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昼休みと運命
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「いやぁ~……まさか悟が東堂先輩に言い返すとはなぁ」
なんとか寝ずに四限までの授業を乗り越えた後、俺は教室で昼食をとっていた。
目の前にいるのは、俺の数少ない友人の山室隆輝(やまむろ りゅうき)。
かなりヒロイックな名前をしているが、それに恥じないパワフルな肉体の持ち主である。
「あれは……仕方ないことなんだよ。俺の中では」
「それは分かるけどな? お前があの日みたいに突っ走っちまわないか、俺も心配なわけよ」
「あの日って……あぁ――――ッッ!」
「大丈夫か!?」
こめかみに鋭い痛みが走る。
もう傷は治っているはずなのに、最近は痛みもなかったのに。
「……大丈夫。ありがとな」
「それならいいんだけどよぉ……」
痛みはすぐに引いていった。
そして、隆輝は俺の様子に安堵しながらも、居心地が悪そうに声を潜める。
「……昼休みまで注目の的だぞ、お前」
「そう言われても、食堂が埋まってたんだからしょうがないだろ」
「だったら中庭で――」
「――今日は雨だ」
うぐ、と言葉を詰まらせる隆輝。
普段なら、食堂横の自販機でパンを買うなり、食堂で食べるなりしている俺たちだが、本日はあいにくの満席。
二人して肩を落として教室に帰ってきていた。
「こんな日もいいだろ。人の噂もなんとやらってやつで、忘れてくれるだろうし」
あの女――東堂先輩は暇なようで、昼休みも巻島にべったり。
俺は眼球の可動域に制限をかけて、向こうを見ないようにしている。
「あ、そういえば――」
幸いにも、隆輝という友人がいるからな。
情に厚いが良い意味でドライな彼になら、友情を持つことができる。
「この前公開された『キャプテン・アボカド2』観た?」
「もっっっちろんッ! 初日の朝イチで行ったわ!」
「お前……だからあの日休んでたのかよ! 体調悪いのかと思って連絡を控えてた俺の気持ちになれ!」
「これが親なし一人暮らしの利点ってやつだな」
「反応しにくいからやめてねそれ!?」
趣味も合う。
俺も隆輝も、無類のヒーロー映画好きだ。
「でもさ、まさかキウイ・ソルジャーの正体がアイツだったとはな……」
「この後、どうなるんだろうなぁ。俺としては正義の心を取り戻してほしいけど――」
なんて盛り上がっていると、足元に何かが転がり込んできた。
ツートンカラーのシンプルな消しゴム。
「……ん?」
新品……ではないな。わずかに角が削れている。
俺はそれを拾い、反射的に転がってきた方を見上げた。
その行動に気がついた隆輝も同じく視線を動かすが、すぐに「あー……」と、面倒を察知する。
視線の先には――天王洲セラ(てんのうず せら)。
俺たちのクラスメイトでありながら、彼女も巻島と同じく、しかし別のベクトルで、まったく別の世界にいるような存在だ。
光を含んだような白銀に近い金髪。
どこだかのハーフらしく、芸術品のように整った顔立ち。
彼女も東堂先輩と同じく――金のルーツは違うようだが――お嬢様だ。
何もしていなくても、所作から「高貴」が滲み出ている。
彼女こそが、俺の考える、このクラスが騒がしい理由の最後の一ピース。
その理由というのが――彼女の周囲にある。
男女共学だが、天王洲を取り囲むのは女子ばかり。
あきらかに空気が違う空間で、彼女は静かにノートをめくっていた。
男子には興味がない。というか、露骨に嫌っているという噂もある。
(めんどくせぇ……)
そう思いながらも、俺は消しゴムを持って立ち上がる。
距離を詰め、机の端まで歩くと、彼女の周囲にいた女子のひとりが、俺に鋭い視線を向けてきた。
「……何?」
敵じゃないんです。消しゴムを届けにきただけなんです。
できるだけ表情を殺して、机にそれを置く。
「落ちてたよ」
セラはちらりとこちらに視線を向けた。
ほんの一秒。瞬きすらせず、鋭い目線で俺という存在を測ったあと、消しゴムを回収した。
「……あら、ありがとうございます」
言葉や抑揚自体には友好が感じられた。
しかし、それは表面上。
俺が「どういたしまして」と返す前に、彼女は消しゴムをハンカチで丁寧に拭き、ノートに視線を戻していた。
周囲の女子たちが再び取り囲み、何事もなかったかのように空間が閉じられていく。
「ただいま。俺の戦闘力は五らしい」
「おしゃれに自分のことをゴミだって言ったな」
「……悟、今日は厄日なんじゃないか?」
「マジでそう思うよ」
学校三大美女だか四大美女だか忘れたが、一般生徒なら会話せずに三年間を終える相手と、一日のうちに言葉を交わしたのだから。
しかも、どいつもこいつも元からゼロの好感度が下がってるし。
なんなら放課後にもう一人――頭が痛くなってきた。
とにかく、周囲の男子の嫉妬という点でも、これ以上の関わりは避けたい。
そう思っていたのに――。
「――昼休みにごめんねぇ~。先生ちょっと忙しくて、手伝ってもらいたいのぉ~」
