リセット

爺誤

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一章

1  事の起こり

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  この世界には男女とは別に、アルファ、ベータ、オメガの性別がある。
  俺はオメガだ。三種の中で最も数が少なく、能力的に劣る性別。
  オメガの男は直腸の奥に特殊な子宮を持ち、発情期に精を受けることで孕むことができる。人口の十パーセント程度しかいない。
 ベータは人口の七十五パーセントを占める、ごく普通の人々だ。ほとんどが男性と女性で結婚する。
 アルファ人口の十五パーセント程度を占める支配階級だ。αに生まれ付いただけで、高い身体能力と優秀な頭脳が約束される。また、オメガを発情期に噛むことで「番」にできる。
   「番」とはアルファとオメガにしか起こらない絆で、アルファがオメガを完全に支配下に置くことができるものだ。オメガ側にも利点があり、無差別に振りまかれる発情フェロモンが消えて、番のアルファにしか反応しなくなる。
  その先天的な能力の高さから、アルファは社会的地位の高い者が多い。

  俺の想い人も例に漏れず、いつも人が周囲に集って楽しそうにしている。

(……俺、何をやってるんだろう。アルファでしかも男が気になるなんて、馬鹿みたいだ)

  学食の離れた位置から、彼をぼんやりと眺めている。

  高い建物の上にある学食は景色が良い。窓際で騒ぐ彼らの方を見ていても、外を見ていただけだと言い訳できる。
  無駄な恋情に俺はため息をついて、トレイを返却口にも持って行こうとした。
  その時、彼らの会話が耳に入ってきた。

「えー、じゃあ婚約者って男なの?」
「うん。俺はアルファだからね。男でもオメガなら普通に子供も作れるし」
「きやー、リアルBLってこと? 相手の写真とかないの?」
「あるけど見せないよ。遊び相手じゃないんだから」

  ズキン、と胸が痛んだ。
  男でも、望まれて彼の番になれるなんて羨ましすぎる。

(そもそも家の繋がり自体、俺にはないもんな)

 俺はそれなりの家に生まれたが、オメガだからという理由だけで中学から家の外に出された。ほぼ絶縁だ。大学までの学費と生活費で全ての縁が切れる予定。アルファ以外はお呼びでないのだ。
  とっくに納得した筈の実家への無駄な感傷にうんざりしながら、トレイを返却口に戻して振り向くと、彼と目が合った。
  狼狽える俺に、ニッコリと笑いかけてくれるのに驚いた。そのまま逃げるように食堂を後にする。

(勘弁してくれ)

  心臓の音がうるさい。
  不毛な音だ。こんな無駄な心臓、早く止まってしまえばいいのに。
  俺はオメガだ。男なのにアルファなら男相手でも惹かれてしまう。
  父は男性のアルファ、母は女性のオメガだ。
  兄はアルファ、弟もアルファ、妹もアルファ。家族の中で俺だけがオメガで、男のオメガを嫌悪する父は、俺を無いものとして扱った。
  父は男のオメガを、男のくせに男を誘う最悪な人種だと蔑んでいる。世間体があるから公言はしないが、家では隠さない。
  そんな父だ。
  俺は中学を卒業すると全寮制の高校に入れられ、大学が決まれば学費と生活費を渡され、家に関わることを禁じられた。兄弟たちは父の感覚を受け継いで、オメガである俺を忌避した。

(子供の頃はそうでもなかったんだけどな……)

  時が経つにつれて兄弟達は父の考え方に染まり、俺は自分が劣等種だと自覚して関わらないように気を付けるようになった。今では血縁があるだけの他人だと思っている。
  俺の父は、初めての発情期が来る前に、徹底的な健康管理で抑制剤を使わせ、発情期そのものを抑えさせた。これだけは感謝している。
  俺自身がオメガであることを受け入れられないのに、発情期だけあっても苦痛なだけだ。
  そして発情を抑えることが普通になり、大学生になっても発情期を経験せず、オメガであることを隠して生活している。念のため、発情期に相当する期間は抑制剤を飲んでいても人前に出ないようにもしている。

  それなのに、今更アルファである彼にどうしようもなく惹かれてしまった。自覚してすぐに終わった恋心。

(婚約者がオメガの男とか、聞きたくなかったよ)

  そして訪れる発情期の兆候。否応でも自分がオメガだと思い知らされて。

(……どうでもいいか)

 それは魔が差したとしか言いようのない瞬間だった。

 いつもは行かない人気のない工場街。大型連休中はしん、と静まりかえっている。工場勤務の肉体労働者目当てだったのに、これは想定外だった。

 体の不調は明らかで、どこかで見た哀れなオメガの話を思った。
 不意に発情してしまったオメガが見知らぬ者たちに陵辱されて、心を壊して体を汚し続ける三流ポルノ。心が壊れるなら、そういうのもありだと思った。
 まともに発情期も迎えたこともない。
 オメガであることを隠して、恋人関係なんて夢のまた夢だ。

(いっそ壊れてしまえば……)

 思った瞬間、心臓が激しく鳴り出す。本格的な発情期だ。今まで抑制されてきた体の激しさに、心が追いつかない。
 地面に這い蹲って、呻きながら本能でアルファを求める。


 その時、何かが俺を攫って、倉庫のような所に放り込んだ。
 固い床の上で荒々しく服を剥ぎ取られる。薄暗く埃臭い汚い床だ。相手の顔を見ることもかなわず、うつ伏せに押さえつけられて。
 そのままの勢いで、足を開かれて、貫かれた。激痛の中でも発情期の体は快感を拾う。

(はっ、これがオメガか。くだらない生き物……)

 理性を失くして、訳の分からないままに気付いたら一人で裸で転がっていた。全身、痛くないところはなく、下半身には感覚がない。

「は、はは、はははっ」

 枯れた声で己の愚かさを笑った。
 望みは叶ったのだ。


 しばらく休んで、服が落ちているのを見つけて、ノロノロと身に纏う。何とか着ることができた。鞄も隅に転がっていた。
 外に出ると、薄暗い。
 どこかの工場の外に取り付けられた時計には「5:12」の表示がある。朝なのか夕方なのかわからないままに、中身も無事だった鞄を持って運良く見つけたタクシーに乗った。見た目に分からなくても臭うのだろう、渋る運転手に万札を握らせて、遠くない自宅を告げた。


 家に戻って、シャワーを浴びる。
 立っていられなくて浴室に座り込むと、股の不快感を思い出した。血と、誰とも知れない精液が張り付いている。痛みを堪えながらそっと流すと、中からどろりと白濁が溢れ出てきた。

(気持ちいいなんて嘘だな……)

 ぼんやりと、壊れなかったと残念に思った。体を洗ってしまえばいつも通りだ。

 その時、首の後ろがピリっと痛んだ。

「え?」

 鏡の曇りを手で拭いて、現れた自分の首にはくっきりと歯型がついていた。

「つがい……だと……?」

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