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しおりを挟む「っ、もしもし棗か?」
俺が愛しの棗の声を聞き間違えることなんてないが、一応挨拶みたいなものとして言っておく。間を空けると気まずいので、俺はすうっと素早く息を吸った後、まるで言い訳を述べるみたいに一気に捲し立てた。
「ごめんな棗!!!!連絡くれたのに電話できなくて本当にごめんな!兄ちゃん昨日寝落ちして ……でもこれには深い理由ががあってな!?兄ちゃん昨日寮でルームメイトの奴ずっと待ってたんだけど、来なくてさ。それで待ってるうちに眠たくなって寝ちゃったんだよ……本当にごめん、約束守れなくて…」
ガバッとスマホ片手に土下座する勢いで頭を下げながら、前世でもこんなに焦って電話越しに謝罪したことあったっけ、なんてぐるぐる考える。我ながら言い訳臭いことこの上ないが、今の俺にはこれ以外の棗への償いなんてできないから仕方ない。せめて会えたらもっと色々できるんだけど……ううっ、こういうときこれだから寮生活は嫌なんだよぉお!!!
棗に嫌われたらどうしよう。この一件で棗に反抗期でも来て、電話はおろか、家に帰った時にテメェ誰だよクソ野郎死ねとか言われたら俺はもう生きていけない気がする。颯斗に殺されるより先に棗の反抗期で殺されるかもしれない。そんな最悪の未来がチラついて、俺はもはや半泣きになってきてしまった。やだやだやだ、棗に嫌われるなんて無理すぎる!!!!!
電話の向こうの棗はそんな俺の心情を察しているのかいないのか分からないけど、すごく静かに俺の言い訳をじっと聞いていたけど、やがてゆっくりと口を開いた。
「……兄ちゃん」
俺はスマホ片手にビクリと肩を震わせる。棗が兄ちゃん呼びの時はよっぽど真剣な時か、極端に機嫌が悪い時だ。そして今回は、間違いなく後者である。
電話越しに生気の無い棗の声が耳に届いた。
「おれ、昨日ずっと待ってたんだよ」
「……うん、ほんっとに、ごめん。待ってくれてたんだよな、兄ちゃんのために」
「おれ、すっごく楽しみしてたのに、返事来ないから、もしかして何かあったのかって思って……もしかして、おれ、もう要兄には必要ないのかなとか、おれ、いらなくなったのかなって」
「っ!?!?違う、そんなわけない!!俺はずっとずっと棗が一番大事で、棗のこと世界一大事に思ってるよ!!」
思わず大きな声が出てしまう。棗の暗い声音を遮るように、掻き消すように必死になって訴える。俺のせいでマイエンジェル棗が、すっごく傷ついて不安になってる。それだけで狂いそうなほど胸が痛くなって仕方ない。いよいよ浮気疑われた彼氏みたいなセリフになっているが、これも多分仕方ない。
「……本当?要兄は、おれのこと捨てたりしない?ずっと大好き?」
「あったりまえだろ?俺は棗のお兄ちゃんなんだから。むしろ、棗に捨てられたらって不安なのは俺の方だよ。兄ちゃん、棗に嫌われたら生きていけなくなりそうだからさ」
いやホント、割と本気で。
泣きそうな声音で聞いてくる棗に俺は宥め口調で言いながら苦笑する。棗は俺のだいっじな家族で、世界一、いや宇宙一可愛い弟だからな。愛するのは当たり前だし、捨てるなんて以ての外である。仮にそんなこと言う奴が現れたとしたらそいつはすぐに処したほうがいい。ってか俺が処す。
「まぁもちろん、棗が俺を必要としなくなっても、俺はずっと棗が大切な気持ちは変わらないし、生涯ずっと大切に思うよ。俺は棗が大事だから、棗の意思を尊重する」
多分そんな日が来たら俺1週間くらい号泣するけどね。俺の天使が離れていくって考えるだけで泣けてくるもん。でもきっと反抗期も成長の一つ…だと思えば、俺も何とか立ち直れる、気がする。
しばらく電話の向こう側が静かになって、少しだけ空気が震えたような気がした。やがて棗が沈黙を破って、小さくホッとしたように吐き出した。
「………ありがと、要兄。おれ、おれもね、要兄が一番大事。大好き」
「~ッ、俺の弟は可愛いなもう!!!!!」
はにかんだような大好きにスマホをベッドに放り投げそうなほど悶絶する。ねぇ聞いた??大好きだって!!!大好き!!!もおおおお、俺の方が大好きだっつーの!!!!!俺の弟宇宙一。
「要兄もおれのこと大好き?」
「うん、うん!大好きじゃ足りないくらい大好きだよ!愛してる!!!」
「……じゃあさ、おれのお願い、聞いてくれる?」
「聞く聞く!!!何でも言っていいぞ!!」
この時俺の頭の中は『#棗 #大好き #最高』で溢れていたので、ハイになってスラスラ言葉が出る。これあれだ、なんかドーパミンみたいな脳内麻薬出てるわ。いや、棗パワーか?どっちにしてもめちゃくちゃ幸せ。んへへ、棗が俺に大好きって言ってくれてお願いまでしてくれるなんて……電話してよかったー!
