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第2章 夏と奉仕
理解
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「ちっ……全くなんだよ。こんなところに呼び出してきやがって」
櫂康晴は、苛立ちながら校内を歩いていた。
人の視線を惹きつけるというデフォルトで備わっている機能。
日々それを実感して優越感に浸っている彼だが、今はその意識が別の部分に集中していて、自分が見られていることに気付かない。
視線をたびたび落としているのは彼のスマホ。
一通のメールが届いていて、櫂は呼び出しを受けているようだ。
「ここか……?」
指定された場所に到着するも、自分を探す相手らしき影は見つからない。
知らないアドレスから届いたメール。
「到着した」と送ってみても、一向に返事は来ない。
舌打ちの回数は増え、足踏みの音が大きくなる。
「あ……いたいた」
キョロキョロと辺りを見回す櫂の十数メートル先で、そう呟いた生徒がいた。
その生徒は確認するように小さく何かを唱えると、櫂に近付き、溌剌とした様子で声をかける。
「康晴、おはよ」
「あ? ……あぁ、なんだ、香帆か」
声をかけてきたのは安田だった。
メールの送り主に騙されたと思い、踵を返して帰ろうとしていた櫂だったが、思わぬ出会いに足を止める。
「偶然だね」
「まぁ……そうだな」
「っていうか、なんだってことはないでしょ? せっかく彼女が声をかけたんだし、もう少し嬉しそうにしてほしいなー」
「わりぃわりぃ。ちょっと考え事しててよ」
もしや、山本とかいう白髪の男が浮気のことをバラしたのではないかと疑うも、安田の態度を見てその考えを改める。
自分を問いただすためでも、ましてやメールで呼び出した相手でもない。
「香帆はどうしたんだ?」
「私? 私はちょっと用事があったの。康晴こそどうしたの? 校内で見かけるなんて珍しいじゃん」
「こっちも今日はちょっと野暮用があってな。待ち合わせの相手を探してたんだが……この俺を待たせるなんていい度胸してやがる」
二人はしばらくその場に止まっていたが、櫂を呼び出した相手が来る気配は一向にない。
行き交う生徒が校内屈指の美男美女を見つけ、微かに色めきだっているせいで、より見つけにくくなっている気すらした。
「……私がいると邪魔みたいだし、そろそろいくね。それじゃ、またね、康晴」
そう言って安田は去っていく。
アスファルトを叩くヒールの音は冷たく、その足取りには決意が込められていた。
「……俺も帰るか。くだらねぇメールなんて信じなけりゃあ良かったぜ」
大きく舌打ちをし、歩き出した櫂。
しかしその時、彼の視界に一人の女子生徒の姿が映り込む。
「はぁ……はぁ……先輩、待っててくれてるかな……」
校舎から小走りで出てきた女子生徒。
彼女は、以前櫂が声をかけた――。
「……やっと見つけたぜ」
思わず舌なめずりをする。
そして、不敵な笑みを浮かべると、女子生徒に気付かれないよう、ゆっくりと後をつけ始めた。
白峰夕莉は、自分に自信がなかった。
幼い頃から地味な顔立ちで友達から揶揄われることが多く、メイクなど知らない小学生あたりではそれが顕著だった。
友達の母親に言われる「日本人らしい顔立ちね」という言葉が嫌いだった。
中学生になってメイクに手を出してみたが、未熟な顔立ちが味を出すのはまだ先で、やはり薄い顔は変わらない。
周りの女子が恋人を作る中、彼女はいつも教室の端っこで本を読んでいた。
だが、高校生になって彼女に転機が訪れる。
何気なく自宅のテレビを付けたあの日、夕莉の目に飛び込んできたのは、自分をこれでもかと引き立てる女性たちの姿。
人によっては「引き立てる」ではなく「飾り立てる」と捉えるかもしれないそれは、彼女にとっては理想の姿だった。
元の手札が弱くても、自分の努力次第で何倍にも強くできる。
