13 / 74
さようなら、日常 その3
しおりを挟む
扉が閉まる音が耳に届いた時、ようやく正気に戻る事ができた。
『――これ以上は、僕も怒るよ』
『たとえ誰であっても、この恋は邪魔させない。誰であっても――絶対に』
自分に向けられた言葉だということは理解している。
でも、今まで葉音が私に対して……いや、誰に対しても、あんなに冷酷な声を出したことはなかった。
私はそれだけのことを言ってしまったのだ。
というよりも、葉音から七里ヶ浜悟への想いが大きすぎるのかもしれない。
それほどまでに大きな愛。
彼女が多くの男性から言い寄られていることは知っているが、異性に興味を持ってこなかったことも知っている。
彼は、一体どんな魔法を使ったのだろう。
――自分にも、想いを寄せる相手がいる。
私だって、葉音と同じだ。恋することは初めてなのだ。
だから、自分の向けているものが葉音のものと同じなのか、どちらが大きくて、どちらが小さいのか、世間と比べてどうなのか、分からない。
比べることでもないのは理解しているが、気になりはする。
『――君は頑張ってるよ』
もう、言葉しか覚えていない。
人の記憶は風化してしまう。
良い出来事はそのまま、悪い思い出は美化される。
それは人間の良い機能だ。
たとえ現実逃避に似た作用が働いていたとしても、望ましいものだと私は思う。
自分の持つほとんどの記憶が、いつか輝くのだから。
しかし、声は覚えていられない。
まだ半年も経っていないのに、私に声をかけてくれた彼の声は、日に日に思い出せなくなっていく。
私にはそれが、たまらなく怖い。
このまま彼のことを忘れてしまうのではないか。
私のことを助けてくれた、血だらけの彼のことを――。
「……ふぅ」
心を落ち着かせる。
彼のことは毎日のように考えているが、今はダメだ。
伝えたいことは、再会できた時に。
葉音が七里ヶ浜悟の事を好きなのは分かった。
納得はしていないけれど、分かった。
だとしても、私には彼女を守る義務がある。
彼女が人を愛する事を邪魔する権利はないが、不幸の道を進まないように手を引くのは友達の仕事。
「彼が葉音に相応しいか――私が判断してみせる。私、頑張るから。見ていてね……」
どこかにいる彼に向けて、私は覚悟を決める。
手が届かなくなる前に手を伸ばす。彼が教えてくれたように。
・
屋上での一件を終えた後、俺たちは無言のまま階段を下りた。
東堂先輩のあの視線が、まだ背中に張り付いている気がしてならない。
とはいえ、巻島の様子も気になって、俺は自然と彼女の背中を追っていた。
だが、途中で気づいた。
巻島の向かっている先が――教室じゃない。
(……こっちは校舎の裏側……)
不穏な予感が背筋を撫でる。
俺の知っている限り、この先には特別な教室もなければ、生徒が使う施設もない。
けれど巻島はためらいなく歩き続けていた。
やがて、目の前に現れたのは――体育倉庫。
「……巻島? そこ、体育倉庫だけど……」
俺の中ではもはやトラウマの場所だ。
声をかけると、彼女はふと足を止め、くるりと振り返った。
「うん、知ってるよ」
巻島はポケットから小さな鍵を取り出して見せた。
銀色に光るその鍵は、見覚えのある形をしていた。
「鍵……まさか、それ……」
「今日、ちゃんと借りてきたんだ。先生には荷物の整理って言ってある」
そう言って、巻島は扉の錠に鍵を差し込む。
カチリ、という音が妙に大きく響いた。
「……ちょっと待て。何するつもりだよ」
俺が言うと、巻島は静かに笑って、こう答えた。
「七里ヶ浜くん、逃げないでね」
巻島は体育倉庫の扉をゆっくりと引いた。
中に入ると、ちょうど二十四時間前に閉じ込められたときと同じ、埃と木の匂いがする。
