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1章
リオネルの受難 3
重苦しい空気の中、ようやく屋敷に着いた。馬車から解放された俺たちは足早に執務室のある二階に上がる。しっかりドアを閉め、窓から近衛騎士が門を出ていくのを確認した。
「リオネル様、もう大丈夫でしょう。お茶をお出しします。ひどい顔色ですよ」
「ああ……。確かに、話す前にお茶が必要だ。それに、お前の分もな」
「私もよろしいんですか」
「絶対必要だ」
どかっと椅子に座り込む。エドモンがお茶を出している間、したり顔の二人の顔を思い出し怒りが沸々と湧いてきた。
「どうぞ」
エドモンがお茶をテーブルに置いてくれた。
「座ったほうがいいぞ。驚いてすっ転ぶかもしれないからな」
「一体何があったんですか」
俺は深呼吸し、心を落ち着かせ口を開く。
「ベニトア家の三男と結婚しろと命じられた」
「………………は?」
長い長い沈黙の後、エドモンが発したのはそれだけだった。目を白黒させ、言葉を反芻しているのだろう。
「ええと、三男、とおっしゃいましたか? しかも、ベニトア家ですか? というかあの家に娘はいなかったですものね? いやいやいや。揶揄うのはやめてくださいよ」
エドモンが一気に捲し立てる。信じたくないのだろう。
「冗談じゃないぞ。男と結婚しろとさ」
「えぇーーーー!?」
今度は顎が外れんばかりの大口を開けて叫ぶ。俺もあの時そんな気持ちだったよ。
「落ち着け」
「これが落ち着いていられますか! なんでそんな涼しい顔をしておられるんですか!」
「落ち着いてはいない。とんでもなく驚いたさ」
生き残るため表情を殺すようにしたら顔が動かなくなっただけだ。お前のように叫べたらきっとスッキリするのだろうな。
「ベニトア? よりによって? 噂によると、グレゴリー様は反撃してきた強盗に足を蹴られて防御しただけなのに、相手の足が折れたと聞きましたが……大袈裟なだけですよね?」
「その話か。真実だ。本人は、防御のためにちょっと体に力を入れただけで折れるなんて、やわな奴だと笑っていた」
「それ、もう化け物じゃないですか! ヘリオドート家の優雅な空間が筋肉に侵食されてしまいます……!」
エドモンは自分を抱きしめ震えている。ああ、俺も混乱している。皇后が嫌がらせで相手を決めたのは間違いない。
「グレゴリー殿曰く、弟はそこら辺の令嬢では太刀打ちできないくらい愛らしく、女神も跪く美貌の持ち主らしいぞ」
「あり得ませんね。あの方、一度目の検査をされたほうが良さそうです」
エドモンの切って捨てる速さに、つい笑いが漏れた。
「あ、笑うなんて珍しいですね。その顔が見られただけでも良しとしますか……。どのみち断れないでしょうし」
落ち込みつつも、少しでもマシだと思うことにしたようだ。
「まぁ、ただの同居人が増えると考えよう。閣下の息子なら皇后の手先ではないだろうし、鉱山の警備などで働いてもらえば退屈させずに済むだろう」
辺境伯のフレデリク様が最も嫌うのは卑怯な手を使うことだ。軍略はともかく、ちまちま嫌がらせをするのは彼の方の性に合わないはず。
「何はともあれ、婚約式だ。時期は二週間後で、ありがたいことに両陛下が仕切ってくださるそうだ」
皮肉たっぷりに告げると、俺の代わりとでもいうようにエドモンが怒りの表情を浮かべた。
「皇后陛下は、いつになったらあなたが心から愛する自領から離れないと信じるのでしょうね……」
「ヴァンサン殿下が臣下に認められるまで、気が抜けないんだろうな」
俺に王位への野望など塵ひとつない。何度伝えても彼女は納得しない。おそらく、皇太子であるヴァンサン殿下が虚弱体質なせいで、直系のスペアがいないことを臣下が将来を不安視しているせいだ。それに、殿下は優しく聡明だが、考えが足りないところもある。
