おしゃべり魔獣の衛兵隊長は平隊員に依存している

清田いい鳥

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13 竜巻猫のフラッフィー

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「さーてこれはどうしたもんかね! びくともしないね! もしもーし!美人のお嬢さん! 麗しいお坊ちゃんかな? ここ通路だから、ちょーっと端にどいてくれるかな? って言ってもねー人間語なんてわかんないよねごめんごめん! いやーさっきから微動だにしないね! 動かざること山の如しだね!」

 今日もうちの衛兵隊長は相手が聞いていようがいまいがお構いなしに喋り倒している。

 守衛地に女性が飛びこんできたのは今から三十分ほど前。市場のど真ん中に竜巻猫たつまきねこが寝そべり始め、邪魔で仕方ない。なんとかならないか、とのことだった。

 お金持ちのペットとして有名な竜巻猫。前に向いた三角の耳、とろんと眠そうな瞼の奥の瞳は黄金色。瞳孔は縦に開く。笑っているような口と、光を受けると七色に輝く透明なヒゲ。短い尻尾がついた四脚の魔獣なのだが、半分が体毛でできているその脚は短いがとても太く、各脚に竜巻がくっついているようなのでこの名称がついたらしい。

 これだけだと魔獣というよりただ可愛いだけの生き物なのだが、でかい。二百キロはある。人が乗れる。乗っても怒りはしないが絶対動かないらしい。なので、飛馬ちょうばのようには活躍できない。ただ可愛いだけ。でかいけど。 

 ミルクの中に紅茶を垂らしたような淡い色の体毛を持つその竜巻猫は、日溜まりのなかで大きな口を開けてくわぁ、と欠伸をしてみせた。

「んー。気持ちいいー。マリちゃんも触ってみなよー。この柔らかい毛が最高」

 すでに諦めたサンダーが竜巻猫の首もとに腕を突っ込み顔を埋めている。咬まれるのではないかとヒヤッとしたが、竜巻猫はゴロゴロと喉を鳴らしていた。悪くないらしい。

「俺の親戚の家にさあ……あっ、俺の家を道連れにしやがった親戚とは関係ない別の家の話ね。そこにいたんだよねー竜巻猫。明るいうちはいつも庭をのそのそ歩いたり、邸の中の日が当たるところに必ず寝そべってた。ここを撫でるとゴロゴロ言うけど、これ喜んでるらしいよ」
「これを飼えるって凄いな。私は初めて触るんだが、本当に怒らない?」

「怒らないよー。竜巻猫の性質は怠惰。色々なことがめんどくさいんだよ。食べたくないときは食べないし、動きたくないときは動かない。人間のことはよその子供かなんかだと思ってるみたい。まあこいつはこんだけでかいし、小さいのがなんかくっついてくるなーとしか思ってないね」
「そ…そうか?」

 さっきからチラリと見える牙が怖いが、意を決して触れてみた。みっちり詰まった柔らかな体毛は、ズブズブとどこまでも私の手を飲み込んでゆく。体温が高くて温かい。

「ふふ、そんな恐る恐る触らなくても大丈夫だよー。可愛いなマリちゃん」

 ──やめろこんな往来で。お前の声はよく通るんだよ。

 遠巻きにでも人が沢山集まっているのだ。辱めるのはやめろ。しかしそろそろ移動させないと、馬車が方々から来たらすれ違えない。

 守衛地と連絡を取ってローレンツさんに相談しようか、と思っていたらサンダーが『よし。マリちゃんはここで待ってて』と立ち上がり、そう言い残してどこかに行ってしまった。



 恐々と首もとを触ってゴロゴロ言わせていると、遠巻きにしていた人々の中から触ってみたいけどいいか、と話しかけてくる人が出てきた。私のペットじゃないんだが。 

 一人ずつどうぞ、と護衛の真似事をしている間にサンダーが戻ってきた。手になにか持っている。

「タタルナの実だよ。今が旬だから、この匂いにつられて市場に来たんじゃないかな。そんで探すのが面倒臭くなって一番日当たりのいいここに来た。俺、名推理じゃね? 真実はいつもひとつ!!」
「皆さん、移動しますので離れてください。踏まれたら大怪我しますから。はいはい、離れて離れてー」
「無視? 無視なの??」