「……何のつもりだ?」
「……密会? 逢瀬? なんて言えばいいかな。僕たちだけの言葉、作っちゃう?」
巻島は振り向きながら囁くと、俺の腕を軽く引っ張った。
中に引き込むようにして、扉を閉める。鍵がかけられる。
「お、おい!? 鍵まで……」
「だって、邪魔されたくないでしょ?」
そう言って、巻島は俺のすぐ目の前に立つ。
距離が近い。鼻先がかすりそうな距離。
「……な、なぁ巻島。落ち着け。まず、これは――」
「ねぇ。七里ヶ浜くんってさ、こういうの、慣れてないよね?」
小首をかしげ、わざとらしく瞳を揺らす。
くすぐるような声。触れそうで触れない、巻島の指先。
「……お前、何がしたいんだよ……」
「え? 分からないの?」
彼女は俺の胸に手を置いて、ぐいっと寄ってくる。
鼓動がバレていないか心配になる。
自制心のHPがガリガリ削られていく。
「昨日は、なんかいろいろ中断されたから……ね。続き、しよ?」
「いや、昨日の続きって……」
「――キス、しよ」
耳元で、吐息まじりでそう言われた瞬間、俺の心拍数は限界を迎えた。
巻島の指が、俺の制服の第二ボタンをつまむ。
「……昨日みたいな雰囲気、すごく良かったなぁって思って」
「お、俺はさっき、巻島と付き合う気はないって、言ったはずだ」
「それって、涼を心配させないように言ったんでしょ?」
まっっっったく違います。
「七里ヶ浜くん……悟くんは優しいからさ、きっと僕と一緒にいると、芸能生活に支障が出るって思ってるよね」
理解を超える展開ばかりで考えてすらいなかったが、確かにそうだ。
つまり、これを理由に巻島から離れることが――。
「――だから、見つかりにくい体育倉庫が、しばらくは僕たちの特別な場所。安心してね。悟くんを養っていけるだけのお金が貯まったら、仕事をやめて二人の家を買うから」
攻撃を出す前に潰されていた。
これは相当にマズい。完全にペースを握られている。
「ま、待ってくれ。落ち着いて考えるべきじゃないか?」
「ふふ。落ち着けるわけないでしょ。好きな人と二人きりなんだよ?」
何か、どこかに付け入る隙はないのか。
「巻島……! お前、本当に俺のことが好きなのか?」
恥ずかしすぎる俺の問いに、巻島はにっこりと笑った。
「うん。大好きだよ? これまでの人生でも、これからの人生でも、一番。二番なんていないけど、それくらい好きなの。僕の全部をもらってほしいと思うくらい、大好きなの」
その笑顔があまりに真っ直ぐすぎて、嘘ひとつないことが伝わってくる。
「それに、悟くんだって、僕のことを好きになると思うよ」
「……どうして?」
「だって、言ってたじゃん。『巻島に追われる恋愛なんて、相手が羨ましいもんだな』って」
「い、いや……! それは言葉の綾というか、全男子の夢をだな――」
「全男子ってことは悟くんも入ってるよね?」
「ぐっ……」
もしかして俺って、口喧嘩弱いのか。
「あとは『なんにせよ俺は応援するよ。俺に手伝えることがあったら言ってくれ』って、言ってくれたよね? じゃあ手伝って。僕と付き合って、結婚して、毎日一緒にいて。僕に幸せにされて」
そう言って、巻島は自分の唇を俺のに重ねてくる。
視覚でも嗅覚でも聴覚でも触覚でも、全てで心が揺らされてしまう。
「――で、でも!」
後ろに壁がない事を確認して、彼女から距離を取る。
「巻島は――」
「葉音」
「ま、巻島は――」
「葉音」
「……葉音は」
んふ、と彼女が口の端を吊り上げる。
これが格闘技なら、全員が巻島の判定勝ちにしているところだろうが、少し待ってほしい。
俺にはとっておきの切り札がある。
「まき……葉音は言ったはずだ。『七里ヶ浜くんとなら、友達になれる気がする』……ってな! だから俺達は――」