俺の元婚約者であるアンリエッタが彼と婚約した後、、カントリーハウスまでわざわざ謝罪にきた。体が弱い殿下のため、大勢の護衛をつけて。こちらが出迎える用意をしなければならないとは考えなかったのだろうか。
しかも、歩くのがままならない俺に、従兄弟の大切な婚約者を奪ってすまないと言って泣いた。泣きたいのはこちらの方だというのに神経を逆撫でされた。本気で俺を心配しているのは伝わったので我慢したが、下手すれば憎悪していただろう。
「そういえば、お相手の名前はご存知ですか」
「ああ。グレゴリー殿から何度も聞いている。オリヴィンというそうだ。なんでも、髪の色はソフィア様と同じ銀髪だとか。珍しいと思わないか」
我が国では皇都に近い人間は黒髪やブラウンの髪が多い。銀色はナモリス国の特徴といえる。
「ええ。少しタイプが違うのでしょうか。もしもですよ、お母上に似ていたら……?」
「ないな、ない。エドモンも先代様を覚えているだろう? あの家は全員が筋肉……いや、逞しい方ばかりじゃないか」
猛獣の子は猛獣。先代、フレデリク様、ジョナサン殿にグレゴリー殿……四人の風貌は同じだ。だからこそ、美男という言葉が……いや、美醜の価値は人それぞれ。勝手に決めつけるのはよくない。
「そうですね。変に望みをかけても失望する確率の方が高いですものね。なんにせよ、準備は始めます。式はこちらでするとしても、領地にお連れするんですよね?」
「ああ。賓客用の部屋を使う。寝具も新調しなくては。準備しておくよう連絡してくれ」
そこまで言ってふと思い立った。
「なぁ、エドモン。ベッドは普通サイズで保つと思うか? 閣下のような男なら足がはみ出るし、重量に耐えきれないかもしれない」
「ど、どうでしょう。念のため、グレゴリー様サイズで特注しましょうか」
「時間がかかるがやるしかない。さすがに婚約して即領地へ嫁いでくるなんてことはないだろうし、もしそうなっても相談して時期を調整しよう。……そもそも、嫁いでくると言ってもいいんだろうか」
「一応、嫁いでこられるであっているのでは? 言っててちょっと、恐ろしいですけど……」
俺とエドモンは困惑しつつ、やるべきことのリストを作り始めた。
「リオネル様、もう大丈夫でしょう。お茶をお出しします。ひどい顔色ですよ」
「ああ……。確かに、話す前にお茶が必要だ。それに、お前の分もな」
「私もよろしいんですか」
「絶対必要だ」
どかっと椅子に座り込む。エドモンがお茶を出している間、したり顔の二人の顔を思い出し怒りが沸々と湧いてきた。
「どうぞ」
エドモンがお茶をテーブルに置いてくれた。
「座ったほうがいいぞ。驚いてすっ転ぶかもしれないからな」
「一体何があったんですか」
俺は深呼吸し、心を落ち着かせ口を開く。
「ベニトア家の三男と結婚しろと命じられた」
「………………は?」
長い長い沈黙の後、エドモンが発したのはそれだけだった。目を白黒させ、言葉を反芻しているのだろう。
「ええと、三男、とおっしゃいましたか? しかも、ベニトア家ですか? というかあの家に娘はいなかったですものね? いやいやいや。揶揄うのはやめてくださいよ」
エドモンが一気に捲し立てる。信じたくないのだろう。
「冗談じゃないぞ。男と結婚しろとさ」
「えぇーーーー!?」
今度は顎が外れんばかりの大口を開けて叫ぶ。俺もあの時そんな気持ちだったよ。
「落ち着け」
「これが落ち着いていられますか! なんでそんな涼しい顔をしておられるんですか!」
「落ち着いてはいない。とんでもなく驚いたさ」
生き残るため表情を殺すようにしたら顔が動かなくなっただけだ。お前のように叫べたらきっとスッキリするのだろうな。
「ベニトア? よりによって? 噂によると、グレゴリー様は反撃してきた強盗に足を蹴られて防御しただけなのに、相手の足が折れたと聞きましたが……大袈裟なだけですよね?」
「その話か。真実だ。本人は、防御のためにちょっと体に力を入れただけで折れるなんて、やわな奴だと笑っていた」
「それ、もう化け物じゃないですか! ヘリオドート家の優雅な空間が筋肉に侵食されてしまいます……!」