――この一言で、俺の高校生活は百八十度ひっくり返される事になる。
なんとか寝ずに四限までの授業を乗り越えた後、俺は教室で昼食をとっていた。
目の前にいるのは、俺の数少ない友人の山室隆輝(やまむろ りゅうき)。
かなりヒロイックな名前をしているが、それに恥じないパワフルな肉体の持ち主である。
「あれは……仕方ないことなんだよ。俺の中では」
「それは分かるけどな? お前があの日みたいに突っ走っちまわないか、俺も心配なわけよ」
「あの日って……あぁ――――ッッ!」
「大丈夫か!?」
こめかみに鋭い痛みが走る。
もう傷は治っているはずなのに、最近は痛みもなかったのに。
「……大丈夫。ありがとな」
「それならいいんだけどよぉ……」
痛みはすぐに引いていった。
そして、隆輝は俺の様子に安堵しながらも、居心地が悪そうに声を潜める。
「……昼休みまで注目の的だぞ、お前」
「そう言われても、食堂が埋まってたんだからしょうがないだろ」
「だったら中庭で――」
「――今日は雨だ」
うぐ、と言葉を詰まらせる隆輝。
普段なら、食堂横の自販機でパンを買うなり、食堂で食べるなりしている俺たちだが、本日はあいにくの満席。
二人して肩を落として教室に帰ってきていた。
「こんな日もいいだろ。人の噂もなんとやらってやつで、忘れてくれるだろうし」
あの女――東堂先輩は暇なようで、昼休みも巻島にべったり。
俺は眼球の可動域に制限をかけて、向こうを見ないようにしている。
「あ、そういえば――」
幸いにも、隆輝という友人がいるからな。
情に厚いが良い意味でドライな彼になら、友情を持つことができる。
「この前公開された『キャプテン・アボカド2』観た?」
「もっっっちろんッ! 初日の朝イチで行ったわ!」
「お前……だからあの日休んでたのかよ! 体調悪いのかと思って連絡を控えてた俺の気持ちになれ!」
「これが親なし一人暮らしの利点ってやつだな」
「反応しにくいからやめてねそれ!?」
趣味も合う。
俺も隆輝も、無類のヒーロー映画好きだ。
「でもさ、まさかキウイ・ソルジャーの正体がアイツだったとはな……」
「この後、どうなるんだろうなぁ。俺としては正義の心を取り戻してほしいけど――」
なんて盛り上がっていると、足元に何かが転がり込んできた。
ツートンカラーのシンプルな消しゴム。
「……ん?」
新品……ではないな。わずかに角が削れている。
俺はそれを拾い、反射的に転がってきた方を見上げた。
その行動に気がついた隆輝も同じく視線を動かすが、すぐに「あー……」と、面倒を察知する。
視線の先には――天王洲セラ(てんのうず せら)。
俺たちのクラスメイトでありながら、彼女も巻島と同じく、しかし別のベクトルで、まったく別の世界にいるような存在だ。
光を含んだような白銀に近い金髪。
どこだかのハーフらしく、芸術品のように整った顔立ち。
彼女も東堂先輩と同じく――金のルーツは違うようだが――お嬢様だ。
何もしていなくても、所作から「高貴」が滲み出ている。
彼女こそが、俺の考える、このクラスが騒がしい理由の最後の一ピース。
その理由というのが――彼女の周囲にある。
男女共学だが、天王洲を取り囲むのは女子ばかり。
あきらかに空気が違う空間で、彼女は静かにノートをめくっていた。
男子には興味がない。というか、露骨に嫌っているという噂もある。
(めんどくせぇ……)
そう思いながらも、俺は消しゴムを持って立ち上がる。
距離を詰め、机の端まで歩くと、彼女の周囲にいた女子のひとりが、俺に鋭い視線を向けてきた。
「……何?」
敵じゃないんです。消しゴムを届けにきただけなんです。
できるだけ表情を殺して、机にそれを置く。
「落ちてたよ」
セラはちらりとこちらに視線を向けた。
ほんの一秒。瞬きすらせず、鋭い目線で俺という存在を測ったあと、消しゴムを回収した。
「……あら、ありがとうございます」
言葉や抑揚自体には友好が感じられた。
しかし、それは表面上。
俺が「どういたしまして」と返す前に、彼女は消しゴムをハンカチで丁寧に拭き、ノートに視線を戻していた。
周囲の女子たちが再び取り囲み、何事もなかったかのように空間が閉じられていく。
「ただいま。俺の戦闘力は五らしい」
「おしゃれに自分のことをゴミだって言ったな」
「……悟、今日は厄日なんじゃないか?」
「マジでそう思うよ」
学校三大美女だか四大美女だか忘れたが、一般生徒なら会話せずに三年間を終える相手と、一日のうちに言葉を交わしたのだから。
しかも、どいつもこいつも元からゼロの好感度が下がってるし。
なんなら放課後にもう一人――頭が痛くなってきた。
とにかく、周囲の男子の嫉妬という点でも、これ以上の関わりは避けたい。
そう思っていたのに――。
「――昼休みにごめんねぇ~。先生ちょっと忙しくて、手伝ってもらいたいのぉ~」
――この一言で、俺の高校生活は百八十度ひっくり返される事になる。
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