「――あ、それは無理だったね。もう友達には戻れないよ」
悲報。俺の人生初の女友達、一日で消え去る。
勝てるビジョンが微塵も浮かばない。
「……さ、もう不安はないよね?」
「不安しかないん――」
「じゃあ、しよっか」
一歩。
「嬉しいなぁ。あのね、今まで僕たちの曲にキスって言葉が出てきても、なんか実感なかったんだ。でも、今ならよく分かるよ。……すっごく幸せなことなんだって」
一歩。
「あ、心配しなくても、もちろん初めてだよ。もう言ったっけ? 悟くんも初めてだと嬉しいなぁ。でも、経験済みでもいいよ。その人は死――嫌いだけど、その人と比べて僕の方が全然良いって、思ってもらえるもん」
一歩。
「悟くんはどんな子が好み? 見た目でも中身でも、好みがあるなら、僕が全部その通りにする。だからほら、触っていいんだよ?」
制服で覆われた豊かな胸が、俺の身体に触れそうになった、その瞬間――。
「――――」
扉越しに、誰かが動いていたような気がした。
「……え?」
巻島が、俺との距離を保ったまま、首だけを傾ける。
まるで「何の音?」とでも言いたげな、無垢な反応だった。
それに続くように――昼休みの終わりを告げるチャイムが聞こえてくる。
(助かった……!)
人生で一番感謝したチャイムだった。
「さ、さすがに戻らないとマズいよな? 授業始まるし、遅れて変な噂立てられたら困るだろ?」
「……今はダメかぁ。でも、もう少しだけなら――」
「ダメです!」
俺は半ば叫ぶようにそう言って、そっと巻島の肩に手を置いた。
「また、今度な。落ち着いた時に、ちゃんと話そう」
巻島は少し唇を尖らせたけれど、それ以上は何も言わなかった。
そのかわりに鍵を取り出し、名残惜しそうに扉を開けた。
俺の勝ちだ。また「今度」なんてない。
なぜなら俺は今日から、徹底的に巻島から逃げるのだから。
「次はいつにする?」
「んー? そうだなぁ。次の東京オリンピックの――」
「僕、悟くんが大好き。あなたはそんなことしないと思うけど、逃げられたりしたら――」
「今日は隆輝とラーメンだから! あと、部活がない日で!」
「わかった! 僕のために時間を作ってくれてありがとう!」
言葉の先を聞くまでもない。
最初から、俺じゃ勝てない相手だったのだ。
せめてもの抵抗として、隆輝との時間を確保させてもらう。
かくして、俺の平穏な学生生活は終わりを迎えようとしていた。
体育倉庫の外には誰の姿もなく、風だけが、ひんやりと俺たちの間を通り抜けていった。
『――これ以上は、僕も怒るよ』
『たとえ誰であっても、この恋は邪魔させない。誰であっても――絶対に』
自分に向けられた言葉だということは理解している。
でも、今まで葉音が私に対して……いや、誰に対しても、あんなに冷酷な声を出したことはなかった。
私はそれだけのことを言ってしまったのだ。
というよりも、葉音から七里ヶ浜悟への想いが大きすぎるのかもしれない。
それほどまでに大きな愛。
彼女が多くの男性から言い寄られていることは知っているが、異性に興味を持ってこなかったことも知っている。
彼は、一体どんな魔法を使ったのだろう。
――自分にも、想いを寄せる相手がいる。
私だって、葉音と同じだ。恋することは初めてなのだ。
だから、自分の向けているものが葉音のものと同じなのか、どちらが大きくて、どちらが小さいのか、世間と比べてどうなのか、分からない。
比べることでもないのは理解しているが、気になりはする。
『――君は頑張ってるよ』
もう、言葉しか覚えていない。
人の記憶は風化してしまう。
良い出来事はそのまま、悪い思い出は美化される。
それは人間の良い機能だ。
