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3回目の料理教室は仕事が立て込んで間が空いてしまい、1週間が経とうとしていた。1週間の約束だったから、今回で料理教室は終わりだ。ジャガイモをむきながら葉月はぼやいた。
「なんか終わっちゃうの残念だけど、ずっとズルズル引きずるわけにもいかないよね」
「俺、楽しかったっす。葉月さん、手際いいし、ほとんど教える事なんてなかったけど」
あっさりと終わりを肯定されて、葉月は下唇を少し噛んだ。
「荻野のお陰で随分上手になったと思うよ。ありがとう。これからは時間が許せば自炊しようと思う。母親が見に来ても手料理食べさせてあげられるし、一安心だ」
「お役に立てたなら良かったっす」
「立った、立った」
笑いながら葉月は恵に言われた通りに調理を進めた。週末なので、お酒を飲みながら作った料理を食べる。
「美味しいー。葉月さん、もう無敵ですね」
「なんで無敵?」
なんの警戒心も持たれず、時間が過ぎようとしていることに、いささかの腹立たしさが生まれる。
「だって顔いいし、背高いし、頭いいし、仕事もできて、優しいし」
「めちゃ褒めるね」
「ほんとの事ですよ」
「なら、僕でもいい?」
「え?」
葉月は箸を置いて、いきなり恵の手を握った。恵は咄嗟に葉月の手を振り払う。三回の料理教室の間、葉月は恵の頭を撫でた。それ以外に接触はなかった。 恵は安心していた。
「萩野の事好きだ」
「え?」
恵は椅子を引いて立ち上がった。葉月も立ち上がり、逃げる恵の体を後ろから抱きしめた。
「萩野、聞いて。僕、萩野の事好きなんだ」
根耳に水だと恵は抱きしめられたまま固まった。尊敬する仕事の先輩だし、突き飛ばすわけには行かない。だけど自分を好きって、こういう好きなのだと思うと恐怖心が背中を走った。
「いつも仕事一緒にしてて、荻野いいなぁって思ってた。一生懸命で、熱量持って、真剣に取り組んでて。そういう姿勢も好きだし、こうやって料理を教えてくれて……。僕の事、嫌いじゃないだろ?」
嫌いじゃないが、こういう意味で好きではない。そう言いたいのに、何故か体が強張って言葉が出なかった。
手が震えていた。黙っていることを肯定の意味に捉えたのか、葉月は性急に恵のシャツの下に手を入れた。
「ヒッ」
フラッシュバックが起きる。無理やり抑え込まれて連れ去られそうになった車の中。ここは葉月の家で、清潔だけれど、触られるという事自体がダメだった。
胸から何かがこみ上げて、背中から抱きしめられているのに恵は立ったまま嘔吐した。
ボタボタとさっき食べていたものが床に落ちる。
「これで二回目だよ。そんなに嫌だった?」
嘔吐したことにさほど驚きもなく、葉月は抱きしめた腕を緩めない。
「離して……」
「僕なら大丈夫だよ。ね、このままでいい。荻野の潔癖症、僕が治してあげるよ」
そう言って恵のボタンを後ろから外しにかかった。
信じられないと恵は振り返った。だが恐ろしい程据わった目をした葉月を見ると、動けなかった。
「そう、いい子だね。大丈夫。僕は清潔で、毎日体を洗っているし、酷い事はしない。気持ちいい事だけしてあげる。そうしている間に、汚いなんて感覚、薄らいでいくよ。ほら、免疫療法ってやつ。アレルギー体質の人には、アレルギー物質を少しずつ摂取させて、免疫を構築していって治すんだ。それと一緒。少しずつ慣れていってると思おわない? この前は頭を触れた」
恵には葉月がやろうとしている事がよく分からなかった。言ってることも意味が分からない。
潔癖症になったのは、無理やり嫌なことをされたからだ。葉月の事は嫌いじゃない。嫌いではないが、体の自由を奪われて、厭らしい事をされそうになっているこの状況は、耐えられるものではない。
「や、やめてください、ほんとに、ヤバぃ……」
気が遠くなる。気絶する。もし今気絶したら何をされるか分からない。実際シャツのボタンは既に最後の方まで外されてしまっている。男同士で何をするかは、悲しいかな弟たちの情事を見てしまって知った。自分がそうされるのだと思うと情けないし、怖いのに……。
意識を手放す直前に、バーンと大きな音が鳴った。
