路地裏に捨てられた絶望アルファは希望を知る

爺誤

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2 追いかけっこ

 リゼバールの路地裏は複雑に入り組んでいる。
 増築を繰り返した街は、歪な年輪のように広がっていて、完全に街を把握しているやつはほとんどいないだろう。領主や貴族の住む内側はともかく、外側は俺の庭のようなものだ。
 もう少し背が伸びたら街を出る。だから、最後に荒稼ぎをしてみるのもいいかもしれない。

 俺は身体を洗って、ちょっといい服に着替えて、獣の耳をつけた。
 これで、目立たない金持ちの子どものように見えるはずだ。
 初めて街を見る子どものように、よそ見をして他人にぶつかりそうになりながら歩く。ぶつかる寸前に財布を抜き取っていくんだ。金持ちは重ね着をしているから、スった財布を隠すのも簡単だ。

 そうして人通りの多い道を泳ぐように、最後の仕事をしていた。
 あまりにも間抜けが多くて欲をかいたのが悪かったのだろう。俺はつけられていることに気付くのが遅れた。

 大人の男だ、獣の耳をつけている。いや、あいつは……昨日、失敗したケモノ野郎だ。
 クソ、目をつけられていたのか。すっと距離を詰められて、嫌な気配を感じたから駆け出した。

 この先は路地が入り組んでいる。あいつを見たのは昨日が最初だから、けるはず。
 でも、腹が立った。あいつには何もしていないのに、どうして俺を。

 路地を曲がってすぐの壁に駆け上がって、追いかけてきたケモノ野郎が下に見えた時、飛び降りた。
 見えていないはずなのに、腕でガードされる。アルファのロゴンにだって、一対一ならもう負けないと思っていたのに、獣人相手にはかなわないのか。

 いくらムカついていても引き際を誤ってはおしまいだ。距離を取って逃げようと踵を返すと、目の前に嫌な感じがある。さっき感じたものと同じ……とっさに方向転換して別方向に逃げようとしたが、ケモノ野郎の目の前だった。

「見えるのか?」
「ぁあ?」

 正面から見たケモノ野郎は眼鏡をかけていた。獣人のくせに頭がよさそうで腹が立つ。そいつが、俺を見る目には嫌悪ではなく、何か面白いおもちゃを見つけたような光がある。

「僕を倒せたら見逃してあげよう。君を捕まえたら、質問に答えてもらう」

「はっ、ケモノにおれが捕まえられるかよ!」

 相手は犬か……狼か。俺がつけているのがウサギの耳だから、余計に獲物にされたように感じるのかもしれない。

 嫌な気配が後ろから網のように俺を包もうとしてきたから、仕方なくケモノ野郎を正面突破しようとした。優位を確信して攻撃をしてこないようだから、顔に小石を投げて足元をすりぬけようとしたけれど、足首を掴まれた。

「うわっ!? くそ、離せ!」

 足首を持って俺を逆さ吊りにして、腕を伸ばすからどれだけ暴れてもケモノ野郎には届かない。
 外見は人間と大差ないのに、腕の力も、同じぐらいの体格の人間とは別次元だ。

「馬鹿力……っ」

「ケモノだからね、人間と同じだと思ったら大間違い」

 逆さ吊りのまま、ぶらぶらと揺らされてぞっとする。このまま壁や地面に叩きつけられたら、ただでは済まない。

「酷いことをするつもりなはないよ。君と少し……そうだね、交渉をしたい。逃げないでほしいな」

「……わかった」

 孤児を使いたい、、、奴は多い。ロゴンもそうだけど、あいつはやれる範囲のことで許すことで、長く使おうとするからマシだった。
 目の前のケモノ野郎は、おそらく魔法を使った。俺は魔法を使えないけれど、何度か魔法使いに嫌な目に合わされてから気配が分かるようになったから。
 どうして、あと少しで、こんな街から出られるはずだったのに。


 魔法で俺を動けなくしたケモノ野郎は、すぐ近くの連れ込み宿に入った。
 交渉って、そういう? 

 ベッドに下されて、部屋全体に嫌な気配を感じる。逃げられないように魔法をかけたのだろう。
 これから俺はこいつに犯されるのか。変態は見てわかるものじゃないって、知ってたけど。

「さて、僕の名前はサナンという。君の名前は?」

「…………」

 それが本名か定かじゃなけれど、名を名乗ったことに驚いた。ヤるだけなら、名乗る必要はない。俺に何をさせようとしているんだ。

「怖くないよ」

「おまえなんか怖がるはずないだろ。俺はアルファだからな!」

「奇遇だね。僕もアルファだ」

 獣人のアルファ……人間のアルファよりも危険な存在。勝てない、悔しい。
 首を傾げたケモノ野郎……サナンが、何かを考える。

「アルファなら色々な道があるだろうに」

「……ない。領主様が、アルファじゃなくてもいいようにしたから」

「それでも優秀ならどうにでもなるだろう?」

「無理だよ。野良アルファなんかじゃなくて、ちゃんとした家のベータやオメガがいいって言われる。街には獣人まで入ってきてるのに」

 悔しくて、目に熱が集まる。ぐっと堪えて俯くと、サナンが俺の頭を撫でた。慰め……いや、マウント行為だ、きっと。

「君の能力は高い。そうだね、僕が抱えられるものは多くないけれど、君ひとりぐらいなら面倒を見てあげるよ。研究の助手として、いろんなものを見て学ぶといい」

 あまりに意外な申し出に、なぜかきれいになっている宿のシーツを見つめながら、声を絞り出した。

「そ、んな……の、あんたになんの得があるんだ」

「このまま放っておいたら、君はあまりいい結末を迎えないだろう。手加減できないような、それだけの能力がある。友達の民が不幸になるのを黙って見ておくわけにはいかないよ」

 頭の魔道具を外されて、髪をすくように撫でつけられた。

「俺はそんなこと」

「しないと言い切れる? 君のスリの腕は高い。もうずいぶん貯め込んだだろ? 誰かに奪われることなく隠し通せていたら、かなりの財産のはずだ」

 それはこの街を出るために使う予定だ。誰かを害そうなんて気はなかった。
 獣人は嫌いだけど、殺したいと思えるほど知らない。領主や貴族にしてもそうだ。知らないものに関わりにいくよりは、ただ、逃げ出したかった。

「憲兵に突き出さないのか……」

「うーん、そうだね、賄賂を貰おう。君の財産の中に懐中時計はないかい? それをくれたら、君の人生、いや未来を僕が保証しよう」
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