エドモンは自分を抱きしめ震えている。ああ、俺も混乱している。皇后が嫌がらせで相手を決めたのは間違いない。
「グレゴリー殿曰く、弟はそこら辺の令嬢では太刀打ちできないくらい愛らしく、女神も跪く美貌の持ち主らしいぞ」
「あり得ませんね。あの方、一度目の検査をされたほうが良さそうです」
エドモンの切って捨てる速さに、つい笑いが漏れた。
「あ、笑うなんて珍しいですね。その顔が見られただけでも良しとしますか……。どのみち断れないでしょうし」
落ち込みつつも、少しでもマシだと思うことにしたようだ。
「まぁ、ただの同居人が増えると考えよう。閣下の息子なら皇后の手先ではないだろうし、鉱山の警備などで働いてもらえば退屈させずに済むだろう」
辺境伯のフレデリク様が最も嫌うのは卑怯な手を使うことだ。軍略はともかく、ちまちま嫌がらせをするのは彼の方の性に合わないはず。
「何はともあれ、婚約式だ。時期は二週間後で、ありがたいことに両陛下が仕切ってくださるそうだ」
皮肉たっぷりに告げると、俺の代わりとでもいうようにエドモンが怒りの表情を浮かべた。
「皇后陛下は、いつになったらあなたが心から愛する自領から離れないと信じるのでしょうね……」
「ヴァンサン殿下が臣下に認められるまで、気が抜けないんだろうな」
俺に王位への野望など塵ひとつない。何度伝えても彼女は納得しない。おそらく、皇太子であるヴァンサン殿下が虚弱体質なせいで、直系のスペアがいないことを臣下が将来を不安視しているせいだ。それに、殿下は優しく聡明だが、考えが足りないところもある。
俺の元婚約者であるアンリエッタが彼と婚約した後、、カントリーハウスまでわざわざ謝罪にきた。体が弱い殿下のため、大勢の護衛をつけて。こちらが出迎える用意をしなければならないとは考えなかったのだろうか。
しかも、歩くのがままならない俺に、従兄弟の大切な婚約者を奪ってすまないと言って泣いた。泣きたいのはこちらの方だというのに神経を逆撫でされた。本気で俺を心配しているのは伝わったので我慢したが、下手すれば憎悪していただろう。
「そういえば、お相手の名前はご存知ですか」
「ああ。グレゴリー殿から何度も聞いている。オリヴィンというそうだ。なんでも、髪の色はソフィア様と同じ銀髪だとか。珍しいと思わないか」
我が国では皇都に近い人間は黒髪やブラウンの髪が多い。銀色はナモリス国の特徴といえる。
「ええ。少しタイプが違うのでしょうか。もしもですよ、お母上に似ていたら……?」
「ないな、ない。エドモンも先代様を覚えているだろう? あの家は全員が筋肉……いや、逞しい方ばかりじゃないか」
猛獣の子は猛獣。先代、フレデリク様、ジョナサン殿にグレゴリー殿……四人の風貌は同じだ。だからこそ、美男という言葉が……いや、美醜の価値は人それぞれ。勝手に決めつけるのはよくない。
「そうですね。変に望みをかけても失望する確率の方が高いですものね。なんにせよ、準備は始めます。式はこちらでするとしても、領地にお連れするんですよね?」
「ああ。賓客用の部屋を使う。寝具も新調しなくては。準備しておくよう連絡してくれ」
そこまで言ってふと思い立った。
「なぁ、エドモン。ベッドは普通サイズで保つと思うか? 閣下のような男なら足がはみ出るし、重量に耐えきれないかもしれない」
「ど、どうでしょう。念のため、グレゴリー様サイズで特注しましょうか」
「時間がかかるがやるしかない。さすがに婚約して即領地へ嫁いでくるなんてことはないだろうし、もしそうなっても相談して時期を調整しよう。……そもそも、嫁いでくると言ってもいいんだろうか」
「一応、嫁いでこられるであっているのでは? 言っててちょっと、恐ろしいですけど……」
俺とエドモンは困惑しつつ、やるべきことのリストを作り始めた。
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