
「いや、整理ができてちょうど良かった。こちらこそいつもありがとう。助かる」
「ゆっくりおもてなししたいんだけど、そろそろ乗り合い馬車が来るころなのー。慌ただしくてごめんなさーい」

「いえいえ。いってらっしゃい! 気をつけてー」
「じゃあな。ゆっくりしてこい」

 僕の手元の箱には美味しくて綺麗なオルフェくん謹製のケーキが納められている。しかし運ぶ間の馬車の揺れに耐えられるか心配だったのと『ルート号に乗れば移動時間は短くなるし、やってみよう』とオルフェくんに提案されて、いつもどおりに空から来た。

 ルートくんの周りは彼の魔力である程度守られ風は強く吹かないし、地面からの衝撃もないので確かにケーキの安全は守られた。気を使ったつもりで馬車に乗ってたら危なかったかも。あちこちぶつかって、せっかく綺麗に塗ってあるクリームが台無しになってしまったら悲しむ。僕が。

 しきりに箱を気にするテディくんに話しかけて気を逸らしながら、小さめの冷蔵魔道具に箱を入れて扉を閉める。故郷のものと同じく鉄板を使った扉だが、その内側に透明素材のポケットはない。だから、ついそっちに目線をやってしまう癖がなかなか抜けない。

 一般家庭用のものはあまり庫内が広くなく、かつキンキンには冷えないのでなんでもかんでも詰め込めないが、ケーキならそこまでの冷たさは必要ない。しかし箱がかさばるので、庫内に余裕を作ってもらった。

「だっこっ。だっこっ」
「ん? 抱っこ? いいよー」
「カイが来ると抱っこ魔獣になるよな。常に膝の上を死守してやがる」

「オルフェくんの方が座り心地良さそうなもんなのにねえ。ん? なになに? こっちに行くの?」
「また絵本だろ。カイ、しんどくなったら交代するから言ってくれ。俺は食事の準備と掃除を始めるから」

 ここに来たのは二度目になる。初めてのときもこうやって読み聞かせをねだられて、テディくんを膝の上に乗せて延々と本を読んでいた。オルフェくんに飲み物を出してもらい、それを飲ませ、軽いおやつを食べさせてから布おむつを交換し、また本を読んで。

 読みすぎてそろそろ喉が痛くなってきたかも、と感じたころにお昼ご飯をいただき、次は寝室で一緒に寝ようと誘われ、寝かしつけていたつもりが寝かしつけられ、よちよちとリビングへ戻ってきたのをオルフェくんが見つけ、アレ? と思われていたらしい。

 赤ちゃんとはいえ獣人である彼らの身体能力を知識でしか知らない僕は、テディくんがベッドを抜け出しリビングに戻っていたことを知ったときかなり驚き焦ったが、オルフェくんが『これくらい一人で降りられるぞ』と教えてくれて胸をなで降ろしたものだ。

 何がどう『大変』なのは一日過ごすだけでよくわかった。常に自分を見てくれ、なにか刺激をくれ、という欲求を持つ赤ちゃんに向き合っていると、他のことがなにもできなくなる。自分のことなど余計にできなくなってくる。

 本来なら小一時間かけてやることを、ほんの数十分でやらねば午前中の予定に間に合わなくなってしまい、それが押すと今度は午後の予定に間に合わなくなる。

 これはあれだ、社外から来たお客様の長話に付き合っていたら、午後までにやるはずだった書類仕事が間に合わなくなるくらい時間が迫ってきていることに気づき、ヤバい、と内心焦りながら表面上はニコニコしていたときのアレである。

 社会人も厳しいが育児もまた厳しいものだ、などと真面目くさったことを考えていたら『代わるぞ。お茶にしな』とオルフェくんから声がかかった。食事の準備はもう終わったらしい。相変わらず鮮やかな仕事っぷりである。

