笑わない風紀委員長

馬酔木ビシア

文字の大きさ
125 / 128

しおりを挟む




「はわわわ……あっ、ど、どうぞ!!」


「ありがとう」



指定されたのは、東側にある温室だった。ここの温室は制裁が行われやすいという特徴があるせいで一般生徒はあまり寄り付かないのだが……それを知っていてここを選んだのだろうか。そう思って聞いてみると親衛隊に教えてもらったという答えが返ってきた。まあ、人目の少ないところと言えばここだろうからゆっくり話せるところには違いないのだが。それに、ここは制裁が行われるという難点はあるがそれを除けばよく手入れされた美しい場所だ。実は俺も見回りで来る時は結構鑑賞を楽しんでいたりする。


鉄製で西洋のデザインになっている椅子とテーブルに勧められるまま腰掛けると、対面の藍野がそわそわした。緊張しているらしい。俺はその様子に軽く目を眇める。


体育祭で盛大に顔を晒して以来、藍野は今までの非常識ぶりが嘘のように大人しくなりすっかり変装もやめた。今も蜂蜜のようにキラキラした髪の毛を惜しげもなく見せている。相変わらずぱっちりとした目の可愛らしい美形だった。

そのおかげか藍野に仕掛けられていた制裁の数々はぴたりと止み、速攻で藍野の親衛隊ができてしまう程生徒達の間で藍野の評価は大きく上がった。まだ一部では藍野を疑う者もいるようだが、それも時間が解決するだろう。親衛隊に過剰防衛をした件もきちんと本人達に謝り、今ではすっかり普通の生徒のように分け隔てなくみんなと話しているので、多分藍野に本気で恋する者も増えるのではないだろうか。


ちなみに、俺の危惧していた彼への強姦被害だが、予想通り発生し始めている。ただし、藍野本人が途轍もなく強かったので今のところ実害はないそうだ。いつ駆け付けても気絶したガタイの良い男に出会うと亘が言っていたな。

しかしいつも返り討ちにできるとは限らないため、風紀委員会は藍野を保護下に置いて連絡が取れるように警備を強化した。今後どうするか方策を立てなければな……。



「あっ!そうだ、あのこれ、俺の親衛隊の人が用意してくれたんですけど……」



その声で意識を引き戻される。しまった、つい仕事のことを考えてしまった。仕事に関することを頭から追い出し慌てて藍野に目を向けると、藍野は丸テーブル上に並べられたティーセットに触れ、俺に紅茶の入ったカップとクッキーを差し出して来た。俺は目を瞬き、少し笑ってカップを手に取る。


「ありがとう、遠慮なくいただく」


が、そこで手を止めた。この紅茶、今淹れてくれたようでとても熱そうだった。熱いのは少し苦手だ。これはちょっと飲めな──



……………。



カップを傾けて紅茶を飲んだ。
 



「っ、ぅ……」




……熱い。舌がヒリヒリする。


カップをソーサーに戻そうとしたが、藍野があまりにもわくわくとした期待の目で見てくるため、俺は腹を決めて紅茶を飲んだ。当たり前だが熱い。何故みんな平気そうにこれが飲めるんだろうな。熱い方が美味しいなんてちょっと理解できない。


「っどうえぅえ!?!?ああの、まずかったですかっ!?」


熱さから思わず涙目になってしまい、それを見た藍野があたふたし始める。テーブルから乗り出してこちらにやって来そうな勢いだったので、片手で制しながら熱さがすぎるのを待った。


「……っ、ふぅ……いや、紅茶は美味しい。ただ俺にはちょっと熱かった」


「へっ………ね、猫舌?そのクールビューティーなご尊顔で?何もかも涼しげに流しそうなそのお顔で?え、無理むり可愛すぎ推せる尊いの限界突破」


呆然とした顔の藍野が立て続けに何かを言ったが早すぎて全く聞き取れなかった。後輩の前でこんな失態は恥ずかしすぎる。だがあれは飲まないと駄目な雰囲気だっただろう……。


羞恥心と気まずさに耐えきれなくなり、俺は空気を変えようと話題を振った。


「んんっ、そう言えば、膝の怪我はもう完治したようだな」


来た時に真っ先に膝に目をやったら跡が残っているくらいで傷はほぼ治っていた。そのことを指摘すると藍野はピンっと背筋を伸ばして威勢よく答える。


「あっはい!!おかげさまでもうすっかりです!!!」


テーブルの下から足を持ち上げて動かす藍野に苦笑しながら、簡単に学園生活について聞いてみた。



「あれからどうだ?困ったことにはなっていないか?」


「あー……襲われたりとかは前より少なくなりました!!まあ、やられてもぶっ潰してんですけど」



頬を掻きながらそう言う藍野は目が笑っていなくて黒いオーラが滲み出ていた。その様子を見ているとこちらの心配なんて杞憂かもしれないと思ってしまうな…。


「そ、そうか。だが念のため警戒は緩めない方が良いな。奴らはたまに思いもよらない方法で反撃してくる」


強姦を始めとした非行に走る生徒と言うのは時々まともな思考を持ち合わせていないことがある。ナイフなどの凶器で反撃してくることはざらにあり、悪質な場合は数人がかりで襲って違法な薬や睡眠剤、媚薬などを用いて相手の自由を奪ってくる。その場合は流石に凶悪なので即刻退学処分だ。