コンプレックスを技術や道具で克服し、なりたい自分を目指して突き進む屈強なメンタル。
それこそが夕莉にとっての「ギャル」だった。
こうして、高校生活半ばにしてなりたい自分に目覚めた彼女は、周囲の偏見ややっかみなど気にもとめず、輝く高校生活を送る。
しかし、流行の性というべきか、大学生になる頃には、すでに彼女のギャル像は過去のものとなっていた。
実際には、高校生の時点で既に古かったが、当時の彼女のメイクはまだ薄く、「少し派手」くらいで周囲と同調できていた。
それが、時代が進むとともに校則などのしがらみから外れ、加速度的に容姿が派手になっていったことで、彼女への冷たい視線や嘲笑が多くなったのだ。
それでも、高校生活で自己肯定感を上げていた夕莉は強い。
突如として取り払われる男女の間の壁、とりあえずで行われる集団行動でも培ったノリの良さは遺憾無く発揮され、気付けば友人に囲まれていた。
恋人ができないのが唯一の不安だったが、それも大学2年にして払拭されることとなる。
そう、櫂康晴との出会いだ。
ノリと酒にしか頼れない周囲の男子と違い、肉食系として経験を積んだ男。
男性経験の少ない夕莉が落ちるのも当然と言える。
二人の交際は順調に見えた。
櫂のために料理を練習し、少ない逢瀬の際にそれを振る舞う。
彼の威圧的な態度に文句も言わず、とにかく尽くしていた。
夕莉の心に亀裂が入りかけたのは、紫によって安田香帆と引き合わされた時だ。
作り物の自分とは違う、骨格から優れている天然の美しさ。
自分が櫂の前で素顔を見せられないと悩んでいるのが馬鹿らしくなるような力の差。
自らのポテンシャルを最大限引き出そうと、超えようとした夕莉だからこそ、「彼女には勝てない」と理解してしまった。
安田と言葉の応酬を交わしていたのは、彼女が喧嘩腰で話しかけてきたからだ。
仮に物腰柔らかに声をかけられていたら、その時点で負けを認めて身を引いていたかもしれない。
ギリギリのところで夕莉は闘志を保ち、心が折れないように留まっていた。
しかしそれは、明日、無惨にも打ち砕かれることとなる。
櫂康晴は、苛立ちながら校内を歩いていた。
人の視線を惹きつけるというデフォルトで備わっている機能。
日々それを実感して優越感に浸っている彼だが、今はその意識が別の部分に集中していて、自分が見られていることに気付かない。
視線をたびたび落としているのは彼のスマホ。
一通のメールが届いていて、櫂は呼び出しを受けているようだ。
「ここか……?」
指定された場所に到着するも、自分を探す相手らしき影は見つからない。
知らないアドレスから届いたメール。
「到着した」と送ってみても、一向に返事は来ない。
舌打ちの回数は増え、足踏みの音が大きくなる。
「あ……いたいた」
キョロキョロと辺りを見回す櫂の十数メートル先で、そう呟いた生徒がいた。
その生徒は確認するように小さく何かを唱えると、櫂に近付き、溌剌とした様子で声をかける。
「康晴、おはよ」
「あ? ……あぁ、なんだ、香帆か」
声をかけてきたのは安田だった。
メールの送り主に騙されたと思い、踵を返して帰ろうとしていた櫂だったが、思わぬ出会いに足を止める。
「偶然だね」
「まぁ……そうだな」
「っていうか、なんだってことはないでしょ? せっかく彼女が声をかけたんだし、もう少し嬉しそうにしてほしいなー」
「わりぃわりぃ。ちょっと考え事しててよ」
もしや、山本とかいう白髪の男が浮気のことをバラしたのではないかと疑うも、安田の態度を見てその考えを改める。
自分を問いただすためでも、ましてやメールで呼び出した相手でもない。
「香帆はどうしたんだ?」
「私? 私はちょっと用事があったの。康晴こそどうしたの? 校内で見かけるなんて珍しいじゃん」
「こっちも今日はちょっと野暮用があってな。待ち合わせの相手を探してたんだが……この俺を待たせるなんていい度胸してやがる」
二人はしばらくその場に止まっていたが、櫂を呼び出した相手が来る気配は一向にない。
