俺を殺す君に!

馬酔木ビシア

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 初めは興味なんてなかった。




 母親同士が、家が近くて仲良くなったという経緯で自然と顔を合わせることになっただけ。僕は4歳、要は5歳の時だ。
 
 会う前は母の話から、相手の方が一つ年上ということもあって、威張り散らしてくると少し面倒だな、となどと思っていた。







 その日はすぐにやってきて、僕と要は成瀬家で対面した。




 要は一言で言うと、容姿の整った子供だった。チョコレートのような色の緩やかな癖毛に、美しいヘーゼルアイ、すっと通った鼻筋。



 しかし、恵まれた容姿を持つ子供にありがちな肥大化した自己肯定感なんてものはなく、要はにっ、と笑って僕に話しかけた。笑うと母親似の涙袋が強調される。僕は少しだけ意外に思った。



 まるで太陽のように明るくて表情が豊かな子だった。僕とは違い、心から弾けるように笑うことが多い。








 僕とはまるで違う生き物に見えた。







 僕が人の部分を失った化け物なら、要は人間の綺麗な部分だけを詰め込んだ、人の完全体だった。









 僕は初めは、いつも通りニコニコと、化け物を隠していた。うまく、隠せていたと思う。






 けれど、要は僕と初めて会ったその瞬間、少しだけ、ほんの少しだけ、疑念を抱いた視線を向けた。しかしそれは一瞬で、僕が笑顔で話すとすぐに安堵したような顔になる。












 この子供には、僕の本質が分かっている。











 直感で思った。










 だから、少し興味が出た。この他とは違いそうな不思議な子供に、僕の汚い部分を見せたら、どんな顔をするのか、知りたかった。








 なにする?と無邪気に聞く要に、僕は『がいちゅうごっこ』がしたい、と言って内容を説明してみせた。だんだん暗く曇っていく目。わずかに滲む恐怖。




 これだ、と思うと同時に僕は、落胆した。その反応はあまりに予想通りで、つまらなかった。完全なる見立て違い。僕はそこで、一気にこの子供の存在を切り捨てようとした。幼稚園に通う他の子供と大差ない、と判断したからだ。













 けれど、要が違ったのは、その後だった。










 いなくなっちゃう?と問いかける僕に、要はゆっくり、無邪気に笑ってみせた。僕の手を取り、ふわりと笑って聞いた。








 はやとって呼んでも良い?と。









 続けて、自分のことも要で良いから、僕といつも一緒にいたい、と言った。






 僕は、あまりに予想外の言葉にらしくもなく固まった。流されるように頷いてしまう。






 次の日からはずっと、要が僕の家に訪ねてきて、僕を色んな遊びに誘った。要はいつも何をする時も全力だった。僕は幼稚園をやめた。要と遊ぶ方が楽しいからと母には言った。実際は、要という新たな観察対象が手に入ったから、幼稚園そのものは必要ないと考えた結果だった。





 要は出会った時から変わらず、表情を良く変えた。稀に僕の知らない遊びをしたり、ある時は自分で考えた遊びに僕を誘ったりすることもあった。僕はそれに付き合いながら、要を観察した。




 ころころと、僕にない感情を精一杯振る要は、いつだって僕の予想を裏切った。








 僕の興味は初めて、人間に移った。成瀬要という、一人の人間に。






 この人間のことをもっと知りたいと思った。もっと深く、もっと詳しく。







 僕達はいつも二人で過ごした。






 


 小学校に入ると、生き物殺しの頻度は増えていった。だけど、決定的に今までと違うことがあった。


 ある日僕は、殺したコオロギの足を地面に並べながら、要が死ぬ場面を想像した。









 交通事故で。







 何かの拍子に転落して。









 どこかで溺れて。

















 あるいは、誰かに殺されて。











 今まではそれは、自分より小さな虫に抱く妄想だった。実験だった。





 けれど、段々僕は、要が死ぬことを妄想するようになっていった。






 一番多かったのは、要の首を絞める妄想。両の手で要の首をぎゅう、と締める。バタバタと両手足を動かして激しく抵抗する。ゲボ、と要が苦しそうに顔を歪める。その顔が徐々に土色になっていく。美しいヘーゼルアイから光が消える。希望が消える。







 それを何度も何度も何度も想像し、見たいと思う自分は、やっぱり、化け物なのかもしれない、と思った。






 けれど、要は僕の妄想なんて知らない。だから毎日笑顔を浮かべて僕の元になってきては嬉しそうに話をした。僕の行動の一つ一つに一喜一憂する要の表情は毎日見ていても飽きないくらいくるくる変わった。










 要はいつも僕のそばにいた。










 僕が一番特別で、大事なんだ、といつも口癖のように言っては、颯斗はすごいなぁ、と本当に嬉しそうに言う。僕はそれを眺めて。まるで、映画でも見るように、俯瞰して、笑みを貼り付けて、ただそれだけを繰り返して。要が笑う。











 それが当たり前だった。









 当たり前に、なっていた。












 







 ガタン、と前方から音がした。




「ああ…颯斗君、来てくれたのね。要ちゃんのお見舞い、ありがとうね」



 ドアが開いて、要の母親が入ってくる。ベッド脇にいる僕を見て、おばさんは優しく笑った。しかし、目の下には化粧では隠せていないクマと疲労が現れていて、明らかに泣いたであろう目は充血していた。彼女はベッドの上で目を閉じる要を見て、辛そうに顔を歪めた。









 要が公園で刺されてから、2日が経った。






 刺したのは、最近この近辺で騒がれていた猫殺しと同じ犯人で、呆気なく逮捕された。男はどうやらそれほど遠くに逃げなかったらしい。当時は猟奇的犯行と思われていたが、捜査を進めたところ通り魔的犯行と断定された。男は職場でいじめに遭っており、毎日馬鹿にされるにつれて、『自分にも他人ができないような大それたことができる』ということを証明したくなったそうで、猫は人間を殺すための下準備だった。











 だが、そんなことはどうでも良かった。










 錯乱する頭で僕が呼んだ救急車で病院へと運ばれた要は、すぐに手術することになった。要の両親と僕の両親は顔を真っ青にして病院へと飛んできた。医師が深刻そうな顔で何かを言い、要の両親と、それから一緒に来ていた要の弟、棗が泣きそうな顔で廊下に立っていた。



 出血が多かった要は輸血をしながらの縫合手術を受けた。動脈は奇跡的に切れてはいなかったそうだが、傷がついておりそこからの出血が酷かったらしい。臓器関連は別条がなかったらしく、夜中に行われた手術は何とか無事に終わった。


 ところが、高熱がなかなか治らず、要は昨日までずっと集中治療室に入院していた。今日の明け方にやっと、熱が下がったため一般病棟に移り、面会謝絶が解けたばかりだ。






 僕は学校が終わってすぐに病院に向かった。昨日は警察の聴取などに追われ、学校ごと休んだ。



 学校側と警察側の配慮で要の個人情報は中学校以外は一切知らされなかった。要のクラスには密かに説明がされたようだが、その他のクラスには情報は回っていないようで、一年にも当然ながら被害者が誰なのか知る者はいない。考察はされているが、所詮は噂だ。真相を知るのは要のクラスメイトと先生、それに僕だけだろう。
 
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