「はあ……俺はタチだって言ってんのにあいつら……じゃなくて、えっと、とりあえずは俺は大丈夫なんで!!安心してください!」



まあ、その言葉はあながち間違っていないだろう。都島も藍野はかなり強いと言っていたし、確か資料では中学時代はかなりヤンチャな連中と連んでいたようだから。今はもう縁を切って清算したようだが。


「あ、でもまあ、困ってるといえば別のことでは困ってるかもしれないです……」


「……なんだ?」



眉間に皺を寄せて渋い顔をした藍野は余程苦悩しているのか空中を睨んだ。



「あの頭おかしい人たち……生徒会の人たちが全っ然離れてくれないんですよ……」



あ、なるほど。察した。


悟って生温かい目をしていると、藍野はテーブルに突っ伏した。恨み言が漏れ聞こえてくる。



「俺もう色々言いたい放題言ってこれで好感度下がったと思ってたら、なんか余計くっついてき始めて……特に副会長が。俺タチ宣言したのにあの人諦めるどころか、『じゅっ、純が望むなら私は下でも良いですよ!!』とか言い始めるんですもう意味わかんねぇ……」


「あー……」



樋口が言いそうなことだな。俺にはあんなに取り付く島もない感じなのに藍野との態度の差がもういっそ微笑ましいくらいだ。一途ってすごい。

しかし当事者はそんなお気楽に考えられないのだろう、疲弊し切った様子で机に頬を押し付けている。そこでふと疑問が湧いた。



「君は、外部生だが随分とこの学園に染まっているんだな」



普通、この学園に外部から来た生徒は元々そういう気がないと慣れるのに一年くらいかかるものだが、藍野は結構順応が早いように思える。俺でさえここに入ったばかりの頃は少し引き気味だったくらいだ。まあ、響と出会って説明を受けているうちにそういうものかと受け入れてしまったが。


「あ~…え、っと……確かにそうかもしれません。俺、前も男子校だったしなんか男だけの空間って慣れてるんですよね。流石にこんなに男色に染まってはなかったんですけど……初恋の人は女の人だったし。でもまあ、俺自身がそういうの偏見ないし、好きになったら性別とかは気にしないですかね」


俺と近しい思考の持ち主らしい。柔軟で囚われない良い考え方だな。



「素晴らしい考え方だな…俺もこの学園の生徒の趣向には何かを言うつもりはない。人の愛の形はそれぞれだからな」



ただし、それは自分が当事者になる場合を除いて言えることだが。


そう続けると空気が重くなった。藍野と俺は少し似ているかもしれない。



「副会長が嫌いというわけではないのか?」


「いや、まあ……嫌いではないですけど、恋愛となるとまたちょっと…」


「他の役員のことは?」


「……知り合いっていう関係性なら良いんですけど。あ、でも会長だけは一生無理です」



今の俺にはその名は少し気が滅入るものだったが、顔には出さず藍野に頷く。なかなか嫌われているようでなんだか亘を連想してしまった。亘もかなり西連寺を嫌っている。最近では俺が西連寺と何かあったことを勘付かれているようで西連寺の存在を察知する度に雰囲気が凍えるほど冷たい。


だが、そうか、西連寺のことは嫌いなのか……。




「……では、俺のことも嫌いだったりするか?」




俺は風紀委員として然るべき処罰、対処をしたに過ぎないが藍野の中では実は嫌われているのではないかと思っていた。あの告白も演技だっただろうしな。


ちらりと見ながら何気なく聞くと、ちょうど紅茶を飲んでいた藍野は盛大に横に吹いた。



「ぶーーーーーっ!!!!」



正面にいる俺に吹かなかったのは俺への配慮だろうかと思いつつハンカチを渡す。タイミングが悪かったか、と反省した。



「ンゲホッゲホゲホ……何今の俺じゃなかったら昇天してたぁあっぶねぇ……ぁ、いやいや良いですそんな綺麗なハンカチ…」


「別に構わない。飲んでいる時に聞いた俺が悪かったから」


「はいすこ無理無理男前すぎる……っっとぉ、違う違う違うだろ藍野純っ!!あ、あのじゃあ、絶対洗濯して返すので!!」


「ああ、悪いな」



所々聞こえない高速の発言は何なのだろうか。気になるが聞いてはいけない空気なのでやめておこう。


俺のハンカチで口元を拭った藍野は見たことがないほど真面目な顔をして膝の上に手を置いた。



「全然、嫌いじゃないです!むしろ結婚を前提に結婚してほしいです!!……あ」



勢いよく言い切った藍野は言ってしまってからまずいと思ったのか、すっかり固まって動かなくなった。結婚を前提に結婚……プロポーズをされたようだが、交際は無いんだな。なんて的外れなことを思いながら藍野の復活を待つ。