行き交う生徒が校内屈指の美男美女を見つけ、微かに色めきだっているせいで、より見つけにくくなっている気すらした。
「……私がいると邪魔みたいだし、そろそろいくね。それじゃ、またね、康晴」
そう言って安田は去っていく。
アスファルトを叩くヒールの音は冷たく、その足取りには決意が込められていた。
「……俺も帰るか。くだらねぇメールなんて信じなけりゃあ良かったぜ」
大きく舌打ちをし、歩き出した櫂。
しかしその時、彼の視界に一人の女子生徒の姿が映り込む。
「はぁ……はぁ……先輩、待っててくれてるかな……」
校舎から小走りで出てきた女子生徒。
彼女は、以前櫂が声をかけた――。
「……やっと見つけたぜ」
思わず舌なめずりをする。
そして、不敵な笑みを浮かべると、女子生徒に気付かれないよう、ゆっくりと後をつけ始めた。
白峰夕莉は、自分に自信がなかった。
幼い頃から地味な顔立ちで友達から揶揄われることが多く、メイクなど知らない小学生あたりではそれが顕著だった。
友達の母親に言われる「日本人らしい顔立ちね」という言葉が嫌いだった。
中学生になってメイクに手を出してみたが、未熟な顔立ちが味を出すのはまだ先で、やはり薄い顔は変わらない。
周りの女子が恋人を作る中、彼女はいつも教室の端っこで本を読んでいた。
だが、高校生になって彼女に転機が訪れる。
何気なく自宅のテレビを付けたあの日、夕莉の目に飛び込んできたのは、自分をこれでもかと引き立てる女性たちの姿。
人によっては「引き立てる」ではなく「飾り立てる」と捉えるかもしれないそれは、彼女にとっては理想の姿だった。
元の手札が弱くても、自分の努力次第で何倍にも強くできる。
コンプレックスを技術や道具で克服し、なりたい自分を目指して突き進む屈強なメンタル。
それこそが夕莉にとっての「ギャル」だった。
こうして、高校生活半ばにしてなりたい自分に目覚めた彼女は、周囲の偏見ややっかみなど気にもとめず、輝く高校生活を送る。
しかし、流行の性というべきか、大学生になる頃には、すでに彼女のギャル像は過去のものとなっていた。
実際には、高校生の時点で既に古かったが、当時の彼女のメイクはまだ薄く、「少し派手」くらいで周囲と同調できていた。
それが、時代が進むとともに校則などのしがらみから外れ、加速度的に容姿が派手になっていったことで、彼女への冷たい視線や嘲笑が多くなったのだ。
それでも、高校生活で自己肯定感を上げていた夕莉は強い。
突如として取り払われる男女の間の壁、とりあえずで行われる集団行動でも培ったノリの良さは遺憾無く発揮され、気付けば友人に囲まれていた。
恋人ができないのが唯一の不安だったが、それも大学2年にして払拭されることとなる。
そう、櫂康晴との出会いだ。
ノリと酒にしか頼れない周囲の男子と違い、肉食系として経験を積んだ男。
男性経験の少ない夕莉が落ちるのも当然と言える。
二人の交際は順調に見えた。
櫂のために料理を練習し、少ない逢瀬の際にそれを振る舞う。
彼の威圧的な態度に文句も言わず、とにかく尽くしていた。
夕莉の心に亀裂が入りかけたのは、紫によって安田香帆と引き合わされた時だ。
作り物の自分とは違う、骨格から優れている天然の美しさ。
自分が櫂の前で素顔を見せられないと悩んでいるのが馬鹿らしくなるような力の差。
自らのポテンシャルを最大限引き出そうと、超えようとした夕莉だからこそ、「彼女には勝てない」と理解してしまった。
安田と言葉の応酬を交わしていたのは、彼女が喧嘩腰で話しかけてきたからだ。
仮に物腰柔らかに声をかけられていたら、その時点で負けを認めて身を引いていたかもしれない。
ギリギリのところで夕莉は闘志を保ち、心が折れないように留まっていた。
しかしそれは、明日、無惨にも打ち砕かれることとなる。
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