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3 抜け出すために
わけがわからないまま俺が頷くと、サナンは、明日の同じ時間にここで会おうと言って、俺を解放した。正確には、俺を置いて出ていった。
宿に入ってから、髪を撫でた以外は、俺の身体に触れなかった。そして、明日の約束の時間まで宿の金を払うから、好きにしろと言われた。
連れ込み宿のベッドでも、ねぐらで使っているものよりはずっといい。何をされるのかと緊張でガチガチになっていた身体をぐっと伸ばして、大きく息を吐いた。
あいつは魔法使いだった。きっと逃げることはできない……面倒を見てあげるなんて言葉に、期待したわけじゃない。孤児たちの中でも、そう言われて意気揚々と出ていった奴が死体になって見つかるのも、よくあることだ。だけど……
目的は金の懐中時計だという。
心当たりはある。足がつきそうだから、街を出てから換金しようと思っていたアレだ。手配でも回っているのだろうか。
隠し場所はねぐらではないけれど、サナンと名乗ったケモノ野郎についていくならと、一度ねぐらへ戻った。
フルーカは目を赤くしていた。
「ネイジェ、もう帰ってこないかと思った」
「これで最後だ。フルーカ、俺はいなくなる。ロゴンがいないうちに決めろ」
「だめなの? あたしはオメガだよ?」
「だからなんだ。獣みたいに、目の前にちょうどいいのがいるから、つがえって?」
女のオメガは珍しいから、フルーカは自分自身に価値があると信じている。俺は守られなきゃ生きていけないような人生の何が楽しいのか、わからない。
そして、背中を預けられないような相手を選ぶつもりもない。
「ネイジェの言うことわからないよ……」
「それが合わないってことだ。お前が少しでもまともな人生にしたいなら、東の孤児院に行け。あそこはオメガが多かった。俺がしてやるのはここまでだ」
持っていた金の入った袋をフルーカに渡す。
孤児院に行かなくても、ある程度の金があればオメガとわからなくても、女の子どもだから助けられるだろう。
世の中は助けるべき人間を選んでいる。俺はそっち側じゃなかった。フルーカを隠していたのは、助けられる側なのをわかっていたから……醜い嫉妬からだったかもしれない。
だから、サナンに騙されていたとしても、これが最初で最後のチャンスだ。どうせうまく生き残っても、なれるのはロゴン程度のゴロツキだから。
「こんなところにいても、まともにはなれない」
「ネイジェ……」
「じゃあ」
俺もフルーカも子どもで、小狡い大人に対抗する手段はほとんどない。俺はきっと、できるだけのことをした。今はそう思うしかない。
ねぐらを出ると、ロゴンが手下を引き連れて歩いているのが見えた。さっと隠れて様子を伺う。
「ネイジェの野郎、昨日から見ねえな」
「あいつ、昨日獣人耳つけた野郎に連れ込まれてたって聞いたぜ」
「マジか。あいつ、とうとうヤられちまったのか。次に見たらオレらで慰めてヤろうぜ」
「いいなそれ!」
ギャハハと笑う声が不快だけど、今はあいつらの気を逸らせることができて良かったと思うしかない。
だけど、見つかったらかなりヤバい。急いで懐中時計を回収して宿に戻ろう。
街の端の端、ロゴンが嫌う病人通りの端には、神殿と死体置き場がある。病人通りはその名のとおり、病気になって死にかけている奴ばかりが集まっている一角だ。
病人通りの神殿は領主が作らせたと聞いている。病人たちは神殿に行けばわずかな粥をもらうことができるが、たいていはもらいにいく体力もなくなって死ぬ。
病人の死体を放置すると病気が増えるから、神殿の奴らが回収して燃やす。身寄りと金のない病人に対してやってくれるのはそれだけだ。
死の気配ばかりの一角は、ロゴンのようなゴロツキですら近寄らない。でも、ここにいる奴らは自分の苦しみばかりで他のことは二の次だから、隠し場所にはもってこいだった。