「めぐちゃん! めぐちゃん! こんの野郎ー!」
心配する聞きなれた声。ガツッと骨がぶつかる音がして、恵は目を閉じた。
「なんか終わっちゃうの残念だけど、ずっとズルズル引きずるわけにもいかないよね」
「俺、楽しかったっす。葉月さん、手際いいし、ほとんど教える事なんてなかったけど」
あっさりと終わりを肯定されて、葉月は下唇を少し噛んだ。
「荻野のお陰で随分上手になったと思うよ。ありがとう。これからは時間が許せば自炊しようと思う。母親が見に来ても手料理食べさせてあげられるし、一安心だ」
「お役に立てたなら良かったっす」
「立った、立った」
笑いながら葉月は恵に言われた通りに調理を進めた。週末なので、お酒を飲みながら作った料理を食べる。
「美味しいー。葉月さん、もう無敵ですね」
「なんで無敵?」
なんの警戒心も持たれず、時間が過ぎようとしていることに、いささかの腹立たしさが生まれる。
「だって顔いいし、背高いし、頭いいし、仕事もできて、優しいし」
「めちゃ褒めるね」
「ほんとの事ですよ」
「なら、僕でもいい?」
「え?」
葉月は箸を置いて、いきなり恵の手を握った。恵は咄嗟に葉月の手を振り払う。三回の料理教室の間、葉月は恵の頭を撫でた。それ以外に接触はなかった。 恵は安心していた。
「萩野の事好きだ」
「え?」
恵は椅子を引いて立ち上がった。葉月も立ち上がり、逃げる恵の体を後ろから抱きしめた。
「萩野、聞いて。僕、萩野の事好きなんだ」
根耳に水だと恵は抱きしめられたまま固まった。尊敬する仕事の先輩だし、突き飛ばすわけには行かない。だけど自分を好きって、こういう好きなのだと思うと恐怖心が背中を走った。
「いつも仕事一緒にしてて、荻野いいなぁって思ってた。一生懸命で、熱量持って、真剣に取り組んでて。そういう姿勢も好きだし、こうやって料理を教えてくれて……。僕の事、嫌いじゃないだろ?」
嫌いじゃないが、こういう意味で好きではない。そう言いたいのに、何故か体が強張って言葉が出なかった。
手が震えていた。黙っていることを肯定の意味に捉えたのか、葉月は性急に恵のシャツの下に手を入れた。
「ヒッ」
フラッシュバックが起きる。無理やり抑え込まれて連れ去られそうになった車の中。ここは葉月の家で、清潔だけれど、触られるという事自体がダメだった。
胸から何かがこみ上げて、背中から抱きしめられているのに恵は立ったまま嘔吐した。
ボタボタとさっき食べていたものが床に落ちる。
「これで二回目だよ。そんなに嫌だった?」
嘔吐したことにさほど驚きもなく、葉月は抱きしめた腕を緩めない。
「離して……」
「僕なら大丈夫だよ。ね、このままでいい。荻野の潔癖症、僕が治してあげるよ」
そう言って恵のボタンを後ろから外しにかかった。
信じられないと恵は振り返った。だが恐ろしい程据わった目をした葉月を見ると、動けなかった。
「そう、いい子だね。大丈夫。僕は清潔で、毎日体を洗っているし、酷い事はしない。気持ちいい事だけしてあげる。そうしている間に、汚いなんて感覚、薄らいでいくよ。ほら、免疫療法ってやつ。アレルギー体質の人には、アレルギー物質を少しずつ摂取させて、免疫を構築していって治すんだ。それと一緒。少しずつ慣れていってると思おわない? この前は頭を触れた」
恵には葉月がやろうとしている事がよく分からなかった。言ってることも意味が分からない。
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「や、やめてください、ほんとに、ヤバぃ……」
気が遠くなる。気絶する。もし今気絶したら何をされるか分からない。実際シャツのボタンは既に最後の方まで外されてしまっている。男同士で何をするかは、悲しいかな弟たちの情事を見てしまって知った。自分がそうされるのだと思うと情けないし、怖いのに……。
意識を手放す直前に、バーンと大きな音が鳴った。
「めぐちゃん! めぐちゃん! こんの野郎ー!」
心配する聞きなれた声。ガツッと骨がぶつかる音がして、恵は目を閉じた。
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