「ぶーっ」
「ん? なんだ? 俺じゃ嫌だってか。ふーん。これでもかー」

 オルフェくんの抱っこを嫌がり、ちょっと機嫌が悪くなってしまったのを見て少し焦ったが、彼は構わずヒョイッと持ち上げ、僕じゃできない高さのタカイタカイをやってあげていた。

 テディくんは予想通りきゃっきゃと喜び、というかゲハゲハと言ってウケまくり、涎を垂らすほど喜んでいた。持ち上げている当のオルフェくんは『これで天井掃除ができそうだなー』と人の子供を抱き上げて言う事じゃないことを言っていたが。

『ケーキを食べさせたらどうせ汚れて、風呂に入れるんだから別にいいだろ』というオルフェくんにやめなさいと一応止めて、ルートくんを見せてあげなよ、と外へ追い出しておいた。食事の支度を済ませ、お掃除モードに入っている現在の彼ならやりかねないからだ。

 相変わらず柔らかな可愛い声で『うーと、うーと』と何度も繰り返している様子が伺える。多分、ルートくんの名前を連呼しているな。

 そのあとオルフェくんが『うわっ……あーあ』と言った声が聞こえてきたので、なにかで汚したな、と察して服を取りに行っておいたら、予想した通りの姿で帰ってきた。

「ごめん、カイ。油断した」
「あーあー。水浸しじゃない。水桶に手を突っ込んだね。しかも干し草がくっついてる。そっちにもか」
「そう。また水遊びを始めたと思ったら、そのあとすぐに飼い葉桶に突撃した。いい感じに草がまぶされた」

 なにがいい感じなんだか、と思いながらテディくんの服を脱がせて着替えさせる。びっしょり濡れた上半身は僕が手伝ったが『最近は自分で着替えたがるのよー』とティリーさんに聞いていたので見守っておくことにした。

 ちっちゃい下着を床に広げ、彼の奮闘を見ながら応援する。トイレは自分で出来るようになったので、もう布おむつはとっくに卒業しているのだ。早いなあ。僕は三歳までおむつが取れなかったってお母さんから聞いたことがあったけどなあ。ここの子は小さいうちから偉いなあ。

「でったー」
「できたねえ。えらいえらい!」

「っこー」
「いいこいいこー。あっ、ご飯だって。お腹すいたでしょ、食べよっか」

 グー握りだがスプーンを上手く使って食べるテディくんを見守りながら食べていたら、『あーん』と言いながらなぜかそのスプーンを寄越された。『食べさせろって言ってんな。自分で食べられるくせして』というオルフェくんのプチ批判を横に、食べさせてあげたら頭に手を伸ばしてきて、いいこいいこしてくれた。……しまった。ソースだらけの手を先に拭いてあげればよかった。



「……カイ、カイ。もうそろそろ起きろ」
「……ハッ、また寝ちゃってた…………チューしないでよっ」

「なんでだよ。別にいいだろ」
「よくない。子供によくない」

 なにがだよ、という顔をあからさまにしたオルフェくんに起き上がらせてもらい、まだ眠い目をこすって周りを見ると、テディくんが僕をじっと見ていた。

 ……しまった、情操教育的に大丈夫だったか。いや、仲の悪いところを見せているわけじゃないからセーフなのか? ……わかんない。僕が気まずいから嫌なだけかもしれない。

「テディくん、もう起きてたの。おトイレ行った?」
「もう行った。あーこら、口にすんな」

「子供に本気になんないでよ。テディくん、ほっぺにチューしてー」
「ちゅー」

 ……とはいったものの、いらないことを教えたとラグーさんとティリーさんに思われたらどうしよう。あいつらサボッてイチャついてたんじゃないかと思われたら。事故です事故。僕のせいじゃない。全部オルフェくんのせいです。



「えっ、テディくん寝起きに泣いてたの? 全然気づかなかった!」
「ちょっとだけな。ママはどこだー、はまだ卒業できてないみたいだな。抱き上げてルート号を見せてやったら収まった」