「っっは!!!!うわー!うわああああ!俺の馬鹿ぁっ!!」



この世の終わりのような顔で悲鳴を上げる藍野は、多分ちょっと間違えただけだろう。俺のような奴にプロポーズするなんてそりゃあ後悔してしまうだろうな。


気遣って俺は藍野に言葉を掛けた。



「大丈夫だ、何も聞いていない」




「………それはそれでめちゃ複雑」





がっくりと項垂れる藍野がおかしくてつい笑みが溢れる。ここにくる前にあった頭痛は、いつの間にか消えていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

分厚いメガネ令息の非日常

餅粉
BL
「こいつは俺の女だ。手を出したらどうなるかわかるよな」 「シノ様……素敵!」 おかしい。おかしすぎる!恥ずかしくないのか?高位貴族が平民の女学生に俺の女ってしかもお前は婚約者いるだろうが!! その女学生の周りにはお慕いしているであろう貴族数名が立っていた。 「ジュリーが一番素敵だよ」 「そうだよ!ジュリーが一番可愛いし美人だし素敵だよ!!」 「……うん。ジュリーの方が…素敵」 ほんと何この状況、怖い!怖いすぎるぞ!あと妙にキモい 「先輩、私もおかしいと思います」 「だよな!」 これは真面目に学生生活を送ろうとする俺の日常のお話

牙を以て牙を制す

makase
BL
王位継承権すら持てず、孤独に生きてきた王子は、ある日兄の罪を擦り付けられ、異国に貢物として献上されてしまう。ところが受け取りを拒否され、下働きを始めることに。一方、日夜執務に追われていた一人の男はは、夜食を求め食堂へと足を運んでいた――

自分勝手な恋

すずかけあおい
BL
高校の卒業式後に幼馴染の拓斗から告白された。 拓斗への感情が恋愛感情かどうか迷った俺は拓斗を振った。 時が過ぎ、気まぐれで会いに行くと、拓斗には恋人ができていた。 馬鹿な俺は今更自覚する。 拓斗が好きだ、と――。

灰かぶり君

渡里あずま
BL
谷出灰(たに いずりは)十六歳。平凡だが、職業(ケータイ小説家)はちょっと非凡(本人談)。 お嬢様学校でのガールズライフを書いていた彼だったがある日、担当から「次は王道学園物(BL)ね♪」と無茶振りされてしまう。 「出灰君は安心して、王道君を主人公にした王道学園物を書いてちょうだい!」 「……禿げる」 テンション低め(脳内ではお喋り)な主人公の運命はいかに? ※重複投稿作品※

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

王様の恋

うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」 突然王に言われた一言。 王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。 ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。 ※エセ王国 ※エセファンタジー ※惚れ薬 ※異世界トリップ表現が少しあります

腐男子ですが何か?

みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。 ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。 そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。 幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。 そしてついに高校入試の試験。 見事特待生と首席をもぎとったのだ。 「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ! って。え? 首席って…めっちゃ目立つくねぇ?! やっちまったぁ!!」 この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。

風紀委員長様は王道転校生がお嫌い

八(八月八)
BL
※11/12 10話後半を加筆しました。  11/21 登場人物まとめを追加しました。 【第7回BL小説大賞エントリー中】 山奥にある全寮制の名門男子校鶯実学園。 この学園では、各委員会の委員長副委員長と、生徒会執行部が『役付』と呼ばれる特権を持っていた。 東海林幹春は、そんな鶯実学園の風紀委員長。 風紀委員長の名に恥じぬ様、真面目実直に、髪は七三、黒縁メガネも掛けて職務に当たっていた。 しかしある日、突如として彼の生活を脅かす転入生が現われる。 ボサボサ頭に大きなメガネ、ブカブカの制服に身を包んだ転校生は、元はシングルマザーの田舎育ち。母の再婚により理事長の親戚となり、この学園に編入してきたものの、学園の特殊な環境に慣れず、あくまでも庶民感覚で突き進もうとする。 おまけにその転校生に、生徒会執行部の面々はメロメロに!? そんな転校生がとにかく気に入らない幹春。 何を隠そう、彼こそが、中学まで、転校生を凌ぐ超極貧ド田舎生活をしてきていたから! ※11/12に10話加筆しています。

処理中です...