たとえ現実逃避に似た作用が働いていたとしても、望ましいものだと私は思う。
自分の持つほとんどの記憶が、いつか輝くのだから。
しかし、声は覚えていられない。
まだ半年も経っていないのに、私に声をかけてくれた彼の声は、日に日に思い出せなくなっていく。
私にはそれが、たまらなく怖い。
このまま彼のことを忘れてしまうのではないか。
私のことを助けてくれた、血だらけの彼のことを――。
「……ふぅ」
心を落ち着かせる。
彼のことは毎日のように考えているが、今はダメだ。
伝えたいことは、再会できた時に。
葉音が七里ヶ浜悟の事を好きなのは分かった。
納得はしていないけれど、分かった。
だとしても、私には彼女を守る義務がある。
彼女が人を愛する事を邪魔する権利はないが、不幸の道を進まないように手を引くのは友達の仕事。
「彼が葉音に相応しいか――私が判断してみせる。私、頑張るから。見ていてね……」
どこかにいる彼に向けて、私は覚悟を決める。
手が届かなくなる前に手を伸ばす。彼が教えてくれたように。
・
屋上での一件を終えた後、俺たちは無言のまま階段を下りた。
東堂先輩のあの視線が、まだ背中に張り付いている気がしてならない。
とはいえ、巻島の様子も気になって、俺は自然と彼女の背中を追っていた。
だが、途中で気づいた。
巻島の向かっている先が――教室じゃない。
(……こっちは校舎の裏側……)
不穏な予感が背筋を撫でる。
俺の知っている限り、この先には特別な教室もなければ、生徒が使う施設もない。
けれど巻島はためらいなく歩き続けていた。
やがて、目の前に現れたのは――体育倉庫。
「……巻島? そこ、体育倉庫だけど……」
俺の中ではもはやトラウマの場所だ。
声をかけると、彼女はふと足を止め、くるりと振り返った。
「うん、知ってるよ」
巻島はポケットから小さな鍵を取り出して見せた。
銀色に光るその鍵は、見覚えのある形をしていた。
「鍵……まさか、それ……」
「今日、ちゃんと借りてきたんだ。先生には荷物の整理って言ってある」
そう言って、巻島は扉の錠に鍵を差し込む。
カチリ、という音が妙に大きく響いた。
「……ちょっと待て。何するつもりだよ」
俺が言うと、巻島は静かに笑って、こう答えた。
「七里ヶ浜くん、逃げないでね」
巻島は体育倉庫の扉をゆっくりと引いた。
中に入ると、ちょうど二十四時間前に閉じ込められたときと同じ、埃と木の匂いがする。
「……何のつもりだ?」
「……密会? 逢瀬? なんて言えばいいかな。僕たちだけの言葉、作っちゃう?」
巻島は振り向きながら囁くと、俺の腕を軽く引っ張った。
中に引き込むようにして、扉を閉める。鍵がかけられる。
「お、おい!? 鍵まで……」
「だって、邪魔されたくないでしょ?」
そう言って、巻島は俺のすぐ目の前に立つ。
距離が近い。鼻先がかすりそうな距離。
「……な、なぁ巻島。落ち着け。まず、これは――」
「ねぇ。七里ヶ浜くんってさ、こういうの、慣れてないよね?」
小首をかしげ、わざとらしく瞳を揺らす。
くすぐるような声。触れそうで触れない、巻島の指先。
「……お前、何がしたいんだよ……」
「え? 分からないの?」
彼女は俺の胸に手を置いて、ぐいっと寄ってくる。
鼓動がバレていないか心配になる。
自制心のHPがガリガリ削られていく。
「昨日は、なんかいろいろ中断されたから……ね。続き、しよ?」
「いや、昨日の続きって……」
「――キス、しよ」
耳元で、吐息まじりでそう言われた瞬間、俺の心拍数は限界を迎えた。
巻島の指が、俺の制服の第二ボタンをつまむ。
「……昨日みたいな雰囲気、すごく良かったなぁって思って」
「お、俺はさっき、巻島と付き合う気はないって、言ったはずだ」