 空気の読める魔獣、ルートくんは泣いているテディくんを見るなり、嘴でそっとちょんちょん突いて気分を変えてくれたらしい。さすがだ。僕のルートくんはいつも人に優しい。

 それからは夕飯までのつなぎのおやつとしてケーキを食べた。先に食べちゃっていいのかなあ、と言ったらオルフェくんが『夕飯のあとにまたおやつを食べさせてたら、食べすぎになるんじゃないか?』と至極当然な答えを返してくれた。

 ここにはそもそも誕生日にケーキを食べるという習慣がない。基本的に建国記念日に食べるものであり、他は食べたいときに食べるのが普通のことらしい。

「テディくん、お誕生日おめでとう! まだ早いけど。もうすぐ一歳だねー」
「いっしゃい」
「指が二本になってんぞ。こうだ、こう」

「こ? こ?」
「そうそう。相変わらずよく食べるなあ。けっこう大きく取り分けたのにねえ」
「残りは二人で食べてもらおう。テディが寝たあとにでもこっそりと」

 またフォークを上手く握って一生懸命食べている。よほど美味しかったらしく、今度はひとりで全部口に運んでいた。が、その分めちゃくちゃ汚していた。

 しかもフォークが上手だねー、と褒めたら自分で自分をいいこいいこしてしまい、髪と耳にベッタリつけてしまったのだ。手と口と服の前もクリームだらけ。全身が甘い香りになったテディくんは食後にお風呂へ行ってもらう運びとなった。

「え、いいよいいよ。僕が入れるよ。もうお湯と水を間違えて浴びたりしないよ!」
「服を着て湯船に浸かれないだろ。俺が入れる」

「なんで服を着たまま入浴するの。普通に脱ぐよ。着替えもちゃんと持ってきたし」
「…………だめだ、上手く言えないけどなんか嫌だ」

「ちょっとー。何考えてるの。相手は子供だよ。まだ一歳前の!」
「…………やっぱだめだ、最初に見たものがその後の人生に影響する。俺が入れる! テーブルの後片付けを頼む!」

 つまり、オルフェくんはテディくんの原体験に影響を与えてはならぬ、ということを言っているのだ。僕の裸体が卑猥だとでもいうのか。そうだと言っちゃってるようなもんじゃないか。失礼だな。

 あっでも、卑猥とまではいかないとしても、こういうのはテディくんが三歳くらいになる前にやめたほうがいいのはなんとなくわかる気がする。成長が人間に比べて早いし、前に一度注意されたからな。大浴場に入りたいと言ったら視姦されるぞ、と彼にすごい勢いで止められたのだ。

 ……一体僕はどう見えているのだ、やはり美味しそうなケーキなのか、などとここの人たちの正気を改めて疑いながらテーブルの上を片付けた。



 しばらくするとラグーさんとティリーさんが帰宅した。見てきた観劇が素晴らしかった、特にこの場面がね、とまたティリーさんが盛大に歌い踊り出した。自宅に着くまで相当我慢していたらしい。

 みんなで床に手をつき心肺機能を鍛えたあとで、お別れである。テディくんが『ねったーん!!』と僕の方へ手を伸ばし叫んでわんわん泣いていた。ありがとうテディくん、おねえちゃんは嬉しいよ。一応、男なんだけどね。ついてるんですよ。



 ──────



「テディもだいぶ出来ることが増えてきたな」
「そうだねー。ちゃんと最後まで座って食べてたしね」

「起きたときのママを出せー、で泣く時間もかなり短くなった。前はもっと長かったから」
「気持ちの切り替えが上手くなってきたんだね。偉いよねえ」

「テディの成長は順調だし、夫婦も仲が良いし、また来年にでも子供が増えるかもしれないな」
「ついに来るかもしれないのか……、その次の子になるかもしれないけど、いざそう思ったらなんか緊張してきた。たまに面倒見るのとは違うもんね」

