可愛い私の妹に婚約者を寝取られましたが、別にもういらないのでお下がりでよければ差し上げます《他数作》

日々埋没。

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婚約者を捨てるのなら相応の罰は覚悟してくださいね?

前編

 その日の夜、貴族たちが通う学園の講堂で主催されていたダンスパーティーにてとある侯爵家の長男が子爵家の長女に刺殺されるという、とてもショッキングな事件が起きた。
 取り押さえた警備隊の調べに対し犯人の女性は黙秘を貫いているが、周囲の証言から二人の間で痴情のもつれによる犯行があったと見て現在捜査が続けられている。

◆◆◆

「レイラ、貴様とは婚約破棄をする!」

 私、レイラ=ハーミットは、侯爵家の長男にして婚約者でもあるウルグレン=ラフォード様から突然そう宣言をされたのです。
 今わたくしたちがいるのはダンスパーティーの会場、これから楽しいひと時を過ごすという中で起きた出来事にただ困惑するしかありません。

「ちょっとお待ちください。どうしてウルグレン様から婚約破棄を申し出られなければならないのでしょう? 理由をお聞かせ願いますか?」
「理由だと? まさか自覚がないのか? お前は彼女を――セレスティア嬢を虐めただろう!」
「セレスティア? ……ああ、彼女ですか」

 婚約者であるわたくしを差し置いてウルグレン様の隣に佇んでいる女性を視界にいれます。
 するとこちらの視線に気づいてかわざとらしく肩をビクリと震わせ、さながら小動物のように体を縮こまらせました。
 確か男爵令嬢だったかしら、特にこれといって親交もないのでうろ覚えですが、時折彼と一緒にいたところを見かけたことはありますが……。
 それはともかく、目障りな羽虫程度の認識しか持ち合わせていないのに彼女をどうして虐めないといけないのでしょうか。

「その方の勘違いではありませんか? はっきり申し上げると、わたくしが彼女になにかよからぬことをしたような覚えはございません」
「まだしらを切るのか。陰でこそこそと嫌がらせをしていたそうじゃないか。可哀想に、目に涙を浮かべたセレスティア嬢がこれまでのことを洗いざらい俺に告白してくれた。それがどれだけ勇気のいったことか、お前には分かるまい」

 勇気、ですか。
 仮に彼女とわたくしの間でなにかあったところで、なぜそのことでわざわざウルグレン様を頼るのでしょうか。
 勇気を振り絞る相手が間違っているのでは? と言いたいところですが、もしかすると俗に言う相談女、といった類のものなのかもしれません。
 だとするならば、これは由々しき事態です。

「ウルグレン様は婚約者のわたくしより、そちらの方のお言葉を信じるのでしょうか?」
「そうだ、お前は信用できない。そもそもだな、お前はすぐに自分は俺の婚約者であると口にするがこれは親同士が勝手に決めた婚約であることを忘れるな。そこに真実の愛などあるわけがない」
「ですからウルグレン様は、わたくしとの婚約を破棄されたいと?」
「ああ、そういうことだ」

 確かにこの婚約は政略結婚の意味合いが多分に含まれており、そういった点ではお互いに自らの意思で望んだことではないのかもしれません。
 しかし少なくともわたくしは幼少のみぎりよりウルグレン様を、彼のことだけを切にお慕いしてきました。
 それこそ、片時も離れたくないほどに。
 他の殿方なんて路傍の石ころほどにも目に映ることなく、初めてそのお顔を拝見した時から彼の真っ直ぐな瞳と凛々しいお姿は、わたくしの心を捉えてなりません。

「ウルグレン様、どうか最後に今一度だけお考え直してはくださらないでしょうか?」

 人を好きという感情はウルグレン様から教えていただきました。
 ゆえに、彼がわたくしから離れるなどあってはならないのです。
 もしそれでも離縁を要求するのであれば――。

「くどい、何度も言わせるな。今回の一件で俺は心底お前に失望した。だから考えを改めるつもりはない。父上に報告が済み次第追って連絡する。これで話はついたな、行こうかセレスティア嬢」
「え、ええ、ありがとう存じますわ」
「……それがウルグレン様のご選択なのですね、確かに承りました」

 悲しいことですが、ここは甘んじて彼の意思を尊重いたしましょう。
 ですが、それならば同じようにわたくしも自らの意思を優先させていただくことにします。
 なにをするつもりかと? 当然、決まっているでしょう。

