Filthyー 潔癖症なのでセックスはできません

小鷹りく

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鼻をすする音が何度か聞こえて、ゆっくりと目を開けた。

見たことのある天井をぼんやりと眺めていると、また鼻をスンと鳴らす音が横から聞こえる。

首を動かすと膝を抱えて蹲る爽太がいた。

「……爽太」

嘔吐したせいか、胸がムカムカする。体調はあまり良くなさそうだ。でもここが爽太の家だと分かると安心できた。

「めぐちゃん!」

爽太は涙目で恵を覗き込んだ。大きな体に不似合な情けない顔。知らずそっと腕が伸びていた。指で爽太の頬に触れる。

「何泣いてんだよ」

「ごめん、めぐちゃん。俺が守らなきゃいけないのに」

「なんでお前に守られなきゃいけないんだよ」

「ごめん」

大の大人が、幼なじみに守られないといけないなんて情けない。そんなにヤワじゃない。ただ気持ち悪かっただけだ。それだけ。

「大丈夫だよ。何もされてねーし」

「結果論を言ってるんじゃない。襲われて怖かったでしょ」

小さい頃拉致されそうになった時のことを思い出した。それは間違いない。だけど葉月は、会社の先輩で、いい人で、自分が大げさに拒絶反応を示しただけだと思う。吐いて気絶するなんて、大げさにも程がある。これだから潔癖症は手に負えない。

「別に何ともなかったんだから、いいよ」

「いいわけない! だって、手が震えてるじゃないか」

爽太は小刻みに震えている恵の手を握る。恵はまだ自分が怯えている事実を知った。

「これはただ、びっくりしただけで……」 

自分に言い聞かせるような言い訳を口にしたが、体は正直だ。

怖かっ た事を認めるのは簡単だけど、認めたくない。なんだか過去に負けた気がする。前に進みたい。過去に囚われて、怯えて暮らして、人生を棒に振りたくない。今回の葉月の件だって、普通に振り払ってやめてくださいって言えたら、なんてことはない話なのに。

怖かったけど、何より普通に振る舞えない自分が情けない。知らず恵の目から涙がこぼれて、爽太は怒りに肩を震わせた。

「あいつ、ぶっ殺してやる!」

「やめろ。葉月さんは悪い人じゃない……」

「めぐちゃんを襲ったんだよ! なんでかばうんだよ!」

 葉月に裏切られたような、嵌められたような、苦しい気持ち。でもこれまでの葉月の行動が、全部この時のためだとは思えない。仕事を丁寧に教えてくれた。いつもフォローをしてくれる。指導も的確で、厭味なんて言われたこともない。いつも優しかった。様子がおかしくなったのは……こいつが来てからだ。

 恵は手で顔を覆った。

「爽太。お前なんで葉月さん家知ってたの」

「碧から電話があって、あいつが家に来たって聞いたから、会社で家の情報調べて……」

「バカか……会社の個人情報を……」

「後悔してない。俺が来なきゃ、めぐちゃん今頃どうなってたか! あいつ、会社辞めさせてやる!」

 悔しそうにギリッと奥歯を噛んで、爽太は床の上の恵に覆いかぶさり抱きしめた。

「なんともなかったんだ。何も言うな。人の人生めちゃくちゃにしたくない」

「なんであんな奴をかばうんだ」

 爽太の匂いが覆いかぶさって、恵は安堵した。葉月に襲われたのは完全に想定外だった。葉月は誰にだって優しいし、誰にでも距離が近い。だから自分がそういう対象にされているなんてつゆとも思わなかった。

 あんなにクールで冷静な葉月が襲うなんて、よほど自分のことを好きでいてくれたのかもしれない。気持ちには応えられないけど、恩義はある。

これから、どうすればいいんだろう。営業のペアは絶対ではないが、会社での成績がトップだから、今ペアを解消するのは極めて不自然だ。でもこれまで通りに何もなかったフリをして、仕事をしていけるのかと訊かれると不安がよぎる。

「月曜から、どうしようかな……」

「決まってるだろ! 速攻ペア解消! 俺が代わりに営業に入る」

「単細胞。お前いつからそんな馬鹿になったんだよ。営業はそんな簡単なものじゃない」

「めぐちゃんのためならなんだって出来る」

 そう言って、爽太は恵に口を寄せた。恵は反射的に爽太の顎を押しのける。

「めぐちゃん……好きだ。誰にも触らせたくない。俺の物になって? 俺、仕事もちゃんとしてるし、カレーも作れるようになった。めぐちゃんにもう迷惑かけない。ずっとそばで守りたい。だからお願い、俺と一緒に居て?」

 爽太は子犬が懇願するように恵を見た。

「長い間引きこもってたのに、偉い成長ぶりだな……」

 仕事なんてしたくないと、スーツに腕さえ通さなかった面接の日はそんな遠い昔ではない。こんなにすぐに立ち直ってくれるなら、もっと早く葉月さんに狙われたらよかったのではないかと思うほど、爽太はしっかりしていた。

「人って変わるんだな……爽太は本来はできる奴だもんな」

「そうだよ。俺はめぐちゃんのためなら何でもできる人間なんだ」

「もうちょい早めにそうなってほしかったけど、まぁ頑張ったよな、爽太。偉い」

「……めぐちゃん!」

 爽太は恵の危機に必ず現れた。変態に襲われた時も、学生の時も、そして今回も。引きこもっていたけれど、どう転んでもヒーローだった。

「爽太……」

 恵は両腕を伸ばし、爽太を下から抱きしめた。初めて抱擁を求められた爽太は震えながら強く恵を抱きしめた。

「めぐちゃん、めぐちゃん……好きだ……絶対俺が守る……」

「バーカ」

 恵は目を瞑り、爽太はキスをしようとした。そして唇が触れた瞬間、恵はまた吐いた。

 胃の中に残っていたものがコポリと出て来て咳き込む。

「大丈夫だよ」

 狼狽することなく、爽太は吐瀉物を拭い、綺麗にした。

「ごめん」
 
 恵は膝を折り曲げ、目を閉じ、そのまま眠った。

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