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10 橋の上のアザミさん
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「お姉さん。こんばんは。ちょっといい? そこ寒いでしょー。遮るもんがないから冷たい風吹きすさぶでしょ。今日の朝方霜が降りてたよ。もうそんな季節なんだよ、一年って早いよねえ。お姉さんおいで、俺手伝うから。俺力持ちだから大丈夫。任せて。ね!」
橋の縁で女性が佇んでいる。
報告を受ける前に見回りで丁度見つけたため、飛馬を飛ばして急行した。
こういう事例の怖いところは、佇む者が慌て出して落ちてしまったり、そのまま立てこもってしまう場合があることだ。
ここに来るまで色々あったのだ。人生の先に続いてゆく見えない糸を絡ませてしまい、どんどん絡み、がんじがらめの団子状態になったとき、人はこういう選択をするときがある。
本人は冷静なつもりでも、冷静ではない。その絡んだ糸を全てとはいかずとも、多少はほぐす必要がある。
「ほら、俺のコート貸してあげる。脱ぎたてほかほか。え? ほやほや? え? どっち? あっごめんごめん、お待たせ。はいそれじゃあ掴むよ。マリちゃんそっち持ってあげてね。せーの!」
「ご、ご、ごめんなさ、あり、ありがとござ、ます」
「寒かったでしょー。口が回んないくらい冷えてるじゃない。手ぇ冷た! 乗馬できる? したことはあるのね。まあここにいるのは飛馬だからちょっとでかいけど、これ普段あんまり乗る機会ないからお姉さんラッキーだね! 大丈夫だよ飛馬はしゃがんでくれるから。はいここ掴まって!」
サンダーは労いながらさり気なく女性の手を取った。さっきまで雪のように真っ白だった頬が、僅かに赤みを差している。恋泥棒は今日もよく仕事をしている。
「絶対落ちないようにするから。マリちゃん固定具よろしく! 後ろの人だから普通に鞍に腰掛ける感じで大丈夫だよ。飛馬は気にしないから。腰にベルト回すからねー。高いところ大丈夫? いける? あーそうだね! さっき橋の上にいたばっかだしね! あはは、お姉さんって話が上手いよね! 楽しくなってくるわ。俺も上手い? えー嬉しいなー! ありがとねー!」
飛馬がゆっくり上昇する。
翼力と風の軌道に乗って飛ぶ鳥とは違い、飛馬は魔獣だ。何やら風の魔術らしきものを使っているらしい。飛馬は喋れないので推測の域を出ていないが、計測するとそういう反応が見られるそうだ。
だから最悪、翼を仕舞ったままでも上昇できる。建物の屋根の上辺りまで上がると、ゆったりと黒い翼を広げ始めた。
飛馬は駈けるように、四脚を動かし空を滑る。
鳥の頭部、その鶏冠は紅。嘴は黄金色。頭から背中までの柔らかな羽毛は白く、腹から翼、長い尾羽までは黒い。対極にあるそれらの色は境目で複雑に混ざり合う。動くたびに羽根が偏光し、つやつやと蒼く輝いている。
サンダーのコートを借りた女性は『わあ……!』と感嘆し、恐る恐る飛馬に触れていた。
日が沈みきったこの街は、まだ元気に起きている。
人々の住居と、食事所から漏れる橙色の暖かな光。硝子傘で様々な色表現をした看板灯は、七色に煌めく。時々、煮炊きの煙が灯りをけぶらせ、光をまろやかに広げている。
「お姉さんのお名前なんていうのー? アザミさん? アザミさんでいい? 怖くない? 大丈夫? だったらさー、せっかくだからちょっと夜景見ていかない? じっくり見たことある? ないか。飛馬に乗って夜景鑑賞とか超贅沢だよ。ラッキーだね! アザミさんは地元の人じゃないのかー。どこから来たの? わあ、山の方角からか。来るとき大変だったでしょー」
さっきからただのナンパに聞こえるが、れっきとした業務の一環である。
「あっ!! 見て見て! 海の方、蛍光烏賊の群れ!!」
サンダーが指差す先にあったのは、波打ち際に星を大量にぶちまけたような、大魔術師が大量の魔力残滓を落としていったような、光の洪水そのものだった。
波が引き寄せるたび、渦を作るたびに、それに青白い光が追従して動く。点滅する。
わー! だの、キャー! だの、思い思いの感嘆詞を上げて蛍光烏賊の恋の季節を楽しんだ。今は彼らの繁殖期。年に一度のアピールタイムなのだ。
「綺麗だねー! マリちゃん!!」
──静かにお前に惚れ始めている後ろの彼女の存在を忘れるなよ。無事家に送り届けるまでは。
「そうだな。すげえいいもん見た」
──見つめるな。前を向け前を。飛馬がどこに向かって飛べばいいのかわからなくなるだろ。
「お二人ってお付き合いされてるんですか?」
──最近こういうの多くないか? 女性だから? こいつの態度ってそんなバレバレな感じ??