「それって、涼を心配させないように言ったんでしょ?」
まっっっったく違います。
「七里ヶ浜くん……悟くんは優しいからさ、きっと僕と一緒にいると、芸能生活に支障が出るって思ってるよね」
理解を超える展開ばかりで考えてすらいなかったが、確かにそうだ。
つまり、これを理由に巻島から離れることが――。
「――だから、見つかりにくい体育倉庫が、しばらくは僕たちの特別な場所。安心してね。悟くんを養っていけるだけのお金が貯まったら、仕事をやめて二人の家を買うから」
攻撃を出す前に潰されていた。
これは相当にマズい。完全にペースを握られている。
「ま、待ってくれ。落ち着いて考えるべきじゃないか?」
「ふふ。落ち着けるわけないでしょ。好きな人と二人きりなんだよ?」
何か、どこかに付け入る隙はないのか。
「巻島……! お前、本当に俺のことが好きなのか?」
恥ずかしすぎる俺の問いに、巻島はにっこりと笑った。
「うん。大好きだよ? これまでの人生でも、これからの人生でも、一番。二番なんていないけど、それくらい好きなの。僕の全部をもらってほしいと思うくらい、大好きなの」
その笑顔があまりに真っ直ぐすぎて、嘘ひとつないことが伝わってくる。
「それに、悟くんだって、僕のことを好きになると思うよ」
「……どうして?」
「だって、言ってたじゃん。『巻島に追われる恋愛なんて、相手が羨ましいもんだな』って」
「い、いや……! それは言葉の綾というか、全男子の夢をだな――」
「全男子ってことは悟くんも入ってるよね?」
「ぐっ……」
もしかして俺って、口喧嘩弱いのか。
「あとは『なんにせよ俺は応援するよ。俺に手伝えることがあったら言ってくれ』って、言ってくれたよね? じゃあ手伝って。僕と付き合って、結婚して、毎日一緒にいて。僕に幸せにされて」
そう言って、巻島は自分の唇を俺のに重ねてくる。
視覚でも嗅覚でも聴覚でも触覚でも、全てで心が揺らされてしまう。
「――で、でも!」
後ろに壁がない事を確認して、彼女から距離を取る。
「巻島は――」
「葉音」
「ま、巻島は――」
「葉音」
「……葉音は」
んふ、と彼女が口の端を吊り上げる。
これが格闘技なら、全員が巻島の判定勝ちにしているところだろうが、少し待ってほしい。
俺にはとっておきの切り札がある。
「まき……葉音は言ったはずだ。『七里ヶ浜くんとなら、友達になれる気がする』……ってな! だから俺達は――」
「――あ、それは無理だったね。もう友達には戻れないよ」
悲報。俺の人生初の女友達、一日で消え去る。
勝てるビジョンが微塵も浮かばない。
「……さ、もう不安はないよね?」
「不安しかないん――」
「じゃあ、しよっか」
一歩。
「嬉しいなぁ。あのね、今まで僕たちの曲にキスって言葉が出てきても、なんか実感なかったんだ。でも、今ならよく分かるよ。……すっごく幸せなことなんだって」
一歩。
「あ、心配しなくても、もちろん初めてだよ。もう言ったっけ? 悟くんも初めてだと嬉しいなぁ。でも、経験済みでもいいよ。その人は死――嫌いだけど、その人と比べて僕の方が全然良いって、思ってもらえるもん」
一歩。
「悟くんはどんな子が好み? 見た目でも中身でも、好みがあるなら、僕が全部その通りにする。だからほら、触っていいんだよ?」
制服で覆われた豊かな胸が、俺の身体に触れそうになった、その瞬間――。
「――――」
扉越しに、誰かが動いていたような気がした。
「……え?」
巻島が、俺との距離を保ったまま、首だけを傾ける。
まるで「何の音?」とでも言いたげな、無垢な反応だった。
それに続くように――昼休みの終わりを告げるチャイムが聞こえてくる。
(助かった……!)