あちこちに少しずつ置いていたものを全て回収し、懐中時計を握りしめて、俺はケモノ野郎……サナンと約束した場所に向かった。
連れ込み宿が見えた時、ロゴンの手下がうろついているのに気付いた。このまま、のこのこと行ったらロゴンに捕まってしまう。
とりあえず、金と懐中時計を隠し直した。ロゴンの手下をどうにかして追い払うためだ。
金を握らせるか、いや、そんなことをしたらもっと出せと言われるだけだ。今はいい格好に着替えているから、それも追求されるだろう。
どうするか……考えていたせいで、背後への警戒が緩んでいた。
頭を殴られて、衝撃を受けてふらついたところに、腕を掴まれる。
「よぅ、ネイジェ。いい格好してるじゃねえか。客にでももらったのか?」
「……っ、ロゴン」
掴まれた腕で吊り下げられ、もう片方の手で尻を掴まれる。孤児の中でも、身体を売るやつは最底辺扱いだから、ロゴンはアルファの俺がそうなったと思って喜んでいる。
「こんなことなら、俺がやさしーく奪ってやっておけば良かったなぁ?」
「っ、アンタの粗チンじゃ満足できねーよ」
「言うじゃねーか」
激昂して壁か地面に叩きつけられるのを期待したけれど、ロゴンは俺を離さない。頬をべろりと舐め上げられて、気持ち悪くて震えた。
「ネイジェ、俺はおまえに期待してたんだぜ? 馬鹿ばっかのゴミ溜めで、おまえなら俺の片腕にしてやってもいいってな。でも、ウリやるような片腕じゃあ困る」
俺がどんな手を使って金を集めようがロゴンには関係ない。単に、生意気になった俺を痛めつける機会を探していただけだ。
効果的に俺を痛めつけるに、アルファのくせにロゴンに犯されたという烙印を押したいだけ。
ぷつぷつとボタンを外され、上半身をはだけさせられた。丁寧なのは、服も金になるからだ。
こうなったら逃げようがない。ロゴンと手下どもにマワされる。隙を見て逃げられればいいけれど、身体にどれだけダメージを受けるかわからない。
視界の端には、約束をしていた宿が見える。
あそこまで辿り着けたなら、変わることができたかもしれないのに。
「さ、ネイジェ。おしおきの時間だ」
宿に入ってから、髪を撫でた以外は、俺の身体に触れなかった。そして、明日の約束の時間まで宿の金を払うから、好きにしろと言われた。
連れ込み宿のベッドでも、ねぐらで使っているものよりはずっといい。何をされるのかと緊張でガチガチになっていた身体をぐっと伸ばして、大きく息を吐いた。
あいつは魔法使いだった。きっと逃げることはできない……面倒を見てあげるなんて言葉に、期待したわけじゃない。孤児たちの中でも、そう言われて意気揚々と出ていった奴が死体になって見つかるのも、よくあることだ。だけど……
目的は金の懐中時計だという。
心当たりはある。足がつきそうだから、街を出てから換金しようと思っていたアレだ。手配でも回っているのだろうか。
隠し場所はねぐらではないけれど、サナンと名乗ったケモノ野郎についていくならと、一度ねぐらへ戻った。
フルーカは目を赤くしていた。
「ネイジェ、もう帰ってこないかと思った」
「これで最後だ。フルーカ、俺はいなくなる。ロゴンがいないうちに決めろ」
「だめなの? あたしはオメガだよ?」
「だからなんだ。獣みたいに、目の前にちょうどいいのがいるから、つがえって?」
女のオメガは珍しいから、フルーカは自分自身に価値があると信じている。俺は守られなきゃ生きていけないような人生の何が楽しいのか、わからない。
そして、背中を預けられないような相手を選ぶつもりもない。
「ネイジェの言うことわからないよ……」
「それが合わないってことだ。お前が少しでもまともな人生にしたいなら、東の孤児院に行け。あそこはオメガが多かった。俺がしてやるのはここまでだ」
持っていた金の入った袋をフルーカに渡す。
孤児院に行かなくても、ある程度の金があればオメガとわからなくても、女の子どもだから助けられるだろう。
世の中は助けるべき人間を選んでいる。俺はそっち側じゃなかった。フルーカを隠していたのは、助けられる側なのをわかっていたから……醜い嫉妬からだったかもしれない。
