【R18】姫初めからのはじめかた

福永涼弥

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閑話その二 菅原先輩の彼女

アクシデント

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 係の人にお願いして私達のブースの隣にやってきた山口さん達四人は、今日の主役の藤井くん以上に何もしなかった。
 さっきまで一緒に焼き係をしていた主任が、日陰に陣取って焼けたものを受け取っている四人に冷たい視線を向けながらノンアルビールをぐっとあおる。

「あれ、完っ全にうちの男手アテにして来てるよね。女子だけのバーベキューのつもりならあんな露出度高い火傷しそうな服着られないし、ヒール高いサンダルも履いてこないでしょ……って、それ藤井くんが育ててたお肉なんだけど!」

 網の上でこんがり焼かれたお肉に手を伸ばそうとした幹事の男性に主任の声が飛んた。手に持ったままのビール缶にベージュのネイルがめり込んでメキッと音を立てる。
 ……主任、相当イラついてる。
 こっちをちらりと見た菅原先輩が、網の上にあったものをお皿に乗せて近づいてきた。

「はい、これ藤井の肉。主任と田辺さんもこっちの皿から好きなのどうぞ」
「菅原くん、ありがと」
「ありがとうございます」

 菅原先輩は微笑み、またコンロの側へと戻っていく。藤井くんがその背中を見ながら「すげぇ」と呟いた。

「菅原先輩、めちゃめちゃ周りの状況見て動いてますよね。呑んでないからなのかなぁ」
「呑んでてもあんな感じらしいよ。東京に同期がいるんだけど、『菅原がいると合コンがスムーズに回る』って変な褒め方してた。……あー、なるほど」

 主任の視線の先にはずっと山口さん達に張り付いて楽しそうに世話を焼いている人がいる。菅原先輩はその人に飲み物を渡し、四人に持っていくように促しているようだ。

「絡みたい人のアシストしながら自分はしっかり距離取ってる」
「彼女いるから不用意に近づかない、ってことですよね。すげぇ」
「さすがだよね。でも」

 ああいう態度とられると逆に追いかけたくなる女子もいるからねぇ、と主任が呟く。
 その言葉を裏付けるように山口さんが動き、菅原先輩に近づいていく。けれど、なんだか足元がふらついているように見える。
 ……かなり酔ってる?
 そう思った瞬間山口さんが躓いた。すぐ近くにあった折り畳みテーブルに掴まったおかげで転ばずに済んだけれど、テーブルの上に置かれていたものがいくつか落ち、ジュースがこぼれるのが見えた。

「え、どしたの? 大丈夫?」

 男性陣が山口さんを取り囲み、主任がバッグからタオルを取り出して駆け寄っていく。藤井くんと一緒に地面に落ちてしまった食材を集めていると、菅原先輩がゴミ袋を持ってこっちにやってきた。

「これ、さすがに捨てないとダメですよね。もうちょっと肉食べたかったんだけどな」
「もったいないけど仕方ないよ」
「ボーナス出たことだし、今度もう少し人数絞って焼肉行くか」
「次は菅原先輩も一緒に呑みましょう。田辺先輩、生肉片付けてくれたでしょ。後はやるから手洗ってきてください」
「ありがとう。行ってきます」

 藤井くんに言われるままにバーベキュー場すぐ横のトイレに向かったけれど、入口には『清掃中』の札が置かれている。
 ……いつ掃除終わるかわからないから、公園側のトイレに行こう。
 キッチンカーや屋台、地元老舗ホテルの出店が立ち並ぶ通路を抜けて辿り着いた公園側のトイレはイベント中ということもあって混雑していた。ひとまず手を綺麗に洗って、ついでにトイレを済ませておこうと思い立って列に並ぶ。
 ようやく順番が回ってきて個室を出ようとしたところで、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。

「……っとに最悪なんだけどあのババア。『こういう日にそんな高いヒールのサンダル履いてたら危ないでしょう』とか言う?」
「モテないババアが僻んでるだけだからほっときなよ」

 ……山口さんと宮野さんもこっちのトイレに来たんだ。どうしよう、この状況じゃ出られない。

「あとさぁ、田辺! 隅っこでババアと一緒に羨ましそうな顔してこっちチラチラ見てたくせに、いざあたしがコケたら片付けに出てくるとか」
「地味子らしい地味~な点数稼ぎだよね」

 酔っている二人の大きな笑い声がトイレ中に響き渡る。その声が聞こえなくなったところで私は個室のドアを小さく開け、姿が見えないのを確認してから外に出た。
 一応それなりに節度のある付き合いをしていたつもりの同期にあんな風に思われていたことが、見ず知らずの人に私の悪口を聞かれてしまったのが悔しくて悲しくて、私は俯いて唇を噛み締める。
 そのまま歩いていたら突然誰かに肩を叩かれた。慌てて顔を上げると目の前と右隣に知らない男の人がいて、驚きのあまり私はその場で立ち止まってしまう。

「おねーさん、なんでそんな悲しそうな顔して一人で歩いてんの?」
「友達と喧嘩でもした?」

 違います、と言いたいのに口が動かない。動かせるのは目線だけ。どうしよう、どうしよう。
 そう思ったところで背後から山口さん達の声が聞こえてきた。助けを求めて振り返ると驚いた顔の二人と目が合ったけれど。
 ――二人は、気まずそうに目を伏せて小走りで立ち去ってしまった。
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