「ああ、お待ちくださいウルグレン様」
「なんだレイラ、まだ俺に用があるの――がっ⁉」

 背中を向け、この場から立ち去ろうとしていたウルグレン様は突然我が身を襲った衝撃に、一体なにが起きているのか理解できていないご様子。
 振り返った彼の顔は驚愕で見開かれています。
 それもそのはずです、なぜならわたくしがこの手元のナイフで彼の背中を刺したのですから。
 こんなこともあろうかと、常日頃からナイフを懐に忍ばせておいて正解でした。
 いつもならばお邪魔虫の教科書等をズタズタに切り裂くことにしか活用できていなかったので、ようやく本来の使い方ができたと言えます。

「お、お前、自分が今なにをしているのか、わ、分かっているのか……⁉ ぐぅっ……!」

 刺された痛みと恐怖で声を震わせるウルグレン様もかっこいい。好き。
 顔を歪めて苦痛に喘ぐウルグレン様は可愛い。好き好き。
 とっさにわたくしの射程範囲から距離を取ろうとするウルグレン様の判断能力も素敵。大好き。
 流れる血も、吐き出される怨嗟の言葉も、彼のすべてが愛しくてたまりません。
 それだけに、彼がわたくし以外の誰かのものになってしまうことを想像したら嫉妬でこのようにおかしくなるのも仕方のないことでしょう?
 自分のものにならないのならせめて誰の手にも渡らないようにすればいいと考えるのは、決して間違いではないはずです。
 例えばそう、この手で彼を殺すこと――。 
 これこそがわたくしなりの究極の愛情表現なのですから。
 どうか伝わって、この気持ち。

「……ひ、ひっ! く、くるなレイラ、こっちにくるな!」
「そのように寂しいことを口にしないでくださいませ。第一、ウルグレン様が悪いのでしてよ? そのような浅ましい女にかどわかされ、貴方を真に想うわたくしの気持ちをないがしろにされたのですから」
「あ、謝る、謝るから許してくれレイラ、お、俺が悪かった、だから殺さないでくれごぶぅっ⁉」
「あらあらお可哀想に。騒ぐからそのように傷が開いてしまうのですわ。手元が狂ってしまいますから大人しくしていてくださいませ。ウルグレン様もこれ以上痛いのはお嫌でしょう? 心配せずとも大丈夫ですわよ、この時を想定してこれまで訓練を積み重ねて参りましたからみだりに苦しい想いはさせませんもの」

 ジリジリと距離を詰めて血でそぼぬれたナイフの切っ先を、ウルグレン様の内蔵の辺りに狙いをつけます。
 腰だめで刺突の構えを取り、あとはもう実行に移すだけ。

「くるな……っ、くるなぁ……っ!」
「さようなら、ウルグレン様。涅槃に旅立たれた後でも一途に愛し続けいたしますわ」
「くるっ」

 ――引き締められたお腹の肉を突き刺す感触。そのままブチュリと押し込めると、内蔵を優しく愛撫するように捻りを加えました。

「あっ……がっ……!」

 途端、短く上がる断末魔の声。
 ウルグレン様のあれほど鋭かった双眸がぐるんと回り、刻一刻と命の灯火が消えゆく最中、薄れゆく瞳の光がただわたくしの存在だけをしっかと捉えていました。
 ああ、幸せ!
 きっと今頃彼の走馬灯はわたくしとの想い出でいっぱいであることでしょう。
 めくるめく愛の記憶は偽りの感情を拭い去り、彼を幸福の渦で包んでいるに違いありません。
 だからこれは最後の仕上げ。
 ウルグレン様のたくましいお背中にまで達していたナイフに力を込め、思い切り引き抜きます。
 その反動で宙空に鮮血のアーチが描かれ、そのままわたくしへと降りかかります。
 浴びせられたその返り血はまだ温かく、まるで彼の腕の中に抱きとめられているかのような錯覚に陥りました。

「きゃああぁあぁあっ!」

 誰かの悲鳴が上がると同時にその場でゴトリと倒れ落ちるウルグレン様のお体。
 すでに事切れているようで、なんの反応も返すことはありません。

「けっ、警備隊、あ、あの人殺しを捕まえて!」

 ようやく騒ぎ始めたところで、もはやすべては終わったことなのです。
 ゆえにわたくしは彼の亡骸にそっと身を寄せ、周囲の目を憚ることなくその柔らかい唇に契りの口づけをいたしました。

「これで貴方は永遠にわたくしだけのもの」

 いつの日かやがて地獄の炎に身を焼かれる時がこようとも、彼とわたくしの愛を引き裂くことは叶わないでしょう。
 どうしてかって?
 ふふ、この国では生者と死者が口づけをかわすことは魂だけの存在に成り果てても変わらぬ愛を誓うことになるからに決まっているでしょう。
 愛は尊く、儚いもの。
 それゆえに人は追い求め、目に見える形で永久不変の証を立てるのです。
 そう、わたくしのように。
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