 竜巻猫は眠そうな目をちょっと開いて、のっそり立ち上がった。のそりのそりと歩いてついてくる。

「こいつはさー、こんなゆっくりさんだから毛が擦れて減ったりとかしなくて、伸びっ放しになるからこんな脚になったんだって説があるんだよ。諸説あるけどね。これでも肉食なんだけど、狩りをするときは獲物に足音立てないで近づいて、踏んでゆっくり圧死させるんだよ。怖くね?」
「ええ……怖……」

 この眠い目で、このにこにこ笑っているような顔で生き物を踏みつけるところを想像した。さすが魔獣。怖い。

 安全のためになるべく人を避け、日の当たるところを探して歩いた。葦の短い柔らかな草が生い茂る開けた場所を見つけ、そこで竜巻猫のおやつタイムとなった。

 どすんと横に寝転んで器用に前足を使い、ぷちぷちと黄緑色をしたタタルナの実を食べている。心なしかさっきより顔が笑っている気がする。

 それにしても本当に聞いたとおりの怠惰っぷりである。人に飼われるような魔獣だからだろうか。寝ながら食べるのは昔飼っていた手鞠鼠だけかと思っていた。

「マリちゃんこっちおいで。ほらーあったかい」

 サンダーが衛兵帽をその辺に放置し、白い竜巻猫の腹をソファーにして寄りかかっている。さっきから人様のペットに対してやりたい放題だな。

 まあいいか、休憩しようとサンダーの横に並んで寄りかかってみた。ズブズブと身体が沈んでゆく。自分の体重がなくなったような感覚がして、心地いい。

 想像以上の贅沢な感触にうっとりしていると、頬に何か当たった。あっ、と振り返ったら唇を奪われた。

「むっ……ちょ、やめろ人に見られる」
「どこに人がいるのさ。いいじゃんケチ」

 なにがケチだこのやろう。またおかしなことをされる前に逃げようと、立ち上がろうとしたら腰の革帯を掴んで引き戻され、そのままぎゅう、と抱きしめられた。

「なにもしない。お仕事中ですから」

 ──部下を抱きしめるのは何もしてないの内には入らん。



 しかしこの感触、気持ちがいい。もう昼寝を始めてしまった竜巻猫の腹から伝わる高い体温と、もう慣れてしまった男の腕から伝わる体温に挟まれて、怒る気になれない。サンダーは寝る体勢に入っている。仕事中だって自分で言ったくせに……。

 そういえばこいつは上司だった……。
 何罪……? 猥褻罪……? 職域不行跡ふぎょうせき……?

 また勝手に落ちてくる瞼に思考で対抗していると突然、竜巻猫が身じろぎし、私の衛兵帽の上に何かがボスンと乗った。

「ヒッ!!」
「うお、なになに!?」

 前脚を乗せられていると気づいた瞬間、『圧死させる』と言ったサンダーの言葉を思い出して恐怖が胸を駆け上がり、目の前の男にしがみついてしまった。前脚はまだ頭の上をついてくる。離れてくれない。

「ん──。マリちゃんどしたの──。可愛いねえ」
「これ何! 何! 何されてる!?」

「好きだよマリちゃん」 
「じゃなくて!! これどうしたらいいの!!」

「幸せにするからねマリちゃん」
「サンダ──!!」

 サンダーには散々首筋を嗅ぎ回られキスされ、竜巻猫がようやく前脚を離したあとでやっと理由が判明した。

「肉球をあっためたかったんだよ。頭の天辺って一番日が当たって熱くなるでしょ?」

 ──ドッと疲れを感じる。



 衣服を整えているうちに直近の守衛地の衛兵と、飼い主らしき身なりの良いキリッとした紳士が飛馬に乗って到着した。

「フラッフィーちゃあああん!! おんもは危ないから出ちゃだめっていったでちょおおお!!」

 キリッとしていたはずの紳士は泣きべそ顔でフラッフィーちゃんを抱きしめていたが、当のフラッフィーちゃんは知らん、とばかりにそっぽを向いて大欠伸をかましていた。
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