おしゃべり魔獣の衛兵隊長は平隊員に依存している

清田いい鳥

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16 異臭騒ぎと魔術師さん

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「マリちゃん、俺こっちから張るからそっち回って。この木をスタートにしよう。んじゃ、よろしくー、って、早速張るとこがねえな! どうしよ! ベンチ移動させっか! よいしょー! 重い! これ重い!」

 近くの公園でやたら変な臭いがする鞄が噴水の近くに置いてある、と近所の人から訴えがあり、駆けつけた。人体に有害かどうかは衛兵だけでは判断がつかないため、現在魔術師待ちの状態だ。

 娯楽になりそうなことに貪欲な市民は何だこれ、とすぐ近づいてしまうため、今は人除けのロープを張っている。魔術師が到着するまで見張りをしないとならない。しかし漂ってくるこの異臭。

 何かを腐らせてめちゃくちゃ凝縮させたような。その中にほんのりフルーティーな匂いが混ざっているのがかえって気持ち悪いような。向かい風だと何も感じないが、追い風になると後ろからムワンと臭ってくる。大丈夫かなあ。まともに立っていられるかなあ。魔術師さん、早く来てくれ。

「あらサンダーくんじゃないの。ヤダッ、ここから臭ってんのね! なんか凄い変な臭いだわね! 何かあったの?」
「あーおばちゃん。そっちの店にも臭い行っちゃってた? まだわかんないんだよねー。あの鞄からなんだけど、見覚えない? ないか。そっかー」

「サンダー! こりゃやべーな。毒物? ヤバいやつか?」
「わかんないけど臭いがとにかく凄いんだよねー。あんまり嗅いでたら具合悪くなるから離れといたほうがいいよーおっちゃん」

「しゃんだーおにーちゃん、くちゃいくちゃいねー。こわいやちゅ?ばくはつしゅる?」
「多分しない…あれっお母さんかお父さんは? あっこっち来た。ダメだよーおてて繋がないと。馬車にドーンされちゃうよー」

 とにかく何か用がなくても市民に話しかけるサンダーは、この辺では有名人である。なにしろ顔がいいので初めての人は動揺しつつ、その後あっさり受け入れてくれる。子供にも大人気だ。

 いいなあ顔がいいって。私が用もないのに話しかけたら『私何かしました?』とか、『何か事件ですか?』と返ってくるのが関の山なのに。

「マリちゃん、あんたも大変ね。持ち主はまだ見つからないの?」
「…ええ、さっき報告があったばっかりでして。魔術師さん待ちです」

「マリちゃん! 鼻大丈夫か? オレ臭いがわかんなくなってきたぞ! なんか布でも当てといたほうが良くないか?」 
「…そうですね、ありがとう。ハンカチ持ってますから大丈夫。おじさんも気を付けて」

「まりちゃーん、ばいばーい。おちごとがんばってねー」
「…うん、ありがとねー。ちゃんとおてて繋いでねー」

 見回りはツーマンセルで行うのが常である。サンダーがマリちゃんマリちゃんと私に話しかけるから、市民の皆様にまで浸透してしまった。私、マリウスです。マリウス・ノイエンドルフです。



 今のところ体調は問題ないが、風向きによって時折漂うこの臭い。かなり距離を取っているのに間近であの鞄を突きつけられているようだ。市民の皆様は嫌なら離れればいいのに、わざわざロープの近くまで寄ってきて、『うわー』とか、『ひえー』など、思い思いに叫んでいる。彼らにとっては今一番ホットな話題だ。口コミからの前情報は知りつつ、自ら体験したくてたまらないのだろう。平和だなこの国は。