「まだだよー! 俺すっごい振られてるからね」
「あらやだ。お兄さん以上の男がいいんですかね。目と舌が肥えてらっしゃるのかしら」
「そうなのかなー。ねーアザミさん、俺どう頑張ればいいかな? 仕事はあんまり頑張ると昇進して会えなくなっちゃいそうなんだけどー」
「会えない期間が愛を育てるパターンもありますからね。それに昇進すると忙しくなりますけど、それだけお金も貰えます。会わない間は欲望を溜めて、会えたときに発散させて札束で殴りましょう」
──本人ここにいるんですけど。『なるほどー』じゃないよお前も。いらないよ札束。
すっかり調子を取り戻したような彼女はサンダーに負けじとよく喋る。こんなに明るく見える彼女にも、色々とあったらしい。彼女はそのうちポツポツと話し始めた。
初めてできた彼氏は妻子持ち。よくある話ではあるが、今まで男性に心を許したことがなかった彼女は裏切りへのショックや自己嫌悪で、本気で橋から飛び降りたくなったのだ。
「……そういえば橋に行く前、こっちでできた友達が言ってました。個人差がありますが、失恋のショックは馬鹿にできない。身内が亡くなったときの度合いと同じくらいだそうです」
──知らなかった。結構軽視していたかもしれない。
「そのときは自分のことでいっぱいで、友達の慰めを受け取れませんでしたが、同じ思いを抱えた人はきっといる。私ばっかり、なんて思い詰めるのはやめようと思います。ま、単純に寒いですしね! 橋の上は!」
そろそろ彼女の住居の近くだ。降下のために手綱を操るサンダーの後ろ姿を見つめた。
こいつにそういうショックを与えることだけはしたくない。しない。
この期に及んで、まだ迷ってはいるが。それだけは肝に銘じよう。
橋の縁で女性が佇んでいる。
報告を受ける前に見回りで丁度見つけたため、飛馬を飛ばして急行した。
こういう事例の怖いところは、佇む者が慌て出して落ちてしまったり、そのまま立てこもってしまう場合があることだ。
ここに来るまで色々あったのだ。人生の先に続いてゆく見えない糸を絡ませてしまい、どんどん絡み、がんじがらめの団子状態になったとき、人はこういう選択をするときがある。
本人は冷静なつもりでも、冷静ではない。その絡んだ糸を全てとはいかずとも、多少はほぐす必要がある。
「ほら、俺のコート貸してあげる。脱ぎたてほかほか。え? ほやほや? え? どっち? あっごめんごめん、お待たせ。はいそれじゃあ掴むよ。マリちゃんそっち持ってあげてね。せーの!」
「ご、ご、ごめんなさ、あり、ありがとござ、ます」
「寒かったでしょー。口が回んないくらい冷えてるじゃない。手ぇ冷た! 乗馬できる? したことはあるのね。まあここにいるのは飛馬だからちょっとでかいけど、これ普段あんまり乗る機会ないからお姉さんラッキーだね! 大丈夫だよ飛馬はしゃがんでくれるから。はいここ掴まって!」
サンダーは労いながらさり気なく女性の手を取った。さっきまで雪のように真っ白だった頬が、僅かに赤みを差している。恋泥棒は今日もよく仕事をしている。
「絶対落ちないようにするから。マリちゃん固定具よろしく! 後ろの人だから普通に鞍に腰掛ける感じで大丈夫だよ。飛馬は気にしないから。腰にベルト回すからねー。高いところ大丈夫? いける? あーそうだね! さっき橋の上にいたばっかだしね! あはは、お姉さんって話が上手いよね! 楽しくなってくるわ。俺も上手い? えー嬉しいなー! ありがとねー!」
飛馬がゆっくり上昇する。
翼力と風の軌道に乗って飛ぶ鳥とは違い、飛馬は魔獣だ。何やら風の魔術らしきものを使っているらしい。飛馬は喋れないので推測の域を出ていないが、計測するとそういう反応が見られるそうだ。
だから最悪、翼を仕舞ったままでも上昇できる。建物の屋根の上辺りまで上がると、ゆったりと黒い翼を広げ始めた。