この兄にまっかせなさーい!!!と胸を張ってみせる。すると、程なくしてこちらに甘えるような声が電話口から漏れた。
「あのね、……今要兄、部屋に一人なんだよね?だったら、おれ、今度から要兄とビデオ通話したい!!顔見たいし、あと要兄がどんな寮にいるのか見たくて……さすがにダメ?」
「なんだ、そんなこと?全然いいぞ!!!次電話するときは俺の部屋写すわ」
「ほんと!!やったぁ、約束ね!!」
はしゃぐ様子に俺は密かに安堵した。よかった、俺の天使はすっかり機嫌を直したらしい。俺の顔見たいからビデオ通話したいだなんて、なんて可愛いんだろうな俺の弟。可愛すぎて表彰されるレベル。この弟が可愛い2024受賞だわ。
「要兄ありがと、愛してる!!!おやすみ!!」
「おう、俺も愛してるぞ!!おやすみ、お腹冷やさないようにして寝るんだぞ」
元気一杯の明るい返事を最後にプツ、と通話が切れる。ちょっと寂しいな、と静かになった携帯を見ながら思う。棗とは電話しかできないから、終わっちゃうとやっぱり喪失感みたいなのが出てしまう。同室の人がいないと気は遣わなくていいのかもしれないけど、やっぱちょっと寂しいな。
………いやいや、しっかりしろ俺!!明日も学校なんだから、こう言う日はさっさと飯食って風呂入って寝るに限る!!!
よし、飯の前にめんどくさい風呂から攻略しよ。
♦︎♦︎♦︎
「お母さん、スマホありがと!!」
「はいはーい!あ、棗ちゃん、お兄ちゃんは元気って言ってたかしら?」
「うん、元気だって」
それはよかったわぁ、と心から安堵した様子に母親を横目に、棗はトントンと階段を駆け上がりながらほくそ笑んだ。脳裏に浮かぶのは、先ほどの兄とのやりとり。
「ふふふ……要兄可愛い、おれがちょっと機嫌悪いフリしたらあんなに慌てちゃって」
自分を怒らせたかもしれないと必死の様子で電話口で謝ったり、こちらの機嫌をとるような愛の言葉を言ったりするのを聞くのは本当に楽しくて、ずっと口元が緩んで仕方なかった。何より、兄が、自分がいないと不安になるということを言ったのが一番嬉しくて、棗は部屋で笑いながら独り言を呟いた。
「要兄も、おれがいなきゃダメなんだって…んひひ、要兄は俺が必要なんだ」
本当は、昨日兄が電話をしなかったことをそこまで怒っている訳ではない。電話をしたいと言い出したのも『できたらいいな』くらいの軽いものであった。別に何か特別用事があったわけではない。
けれど、返信が来ない間にふと思いついてしまったので、つい急に方向を変えて怒っているフリをすることにしたのである。
棗は要の通う高校のことをよく知らないが、遠いことと全寮制であることは理解している。つまり、長期休暇以外は兄に中々会えない、という事実については、深く気にしているのである。
おれが知らない間に、また要兄に変な虫がついてたらどうしよ。
自分が知らない間に、というのが、棗は一番嫌だった。一番の宿敵、漣颯斗と兄の距離が離れたのはとても喜ばしいのだが…また鈴木太郎とかいう奴と仲良くなった時みたいに学校で得体の知れない人間が兄についたのではと思うと虫唾が走る。
だから、要の交友関係、寮での生活を少しでも把握しようと要に週一回ビデオ通話がしたいと言おうとしたのだが……
「ふふっ、要兄ってばチョロいなぁ。こんなにうまくいくなんて」
棗はとろりと目を細めて写真立ての縁を指でなぞりながら唇を舐める。まずは簡単に、ちょっとずつ。
「次はなんて言おうかな……あーあ、いつかマイクとかつけて、盗聴とかできたらいーのに」
心底残念そうな声が、静かな部屋に落ちる。
こうして、当の本人は寮で鼻歌を歌いながら風呂に入っている間にも着々と弟がとんでもない激重感情を育てていることなど知らずに、今日もまた、厄介事の火種が増えるのであった。
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