 それはなぜか。今は寒さが緩んで春目前。つまりアレの季節である。発情期。このときは子供ができる確率がグッと高まる。

 そういうデリケートな時期にお宅に伺うのは憚られるため、春が終わるまでは訪問を控えなければならない。だから春生まれのテディくんの誕生日を先に祝わせてもらったのだ。

 お世話係として行くわけだから、本来は別に気にすることではない。しかし僕の匂いはいろいろと主張してしまうため、要自粛なのだ。仕事もトラブル防止のため、獣人地域の依頼は延期かお断りせねばならない。

「春はしばらく仕事を控えるんだろ。楽しみだな」
「なにがよ。絶対正気でいてよ。僕、また大風邪ひきたくない」

「…………頑張ります」
「えー。そこは確約してよ」

「…………努力目標とします」
「もー、それ達成できなさそうなときに言うやつじゃん。オルフェくんが悪い大人として成長してるー」

 もう清廉樹祭の歌はちゃんと覚えた。意識せずとも、外に出ればいろいろな場所から練習中の歌声や、子供楽団の演奏が聴こえてくるからだ。自然と頭に入ってくる。お祭はとても楽しみだ。しかし問題は全てその後に。

 さーて、今年はどうなることやら。あの白い紐は持ち出さないでよ、そっちこそ女の匂いつけて帰ってくるなよ、じゃあ帰ったらすぐお風呂にするからくんくんしないで、なんだ匂いがつく予定でもあるのかよ、と空の上で軽く言い合いになってしまった。



 僕はとっくに気づいているんだぞ。君は発情期を言い訳にして、いろいろ無体を働きたいと考えていることを。

 目的に向かって一直線。君は直線に強い馬だからな。振り落とされたり、引きずり回されないように僕も姿勢を崩さず頑張らないと。

 ある意味、春は真剣勝負の季節である。今年の勝負レースは荒れるかな。彼は走りが良いけど、気性がなあ。






────────────────────

誕生日ネタで続きを書いてみようなんて思いたち、書いてみたらケーキと指輪と子供とカイくんガチ勢が出てきました。

パーティーしろよ。おめでとう、って書いた紙を壁に貼れ。シャンパングラスを重ねて上から酒を注げ(違う)。

さあさあ遠慮なくエールとお気に入り追加をどうぞ!またいつかお会いしましょう!愛してるよー!

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みんなの感想(21件)

りりあ
2024.02.08 りりあ

作品も面白いし作者さんも素敵すぎる性格で楽しく読めました🫶

清田いい鳥
2024.02.10 清田いい鳥

作者の性格www お綺麗な方に褒められてバグりそう!またぜひ来てね!待ってるよ!

解除
まなせあきら

こんにちは!
おしゃべり魔獣の〜のお話が面白くて、こちらの作品も読ませていただきました!
スルスル読めて、一気に読破してしまいましたw
お子様が増えてからのメインカプも気になります✨
あと個人的にタピオさんのとても好みだったので、彼が幸せになるお話も可能であれば読めたら嬉しいです(強欲)

清田いい鳥
2024.01.26 清田いい鳥

ありがとう美しいお嬢さん!作品はしごしてくれたんだね!なんて良い人なんだろう!
タピオ氏、完全当て馬キャラなんですが好きだと言ってくださる方が他にもいて。今更申し訳なくなってきた……そのうち救ってやろうかな笑

解除
高原三琴
2023.11.16 高原三琴

思いがけず大好きな作品の番外編が読めて、とても嬉しかったです!カイ君オルフェ君ルート号他の皆さんもお久しぶりー!!初めましてのキャラもたくさんいて賑やかで楽しかったです。
テディ君の歌唱力はパパに似るのかママに似るのか、将来が楽しみですw

清田いい鳥
2023.11.16 清田いい鳥

ありがとう美しいお嬢さん!可愛いあなたのために書きました!
パパに似たらいいけど、うっかりジャイ◯ンリサイタルやる奴が増えることになったらパパの腹筋バキバキになっちゃうね。天国なんだか地獄なんだかわからねえ。

解除
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