飛馬は駈けるように、四脚を動かし空を滑る。
鳥の頭部、その鶏冠は紅。嘴は黄金色。頭から背中までの柔らかな羽毛は白く、腹から翼、長い尾羽までは黒い。対極にあるそれらの色は境目で複雑に混ざり合う。動くたびに羽根が偏光し、つやつやと蒼く輝いている。
サンダーのコートを借りた女性は『わあ……!』と感嘆し、恐る恐る飛馬に触れていた。
日が沈みきったこの街は、まだ元気に起きている。
人々の住居と、食事所から漏れる橙色の暖かな光。硝子傘で様々な色表現をした看板灯は、七色に煌めく。時々、煮炊きの煙が灯りをけぶらせ、光をまろやかに広げている。
「お姉さんのお名前なんていうのー? アザミさん? アザミさんでいい? 怖くない? 大丈夫? だったらさー、せっかくだからちょっと夜景見ていかない? じっくり見たことある? ないか。飛馬に乗って夜景鑑賞とか超贅沢だよ。ラッキーだね! アザミさんは地元の人じゃないのかー。どこから来たの? わあ、山の方角からか。来るとき大変だったでしょー」
さっきからただのナンパに聞こえるが、れっきとした業務の一環である。
「あっ!! 見て見て! 海の方、蛍光烏賊の群れ!!」
サンダーが指差す先にあったのは、波打ち際に星を大量にぶちまけたような、大魔術師が大量の魔力残滓を落としていったような、光の洪水そのものだった。
波が引き寄せるたび、渦を作るたびに、それに青白い光が追従して動く。点滅する。
わー! だの、キャー! だの、思い思いの感嘆詞を上げて蛍光烏賊の恋の季節を楽しんだ。今は彼らの繁殖期。年に一度のアピールタイムなのだ。
「綺麗だねー! マリちゃん!!」
──静かにお前に惚れ始めている後ろの彼女の存在を忘れるなよ。無事家に送り届けるまでは。
「そうだな。すげえいいもん見た」
──見つめるな。前を向け前を。飛馬がどこに向かって飛べばいいのかわからなくなるだろ。
「お二人ってお付き合いされてるんですか?」
──最近こういうの多くないか? 女性だから? こいつの態度ってそんなバレバレな感じ??
「まだだよー! 俺すっごい振られてるからね」
「あらやだ。お兄さん以上の男がいいんですかね。目と舌が肥えてらっしゃるのかしら」
「そうなのかなー。ねーアザミさん、俺どう頑張ればいいかな? 仕事はあんまり頑張ると昇進して会えなくなっちゃいそうなんだけどー」
「会えない期間が愛を育てるパターンもありますからね。それに昇進すると忙しくなりますけど、それだけお金も貰えます。会わない間は欲望を溜めて、会えたときに発散させて札束で殴りましょう」
──本人ここにいるんですけど。『なるほどー』じゃないよお前も。いらないよ札束。
すっかり調子を取り戻したような彼女はサンダーに負けじとよく喋る。こんなに明るく見える彼女にも、色々とあったらしい。彼女はそのうちポツポツと話し始めた。
初めてできた彼氏は妻子持ち。よくある話ではあるが、今まで男性に心を許したことがなかった彼女は裏切りへのショックや自己嫌悪で、本気で橋から飛び降りたくなったのだ。
「……そういえば橋に行く前、こっちでできた友達が言ってました。個人差がありますが、失恋のショックは馬鹿にできない。身内が亡くなったときの度合いと同じくらいだそうです」
──知らなかった。結構軽視していたかもしれない。
「そのときは自分のことでいっぱいで、友達の慰めを受け取れませんでしたが、同じ思いを抱えた人はきっといる。私ばっかり、なんて思い詰めるのはやめようと思います。ま、単純に寒いですしね! 橋の上は!」
そろそろ彼女の住居の近くだ。降下のために手綱を操るサンダーの後ろ姿を見つめた。
こいつにそういうショックを与えることだけはしたくない。しない。
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