ダンジョン経営から始める魔王討伐のすゝめ 追放された転生ダンジョンマスターが影から行う人類救済

勇者がダンジョンにやってくる！

マーカス・テルフォードは反省会がしたい １

　多くの人達で賑わっている酒場の中を、妙齢の女性が忙しそうに駆け回っている。
　彼女は木で出来た大きな杯を両手に複数ずつ抱えると、それを次々にテーブルへと置いて回っていた。
　彼女からそれを受け取った男達は、人肌とさほど変わらない温度となっているそれを、一気に飲み干しては気持ち良さそうにテーブルへと叩きつけている。

「っくっはぁ～！やっぱ仕事終りにはこれだよなぁ！」
「はははっ、違いねぇ！おい、おかわりを頼む！エールを二つな！」
「はいはい」

　彼らの追加注文に給仕の女性は僅かにうんざりした顔をみせながらも、はいはいとそれを受け付けては別の場所へと駆けてゆく。
　そんな賑やかな酒場に、似つかわしくない少女と若い男性がテーブルに向き合い、それぞれに暗い表情をその顔に浮かべていた。

「おばちゃーん、ボクにもそれ頂戴ー！」

　いや、暗い顔をしていたのは若い神官風の男性、マーカスだけであった。
　彼の前に座っていた小柄で赤い髪の少女、リタはその椅子から身体を持ち上げると、片手を掲げて給仕の女性へと注文を叫んでいる。
　その表情にはマーカスのような暗さは欠片ほども見受けられず、寧ろそわそわと身体を揺すっては物珍しそうに周りを頻りに窺っているようだった。

「だ、駄目ですよリタ！貴方はまだ、子供なんですから！」
「えー、いいじゃん別にー！儀式の時には、ちょっとお酒飲んだりしたよ？」
「あ、あれはいいんです！そういうものですから・・・」

　明らかにまだ子供であるリタがお酒を注文した事に慌てるマーカスは、焦った口調でそれを注意する。
　しかし彼女は彼らの手によって洗礼を施された時の話を持ち出して、それを正当化しようとしていた。
　彼らの宗教には、その日落ちた花弁にお酒を入れて飲ませる儀式が存在する。
　その時の事を持ち出して反論してくるリタに、マーカスは僅かに言葉を詰まらせながらも、それとこれとは話が違うと強引に押し切ってしまっていた。

「あ、すみませんさっきの注文は取り消しで。それと・・・あのソーセージの盛り合わせというのをお願いします」
「注文の取り消しかい？全く面倒な事を・・・あぁ、なるほどね」

　リタが勝手に注文した品物のキャンセルを告げたマーカスは、店内に掲示されているメニューへと視線を向けると、その中から手頃な品を注文していた。
　一度受けた注文を取り消すという、面倒臭い作業のために呼び止められたためか、若干不機嫌な様子な給仕はしかし、リタへと目を向けると納得の表情を浮かべている。

「それで、飲み物は？」
「あぁ、そうですね・・・アルコールの入ってないものはありますか？」
「えぇー、お酒がいいー！せっかく酒場に来たんだから、お酒飲みたーい！」

　こういったお店はやはり、料理よりもお酒によって利益を出しているのだろう。
　暗にお前がお酒を注文しろと催促している給仕に対して、マーカスはリタの方へと目を向けては、アルコールの入っていないものについて彼女に尋ねていた。
　彼の言葉にリタはせっかく酒場に来たのだからお酒が飲みたいと、手足をばたつかせて駄々を捏ねていたが、それを気にする者はここには存在しなかった。

「ミルクぐらいかね・・・あぁ、そうだ。葡萄ジュースのいいのが、最近入荷したね」
「じゃあ、それをお願いします。あ、二人分で」
「はいよ」

　結局お酒を頼もうとしないマーカスに、僅かに眉を吊り上げた給仕の女性も、彼の注文に答えるべくアルコールの入っていない飲み物について思いを巡らせていた。
　彼女はその過程で最近入荷したばかりの葡萄ジュースについて思い出し、それを聞いたマーカスも渡りに船とそれを頼んでいる。
　注文を受け、お酒に満たされた複数の杯を持ちながら去っていく給仕の女性に、残されたのは自分の意見が無視された事で、不満に頬を膨らませているリタだけであった。