人生で一番感謝したチャイムだった。
「さ、さすがに戻らないとマズいよな? 授業始まるし、遅れて変な噂立てられたら困るだろ?」
「……今はダメかぁ。でも、もう少しだけなら――」
「ダメです!」
俺は半ば叫ぶようにそう言って、そっと巻島の肩に手を置いた。
「また、今度な。落ち着いた時に、ちゃんと話そう」
巻島は少し唇を尖らせたけれど、それ以上は何も言わなかった。
そのかわりに鍵を取り出し、名残惜しそうに扉を開けた。
俺の勝ちだ。また「今度」なんてない。
なぜなら俺は今日から、徹底的に巻島から逃げるのだから。
「次はいつにする?」
「んー? そうだなぁ。次の東京オリンピックの――」
「僕、悟くんが大好き。あなたはそんなことしないと思うけど、逃げられたりしたら――」
「今日は隆輝とラーメンだから! あと、部活がない日で!」
「わかった! 僕のために時間を作ってくれてありがとう!」
言葉の先を聞くまでもない。
最初から、俺じゃ勝てない相手だったのだ。
せめてもの抵抗として、隆輝との時間を確保させてもらう。
かくして、俺の平穏な学生生活は終わりを迎えようとしていた。
体育倉庫の外には誰の姿もなく、風だけが、ひんやりと俺たちの間を通り抜けていった。
15
あなたにおすすめの小説
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
クラスで一番人気者の女子が構ってくるのだが、そろそろ僕がコミュ障だとわかってもらいたい
みずがめ
恋愛
学生にとって、席替えはいつだって大イベントである。
それはカースト最下位のぼっちである鈴本克巳も同じことであった。せめて穏やかな学生生活をを求める克巳は陽キャグループに囲まれないようにと願っていた。
願いが届いたのか、克巳は窓際の後ろから二番目の席を獲得する。しかし喜んでいたのも束の間、彼の後ろの席にはクラスで一番の人気者の女子、篠原渚が座っていた。
スクールカーストでの格差がありすぎる二人。席が近いとはいえ、関わることはあまりないのだろうと思われていたのだが、渚の方から克巳にしょっちゅう話しかけてくるのであった。
ぼっち男子×のほほん女子のほのぼのラブコメです。
※あっきコタロウさんのフリーイラストを使用しています。
手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない
みずがめ
恋愛
宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。
葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。
なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。
その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。
そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。
幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。
……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが
akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。
毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。
そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。
数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。
平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、
幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。
笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。
気づけば心を奪われる――
幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!
俺をフッた女子に拉致されて、逃げ場のない同棲生活が始まりました
ちくわ食べます
恋愛
大学のサークル飲み会。
意を決して想いを告げた相手は、学内でも有名な人気女子・一ノ瀬さくら。
しかし返ってきたのは――
「今はちょっと……」という、曖昧な言葉だった。
完全にフラれたと思い込んで落ち込む俺。
その3日後――なぜか自分のアパートに入れなくなっていた。
隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた
夏見ナイ
恋愛
平凡な高校生、相沢優斗。彼の隣の席は『氷の女王』と噂のクールな銀髪美少女、雪城冬花。住む世界が違うと思っていたが、ある日彼女から「私はあなたの未来の妻です」と衝撃の告白を受ける。
その日から、学校では鉄壁の彼女が、二人きりになると「未来では当然です」と腕を組み、手作り弁当で「あーん」を迫る超絶甘々なデレモードに!
戸惑いながらも、彼女の献身的なアプローチに心惹かれていく優斗。これは未来で結ばれる運命の二人が、最高の未来を掴むため、最高の恋をする糖度MAXの青春ラブコメディ。
俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。
甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。
平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは──
学園一の美少女・黒瀬葵。
なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。
冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。
最初はただの勘違いだったはずの関係。
けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。
ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、
焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる