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閑話その二 菅原先輩の彼女
憂鬱なバーベキュー
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「田辺ちゃん、あっちに席取ってあるからおいでよ」
昼休みの社員食堂で席を探していた私に声をかけてきたのは同期の山口さんだった。促されるまま席に着き、既に食べ始めている宮野さんに挨拶をする。
「ねえねえ、田辺ちゃんに聞こうと思ってたんだけどさぁ、菅原さんってどんな感じ?」
山口さんから唐突に出てきた同じ部署の菅原先輩の名前に、私は今どうして自分がここに誘われたのかを悟った。今週末に開催されるバーベキューに向けての情報収集のためだったのだ。
「道具持ち寄って河川敷でバーベキューするって計画止めたの菅原さんなんでしょ? 紛れ込みやすくなったから助かったわぁ」
「……あれ、本当にやるの?」
私は声を顰めて問いかける。
二人は『この会社に入ったのは婚活の一環』らしく、今週末は同じ考えを持つ先輩達と一緒に『偶然』同じバーベキュー会場を訪れて男性陣と仲良くなるつもりでいるらしい。私達よりひとつ上の菅原先輩は四月に東京から転勤してきたばかりだから、今のうちに私から情報を仕入れておきたいのだろう。
「東京にいた頃から仕事できるって噂は聞いてたけど、本当っぽいよね。去年の大口先とのトラブルも、一番最初にうちのミスに気づいたのって本来の営業担当じゃない菅原さんらしいし」
「あー、事故って入院した人の代理だっけ」
「そうそう。あの対応がよかったから営業部に欲しかったのに生産管理に取られたって課長が悔しがってた」
「仕事できるし見た目も悪くないし、全然アリだよね」
周りに聞こえない程度の声で盛り上がる二人に、私は静かに告げる。
「菅原先輩、彼女いるよ」
「そうなの?」
「うん。彼女さんと仲良く買い物してるの見たって人がいる」
その話を聞いたのは四月のことで、何を買っていたのかも部内では知れ渡っている。
山口さんがため息をついた。
「だよねぇ、あんな優良物件がフリーなはずないよねぇ」
「でもさぁ、仲良くなったらワンチャンあるかもよ? なんなら奪っちゃえばいいんだし」
面白がるような顔をして宮野さんは山口さんを煽る。私は同調せずに日替わり定食に箸をつけた。
『泊まりにくる彼女さんのためにわざわざ枕を買ってあげるような人が、そう簡単に振り向くとは思えないけど』と釘を刺したほうがいいのはわかっているけれど、うまく言える気がしなかった。
土曜日の午前十一時。私は同じ生産管理部の一年後輩の藤井くんと一緒に、駅まで迎えに来てくれた菅原先輩の車に乗り込む。
後部座席に並んで腰を下ろした藤井くんが声を上げた。
「菅原先輩、今日ほんとに車出してもらってよかったんですか? 先輩ってかなり呑める人だって聞きましたけど」
「明日用事があるから、それに備えて今日は控えておこうと思って」
「彼女さんとデートですか?」
彼女さん、という言葉に一瞬だけ心臓が跳ねた、気がした。
「秋に友達の結婚式でバンドやるんだけど、明日が練習日でさ。二日酔いで行ったら間違いなくボコボコにされる」
「めっちゃストイックっすね。そんなに本気でやってたら彼女さんほったらかしになりません?」
「大丈夫。彼女も一緒だし、なんなら俺より気合入ってるくらいだから」
そう話す菅原先輩の声は、いつもよりほんの少しだけ明るく弾んで聞こえた。
バーベキュー場は最近整備された公園にある。混雑する駐車場の隅に車を停めて三人で歩き始めたところで、どこからか音楽が聴こえてきた。
藤井くんが近くに貼られたポスターを指差す。
「広場の特設ステージで野外ライブやってるらしいですよ。あと、屋台とかキッチンカーも出てるって」
「だからこんなに車多いのか」
「雨、降ってなくてよかったね」
私のつぶやきに二人が頷いた。梅雨明け宣言はまだだけれど、七月中旬の空は気持ちよく晴れている。
この空みたいな、清々しい気持ちで過ごせればいいんだけど。
今日の集まりは、産休の代替要員として今月の頭に異動してきた藤井くんの私的な歓迎会だ。最初は道具と食材持ち寄りで河川敷で、という手間がかかる上に危ない話だったのを、菅原先輩が『有料のバーベキュー場なら準備も後片付けもいらないから、その分皆で楽しめますよ』と言ってうまく止めてくれたから気軽に参加できると思っていたのだけれど。
……まさか、社食で話してるのを聞いた山口さん達が同じ時間に同じ場所を予約して乱入してくるつもりだなんて。
ほんの少しだけ憂鬱な気分になりながらバーベキュー場の入口に辿り着くと、そこには既に生産管理部のメンバーと山口さん達がいた。
笑顔で手を振ってくる山口さんと宮野さんに私はどうにか作り笑いを返し、心の中で大きなため息をついた。
昼休みの社員食堂で席を探していた私に声をかけてきたのは同期の山口さんだった。促されるまま席に着き、既に食べ始めている宮野さんに挨拶をする。
「ねえねえ、田辺ちゃんに聞こうと思ってたんだけどさぁ、菅原さんってどんな感じ?」
山口さんから唐突に出てきた同じ部署の菅原先輩の名前に、私は今どうして自分がここに誘われたのかを悟った。今週末に開催されるバーベキューに向けての情報収集のためだったのだ。
「道具持ち寄って河川敷でバーベキューするって計画止めたの菅原さんなんでしょ? 紛れ込みやすくなったから助かったわぁ」
「……あれ、本当にやるの?」
私は声を顰めて問いかける。
二人は『この会社に入ったのは婚活の一環』らしく、今週末は同じ考えを持つ先輩達と一緒に『偶然』同じバーベキュー会場を訪れて男性陣と仲良くなるつもりでいるらしい。私達よりひとつ上の菅原先輩は四月に東京から転勤してきたばかりだから、今のうちに私から情報を仕入れておきたいのだろう。
「東京にいた頃から仕事できるって噂は聞いてたけど、本当っぽいよね。去年の大口先とのトラブルも、一番最初にうちのミスに気づいたのって本来の営業担当じゃない菅原さんらしいし」
「あー、事故って入院した人の代理だっけ」
「そうそう。あの対応がよかったから営業部に欲しかったのに生産管理に取られたって課長が悔しがってた」
「仕事できるし見た目も悪くないし、全然アリだよね」
周りに聞こえない程度の声で盛り上がる二人に、私は静かに告げる。
「菅原先輩、彼女いるよ」
「そうなの?」
「うん。彼女さんと仲良く買い物してるの見たって人がいる」
その話を聞いたのは四月のことで、何を買っていたのかも部内では知れ渡っている。
山口さんがため息をついた。
「だよねぇ、あんな優良物件がフリーなはずないよねぇ」
「でもさぁ、仲良くなったらワンチャンあるかもよ? なんなら奪っちゃえばいいんだし」
面白がるような顔をして宮野さんは山口さんを煽る。私は同調せずに日替わり定食に箸をつけた。
『泊まりにくる彼女さんのためにわざわざ枕を買ってあげるような人が、そう簡単に振り向くとは思えないけど』と釘を刺したほうがいいのはわかっているけれど、うまく言える気がしなかった。
土曜日の午前十一時。私は同じ生産管理部の一年後輩の藤井くんと一緒に、駅まで迎えに来てくれた菅原先輩の車に乗り込む。
後部座席に並んで腰を下ろした藤井くんが声を上げた。
「菅原先輩、今日ほんとに車出してもらってよかったんですか? 先輩ってかなり呑める人だって聞きましたけど」
「明日用事があるから、それに備えて今日は控えておこうと思って」
「彼女さんとデートですか?」
彼女さん、という言葉に一瞬だけ心臓が跳ねた、気がした。
「秋に友達の結婚式でバンドやるんだけど、明日が練習日でさ。二日酔いで行ったら間違いなくボコボコにされる」
「めっちゃストイックっすね。そんなに本気でやってたら彼女さんほったらかしになりません?」
「大丈夫。彼女も一緒だし、なんなら俺より気合入ってるくらいだから」
そう話す菅原先輩の声は、いつもよりほんの少しだけ明るく弾んで聞こえた。
バーベキュー場は最近整備された公園にある。混雑する駐車場の隅に車を停めて三人で歩き始めたところで、どこからか音楽が聴こえてきた。
藤井くんが近くに貼られたポスターを指差す。
「広場の特設ステージで野外ライブやってるらしいですよ。あと、屋台とかキッチンカーも出てるって」
「だからこんなに車多いのか」
「雨、降ってなくてよかったね」
私のつぶやきに二人が頷いた。梅雨明け宣言はまだだけれど、七月中旬の空は気持ちよく晴れている。
この空みたいな、清々しい気持ちで過ごせればいいんだけど。
今日の集まりは、産休の代替要員として今月の頭に異動してきた藤井くんの私的な歓迎会だ。最初は道具と食材持ち寄りで河川敷で、という手間がかかる上に危ない話だったのを、菅原先輩が『有料のバーベキュー場なら準備も後片付けもいらないから、その分皆で楽しめますよ』と言ってうまく止めてくれたから気軽に参加できると思っていたのだけれど。
……まさか、社食で話してるのを聞いた山口さん達が同じ時間に同じ場所を予約して乱入してくるつもりだなんて。
ほんの少しだけ憂鬱な気分になりながらバーベキュー場の入口に辿り着くと、そこには既に生産管理部のメンバーと山口さん達がいた。
笑顔で手を振ってくる山口さんと宮野さんに私はどうにか作り笑いを返し、心の中で大きなため息をついた。
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