 ハンカチを鼻に当てながら、いつまで続くんだこれ、魔術師さんまだかなあ、と途方に暮れ始めたとき。上空からそれらしき飛馬ちょうばが飛んできた。

「王宮魔術師のアポロニア・メイジャーです! お待たせしましたー! うわ! 臭いすごいですね!」

 なんか可愛い女性が降りてきた。焦げ茶色の艶々とした髪と、ほんのり桃色がかった大きな瞳。てっきり無愛想なおっさんとか、ひょろひょろした覇気のない男が来るかと思っていた。可憐な魔術師のメイジャーさんは、口に巻けと私たちに布を渡してくれた。

「んもー何でこうなった! これはデビルリドリンの臭いですよ。液状のやつ。必ず密封瓶で保管しないといけないのに、多分普通の瓶に入って…ほらー。やだもー!」

 魔術師のメイジャーさんが鞄を開けた瞬間、目視できたんじゃないかと錯覚しかけるレベルの臭気が辺りに充満した。市民の皆様の叫び声の音量も最大ボリュームだ。だから離れろって言ってるじゃないか。

「その布越しだとあまり辛くないでしょう? 特別製です。洗わなくていいので終わったらご返却くださいね。さてさてー、まずは中身をこの密封瓶に移して……よし、あとは洗ってー」

 メイジャーさんは腰帯から杖を取り出して振り、清めよとか、雷よナントカ、と呟いた。

 星の欠片のような魔力残滓が宙を舞う。『魔術だ!』と誰かが叫んだ。瞬間、噴水の水が首をもたげ、彼女の手元に飛び込んできた。元の半透明な瓶は、残滓の星屑と共に一瞬で綺麗に洗われ、水が排水口に吸い込まれてゆく。

『あとはー』と、今度は別の呪文を彼女が唱えた。周囲から髪が揺れる程度の風が吹き、魔力残滓が辺りに漂う。大人も子供もそれに触ってみようとはしゃぎ始めた。風は噴水の周りに集まり、回り、上空に吹き抜ける。凄い。一気に臭気が消えた。

「はい、これで大丈夫。あとは持ち主が…」
「すみません!! すみません!! 僕です!!」

 お前かよ。なんか見たことあるぞ。あっ、ブーツは新調したんだな。よしよし。じゃない。お前はまた何をしでかしている。

 彼は以前、寒い時期に穴あきブーツを履いて歩いていたところをサンダーに尋問され、生活支援サービスへ繋げることになった魔術薬の専門家である。仕事に没頭して生活を忘れるタイプの魔術師だ。

 彼は原料専門店へ出向いた。しかしうっかり密封瓶を持参し忘れたことに気づいた。店主に密封瓶を一緒に買っていけと言われたにも関わらず、温めなければ臭いは出ない性質であるからと、密封瓶の代金をケチった。しかし、外はこの陽気である。あっという間に臭気が発生した。 

 鞄の中には凍らせたり、冷やして結露させるとダメになるものもある。その類の魔術は使えない。鞄はひとつしかない。切羽詰まって、ここからだと家よりは近い原料専門店に戻り、密封瓶を購入して戻ってきた。

「あー! 久しぶりだねえ! 元気にしてた? あのあと風邪ひいてなかった? よかったー、王宮魔術師さんが来てくれたからもう大丈夫だよ! あなたお金ちゃんとあるんだからもうケチっちゃダメだよ! 密封瓶って高いの? あー、そりゃ躊躇もするよねえ。今度はちゃんと準備してから買い物するんだよ!」
「ちょっとあなた、そのローブいつ洗濯したの? 覚えてないですって? あなたね、魔術薬扱うんだからきちんと身綺麗にしとかないと。替えがない? 買いなさいよ! お金あるんでしょうが! ほら買いに行くわよ、私が見立ててあげるから! 早く! 乗って!」

 サンダーとメイジャーさんのドラゴンブレストークに彼は終始ぺこぺこと頭を下げ、メイジャーさんの飛馬に強引に乗せられ、ビシッと敬礼した彼女の後ろで俯きながら空へと向かっていった。

 あまり乗り慣れてはいないのか、『ひあああ』と彼の悲鳴が遠ざかってゆく。華奢で可憐な人だったけど、女の人って強いなあ。
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