俺を殺す君に!

馬酔木ビシア

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「あら、電話だわ……」






 バッグの中で鳴るくぐもった電子音に気がついたおばさんは、僕に申し訳なさそうにしながらここを任せてもいいかと尋ねた。僕は頷き、彼女は慌ただしく病室から出ていく。しん、と病室に沈黙が落ちた。




 そっと、要の手を握った。そこには、陽だまりのような笑顔はなく、ただ人形のように静かな横顔があるだけだった。目を閉じれば、こんなにすぐに思い浮かぶというのに。



 ぐらり、と要の体が傾いて地面に沈んだ時、僕は一瞬何が起こったのか理解できなかった。てんてんと雪の上に落ちては咲く赤い花。その花は、猫の死体に添えられていた時はあんなにも綺麗で感動的に見えたのに、今はまるでそれが異物のようにしか見えない。



 本来なら、要が死ぬところが見たい、と考えていた僕にとってそれは、まさに絶景と呼べる景色だった。常日頃から要がいつ、どこでどんな死に方をするのか想像しては、その光景を望む。想像の中で、何度も要を殺したし、当然、要が通り魔に刺される、なんて妄想もした。






 あれほど渇望した、念願のシーンなのに。







 なのに、僕は、途轍もない激情に襲われていた。 

 





 じわじわと地面に広がる赤を見て、まるで腹の中に重い石でも入っているかのように不快感がおさまらない。生き物が苦痛を感じている時に感じ
る、あのゾクゾクした興奮はない。あるのは、ただ、ヘドロのような気持ちの悪い違和感。






 
「よかっ、た……」





 


 僕が怪我をしていない、と知った要は血に塗れた唇で満足そうに微笑んだ。それを見ると、体がバラバラになりそうな感覚に陥る。つん、と鉄くさい匂いが鼻を刺激して、僕の中の誰かが我慢できずに叫んだ。






 

 違う、違う、と。




 



 これではない。








 僕が求めていた景色は、未来は、これじゃない。








 ぐにゃりと世界が歪む。力なく、諦めたようにゆっくり目を細める要の
笑みが霞む。抱き起こした要がくたりと頭を傾けて小さく息を吐いた。制服に、手に、血がつく。




 


 あゝ、ああ。


 



 そうだ、きっと、僕は。


 




 

 

 僕は、要を殺したかった。



 




 僕は、要に死んでほしかった。





















 けれど、















 僕は、要に死んで欲しくなかった。







 僕は、要を殺したくなかった。









 

 つ、と一筋、右目から水滴が伝う感覚がした。















 僕は。
















 僕は、要が欲しかったんだ。













 やっと、気がついた。








 要の全部が欲しかった。僕の知らない要が見たかった。最後に目に入るのが僕であってほしい。もっといろんな表情が見たい。僕だけが要の視界に入っていればいい。僕だけのことを考えてほしい。











 特別に、なりたかった、のだと思う。








 それは、世間的に言うなれば恋情というもので。好き、という、未知の感情。だが、しかし、僕はその感情を知らなくて。僕の持つ、要へのそれはとても、恋だとか、愛だとか、好きというような、綺麗なものではない。








 化け物の、執着。









 それは結局、獣が自ら仕留めた獲物に執着し、断じて離さないことと同じ。









 要が僕から離れていくくらいなら、僕は、きっと要を殺す。








 最後に僕を見て死ぬ。それだけで僕は満足する。死の間際まで、全てが消えるその瞬間まで、ずっと僕のことだけを考えて欲しい。僕だけを見てほしい。







 他人が要を殺すくらいなら、僕が誰よりも先に要を殺したい。








 まるで支離滅裂。行動と心理の牴牾。







 ざあざあと僕の心の中で波が渦を巻いた。それはまるで、ありったけの墨汁でもひっくり返したように黒くて、練り飴のような粘性があった。



 困惑、恋慕、思慕、親愛、後悔、悲しみ、怒り……僕の中で今まで死んでいたものがどんどん芽生えては形を失い、ぐちゃぐちゃになる。真っ黒になったそれらが、何もかもを蹂躙して僕の中で暴れている。それは、一度に膨大な量の感情が己を支配していることへの困惑か、状況把握ができなかった自分の危機管理能力のなさへの後悔か、要を僕以外が害したことへの怒りなのか、どんな状態でも要であれば愛しいと思える恋情なのか、はたまたその全てなのか。




 要が僕の方を向いて、安心させるように微笑んだ。大丈夫。要はきっと、そう言おうとしたのだろう。けれど、溢れるのは、いつもの溌剌な声ではなくて、ゴポリという嫌な音と真っ赤な血。







 要の綺麗なヘーゼルアイの中に映る僕は、これまでにないほど酷い顔をしていた。














 皮肉なことに、それが僕の中で、今までで一番、人間に近い顔に見えた。
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