だから、サナンに騙されていたとしても、これが最初で最後のチャンスだ。どうせうまく生き残っても、なれるのはロゴン程度のゴロツキだから。
「こんなところにいても、まともにはなれない」
「ネイジェ……」
「じゃあ」
俺もフルーカも子どもで、小狡い大人に対抗する手段はほとんどない。俺はきっと、できるだけのことをした。今はそう思うしかない。
ねぐらを出ると、ロゴンが手下を引き連れて歩いているのが見えた。さっと隠れて様子を伺う。
「ネイジェの野郎、昨日から見ねえな」
「あいつ、昨日獣人耳つけた野郎に連れ込まれてたって聞いたぜ」
「マジか。あいつ、とうとうヤられちまったのか。次に見たらオレらで慰めてヤろうぜ」
「いいなそれ!」
ギャハハと笑う声が不快だけど、今はあいつらの気を逸らせることができて良かったと思うしかない。
だけど、見つかったらかなりヤバい。急いで懐中時計を回収して宿に戻ろう。
街の端の端、ロゴンが嫌う病人通りの端には、神殿と死体置き場がある。病人通りはその名のとおり、病気になって死にかけている奴ばかりが集まっている一角だ。
病人通りの神殿は領主が作らせたと聞いている。病人たちは神殿に行けばわずかな粥をもらうことができるが、たいていはもらいにいく体力もなくなって死ぬ。
病人の死体を放置すると病気が増えるから、神殿の奴らが回収して燃やす。身寄りと金のない病人に対してやってくれるのはそれだけだ。
死の気配ばかりの一角は、ロゴンのようなゴロツキですら近寄らない。でも、ここにいる奴らは自分の苦しみばかりで他のことは二の次だから、隠し場所にはもってこいだった。
あちこちに少しずつ置いていたものを全て回収し、懐中時計を握りしめて、俺はケモノ野郎……サナンと約束した場所に向かった。
連れ込み宿が見えた時、ロゴンの手下がうろついているのに気付いた。このまま、のこのこと行ったらロゴンに捕まってしまう。
とりあえず、金と懐中時計を隠し直した。ロゴンの手下をどうにかして追い払うためだ。
金を握らせるか、いや、そんなことをしたらもっと出せと言われるだけだ。今はいい格好に着替えているから、それも追求されるだろう。
どうするか……考えていたせいで、背後への警戒が緩んでいた。
頭を殴られて、衝撃を受けてふらついたところに、腕を掴まれる。
「よぅ、ネイジェ。いい格好してるじゃねえか。客にでももらったのか?」
「……っ、ロゴン」
掴まれた腕で吊り下げられ、もう片方の手で尻を掴まれる。孤児の中でも、身体を売るやつは最底辺扱いだから、ロゴンはアルファの俺がそうなったと思って喜んでいる。
「こんなことなら、俺がやさしーく奪ってやっておけば良かったなぁ?」
「っ、アンタの粗チンじゃ満足できねーよ」
「言うじゃねーか」
激昂して壁か地面に叩きつけられるのを期待したけれど、ロゴンは俺を離さない。頬をべろりと舐め上げられて、気持ち悪くて震えた。
「ネイジェ、俺はおまえに期待してたんだぜ? 馬鹿ばっかのゴミ溜めで、おまえなら俺の片腕にしてやってもいいってな。でも、ウリやるような片腕じゃあ困る」
俺がどんな手を使って金を集めようがロゴンには関係ない。単に、生意気になった俺を痛めつける機会を探していただけだ。
効果的に俺を痛めつけるに、アルファのくせにロゴンに犯されたという烙印を押したいだけ。
ぷつぷつとボタンを外され、上半身をはだけさせられた。丁寧なのは、服も金になるからだ。
こうなったら逃げようがない。ロゴンと手下どもにマワされる。隙を見て逃げられればいいけれど、身体にどれだけダメージを受けるかわからない。
視界の端には、約束をしていた宿が見える。
あそこまで辿り着けたなら、変わることができたかもしれないのに。
「さ、ネイジェ。おしおきの時間だ」
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